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第0g話:供え物  作者: 吉野貴博
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上中下の上

「へぇ、あんたは音かい。俺は普通に写真だよ」


 風景写真をやってるからね、いろんなところに行かされたもんだけど、あんたなら解るかい、舗装されてない山道、バスの発車時刻、着いてからのセッティング、シャッターを切るまでの待ち時間。若いうちは楽しかったけどね、もう今じゃきついよ。

 音かぁ。うん、一度だけ忘れられない怖い音に遭ったことはあるよ。それが仕事で行ったときのことじゃないんだから人のせいにできないんだけどね。

 風景写真の師匠が死んでさ、奥さんから写真の整理を頼まれたんだけど、カネになる写真は出版社に渡しているから権利で守られていて奥さんも心配がないんだけど、出版社に渡してないものとか現像してないものを確認してくれないかって頼まれてね。

 最後の奉公かなと思って引き受けたんだけどね、構図が甘かったりスナップ写真だったり、メモとして写していたりで、プロとしてはやっぱり人に見られたくないよなって写真ばかりで、一応奥さんにも目を通してもらうかって選り分けるんだけど、まぁ大した写真はない。でも数が多いからね、一週間かかったよ。デジカメで写したのはコンピュータの中に入ってるからね、探さないといけない。

 で、ざーっと見ているうちに一枚だけ、とんでもなく素晴らしい写真が挟まっていた。

 沼を写したものなんだけどね、空がすかっと青くて、木々の緑のグラデーションが奥行きの襞を作っていて、沼も水面がさざめいていて、それ一枚でそこにいるかのような臨場感を出しているんだよ、師匠のことを凄い人だとは思っていたけど、この一枚は代表作になるだろうってほど引き込まれるんだが、日時と場所が書かれていない。これじゃ作品としても商品としても通用しない。写真ももう手を加えられる時代だからね、少しでも手を入れたら駄目ってわけじゃないけど、良ければ良いほど、どれだけ手を加えたかは解るようにしないと、良心の暴落に歯止めが掛からなくなって、基準が滅茶苦茶になりなねない。何も知らずに見る人は、自然の風景をそのまま写したのがこの写真だろうなと思うから、あとで手を加えたと知られて程度が大きいと、騙されたと思う人もいるだろうからね、なるべく正直にやろうってのが師匠の姿勢だったんだけど、それだけに、その気になった人がその場に行けるように、写真の裏に日にちも場所も書かれていないのはおかしいんだ。師匠は現像したらスナップ写真だろうが失敗してようが、少なくとも日にちだけは書いていたんだよ、うっかり書き忘れて頭を抱えることがないように習慣にしていたんだ。…師匠も若いうちは頭を抱えることがあったんだろうな。

 奥さんに見せて何か知らないかと聞いても何も知らないと言うし、へぇって顔で見ていたが、それ一枚だけだから、それ以上興味は引かれないようだった。

 俺も不思議には思ったけどね、その沼を何枚も撮らなかったどころか、周囲の森の写真も、他にはないんだよ。その構図でそれ一枚だけで、まさか誰かの写真がこれだけ紛れ込んでいたんじゃないか、って思えるくらい不自然なんだよ。

 でもまあ頼まれたのは遺品写真の整理で、他にも見ないといけない写真がまだまだあるから、整理に戻ってね。

 よしこれ以上写真は見つからないなと何度か確認して、本当はそれで終わりなんだけど、その写真が気になって、調べ始めたよ。

 奥さんでも普通の人でも、その場所を知ってる人でなければ、それ以上はどうしようもないだろうけど、俺は弟子という立場だから、前後の写真からだいたいの時期は想像できるし、ネガでも画像データでもここら辺かなと見当をつけて。

 いやぁ、師匠の几帳面さのおかげだね、割とすぐ見つけられたよ。デジタルで撮っていて、前後のデータは写真と同じ、ちょっとしたメモとして写していたもので、データ番号も続いていて、やはりこの沼の写真はこれ一枚だけ、森もずいぶん良さそうなのに、なんで撮らなかったんだろう?

 日にちが解ったから、今度は金銭出納帳で場所の特定が出来ないかを調べてみたら、この前はこの里で撮影していて、その次はこの海で撮影している、で日にちも三日と離れていない、切符の値段や山や海の宿の支払いの間に、バス代が書かれている、ここか。

 途中下車をしてバスに乗って沼まで行ったのか、ならなんていう駅で降りたのか。

 調べてみると、この電車の路線で、バスに乗れる駅は一つしかなかった。バス代から見当を付けて降りたであろうバス停を地図で探してみると、なるほど遊歩道らしき道がある。

 ここか…。

 行ってみたくなったよ。


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