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デカメロン同人  作者: 権兵衛(管理人)
52/201

第二十六夜|金管楽器の為のスケルツォ(2020)

author:時輪坊

 「なんてエキサイティング!」

 

 まさかここまでコトが進むとは思っていなかった。

 令和元年(2019)の暮れに中国、武漢で発生した新手のウィルス、covid-19は第一次世界大戦の頃流行したというスペイン風邪に続く厄介な流行病となり、世界的脅威となった。

 政府は緊急事態宣言を発令、不要、不急の外出や他県への移動を控えるように「お願い」という形で要請。

 その後、東京都での感染者数がボチボチ落ち着きだした令和二年(2020)五月末頃、政府は少しずつアラートを解除していった。


「そろそろ限界に達して来た自己自粛を解除してもいい頃だよね。」


 全裸で腹這いになってノートパソコンに向かい合う生活ですっかりぶよついてきた身体で、思いっきり猫がするような伸びをしてみる。


「こういうのも」


 うわ、重い。自分自身が重たい。


「精進落とし、って言っていいんじゃないのかな」


******

  

 たしか。ええと。

 とある内容の書籍群が20年前程前から出回っていたと、俺は記憶している。

 ポールアンカの親戚のひとりで、異星人「グレイ」に近い存在とチャネリングをして、世の中の悩める善男善女へ意外な視点から人生のアドバイスをするというものだ。

 これがまたどういうわけだか、


 「私、独立起業してます!、意識高い系ですぅ!」


 と自ら宣い、 わざわざスターバックスにモバイルパソコンを持ち込んで、


「ここは私のセカンドオフィスです!」


 なあんてアピールをする、全く持って鼻持ちならない方々におおいに受けているみたいなんだ。

 その宇宙からのアドバイザーが提唱するキーワードは「ワクワク」。

 一冊目が出版された後、その後に続いて出版された彼に関するたくさんの本では、最初の翻訳者に倣って皆一同に「ワクワク」と書いちゃうことがお約束になってしまっている。

 うん、多分、本国のアメリカや、六本木の小さなビルにある会社でのワークショップなんかが影響しているのだろう。

 もとの英語ではexcitingって言っている事だし。

 ざっくり同義ではあるのだけれど、いささかパワーの入れ具合が違うのじゃあなかろうか?


 ま、とにかく、今の俺は「なんてエキサイティング!」と思ったわけだ。

 そりゃあ、国民をケムに巻く政治家の皆様のように、何でも横文字にすりゃいいってものでもないことは承知している。

 これはね、とって代われる存在なんて、それこそいくらでもいる世代の癖であると、大目に見てほしい。


「新島に~行けば~ヤレる!そう信じてた~」


 な~~んて歌謡曲が、有ったか、無かったか。


 山梨県に行きさえすれば、きっと何らかのイイことがあるに違いない!と、何か月ぶりかで根拠のない、甘い昂りにもぉぉーーう、胸が心が弾むこと、弾むこと。

 実は昨日、WEB掲示板の体験談で、こんな書き込みを見つけたのさ。

 石和温泉駅周辺の農道で競輪選手がリハビリトレーニングをやっていて、これが大柄でマッチョないい男なんだと。

 で、練習を終えて、自家用車に自転車を仕舞ったその後で。


 まず、上半身だけ脱いでスポーツタオルを手際よく使って、念入りに汗を拭いていって。

 やがて周囲を気にしながらも全裸!すっかりすっぽんぽんになって、それこそ甲州ブドウみたいなたわわな睾丸をちらつかせながら、その鍛えあげた大腿と尻をプリプリとアピールして誘ってくるんだと!

 後ろに駐車して寝たフリをしていた目撃者はそのうちにじり寄っていって、自転車業界専門用語やらトレーニング専門用語を巧みに使ってそいつの脚の筋肉を褒めちぎり、撫でまわし、ついには選手と親密な仲になってしまったんだってよ。羨ましいねぇ。

 必ずしも自分がそんな目に合えるとは限らないけれど、我ながらうまいこと粉をかけられたものだと思うよ。 

 そんな話を見かけたものだから、タマラナイ。もういてもたってもいられない!

 俺はもうなんとかじりじりと焦げる気持ちを押さえ込みながら、浅草寺裏手の、有名プロレスラーの経営するジムの上の階にあるゲストハウスを飛び出したのさ。

 20歩いては20歩走り、というどこかで読んだ斥候術のハイキングテクニックを使ったのだけれど、もうスキップ気分だったね。


 早朝7:00、上野駅前のレンタカー店に到着。

 お手頃な白の軽自動車を一台借りた。一人で行くんで、見てくれなんてほんと、どうでもよかったんだ、安けりゃ。

 しかしまぁ、カーナビが付いている。パーキングブレーキがペダル式になっている。エンジンスタートはキーホールじゃなくて、スイッチになっている。

 そんでもって左後方のドアは運転席から操作できる自動ドア。トンネルに入れば勝手にライトを付けてくれる。

 なんといっても、オートマティックカー。

 ほんの少しボーッと生きている間に、世の機械文明はチャッチャと進行していたことにもう、俺って何をしていたんだかと。

 驚いちゃったよ。講習、マニュアル車だったからなぁ、俺の時代は。免許証は自動的に中型扱いになっている。


「さあてと、久々の運転だ!」


 店員さんにカーナビの扱いを簡単に教えてもらう。案外感覚的に扱えそうだ。

 とりあえず、行先に、は、と。

 山梨で評判の露天風呂の電話番号を打ち込んで入力完了。


******


 昼めしの時間に入る予定時刻よりも俺の軽は2時間程早めに山梨市内へ到着した。

 カーナビの時刻は十時三十分。

 WEBページの案内には頭っから、


「令和2年6月1日から営業再開!こうやってきてね」


 と、懇切丁寧にルート説明がしてある。

 これにはちょっと訳があってね。

 この露天風呂温泉は、施設オープン当初からカーナビゲーションが全く通用しないことでもう有名でさ。


「さて、では。カーナビの言うとおりにすると、どういった事が起こるのかねぇ。」


 折角時間となけなしの諭吉ちゃん叩いてここまでやってきたんだから、久しぶりの車の運転、それそのものをもう少しじっくり楽しみたい。


「ロック・ベルト・ミラーよし」


 自分でもおっかしくなるくらいの、自動車学校で習った教育所作そのまんまをやって、遥か上空の人工衛星からの案内に従ってみることにしよう。

 15分から20分位経過したかな?

 兄川沿い、県道31号線の民家と畑ばかりの狭い道の右手に、物凄く異様な物を見つけてぎょっとしてしたよ。有名な長野の万治の石仏そっくりの石像を見つけたんだ。なんかあっちのと関係があるのか?

 違う所といえば、あちら長野の物は伏せたライオンの身体に頭が乗っかっているスフィンクスだか、こちらといえば腹をこちらに向けてラッコのように寝そべって見える。

 さらに真向かいには石段四段のピラミッドみたいなもんがあってさ、これまたご丁寧にもてっぺんに石の球がポツンと一つ乗っかっていて、これとワンセットのつがいの形をとっているようだ。


「ふぉぉぉん。」


 特に何の特徴もないのっぺりとした正午の時報が、この田畑と住宅の寄り添った小さな谷間に響き渡る。あぁ、腹が減った。

 ふと、気が付いたのだが、これって確かB♭だ。

 俺は絶対音感なんて繊細な感覚は全く持って持ち合わせてはいないのだが、余りにもこの時報が機械的なパルス音だった事と、学生の頃生徒会で吹奏楽部の部長と予算の関係でかなり言い争い、彼らの演奏前にやらかすチューニングってやつが酷く汚らしく感じた事を覚えていた。


 「あいつらなんでまたB♭でチューニングしてたんだろうなぁ。Aの440ヘルツでやんないのは何故だったんだろう。」


 そんなとりとめもない事を一瞬考えた次の瞬間、たぶん目を開けたまま、何も見えてはいなかったのだと思う。

 1拍おいたその後、石像とピラミッドの中間あたりの電柱の陰から、綺麗な金髪を七三分けにした、黄色いTシャツにデニムのオーバーオールを履いた5歳くらいの白人の男の子が出てきた。 それが何とも変わっていて、瞳はオレンジ色。そんでもっ右手には泡立て器のような器具を持ってて、その中空部分にピンポン玉位の、彼自身の瞳によく似たオレンジ色の球体が浮いていた。

 胸をドン!と突かれたように怖かった。目の前の坊やがそれこそ天使のような満面の笑みで微笑んでいるにも関わらず、だ。

 それは絶対に出会ってはいかんやつだ。全身の細胞が猛烈に警告を発した。

 俺は急いで運転席に座ると、Uターンは諦めてすぐ前の丁字路を左折し、南下してフルーツラインへ出る道を選んだ。顔面が固くなり痺れを感じる。


「!!」


 ふとバックミラーに目をやると、こっちは時速50キロで走っているのにあの金髪の男の子が追いかけてきていた。いや、あれは?あの胴体は!


「人・面・犬」


 なんてこったい!

 さっきの金髪の男の子が、首から下が犬の姿で、もう追いついてきていた。


 「こら!なんで急に逃げやがる!俺も乗せてけ!この男色・色気豚!」


 男の子の首はなんと大人の声で怒鳴りつけて、俺の全身は更にビリビリと固まっちまった。


「バッコーーーン!」


 一瞬よそ見をしたのがいけなかった。カーブのところでガードレールに派手にぶつかってしまったらしい。

 両目の瞳は上を向き、視界が暗転した。


******


「ふぉぉぉぉぉん」

 

 間延びしたパルス音の時報で目を開けると、空は星一つ確認できない漆黒だった。


「気が付いたか、俺の バチェラー」


 大人の男の声がした。見上げるとオーバーオールの金髪5歳児がこちらを見下ろしている。暗闇にも関わらず、あいつの姿も周りの畑や道、家なんかもはっきりと見える。

 ちょっとまて。見下ろしている、だと?


「見習いは、まあ、これくらいからスタートするのがよかろう。」


 俺の手。いや、これは犬の前足?


「この国のテイスト、和風っていうのか?俺はけっこう気に入っていてな。柴犬の姿を採用させてもらう」


 俺はなんと、大人の両手に乗る程の小さな子犬の姿に変えられていた。


「これは弁当な、俺の分と一緒だ。しっかり担いでくるんだぞ。」


 ラップにそれぞれ包んだぼたもちを2個。小さい唐草模様の風呂敷でまとめて俺の首の後ろへ括り付けられちゃった。


「活動者名も”ぼたもち”でよかろう。俺はプルナマ・テンゲ・テンゲ・チャロン。プルナマで宜しい。じゃぁ、行くぞ。最初は30分くらいでいいか。」


 プルナマは人面犬の姿になると、とっとと先を歩いていきやがった。


「うぉーい、いくぞ!スケベ心の君よ」


 何もない空間にぽうっと、黒い穴、または球体とも思えるものが現れて、そこにしずしずと入っていく。するとそこは、岩だらけの洞窟になっていて、上へ、上へとごつごつした上り坂になっていた。

 上り詰めたところに丸い木のドアがあって、そいつを前足でトン!と開けた。

 パアッと明るく視野が広がる。

 そこはちょっとした広場になっており、前面は断崖絶壁、大海原の水平線が見える。左右に道が続いている事もなんとなくわかった。

 かなり険しい崖にになっていて、遥か下の方に海面があるみたいだ。磯の香りも、波の音も届かず、行く船が静止して見える。海面からかなりの高さなのだろう。


 「ちょっとここで一時停止な。」


 プルナマの右側に両前足を揃えて待っていたら、30秒もしないうちに向かって左方向からザクっザクっと杖を突きながら、身長2メートル程の一人の男がこちらへやってきた。

 麻のコーヒー袋を頭から被ったようなポンチョをまとい、顔はフードで見えにくい。粗末な荒縄をベルトの代わりに結び、そこへ持ち柄のついた銀の鈴を差し込んでいる。

 履物は革のサンダルで、1メートル程の杖を2本持ち、一つは三本目の脚として地面を突き、もう一本は先端に荷物をぶら下げ、ビンドルをしていた。

 男はこちらに顔を向けると、ニコッと笑う口元だけを見せた。

 麻のポンチョを翻し崖の方へ向かうと、腰につけていた銀鈴をかざしてチリチリチリと鳴らしながら時計回りに三回まわした。

 鈴を再び腰ひもに戻し、服装を整えると、なんと大男は海へ向かって、その空中に一歩を踏み出した!


「おい、ついていくぞ」


 え?え?大丈夫なのだろうか?

 おっかなびっくり先達の後をついていく。たしかに、目には見えないしっかりとした石灰岩でできて居るよう道はあるようだ。

 尾てい骨がキュンキュン縮む感覚を感じながら、空中の道を後からどうにかこうにかおぼつかなく着いていった。


 やがて空中に突き出した石造りの丸太橋の片側が現れると一行はそこを目掛けて下る。

 丸太橋を渡り切ったところで石段を7段下るとそこは、中央に噴水を設えた小さな公園になっていた。


「まあ、今日はここまでというところだな。段々と距離を延ばしていけばいい。」

「なぁ、俺たちはこんな奇妙な世界で、いったい何をするんだ?」

「俺たちは、(金管楽器の為のスケルツォ)を探しに行く。」


 ?

 なんだそれは。楽譜か、記録媒体のことだろうか。それともラッパにつける付属品か何か?


「まあ、78年程前にとある魔術師が創った護符だ」


 もっとまっとうに尋ねるべきことがあるのだが、疲れた。いや、頭が痺れる。


「さて、帰るとするかね。今度はお前が先頭を行け。なぁに、丸太橋の方向へ真っすぐと進むだけだ。」


 麻のポンチョの大男とはここで別れ、帰路についた。


******


 元の場所へ戻った。と言ってもいいのだろうか。それでも真っ暗で、そのくせ物がくっきりと見える妙な世界であることに違いなかった。

 プルナマはオーバーオールの姿に戻ると、俺の肩に乗った風呂敷包みを開いてぼたもちを露わにし、泡立て器のような器具を向け、時計回りに三回クルクルっと回して何やらまじないの言葉をかけた。


「我ら二人を、今一度地球の核と繋げたまへ」


 彼は一つをとり、もうひとつを俺が食べやすいように風呂敷とラップを地面に広げて用意してくれた。


 「あぁ、瑞々しいな。」


 ぼたもちとは、こんなにもうまい物だったろうか?スーパーマーケットの総菜コーナーで時々見かけるが、買って食おうとは今まで考えたこともない。この時の気分は、そうだな。死んで体を失った後、お供え物を頂くってのはこんな気分なんだろうなとシミジミ思ったよ。

 一個を食べ終わってから、ふと気が付くと、地面に引いた風呂敷が妙に小さくなっているような気がした。

 なんか蒼く明るい。あれ?なんだぁ!

 十六夜の月が南中し、俺は全裸で地面に這いつくばり月に向かって尻を突き上げていた。


 ふと身体を起こすと、すぐ目の前に俺の乗ってきたレンタカーがあり、何処にも傷も凹みも無いようであった。見渡せばここは畑の中の農道で、右手にはソーラーパネルシステムが並び、斜め左前方にはこの土地で有名な健康センターの看板が見えていた。


「うぉーい、ぼたもちよぉ」


 いつの間に来ていたのか、すぐ後ろには大きめのグレーのSUVが停まっていて、迷彩服の上から、ポケットの沢山ついたベストを羽織った腕の太い男が手を振ってきた。

 男は車からゆっくり降りてきた。月明かりが、太い腕、厚い胸を照らし。

 顔はといえば、この地方の英雄、信玄公の絵にそっくりの丸顔にくっきりと力強い眉と髭を生やしていた。


 「今夜は俺んちに泊まれ!、な?」


 そういうと、男は俺の腰の下あたりに両腕を回し、高めに抱き上げた。

 帽子のつばがひっかかり、とれて落ちるとその男の右の瞳の輪郭はうっすらオレンジ色に光っている。

 ふと改めて彼のSUVに目をやると、ルーフの上に逆さまにロードバイクが固定されていた。


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