第十二夜|一人ぼっちの時空旅行記
author: はち
Build Successful.
その一文を確認し、ボクは椅子にもたれ掛かって気の抜けた声を上げた。
「……出来たんですか? 博士」
振り返るとあの子が感情の乏しい表情でボクを見下ろしていた。その子に向けてボクは満面の笑みで返事をする。
「うん、出来たよ。ついに完成したんだ。タイムマシンが」
パソコンの向こうに鎮座しているそれを見上げ、ボクは達成感に酔いしれる。
これを開発するのにどれだけ苦労したことか……いかんいかん、数えきれないほどの失敗を思い出して遠い目をしてしまった。
「これで私は、未来に帰れるんですね」
その言葉にボクは大きく頷いて答える。
ボクの助手を務めていたこの子は未来からやって来た。なんの因果か時空転移の技術について研究していたボクの目の前に突然現れたのだ。
この子が乗っていたタイムマシンは過去にしか行けないものだったようで、この時代に来たのは良いものの帰るすべは持ち合わせてはいなかった。
未来に戻って、過去に行けた事を他の研究員にも伝えたい。そして未来に行けるボクのタイムマシンをさらなる技術の進歩に利用したいというのがこの子の言い分である。
実際にタイムマシンに乗ってきたのだから、疑う余地などない。
ボクはこの子が乗ってきたタイムマシンの技術を応用して未来に行く事ができるタイムマシンを完成させた。
「完成したとはいえ、本当に未来に転移できるかは実績がないから証明できないけどね」
「博士が作ったのならきっと大丈夫です」
柔らかく笑って見せるその表情に思わず戸惑ってしまう。ボクが目を泳がせている間にあの子は部屋を出て行ってしまった。
「…………もう準備はできていたのかい?」
「えぇ、一週間ほど前から準備はしていました」
然程大きくないリュックを持って戻ってきた姿を見て、ボクは訊いた。
脇に置くとボクの正面へと立ち、深く頭を下げる。
「私のためにタイムマシンを作ってくれて、ありがとうございました」
「何を言っているんだ。これはボクの研究でもあるんだから、お互い様だろう? 頭を上げてくれ」
ボクが笑うと、納得のいっていない表情でボクを見る。呆れたようにため息を吐くと脇に置いていたリュックを背負ってタイムマシンへ乗り込むべく歩を進めた。
「あ! ちょっと……」
振り返ったあの子の眼が準備不足でもあったのかと問いかけてくる。その目は、その表情は先程見せた笑みなど元々存在していなかったのではと思わせるほどに無機質なものへと変わっていた。
その目が語り掛けてくる。お前はもう用済みなのだと。
躊躇ったのは一瞬で、ボクは真正面からその目を見つめて懇願した。
「ボクも一緒に連れて行ってはくれないだろうか」
ボクの言葉を聞いて、あの子の顔に面倒くさいといった色が混じってくる。
その表情から、ボクに対して愛情などないのだとわかってしまう。たとえボクがその子に愛着を持っていたとしても、だ。
「博士、一緒に未来に来たところで残念ながら私は博士の望みを叶えてあげる事はできませんよ」
「それは覚悟の上だよ」
「それに、あなたが未来に行ってしまえばこの時代ではあなたは行方不明者となる。いずれ誰かが――もしかして、私が来た時からあなたはそのつもりでいたのですか?」
その言葉にボクは笑って見せると、こめかみに指を当てて眉間に深くしわを刻み込む。
「通りで外に出ることもせず、誰と会うこともしなかったのですね……もっと早くに気付くべきでした。それだけ前から決めていたのなら私は止めません。……何を言っても行くつもりなんでしょう?」
「キミはよくボクの事を理解してくれているね」
ボクの上機嫌な物言いが気に食わなかったのか、思い切り鼻を鳴らして今度こそタイムマシンに乗り込む。
その後にくっつくようにボクは後に続く。ボクとこの子の背格好に差がないことに、否が応でも気づいてしまう。
年齢など些事でしかないと思っていたが、この子の二倍以上歳をとっているのに形として大差がないことを突き付けられてしまうと、自身は全く成長してないのではと考えてしまう。
今更、どう思おうとこの子には関係のない事である。成長の有無はこの実験が終わってから考えればいい。
中はちょうど座席が二つ設置されていた。明らかに二人用に作られていた事に今更ながら気づいたのか、あの子は少し自己嫌悪に襲われているようだ。
「えっと、何年後だっけ?」
「七十二年後です。……本当によろしいのですか?」
念を押すように問われる。この子の心配も尤もだ、何せこのタイムマシンは未来にしか行けないのだから。
ボクは過去に行く事の出来るタイムマシンのベクトルを未来へと向けただけに過ぎない。それをボクの発明とするのはあまりにもおこがましい。
……だからこそ、この時代に未練がないのかもしれない。ボクの技術でないのなら、どのみちこの時代にボクの足跡は残せない。
「拒絶した割にはボクの事を心配してくれるんだね。本当は一緒に居たいんじゃないのかい?」
「まさか、ご冗談を」
「その通り、ただの冗談だよ」
肩を竦めて見せ、タイムマシンの設定をする。行先は七十二年後、この子が生きていた時代。
シートに腰を掛け、向かい合わせて座る。互いに正面を向いているのに、何処か視線が合わない。視界の端にただ姿を映す程度に見るようにしているのはなぜだろう。
「……緊張、しているのですか?」
「キミだってそうだろう? あいにくと心電図は搭載されていないけどもしあったなら相当な心拍数なんじゃないかな」
「今日はいつもより饒舌なんですね」
「いつも通りさ」
やはり視線は交錯しない。それでも、互いに緊張しているのは空気で感じることができる。
それがわかるくらいにはボクとこの子は共に過ごしてきた。
この子から名前を教えてもらった覚えはない。ボクも、名乗った覚えはない。気づいたらボクはこの子をキミと呼び、この子はボクを博士と呼んでいた。
名前など、個体を識別するための呼称に過ぎない。互いが互いを判別できるのであれば呼び方は何だってかまわない。ボクにとって「キミ」と言えばこの子であり、この子にとって「博士」と言えばボクである。それだけで十分だった。
そういった淡白な面も含めて、ボクとこの子はよく似ている。
それがボクにとっては形容しがたい感情を抱かせる訳だけれど。
「私が押してもいいですか?」
意外な要望に一瞬言葉が出てこなかった。きっとボクは気の抜けたような表情をしていた事だろう。その表情を見て、少し顔を赤らめて口を尖らせている。
「いけませんか?」
「キミにとっては元の時代に帰れる記念すべき瞬間だもんね。遠慮することはない、どうぞ?」
手のひらを見せてジェスチャーするも、不満そうな顔は消えはしなかった。
未来に戻るためにタイムマシンを作ってほしい、それ以外この子がボクにお願いをしたことなど一度もなかったのだから呆けてしまうのも致し方のないことなのだと察してほしい。
機嫌を損ねてしまったことに少しばかり後悔しつつ、きっと未来に戻れば感動でそれどころではなくなるだろうと思いなおすことにした。今しばらく、この微妙な空気を堪能する事としよう。
細い手が伸び、実行ボタンを押下する。
途端に激しい振動が一帯に響き渡り、脳を直接揺さぶられているような感覚が襲い掛かってきた。
吐きそうになるのを必死でこらえながら、自身が若くないことを悟る。
残念ながら、向かいの席に気を配る余裕はなかった。未来に帰れる希望を胸に抱きながら、いったいどんな表情をしていたのか知りたかった気がしなくもない。
時空転移。空間を歪ませてタイムマシンごと自分たちを圧縮してカプセル化を行い、時空の渦へと射出する。人体、存在の圧縮化などよく考えたものだと未来の科学者に対して称賛を送りたい。
……乗り心地は最悪だが。どうか、先の未来ではもっと乗り手の事を考慮した設計をしてくれることを心の底からボクは願っている。
ともあれ、残念ながらボクの意識はほんの数分と保つことはなかった。視界、ついで感覚が消失して椅子に座っているのかどうかすらあやふやになる。
――この感覚は、もう二度と味わいたくはなかった。
目を開ける。
まだ感覚が朧げだが、目の前の景色は意識を手放す前と変わらないことに安堵する。――いや、向かいに座っていたあの子の姿がない。視界をスライドさせると扉が開かれ、外の景色が見える。独房のような、薄暗い空間が広がっていた。
外に出ようと自身を固定していた安全ベルトを外そうとするが、転移の影響で壊れてしまったのか外れる気配はない。五体満足であるとはいえ、体全身に未だ力は入らない。もしかしたら立ち上がることすら出来ないかもしれないと思い
「成功したのかい?」
薄暗いせいか視認することはできなかったが、気配は感じていた。声をかけるとその気配がぴたりと停止する。
「起きたのですね。具合はどうですか?」
平坦な声音が、外から響いた。砂利の擦れる音、廃墟のような雰囲気に本能的に肌が泡立つ。
「最高にいいね。初めての感覚に酔いしれているせいでまだ立てそうにはないけれど……来たばかりのキミを思い出すよ」
「軽口を言える程度には元気のようですね。博士の発明は見事に成功しましたよ。ここは、私の元居た時代です。私がタイムスリップしてからまだ二時間と経っていないようです」
ひとまず、自身の発明が成功していたことに安堵の息を吐く。ここで失敗してしまったらすべてが無駄になる。
あの子はボクのところまで来ると手のひらほどの端末を寄こして来た。受け取ると目の前の空間に画面のようなものが映し出される。脳が距離感を掴めずに焦点が合わなかったが、数秒ほどで順応した。目の前にはボクの居た時代、タイムスリップしてから一年の情報が時系列として並んでいた。
「画面からわかる通り、あれ以降もあなたは行方不明者としても扱われずヒト一人が消えたという事実は世間に露呈されていません」
「ボクの日頃の行いが功を奏したということか」
行方不明になったとしても誰一人そのことに気付いていないというのは、自分からそう仕向けた事とはいえ如何に自身が世間にとって矮小であるかを突きつけられているようでなんとも皮肉な話である。
この頃から――否、きっともっと昔から世界はボクと同じように淡白なのものだったのだろう。
「……これが現在の正史です。私が居た時と【何の変化もない】。意味はわかりますか?」
「タイムパラドクスが起きていないということかい?」
ボクの問いにあの子が口の端を吊り上げる。三日月を象った口元、狂気じみた眼がボクを射抜く。今まで見た事のない表情にゾッとはするが、驚くほどではない。
この子の目的は知っていた。元の時代に戻って発明者たちにタイムトラベルが成功したことを伝えたいというのは事実だが、それは過程であって目的ではない。
この子の目的は――
「えぇ……えぇえぇ、あなたは何も発明することなく、世間に影響を与えることもなく誰に認められることもなくその生を終えるはずだった。だからこそ利用したのです。だからこそ利用できたのです」
恍惚にその顔を歪め、自身の言葉にその心を高揚させていく。まるで、溢れ出てきそうな恐怖を無理矢理抑え込むかのように自身の言葉に酔いしれようとしている。大仰に両手を広げ、高らかに話す姿は場所が場所であったならまるで奇術師のようであっただろう。
「前口上はいい。その手にあるものを見ると、今すぐにでもやりたい事に身を投じたいはずだ。ボクを絶望させてその表情を見て愉しむほどキミはサディストではないだろう?」
興覚めしたかのようにあの子の顔から表情が消える。いつものようにため息を吐くような様子もない。
表情筋をすべて弛緩させたような無を張り付けて――だけれど眼だけは冷え切ったようにボクを見下ろしてあの子は手に持った銃をわざとらしく音を立てて持ち直した。
「……博士はよく私の事を理解してくれていますね」
「嬉しいかい?」
そりゃそうだ、付き合ってきた時間を覚えばこのくらいは理解できるというものだ。
この子が何を望み、これから何を為そうとしているのか、とうの昔から知っていた。
わざとらしくニヤリと笑って見せたが、顔を歪める素振りすらなかった。ここでボクを切り捨て、自分の目的を果たすことで頭がいっぱいになっている。
「理解していたうえで尚、私についてきた事は理解できませんが。私がこれから何をしようとしているのか、わかっているんじゃないですか?」
「過去に送られることはキミの意思ではなかったんだろ。要するに復讐だ。自分をこんな目に合わせた科学者達へ……いや、組織か」
力の入らない手で腰のベルトをガチャガチャと音を立てながら外そうとするが、連結部分が壊れてしまっているせいで引きちぎったりしない限りは外れそうにない。
ボクの様子を見てあの子の口角がほんの少しだけ上がった。
自身の感情を隠すように口元を押さえ、再度タイムマシンの中へと足を運ぶ。ボクが先程して見せたようにパネルを操作して起動の準備をする。
「その通りです。私には仲間がいました。過去に飛ばされた時点で何らかのアクションを起こして過去を変えてしまえば仲間はおろか、私という存在すら消えてしまう可能性があります。それでは意味がない……だから過去を変えず、この時代に戻る必要があったのです。博士が未来に来てくれたのはこちらにとって好都合でした。タイムマシンをもう一度作られてしまっては歴史に名が残ってしまう。そうなればまた過去改変が発生するリスクがあった」
淡々と設定を進めながら、思い出話のように自身の思惑を語る。それが意味するのはボクとの離別に他ならない。
冥途の土産に教えてやろう、とかそんな感じだ。自身の計画が上手くいっている事に安堵し、気が緩んでいる証拠でもある。
この子は既にボクが未来へ転送された後の事しか考えていないのだろう。心が赴くままに思考を吐露していくさまは実に愚かしい。
「だから……嬉しかったですよ。貴方が来てくれると言ってくれた時は」
タイムマシンが完成した時と同じような笑みを浮かべ、ボクの頬に口づけをする。
一歩、また一歩とゆっくりと下がりながら、その表情が険しく変化していく。
「いくらタイムマシンがあったとしても、過去を変えるのは危険すぎる。だからこそ私はこの手でその復讐を果たすんです。仲間が同じような目に合わないように私が……」
まるで出ていくのを待っていたかのようなタイミングで扉が閉まっていく。薄暗い室内がより一層暗くなっていく中で、ボクはずっとあの子を見つめていた。
表情が狂気で歪んでいく。口角を吊り上げ、噛み締めた白い歯が露出する。瞳孔が細くなり、これ以上ないほどに眼が見開かれる。
復讐者は希望の言葉を紡ぐ。
「――私が未来を変える」
その言葉を最後に扉は閉ざされてしまった。
シートにもたれ、深々と息を吐いた。起動音と共に強い振動が身体を揺さぶる。あと少しすればまたボクは未来に飛ばされるだろう。次は二十八年後、元居た時代からちょうど百年後の世界だ。
あの子はこれから仲間を助けるべく、組織に乗り込んで―――失敗する。それはもう確定された未来だ。【過去】を変えることができないことをボクはよく知っている。
なぜならボクは、未来のあの子なのだから。
何となく抵抗しているように見せたものの、上手く騙せていただろうか。まぁ、そうでなくてもあの子は復讐の事しか考えていなかった事は嫌というほど理解している。
なんともまぁ、愚かしいことだ。
ZX-WH203。識別番号という名のただの記号の羅列。だからこそボクらは名前を口にしなかった。
博士とキミ、互いにとってその呼び方が一番心地良かったことをボクだけがよく知っている。
あの子は過去に送られた唯一の生還者として歓迎される。そして二十八年間、人体実験という地獄のような苦痛の日々を過ごすこととなるだろう。
自分自身が故に愛着はあった。罪悪感はあれどその過程を決して変えることはできない。最終的には百五年前の廃墟へと送られることはすでに確定している。
やっと、やっとここまで来れた。過去を変えないように細心の注意を払いながら、現代に導かれるよう綿密に計画を立ててきた。
あと少しだ。あと少しでボクは――。
今度こそ。
「ボクが未来を変える」




