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デカメロン同人  作者: 権兵衛(管理人)
94/201

第四十七夜|Hi☆Yo☆Co

author:権兵衛

──ピロリロリン。

いつもと同じ、だが何か胸騒ぎする着信音だったのを覚えている。

端末に表示される見たこともない番号に不安を感じつつ、俺は通話開始ボタンを押した。

「はい、佐藤ですが」

「あ、鈴木?俺俺。田中」


──ピ。

俺は終了ボタンを押した。

やっぱ、知らない番号からの着信には出ない方がいいのかな。

いや、知らない番号から思わぬ緊急連絡が来ることだって……。


──ピロリロリン。

同じ番号。通話開始。

「佐藤、ですが」

「あ悪い鈴木。悪りぃ、なんか通話切れちゃったみたいで」

「いや、佐藤だっつってんだろ」

「どう?M1のネタ。書けた?」


──ピ。

駄目だこいつ。

もう夏だが、お加減の悪い人はどの季節にも発生するんだろう。早速この番号を着拒リストに……。


──ピロリロリン。

「あ、俺俺田中」

「ギリギリセーフか…」

「ん?何が?」

「…いや別に」

どうせ、二度とこいつと通話することもないだろう。ヒマだったし、俺は田中氏に状況説明を試みた。

「そもそも俺、鈴木じゃないから」

「え?そうなの」

「さっきから佐藤って言ってますけど」

「あっごめん、やー俺も相当うっかりだな」

「まあ、臨床レベルだとは思うよ」

「まさか相方の名前間違えるなんてな」

「…そっち?」

「で佐藤、ネタ書けた?」

「もっと高機能なやつだった…」

「ん?何が?」

「いや、こっちの話」


――ピ。

やばいな。こういうのをサイコパスって言うんだろうか。巧妙に近づいて、スキを見せた途端にザックリ行かれるやつだ。これが巧妙かというと微妙なところではあるが。

俺は再びかかってきた着信音を無視、そのまま着拒リストに登録した。


――ピロリーン。

直後にメール受信。まさかとは思うがタイトル確認。

――田中でーす。

やばい。完全ロックオンされてるわ俺。

こういう時は警察。いや、こういうのって、たぶん刺されてからじゃないと動いてくれないかも。

でも最近ある程度動いてくれるって、ネットの何かで見た気が…。

記憶をたどって、俺はサイバー警察とかいう窓口に辿りつく。「田中でーす」のメールを全コピしてフォームに貼りつけて……。


「あれ」

送信ボタンを押す直前に気づいた。こいつ、ゼミの同期生だ。


***


「お待たせー」

田中はテクノカットに黒いスキニーの上下を着用した、いかにもお笑いっぽい外見の奴だった。

しかし、まだ油断はならない。何の前置きもなくテーブルの向かいに腰掛けた田中に、俺は警戒心丸出しの視線を向けた。


「…何?」

「いや、こっちのセリフなんだけど」

確かに俺はマクロ経済学のゼミで、今年の4月からこいつと一緒だ。でも研修なんてまだ始まったばかりで、数十人いるゼミ生の顔なんて覚えてられない。

つまり俺とこいつは、ほぼ他人だった。

こいつは……まあここまで面が割れてるんだ。さすがに偽名ってことはないだろう。田中は俺の言葉を理解したのかしないのか、悪びれもせず200円のミートソース・スパゲティをくるくるとフォークに巻きつけ始めた。

微妙に張り詰めた空気が流れる。さすがの田中も場の雰囲気を察知したのだろう、居心地悪そうに切り出した。

「つまり、お前にネタ出しを任せたことが不満なわけね?」

「なんでやねん」

特に関西には縁はないのだが、なぜか大変ナチュラルに横山やすし師匠ばりの下段からのキリモミ式ツッコミを繰り出した。

「まあ俺も少しは良心が傷んだよ?でもお前が任せとけって言うから……」

こういうの、詳細にレポート書いたら新しい症例として学会に発表されるんだろうか。

――まあ、ただちに人体に悪影響はないようだし、別にいいか。

俺は「もののあはれ」としか言えない感情に浸りつつ、田中を着拒リストから外した。


「つかぬこと聞くけどさ」俺はコーヒーをすすりながら田中に言った。「お前、お笑い芸人目指してるの」

「いや~、面と向かって訊かれると恥ずかしいよね」

「恥ずかしくない瞬間が今まであったか。お前のその生涯において」

「第一希望としては、ひよこ鑑別師になりたいんだよね」

「お前、なんで経済学部にいるの?」

「そうは言っても、親に心配かけたくないしさ」

「お前の中でどういう立ち位置なんだよ、ひよこ鑑別師は」

「お笑い目指してますって言ったら、安心してた」

「お前の親さ……いや、何でもない。続けて」

「俺だってお笑いなんかやりたくないよ?収入だって安定しないしさ」

「一見まともに聞こえるんだよなあ」

「でもひよこ鑑別師に比べたらましかなって」

「ほら来た。やっぱ変だ。よかった心の準備してて」

「何だよさっきから、様子がおかしいぞお前?」

「ちゃんと聞いてれば、様子がおかしいのはお前なんだけどな」

「わかってるよ。どうせお前もひよこ鑑別師なんて無茶な夢あきらめろって思ってんだろ」

「そりゃ、なんで経済学部に来てんだって話だしね」

「くそ、夢を見ることすら許されないのかよ」

「一周ねじれてまともな会話に聞こえるんだよなあ」

さらに話が何周かねじれて、結局俺とこいつの共同でネタ合わせをやることになった。


***


「よかったな、器楽室のカギ借りれて」俺は前を行く田中に声をかけた。

「ああ、いつもお笑いサークルと取り合いになるんだよな」と田中。

俺はふと浮かんだ疑問を田中にぶつけた。

「お前、サークルには所属してないの?」

「最初は所属してたよ。でもお遊び感覚でやってる奴らとは、続かなかったね」

「続かなかった理由、それじゃない気が…」

「だからお前に声を掛けられたとき、正直嬉しかったぜ」

「俺から声かけたことになってるのか……」

正直、これが一番こたえた。


「さて、ネタ合わせといきますか」

「あえて合わせなくても、お前とのナチュラルな会話で充分だと思うが」

「何言ってんだよ、イージーモードじゃ人生攻略できないぜ」

「お前は最初からハードモード…」

いや違うな。人生がアーケードゲームだとしたら、こいつはたぶん洗濯機だ。


案の定、田中のネタは壊滅的につまらなかった。そもそも登場人物がひよこ鑑別師Aとひよこ鑑別師Bの時点で終わってる。しかも話題が美人ひよこ鑑別師Cをめぐる奪い合いて。この世界にひよこ鑑別師しかいないのかよ。

「見てる奴、絶対感情移入できないじゃん、これ……」

「ばっかやろ何言ってんだよお前、ひよこからしたら人生の一大イベントだよ?」

ひよこ視点で見るのかよ。まあ確かにひよこからしたら今後の人生を決定する一大事かもしれないけど。

「道理でつまらないと思ったよ」

「あ、言ったなお前。じゃあお前のネタを見せてもらおうじゃないか」

「ちょっと待て。今の会話で前提がすべてひっくり返ったんだが」

「あ。今さら見せないとか言うんじゃないだろうな」

「そりゃそうだろ……正直けっこういい出来だと思ってたんだけどね、さっきまでは」

「じゃあ見せろよ」

「でもひよこ目線で見たらちょっと……正直ひよこ受けするネタじゃないと思うんだよな……」

「何言ってんだよ、世の中にはいろんなひよこがいるんだぜ」


よくわからない理屈で説得されて披露した俺の「医者と患者」ネタは、思いのほか田中にウケた。

「いや、面白いよお前のネタ!」

「何だろ、全然嬉しくないんだけど」

「バカ、もっと自信持てよ」

「だって、ひよこ目線で面白いネタなんだろ?」

「そうだよ」

「でも、M1の審査員ってひよこじゃないだろ」

「そりゃそうだよ。何言ってんだよお前」

「……なんか腹立つんだけど」

「考えてもみろよ、ひよこ鑑別師になるためにはな、30分以内に96%の識別率で卵用種300羽を識別しなきゃいけないんだぜ?」

「いや、知らないし」

「つまり10分で100羽」

「……まあ、そうなるよな」

「しかしもう一つハードルがあるんだ。最初の100羽に12分以上かかった受験者は、その時点で失格となる」

「……」

「そりゃそうだよな、最初の100羽で12分かかる奴が、残りの18分で200羽識別できるはずがない。ひよこにかかる負担を考えれば、最初の100羽でやめさせたほうが理にかなっていると言えないか?」

「え、まあ、そりゃそうだけど」

「つまり、ひよこ目線ってのはそれだけ大事ってことなんだよ」

「はあ?!」


俺はあまり感情的になるほうではないが、この時ばかりは危うく田中に殴りかかるところだった。


***


慣れとは恐ろしいもので、ひまつぶし感覚で田中の世迷言に付き合っていたはずの俺は知らぬうちに奴の思考パターンに完全に染まりきっていた。

そして、ふと我に返った時にはM1予選の準決勝まで勝ち進んでいた。

俺は舞台袖の、緞帳みたいなやつを調節する巨大なハンドルみたいなやつの下にうずくまって頭を抱えた。


「なんでだ……」

「どうした佐藤、あと二回だぜ。俺らなら行けるって」

「いや、別に俺はそもそもM1なんかに出るつもりなかったんだ……お前とつるんでたら、いい暇つぶしになるかと思って……」

「佐藤、今さら……」

「ははっ、もうちょっと夢見ていたかったけどな……でも気づいちまったものは、仕様がないな」

「……何だよ、まさかお前降りるつもりかよ?」

「いつか言ってたろ、お前も。あん時のお前が正しかったよ。自分にウソをついてM1に勝ち上がったって、それは俺の進むべき道じゃないんだ」

「佐藤……」

「ありがとよ、田中。お前のおかげで大学生活、いい思い出ができたぜ」

「佐藤、さ」

「ん?」

「ありがとよ、そう言ってくれて。俺も目が覚めたよ」

「……田中?」

「いつか、言ったよな。俺だって望んでお笑いやりたいわけじゃない。ただ親を安心させるために……」

「あ……」

「俺も、降りるよ。もっともお前が降りた時点で俺らは失格なんだけどな」

「……それもそうだな」

「はは…」

「あっは、ははは」

「はははは、ははっ」

俺たちは舞台袖で涙を流しつつ笑いこけた。

対戦相手のコンビが怪訝そうにこっちを見ていたけど、知ったことじゃなかった。


***


それから。

一年半の努力が報われ、最短期間で養成所のカリキュラムを消化した俺らは、ついにひよこ鑑別師となったのだった。


つまり、馬鹿は空気感染するってことだ。

みんなも、気をつけような。

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