表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デカメロン同人  作者: 権兵衛(管理人)
98/201

第四十九話|人間龍

author:権兵衛

「ここら一帯は、国有地だった。浅草公園といってね」参拝を終えた父はまるで見てきたかのように母と私に言った。「いわゆる浅草界隈、今で言う一丁目、二丁目全体が公園だった」

「お父さん、生まれてないでしょ」

私が茶々を入れると、父は得意そうに答えた。

「ああ、だいたい昔の本の受け売りだ」


「江戸川乱歩の怪奇ものにも、よく浅草公園は出てくる」父は観光案内というよりも、怪奇スポット巡りの口調になっていた。「ほれ、左に門があるだろ。この二天門にはいざり乞食に変装した人間豹が座り込んでいて、明智の追跡を逃れた」

「人間豹?」動物好きの私は、思わず反応した。

「そう」私が食いついたことに父は気をよくして、さらに続けた。「人間と豹のハイブリッドみたいな怪物と対決する話だ。乱歩は自作品の中でこの話を一番気に入ってたそうだ」

「気味悪!」

「バカ、その気味悪さが、いいんじゃないか」

「私は一生わかりたくないわ。その感覚……」

私は人面犬みたいな怪物を想像して、幻滅した。犬の身体をヒョウ柄に変更したところで、気味悪い事には変わりない。


二天門を出て食事をしようにも、丁度お昼の時間帯である。どこも観光客が長蛇の列をなしていた。

「やばい。どっか予約して来ればよかった……」

父は端末を見ながら焦り出した。

私はふと、さっきの怪物のことを思い出し、父に尋ねた。

「お父さん、さっきの人間豹。明智さんをまいたあとは、どっちに逃げたの?」

「ん?」

「時代は変わっても、人のいないエリアは変わらないかな、と思って」

「お、なかなか面白いな。その発想」

取り立てて理由があったわけじゃないけど、たまにはそういう行き当たりばったりも楽しいかも。ただ、そう思っただけ。


「明智は本堂へ向かったから、人間豹はおそらく……」

私たちは二天門を出て、隅田川の方へ向かった。目の前に伸びる東参道は、どことなく閑散としている。

「確かに、逃げるには、こっちか……」

端末を見ながら、父はうなった。心なしか観光客も少ない気がする。

「あ。うまそう」

馬道通りを渡り、左手。腹ペコの私は目ざとく建物のエントランスに「上野精養軒」の立て看板を見つけた。


有名老舗にも関わらず区民センターの8階という謎の立地。

そして一人千円そこらにも関わらず、料理はビックリするくらいの美味しさだった。ビーフシチューを、ハヤシライスを交換しては、私と母の女二人、とにかく盛り上がった。

「また食べにくるより、安上がりなんだから」

私と母は結託して、レジ横に陳列された精養軒冷凍セレクションを、大量に父に買ってもらった。


父によると、閑散と見えるエリアは区画上すでに浅草ではないという。

「ここは……花川戸二丁目だそうだ」父の指が端末上をすべる。「ここから隅田川まで、ずっとね」

二天門から河川敷まで伸びる東参道は、概して閑静な住宅街だった。

――すぐそばに浅草寺があるのに、すごいな。

100年近くも変わらなかったであろうこの静けさに、私は何だか恐ろしさを感じていた。

「へえ、姥が池。ちょっと気味悪いね」

端末から父が顔を挙げる。父の視線を追うと、公園の傍らには小さな人工池と小さな祠があった。

「そう?」

昔から私は、そういうものに対して全く感受性がない。ただ食後の散歩がてら、水辺に近寄りたい気持ちから、人工池に駆け寄った。

「昔ここらは荒れ地で、迷い込んだ旅人を取り殺す鬼婆が……」

「ちょっと、やめてよ」

親の手前、怖がってみせる。内心、一度くらいそういうの見てみたいなと思いつつ。

父は端末に視線を落として、旧跡の因縁を読み上げている。

「大丈夫、鬼婆も観音様のお慈悲で、改心して今は……」

「あれ」

父の足元のマンホールの蓋が、かすかに動いた。


***


幸い、蓋はもともと僅かにズレていて、父と私の二人がかりで取り去ることができた。

「……」

まず、目に飛び込んできたのは、(つの)。しかも、ようやくマンホールから出るか出ないかのサイズ感だ。

連想したのは……そう、ディスカバリー・チャンネルの、確かサバンナ特集で見たやつだ。

「ガ……ゼル?」

でも、サバンナの生物が隅田川沿いにいるものだろうか。

「龍、じゃない?」

私の思考を先回りして……いや、さっきのサイトの続きだろうか。父が最も正解に近いと思われる発言をした。

確かに、形は似ていても、ガゼルの角はもっとずっと小さいはずだ。

「うぉっ、ほん」

角の持ち主は、私たちの会話の内容を知ってか知らずか、大きく咳払いをした。


「鬼婆が化身したのに、お爺さんの龍になるの?」

思案顔の父に、私は意見を述べた。さっきの咳払いは、どう考えても男性の、それもかなり歳のいった老翁のものだ。

マンホールからわずかに飛び出た角の先端が、たまに左右に揺れる。

「あ、かわいい」

「とにかく、出してやらなきゃ。男性でも、女性でもさ」

――出す、って言ってもなあ。

弱音を吐こうと、息を吸ったとき。

「アンタ達も、物好きねえ」遠巻きに見ていた母が言った。「飼うなら二人でちゃんと見てね」

「飼う……?」

「私そういうの、無理なんだから。爬虫類系、全般」


父によると、許容できないものの目には、どうやら相応の小物にしか見えないようだった。

「……まあ、逆かもしれないけど」

最後に父は、そう付け加えた。

逆でも対偶でも、私たちに見えることを、真実だと思うほかない。私は吐きかけた弱音を呑み込んで、再びマンホールを覗き込んだ。

「やっぱ、龍かな」

鹿の角、駱駝の頭。キメラである龍の特徴、そのままだ。そして後頭部から顎先にかけて、長い鬣が生えている。(うなじ)は……ラーメンの丼や寺院建築などで見かける長いタイプのものではなく、限りなく人の形をしていた。要するにそれが原因で肩が引っかかり、外に出られないようだっだ。

「しかし、なぜマンホールの中から……」

父は池の(ほとり)の小さな祠を眺めながら、溜息をついた。

なるほど、出るならこういう建物のほうがお誂えむきだろう。

「アナ…クピナ、ウィン」

マンホールの中から声がする。私と父は顔を見合わせた。

……何語?


「ちょっとー、まだ?」

大通りから様子を伺っていた母が、待ちくたびれて声をかけてきた。

「ああー、もうちょっとかかるかも」

「ほんとに、物好きね。あんた達も」

「俺は(あや)に付き合ってるだけさ」父は今さら、妙に気取ってみせた。

「あ、ひどい」私は思わず抗議した。

「おっかないけど、ちょっと見てみようかね」母は好奇心をくすぐられたのか、こちらへやって来た。「どんなお顔してるのかしら――」

笑いながらマンホールを覗き込んだ途端、母は停止した。

「ちょ……お母さん?」

しばらく、返答なし。

はじめは龍の様子を見てショックを受けたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

「……されよ」

「え、何?」

()が身丈、見誤ったるはわが(とが)なれば……重ねてかしこみ申す」

「ちょ、ちょっと?」

母は出し抜けにマンホールの中に手を突っ込んで、龍の襟首を掴んでぐいっと引っ張り上げた。

「あ、出た」

唖然とする私の背後で、父の呑気な声が聞こえた。


「ほらもう、行くよー?」

今しがた起きたことなど何もなかったかのように、母は通りに向かって歩き出していた。

「え?え?ちょ、何?……?えええ?」

傍らには見上げるほど巨大な人物……いや、先ほどの龍が佇んでいる。

「……でか」

私は固唾を飲んで、龍を見上げた。

「イーカ……」

龍は困ったような顔をして私に何か言いかけたが、通じないと悟ったのか、それきり黙ってしまった。

「か、帰ろうか。とりあえず」

父はすっかり重荷が下りたような表情でそう言うと、母の後を追いかけて行ってしまった。

これ、私が見ろ、ってことだよね。状況から。

「……うへへ」

困ったままの表情を浮かべたままの龍に、私は無理やり作り笑いを浮かべて見せた。


***


精養軒の冷凍セレクションを口実に、私はとにかく急いで帰ろうと父母にせっついた。

何しろ、私の傍らには2メートルを優に超える龍がのしのし歩いているのだ。こんなのを同伴して、ゆっくり街歩きなんてできるはずもない。

「まだお昼過ぎよ?」このあと松屋で買い物でも、と思っていた母は特に不満の様子。「せっかくみんなで浅草来たのに……」

「だって、精養軒」私はここぞとばかり、殺し文句を切り出した。

「ドライアイス入ってるから、大丈夫だろう」と父。

「ぐ」一瞬で論破された私は、そのまま固まった。

父もこの巨体、見えてるはずなのに。なぜ母の肩を持つ。

「お父さん、まずいよ。だってこんなの連れてんだよ?」私は気を取り直して、声を潜めつつも再び攻勢に出た。

「大丈夫だって。さっき言ったろ?」

許容できないものの目には、それなりの小物にしか……確かそんなことを父は言ってた気がする。

腹を決めて、辺りを見回す。

まったくこちらに注意を向けない人もいれば、あんぐりと口をあけ、呆気に取られている人もいる。

ただし、どんなに見回しても騒ぎだしたり、あからさまな敵意を向けてくる人物は見当たらなかった。

「……それ、信用していいの?」

「ああ、俺の言うことはな」すでに私に背中を見せつつ、父は歩き出した。「だいたい昔の本の受け売りなんだ」

「ちょっと、待ってよ!」

追いかけて走る以外に、ほかにどんな選択肢があっただろう。

くそ、オカルトマニアめ。私は内心、父に悪態つきつき後を追った。


結局私は困った表情のままの龍爺さんを連れて、夕方まで母のウィンドウショッピングに付き合った。

まあ、正確には途中で心が折れて、龍爺さんと一緒にレジ外のベンチに腰かけて、二人してウィルキンソンを飲んでいたのだが。

相変わらず周囲の人々の反応は様々だった。こっちを見て笑ったり、手を振ったり。子供は概して無邪気なものである。

龍爺さんも子供のことは好きなのか、困ったような表情は一瞬で消えて、晴れやかな顔で笑い返したりしている。

また立地上、住職や神職と思しき人々ともけっこうな回数、出くわした。最初はぎょっとした顔でこちらに釘付けになるのだが、ふっと半眼微笑の涅槃顔になったり、口惜しそうに唇を噛みつつ足早に立ち去ったり。とにかく後半の行動が百人百様なのだった(まあ、百人もいたわけではないが)。

「はあ……」放心した私は、ぼんやり天井を見つめながら言った。「帰りたいね~」

爺さんはもはや話すことを諦めたように、苦笑して首を振るばかり。

「参った、なあ」

私はただボリボリと頭を掻いた。


その晩、精養軒のカレーをめちゃくちゃ旨そう食う龍爺さんがツボに入ってしまい、笑いすぎた私は過呼吸でぶっ倒れた。

ソファの上で目が覚めた時には、すでに深夜0時を回っていた。もちろん、精養軒セレクションはすべて爺さんの腹の中に納まっていた。


***


「……そういや昼から、何も食べてないわ……」

気づいたのは電気を消し、布団に入ってからだった。

早々にベッドの4/5を占めて寝息を立て始めた龍爺さんは、ちょっと押し返したくらいじゃ起きそうもない。


「くそ、もういいや」

諦めて、カーペットの上で布団にくるまった私は、明日からの生活を思い描いてみた。

「楽しいじゃない、どう考えても……」

それから私は寝入る直前まで布団に顔をうずめ、笑いを押し殺した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ