第四十夜|無題
author:もっ
青空の下、ブロロロロと小気味の良いエンジン音が響く。
鍵をさしたままガソリンスタンドに放置されていた原付バイクの調子は良好で、燃料にもまだ余裕がある。
ひび割れたアスファルトの段差を乗り越えるたび、原付きの脇に溶接した筒状の傘立ての中で、釘付きのバットがガタゴトと音を立てていた。
廃墟となった町をまっすぐに横切る見通しの良い片側二車線の道路には、ちらほらと無人の車が停まっているが、都市部の道路と違い通る隙間もないほどの渋滞には出くわさずに済んでいた。
やはり、人工の密集するような大都市を避けて移動しているのは正解のようだ。
物資に余裕ができればそちらに挑戦してみるのも良いだろうが、今はまだ無人の町を思う様ツーリングしながら原付バイクで日本列島横断チャレンジを楽しむ方が良いだろう。
「……おっ」
初夏の生ぬるい風が体を撫でてゆく感覚を楽しみながら周囲に気を配っていると、道路の先の方に、棒きれのような体を震わせながら佇んでいる人影が見えた。
結構久々だなぁと道端の小銭を見つけたときのような気分を懐きながら、ハンドルから右手を離し傘立てに入れられた釘バットを取り出す。
距離を詰めるほどに、道路の真ん中に突っ立った人影は解像度を増して鮮明となってゆく。
ボロ布同然となった衣服の成れの果てを身につけ、ミイラのように干からびた体は自重を支えられていることさえ奇跡的に見える有様だった。
原付バイク音の排気音に気づいているのかいないのか、ただゆらゆらと体を震わせながら、ミイラは棒立ちでそこに立っていることしかできないでいる。
アクセルをふかして原付バイクを気持ち加速させながらバットを振りかぶる。
――スコンッ
ミイラの頭部へとバットの芯がジャストミートした。映画で見たように汚い音を立てて頭が弾けるようなこともなく、乾いた音と人間の頭部にしては軽い手応えが残るだけだった。
張り合いがないなと感じつつも、それでもこの廃墟では貴重な娯楽だった。
乾いた皮膚の付着した釘バットを傘立てに戻し、再び周囲の警戒をしながら、ほこりを被った車を避けて道路を進んでいく。……まあ少なくとも、今はまだこんな毎日に非日常感を抱くことはできていた。
「田舎ってコンビニもスーパーも全然ないけど、どう生活してんだろ」
いかにも田舎の住宅地と言った景観の地帯に差し掛かりながら、ひとりごちる。相変わらず人影は見当たらなかった。
干からびてついに動くこともできなくなったミイラの躯や白骨化した遺体なら珍しくもないのだが、直立できているもの、まして歩行が可能なものなどさらに稀である。
……なんというか、ゾンビ・アポカリプスモノの旬と言える時期を逃してしまったらしい。
それが、川崎の地下深くに設置された謎の医療施設で目を覚まし、地表に出てしばらくを過ごした上での感想だ。
元々人付き合いは苦手で半引き篭もりのような生活を送っていたから、他人が居ないことはそこまで苦には感じないものの、廃墟となった都市の中で初めて動く死体を目撃したときの、自分が物語の主人公になったような気分はとっくに風化してしまった。
別に映画の主人公のような活躍がしたいわけでもないし、そんな機転と身体能力を求められても困るが、小学生でも一人で生き抜いていけそうな難易度のポストアポカリプスというのも、少々拍子抜けの感が否めない。
もう少しゾンビが多くうろついている時期に目覚めていたならば、ほどほどに危険でヒロイックな生活を送る自分に酔えていただろうかと、そんな考えが浮かんでしまうのだ。
気が向けば、なぜ世界がこんなことになってしまったのかだとか、どのようにゾンビウイルス(仮)が感染を拡げたのだとか、廃墟を探索しながら考察する歴史学者みたいな方向へと気持ちを持っていくこともできそうだが、今のところは原付バイクぶらり旅の傍ら缶詰などの保存食を集めたり、人の代わりに街中をうろつきまくっている鹿なんかを狩って一人キャンプファイヤーとバーベキューしたりの生活だった。
「お、ここ良さそう」
狭くなった道路を徐行運転しながら見て回りつつ、一つの民家に目星をつける。
新築っぽい見た目かつ結構大きめでプチセレブなんかが住んでいそうかつ、ベニヤ板とかで窓を塞いだりして立てこもりを行った形跡もない家。しかも車庫に車はない。
日曜大工で要塞化された家というのは、中の食料が残っていない上に白骨死体とかが転がっていて気持ち悪いことが多いというのが経験則だった。対して、こういう家主の生活水準が高そうなうえに留守中にことが起こってしまったっぽい家というのは、保存食とか非常用バッグを用意しつつ手付かず率が高めだし、暇つぶしになる本なども結構あったりする。
中の状態が良ければ、食料の備蓄が持ち運べる程度の量になるまで引き篭もり食っちゃ寝生活を送れるかもしれない。
「よーし」
車庫の中に原付きを停めて、釘バットを握りしめて民家へと向かう。流石に玄関の鍵は閉まっているが、窓ガラスを割って押し入ることを躊躇する理由もない。手入れされないまま放置され草がぼうぼうになった庭へと回り込み、干からびた小池と犬小屋から鎖で繋げられたまま白骨化した大型犬の横を通り過ぎて、庭に面した大窓の方へと移動する。
手入れされないまま雨風に晒され続け少し曇った大窓から居間を覗き込むと、やはり家主は留守だったようで白骨死体なんかは見当たらない。これなら期待できそうだった。
窓の縁、ちょうど鍵がある辺りにダクトテープを貼り付けて目印をつけ、そこへとめがけバットの柄を打ち付ける。最初の内は思い切り窓ガラスを割る爽快感を楽しんだものだが、このところは窓ガラスの破壊を最小限に留め腕を突っ込んで鍵を開けるための穴を作るのが得意になってきた。
ピシッ、とガラスにヒビが入ってゆく。車のフロントガラスなんかは一箇所割れれば全体にヒビが拡がってしまうが、こういった窓ガラスは一部だけに穴を空けるのも結構楽だ。
ダクトテープを剥がそうとすると、ガラスの破片は民家の内側ではなくこちら側へと向けてぱらぱらと崩れ落ち、目論見通りちょうど手を突っ込める程度の穴が空く。
熟練の空き巣だって舌を巻く手際ではないだろうか。なにせこんな世の中なのだから、いくらでも練習仕放題だった。
鍵を開けて窓を開き、フローリング張りのリビングへと土足のまま上がり込む。
上がりこんだらきっちりと鍵を締め直して、窓ガラスに空いた穴をダクトテープで塞いでおく。別にゾンビが侵入してくるようなことは居間までもなかったが、不用心なままというのもそれはそれで気分があまり良くなかった。
当然ながら電気は通っておらず、天井の蛍光灯はただのオブジェでしかない。夜間過ごすためのろうそくなどあればいいなと思いながら家探しを開始する。まずは一通り散策して間取りを確認する所からだ。
「……おっ」
玄関へと続く廊下へと移動すると、基本的には洋風の作りの家なのに一箇所だけ襖が設置されている。こういう場所は真っ先に確認するべきだ。
未だ滑りの良さを維持している襖を開くと、幸運なことにそこにあるのは仏間だった。これでろうそくを探す手間も省けた。
「ちょりーっす、お邪魔してまーす」
仏壇に飾られた厳しい顔つきの老人の写真へと軽く会釈しながら、線香立ての横に未開封のろうそくが箱で置いてあるのを見つける。
当然ながらろうそく立ても一緒に置いてある。これはありがたい。その上、座布団の横には色褪せた包装紙に包まれたお歳暮が何箱も積まれている。こうやって常温で置かれているお歳暮は、缶詰など保存食だったりすることが多いから、食べられそうなものなら今日の食事はこれで済ませて、家探しは明日に回してもよさそうだ。
畳の上に腰を下ろしてバリバリと包装紙を破いていくと、お歳暮の箱の中身は缶ビールのセットと果物の缶詰、おつまみ用のサラミのセットに缶つま詰め合わせと、中々家主の嗜好が伺えるチョイスだった。
これなら非常用セットなんかが見つからなくても、数日はここで過ごしてしまえそうだ。ここ最近踏み込んだ家の中でも一番の良ツモかもしれない。
「ありがたくいただいてきまーす」
一応礼儀として線香に火をつけて線香立てに刺し、お歳暮の箱を脇に抱えて仏間を出ていく。
この食料に手を付けていないということは、何人ぐらしの家かは知らないがやはり家主が全員留守の間にことが起こった可能性が高そうだ。
回収したお歳暮をリビングのテーブルに乗せ、一応他の部屋の探索へと向かう。
一階にあるのは6部屋だった。さっきの仏間の他に、リビングと境なしに面したダイニングキッチンと、家主の趣味らしいワインセラー部屋に来客用らしき和室がもう一つとダブルベッドの置かれた夫婦用らしき寝室。大きめの風呂場にトイレが一つ。
階段から二階へ向かうと、これまた家主の趣味らしい書斎と、子供部屋が二つの三部屋にトイレが一つ。
玄関に子供向けの靴は見当たらなかったし、洗濯物の量もあまり多くなかったから、子供はもう独り立ちしたセレブ老夫婦の家といったところだろうか。 上品な内装に生活水準の高さが伺える。
しばらくここに住んでしまいたいくらいに状態の良い家だが、何よりも嬉しかったのが、2つ目の子供部屋だ。耐震補強された天井まで届く本棚にはぎっしりと漫画が詰め込まれていて、ここで過ごす間の暇つぶしには事欠きそうにない。
ゲーム機やパソコンなんかもあったが、電気が通ってないからそちらはただの置物だった。
クローゼットや押入れの中にゾンビが紛れてないことも確認したし、家探しは明日にして今日は缶ビールと缶つまで乾杯しながら、ろうそくの明かりで懐かしの名作漫画でも読んで過ごすとしようか。……とても楽しみだ。
「かんぱーい」
聞いてる相手なんて誰も居ないというのに、気分が乗ってしまって言わずには居られなかった。
日も暮れてすっかり夜になってしまったが、ろうそく立てや食器の上に立てたろうそくの明かりでリビングはぼんやりと明るくなっている。
読書には少し苦労するかもしれないが、一人で酒盛りする分にはキャンプみたいでむしろ風情を感じるくらいだ。
缶詰の中からオイルに浸された牡蠣を爪楊枝で取り出し、ビールと一緒に頂きながら天井を見上げる。
終末世界にただ一人で目覚めるというのも最初こそ面食らったが、こうして自由気ままな放浪生活というのも性に合ってるし、まあまあ悪くない暮らしだった。
終




