表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デカメロン同人  作者: 権兵衛(管理人)
102/201

第五十一夜|傀儡子

author:権兵衛

二百二十束。


「なんだ、これっぱかりか」

運びこまれた田租のすくなさに、愛宕(あたご)は眼をうたがった。

愛宕の問いを黙殺して去ろうとした越智(おち)に、ぬぎたての(くつ)を振りかぶって思いきり投げつけた。沓は直線にちかい弧をえがいて、越智のあたまに当たった。

「これっぱかりでございますが」

越智が頭をさすりながら、くるる戸のほうをちらちら見やっては、逃げだす間合いをさぐっている。

「ならん、ならん。この度朔(どさく)の邦に住む以上、なんぴとたりとも租税を逃れることはできぬ。税吏を呼んで参れ」


税吏の牛頭ごずが登場。

「いま、めしを食っていたところでございますが」

「口になにかを含みながら参上するとは、なんという無礼な男であろう。わしは一介の郡代にすぎぬが、帝にかわって(まつりごと)を執る身であるぞ。わしの云うことにさからうとは、おそれ多くも帝のご意思に……」

「わかった、わかりましたよ。で何のご用です」

「田租が(すく)なすぎるのである」

「これくらいあれば、ひと月は腹いっぱい食えるでしょ」

牛頭ごず、おまえは莫迦だな。わしひとりで食うと思ったか。この隞のみやこには、わし以外に何人の王族がいると思う。それに、おまえのような盆暗(ぼんくら)をはじめとする諸官諸侯が、何百人いると思う。それ、そのおまえの食っている肴菜(さかな)とて、ただではないのだぞ」

「御意にございます、郡代閣下。やれやれ、とんだ大口舌(おおくぜつ)

「なにか、言ったか」

「いいえ、何も」

「あれ、さっきまで此処にいた珍竹林(ちんちくりん)はどこに行った」

「愛宕さま、わたしは此処でございます」

「越智よ。お前はあたまを下げると、とたんに見えなくなるな。あやまって踏んでしまわぬとも限らない。それ、そうやって、いつも背骨をしゃんとして立っておれ」

「しかしそれでは、さすがに礼法に(もと)ります」

()ても()ても、しょうもない処で律儀なやつだ。ねがわくばその実直を、徴税のおりふしに(ふる)ってもらいたいものだ。どれこのわしが出向いて、手本をみせて進ぜよう」

「え、愛宕さまじきじきにで、ございますか」

「当然じゃ。実地にことにも当たれぬものが、いかで諸官に長たるべき。おまえたち、百姓どもを前にしても、決してわしの身分を明かすでないぞ。郡代の身分を笠に着たなどを思われては癪に障る」

かような経緯があったればこそ、いばりんぼうの郡代が丞相と税吏を引き連れ壟畝(いなか)へとやって来た次第である。


道々牛頭ごずの云うには、長雨のあとの旱天(ひでり)で、稲が思うように育たなかったのだという。

「しかしわが邦には幾万もの民がいるのだぞ。お前たち税吏がかけずり回って、ひっかき(あつ)めて、ほんの二百束そこらにしかならぬ為体(ていたらく)

牛頭(ごず)越智(おち)も、愛宕のいやごとを耳にしつつも、なにかもの云いたげな顔をしたまま黙って駒をすすめるばかり。

「まったく、つごうのわるい時にこそ聾か、唖になりおるのだから」

「愛宕さま」

仏頂面を提げたまま、越智は()く手の(がけ)に穴居する漂泊民の集落を指さした。


***


「おや、ここにこんな(むら)があったとは」

呑気にかまえる愛宕に、つまらなそうな(かお)のまま、越智(おち)が注進した。

「愛宕さま、こいつらは漂泊民でございます。今日ここにこうして在っても、もう明日にはどこへともなく流れゆくような、そんな当てにならない連中でございますよ」

「なんとなんと。そんな気ままな連中が、わが度朔の邦にいようとは」

「また、あんなことを云って。先にも何回かご注進申しあげましたはずですがね」

「して、何ゆえわしを此処へ連れてきたのだね。田租ならば百姓の……」

越智(おち)はもうそれには応えず、黙ってどんどん階梯をのぼってしまった。

愛宕のうしろで税吏の牛頭(ごず)がため息をつく。

「まあ、行ってやつらの話をきいてごらんなさい。少しはわしらの気苦労が知れるでしょうから」


相変わらず無礼なやつめと、愛宕はうしろをゆく牛頭(ごず)を頭ごなしに叱りつけ、やはり階梯をのぼってゆく。

すでに述べた通り、漂泊民の集落は断崖をうがち、風雨を避けるばかりの簡素きわまりない造り。そこへ階梯とは名ばかりの()()()()()をかけ昇り降りするようすは、あたかも芋虫が猛禽をさけ、糸を吐き吐き、枝からつたい降りるような、そんな滑稽なふぜいであった。

ひときわ大きな(あなぐら)の入り口までたどり着くと、牛頭ごず愛宕(あたご)をうながして、即席の地面へと降り立った。

「なんだ、また新しいのを連れてきやがったな」

(あなぐら)の奥から鈍重な、それでも押し出しのきいた声がした、その返す刀に牛頭(ごず)が身をのりだし、拳をかためて暗闇に向かってすごんで見せた。

「いいから出てこい、この盆暗(ぼんくら)め」

そのあまりにも身も蓋もない示威行為に、愛宕は笑いだすことすら忘れて、ただきょとんとした(かお)のまま(あなぐら)の奥に目をやった。


***


「けっきょく、こいつら租税の何たるかを」少しずつ機嫌を戻しつつある越智が、愛宕のかわりになぜか上座に居すわって、ぷかりと煙管をくゆらせた。「判っとらんのです」

その隣には、上座を越智に明け渡した首長の羽黒(はぐろ)が、不本意そのものの表情を浮かべたまま、(あなぐら)にようやくおさまり切るほどの巨躯を丸めている。

「お前らが――」

不機嫌そうに羽黒が口火をきったその刹那、返すがたなで差しむかいに腰をおろした牛頭(ごず)が大音声を轟かせた。

「黙っていろ、この唐変木め」

当の牛頭(ごず)本人をして驚かしむる音量である。他の面々の恐慌においては推して知るべし。

牛頭(ごず)君も太初(はな)からこんな権柄ずくであったわけでない、たしかに最初のうちは右どなりにすわる越智か、あるいは左どなりにすわる愛宕と同様、なんとか平和裡に渠等(かれら)と打ちとけ、四季折々に山海の美味佳肴を主君のため、国家のために貢納せしめん、そう腐心した若々しい時代もあったかもしれない。しかしながら、その血のにじむような積みかさねをことごとく裏切られ五年もたてば、たださえ短気な(かれ)の堪忍袋が今さらぷつぷつと切れはじめるのも無理からぬことであった。

「では、お手本を」

一息ついて牛頭(ごず)が傍らの上官殿に水をむけた。併しながら(あらかじ)め思いえがいた職掌とは(おおき)に隔たりを感じていた愛宕、それに応えず、かわりにぼそりと苦言を呈した。

「さは云え、わしは百姓に田租をだな――」

「愛宕さまのおっしゃる幾万の民草、こいつらも入っているのでございますよ」言下に牛頭(ごず)が、愛宕のちょうど耳もとで声を殺した。その傍らで越智が云う。

「この度朔(どさく)の邦に住む以上、なんぴとたりとも租税を逃れることはできぬ。先刻(さっき)愛宕さまはそうおっしゃいました」

「う……」

生まれながらの漂泊の徒に、田夫とおなじき因習(ならわし)を教えこもうには、それこそ何年あっても――。

言いかけた弱音は、目の前にに居直る麾下のものの視線と、出かけるまえに自らが云いつのった大言壮語のために、喉を出るまえにしおしおと萎え、腹におりて行くのを愛宕は感じていた。


羽黒は羽黒で要領をえぬまま、あくまでも性質(たち)のわるい賊に目をつけられた体。しばらく回らぬ頭を無理にかき回しては、途方にくれたような顔つきで天を仰いだ。

清滝きよたき

覚悟をきめた様子で羽黒(はぐろ)、奥の間の暗闇にうすぼんやりと浮かびあがる木戸にむかって正妻の名を呼んだ。


***


出てきた女子(おなご)は合わせて六人、いや七人いただろうか、入れ替わりに酌をするやら傍らに寄りそい品をつくるやら、どれが本物(ほん)清滝(きよたき)で残りが(かれめかけやら、皆目見当がつかない。

つまるところ、首長たる羽黒(はぐろ)のついに悪逆非道なる山賊(やまがつ)の軍門にくだり、妻を、身内を犠牲に一世一代の色じかけに出た――租税どころか国家すらも埒外の(かれ)にとってはおおかた、そんな筋書きであるにちがいなかった。

もとより越智と牛頭、まといつく女子衆を歯牙にもかけるようすがない。身ひとつ来ようものならまだ話はべつであるが、いまは目のまえに上官どのが鎮座ましましているのであったから、どんなに色目をつかわれても、とにかく眼をかたく(つむ)りやりすごすしか(すべ)はないのである。


そんな兇悪なる賊衆のそぶりを看てとったか、あるいは天性の勘というべきか、女子衆は渠等(かれら)三人のうちいずれが頭目であるのか知りつつあった。

すなわち牛頭と、越智のもとからあたかも潮がひくように女子衆がはなれてゆき、そのねらいを頭目たる愛宕にさだめたのであった。

名誉ある郡代閣下とても、ひと皮むいてしまえばひとりの男子(おのこ)である、加えて愛宕は男子のなかでも特に腎張(じんばり)なほうであった。愛宕は内心歓喜にむせびつつも、やはりそこは部下のてまえ、太腿(ふともも)にぐっと爪をたてて我慢する。耐えて耐えてそのあげく、ついに理性の緒が絶えてしまうかに見えた、その刹那。


「もうよい、お前たちは、後ろに下がっておいで」

見ればなにやら思いつめたような表情で羽黒(はぐろ)が直々、愛宕のもとにいざりより、(いや)(おう)もない、ぐっと握った手を力まかせに手前に引いた。

「おい、やめろ」

かわすいとまも、あらばこそ。越智も牛頭も、郡代閣下が自分らの名をよぶために絞った咽喉が、何かほかのもので奥までふさがれたように聞こえた。

「なにをいまさら。御身の本懐は、これであろう」

「ちがう、ちがう」

気をきかせた清滝が――(いや)(めかけ)のひとりかもしれないが、奥の間のあかりをすべて落としたために、ふたりの声だけとなったそれは、ふしぎなことに(おもむき)深くさえ感ぜられてくるのであった。


主人が本懐をとげたいま、いかで配下のわれわれが拱手傍観できようか。越智と牛頭は、それぞれ傍らにいた妾のひとりと――(いや)、もしかしたら清滝かもしれないが、手をとりあって別の穴居へと消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ