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デカメロン同人  作者: 権兵衛(管理人)
88/201

第四十四夜|黒きジャガーの復讐

author:きさらぎみやび

 彼の者共は罰せられなければならない。


『――――何故か?』


 彼の者どもは我らが大地を蹂躙し、疫病を蔓延させ、女達を凌辱し、子供達を略奪し、男達を鏖殺したが故である。

 よって彼の者共は罰せられなければならない。


『――――如何にして?』


 蜘蛛、梟、蝙蝠、間際、北の方角を統べるもの。冥府の王にしてミクトランの主、ミクトランテクートリの加護によって。

 彼の者共に罰を。死の制裁を。乞う。乞う。


『――――承知』


 なれば王よ。冥府の王よ。我に力を。彼の者共に復讐するための刃を与えたまえ。


『――――』





 頭部を強打され、意識を失っていたテュパクが目を開けると、痛いほどの静寂が周囲を取り囲んでいた。彼らの崇める太陽も既に地平の彼方へと姿を消し、夜の闇がその支配を強める時刻となっている。村を襲った侵略者共の姿は最早見当たらず、勇敢なるジャガーの戦士を含む男達の死骸が累々と横たわっている。

 テュパクはふらふらと立ち上がると、幽鬼の様に辺りを彷徨う。

 何処も彼処も凄惨な略奪の跡が残されていた。村の家々は軒並み破壊され、気紛れに火を放たれていた。未だ此処其処で煙が燻っており、焦げ臭い臭気と血の匂いが薄っすらと漂っている。


 女と子供の姿は見当たらない。奴らに軒並み攫われてしまったのだろうか。


 気が付くと、我が家の前に立っていた。いや、元我が家と言うべきだろうか。念入りにも油を掛けられた上で焼き払われており、嘗ての様子は見る影も無い。石積みの壁だけがまるで災厄などなかったかのように静かに佇んでいる。扉だった筈の所を潜り抜け、一歩、中に踏み込む。家の中は一面が黒く焼け爛れており、其処に元々何があったか今一判然としない。


 だが。ああ。ああ。気が付いてしまった。寝床があった筈の場所に横たわる、完全に焼け焦げた物体が本来はなんで在ったのか。何かに覆い被さる様な姿勢を取っている其れは、それは彼が嘗て愛したものであった。最愛の妻、ペペ。出会い、惹かれ、重なり、そして。ああ。そしてその妻がこの世に産み落とした、彼の生命を受け継ぐはずだったもの。未だ名前も付けていなかった我が児は、妻の腕に抱かれながらも、炭の、炭の塊と化していた。


 おお。おおおお。おおおおおおおおお。


 辺りに響き渡る音がなんであるか暫く分からず、テュパクは虚ろな目で周囲を見回す。其れが自らの喉から迸る慟哭だと気が付いた時、彼の喉は只管叫び続けたが故に意味の在る言葉を放つ事が不可能な程に血塗れになって居た。彼の喉から漏れ出て来るのは獣の様な唸り声だった。否。最早如何でも良い。既に彼が意味の在る言葉を、愛の言葉を、人の言葉を交わすべき相手は、彼の腕の中で黒い破片と成っているのだから。


 テュパクは消炭と成ったそれらを自らの肢体に塗り付ける。我が身が黒く染まっていく毎に、その内側にどす黒い怨嗟の焔が湧き上がってゆくのを感じる。何れこの焔はテュパク自身をも焼き尽くすだろう。だがその前にこの焔で奴らを焼き尽くしてやる。


 テュパクは村の中心部にある祭祀場を訪れる。其処は神殿で在りながら同時にジャガーの戦士達の訓練場でも在り、其処でテュパクは侵略者共を襲撃する為の武器を調達する。木の棒に黒曜石の刃を埋め込んだマカナ。木製の柄の先に黒曜石の破片を嵌め込んで穂先としたホルカンカ。そして手持ちの投槍器であるアトラトル。更に彼らの神に捧げる生贄を切り裂くのに用いていた黒曜石の刃を手に取り、それらを纏めて背嚢に詰め込むと、夜の闇が支配する森の中へと紛れる様に消えていく。

 その瞳は異様な迄に充血して、赫き瞳と化していた。



 侵略者共は村から離れた森の奥深くで天幕を張り、松明を灯して野営をしていた。奴らは襲撃の成果を誇るかの如く一様に上機嫌で玉蜀黍酒と肉を喰らっており、警戒心など微塵も感じられなかった。野営地の中央には攫われた村の女が集められ、手足を縛られ身動きが取れない状態で奴らに嬲られている。傍らの樹には子供らが縛り付けられており、女が嬲られる様を泣き叫びながら見せつけられている。女達の中には子供たちの母親や姉妹もいるのかもしれない。


 テュパクは夜陰に紛れ、野営地が見渡せる大樹の枝に登ってその様を見つめていた。沸々と湧き上がって来る怒りに歯を食い縛る音が頭の中で木霊する。まだだ。まだ耐えるんだ。侵略者共の首魁を見つけなければならない。彼は森の中で捕まえた「ミクトランテクートリの蜘蛛」を口に含んで嚙み潰す。蜘蛛の体液が喉に染み渡っていくと、心臓の鼓動が早くなっていく。筋肉が膨張する。瞳孔がじわじわと開いていき、愈々その目が真っ赤に染まると、周囲が一段と明るくなる。光源が強くなった訳では無い。彼の瞳がより光を捉えられるようになったのだ。彼らメシカ人は遥か昔からこの蜘蛛にこのような効能があることを知っていた。そしてその効能の反動として、何れ全身から血を噴出させて死に至ることも。テュパクは全て承知の上だった。既に現世に彼の心を捕らえるものは何一つとして無かった。全ては侵略者共によって消し炭と成ってしまっている。


 月明かりですら真昼の太陽のように感じられるようになったその瞳で、野営地を見回す。一際豪奢な天幕の前で、首魁と見受けられる男を見つけた。その男は村から略奪した玉蜀黍酒を部下に注がせ、にやにやと下卑た嗤いを浮かべながら上機嫌で酒を煽る様に飲み干している。周りの者共と見比べても豪奢な衣装を身に纏っており、大きな極楽鳥の翅を付けた帽子を被っている。

 テュパクは腰に手挟んだ投槍器を取りだし、背嚢から短くしつらえられた黒曜石の槍を取り出す。すぅぅと深く息を吸い込み、彼方の男を睨むようにして目を凝らす。全身をぎりぎりと弓反りにして力を溜めていき、狙いすまして槍を放つ。

 闇を切り裂く風切音。

 それが男の耳に届くころには、死の槍は過たず男の頭蓋を貫いていた。

 酒の器を握りしめたまま、男はそのまま地面に倒れ伏す。たった一撃で男の命の糸は断ち切られていた。侵略者共は何が起こったのか訳も分からず呆然としている。その隙を逃さずにテュパクは次々と樹上から槍を投げ打っていく。

 ある者は胴体を。ある者は太腿を。ある者は頭部に槍を食らい、血を噴出しながらのたうち回る。十人程が貫かれたところで、漸く侵略者共はテュパクの居所を見つけると、闇雲に銃を構えて撃ち放ってきた。


 視界が霞んできたテュパクは再び蜘蛛を噛み砕きながら大樹を蛇のようにするすると降りると、手持ちの槍を松明めがけて放ちながら、森の中をぐるりと大回りして野営地の反対側に位置どる。松明の炎が途絶え、夜闇が野営地に侵入してくる。

 テュパクは黒いジャガーと化していた。

 獲物の喉笛に食らい付き、その鋭い牙で噛み砕く夜の獣。

 ぬるりとした光を放つ黒曜石の刃を腰から抜き放つと、手当たり次第に侵略者共の首筋を狙って刃を打ち付ける。「がっ」「ぐあっ」短い悲鳴が響くたびに、血花を咲かせて侵略者の命が舞い散っていく。


 侵略者共は恐慌をきたし、同士討ちも構わずに、野営地の中央に立つ、冥府の王の颶風を纏ったテュパクを狙い撃つ。何発かは味方に当たり、何発かはテュパクの身体に捩じ込まれる。それすらも一向に構わず、只管テュパクは刃を振り回し続ける。ガキリ、と硬い物同士がぶつかる音がして、黒曜石の刃が奴らの纏う鉄の鎧に噛み込んだ。振り回した勢いを受け止めきれずに刃は柄ごとボキリと折れる。血塗れのテュパクは、足元に溜まっていた最早誰のものかも分からない血溜まりで足を滑らせつんのめった。そこへ数人の生き残りが銃を集中砲火させる。血と骨と肉が弾丸によってテュパクの体内で掻き混ぜられる。


 がくり、と膝を落としてその場に崩れ落ちるテュパク。


 蹲りながらも震える手で最後の蜘蛛を口に含む。悪寒が全身を支配し、歯の根が噛み合わないが、どうにか無理やり嚥下する。蝋燭の火が最後に大きく燃え上がるように、命の炎の最期の一片まで冥府の王ミクトランテクートリに捧げる。霞んで朧になっていく視界を意志の力で無理やり押し広げ、何人もの生贄の血を吸った黒曜石の刃を振り回して、不用心に近づいてきた生き残り共にほんの僅かに傷を与える。


 そこまでだった。


 血潮と共にテュパクの命の最後の一欠片までもが流れ出していく。ぴくりとも動かなくなったテュパクを前にして、生き残りはようやく銃を下ろす。僅かの手勢となった彼らには捕らえてきたメシカ人を連れ出す余裕はなく、荷物を纏めるとそのまま夜の闇に怯えるようにこの地を去っていった。


 後には捕らえられたメシカ人の女性と子供だけが残された。

 彼女らは拘束を如何にか解くと、その場にテュパクを丁寧に埋葬し、彼らの最高神テスカトリポカと冥府の王ミクトランテクートリに祈りを捧げた。

 どうかこの男の魂が彼の神々の御許に届き、黒きジャガーの戦士として猛々しくも讃えられんことを。



 テュパクの襲撃からどうにか生き残り、他の部隊に合流した者達も、数日後には目を飛び出させるように見開き、口からは止め処なく血の泡を吹いて藻掻き苦しみながら絶命していた。テュパクが最後の力を振り絞って僅かに付けた傷口から侵入した毒、黒曜石の刃に塗り付けていた「ミクトランテクートリの蝙蝠」の血液が体内で増殖し、音もなく彼らの間で広がっていたからだ。

 彼らが持ち込んだ痘瘡と相反するように侵略者の間でのみその病は伝染していき、テュパクの村を含む一帯を侵略してきた部隊は一月も経たない内に全滅していた。彼らの死因は原因不明の伝染病と判断され、皮肉にも彼らが行ってきた行為と同様に、その遺骸は油を掛けられ、消炭になるまで焼き尽くされた。伝染病を恐れた本隊はその地を禁忌の地として固く侵入を禁じることとなった。




 テュパクは眩しい光に目を細めると、その向こうに目を凝らす。

 彼の先には太陽の光を反射して白い輝きを放ち、豊かな水を湛える美しい湖が広がっていた。

 水鳥が群れをなして舞い、魚が水面に飛び跳ねる。

 湖の中央には島があり、そこにある街には賑やかに人々が行きかっている。


 あれは「純白の場所」。

 メシカ人の原郷、北方にあったというアストランだろうか。


 こちらに向かって手を振る一人の女性が見える。

 可愛らしい赤子を胸に抱き、穏やかな笑みを浮かべて彼を呼んでいる。


 テュパクは女性の元に向かって走り出す。

 駆け抜ける内に、彼の身体は何時しか黒いジャガーと化していた。




 時が経ち、テュパクの村があった地からは人が絶えて久しく、今や誰一人住むもののない無人の土地となっている。神殿は木々に覆われ、神々を象った石像も風雨に晒され崩れ落ちている。

 そこに跋扈するものは、夜の闇を縁取ったような漆黒のジャガーのみであった。


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