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 9話 口中雌黄



「いや、ダメだ。俺が佐山の家に行ったら、足がついた場合、佐山に迷惑がかかる」



とは言いつつも俺には、もう一つの懸念材料がある。

光結以外の女の子の家など、行ったことがないのだ。

光結は、光結以外の女の子の家に行こうとすると怒ったし、10年前異能が発現してからは、能無しとして蔑まれて来たので、そんな事は一切体験したことがないのだ。それに加えてさっきからなんだか、佐山の様子がおかしい。今も俺の方を見て恍惚とした笑みを浮かべている。



「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。なにも取って食うわけじゃないんだし」



佐山は俺の発言から心の機微を感じ取ったのか、俺の発言とは全く関係ないフォローを入れてくる。が、ちゃんと家に行けないもう一つの理由を当てられてしまったようだ。ただ、フォローの内容が出まかせにしか聞こえないのは、気のせいだろうか。



(エスパーかよ)



「それにその点については、対策済みよ。うちに不可視化の異能を持つ執行官がいるわ。この人に同行してもらうつもりよ」



佐山が手招きをすると、サングラスをかけた、スーツの男性が入ってくる。がたいがいい。この人の異能は本当に不可視化なのか、怪力とかじゃないのかと疑いつつも明らかに俺達より年上の男性に指示している佐山は、まるで女王蜂のようで、佐山って凄い奴なんだなと思ったが、ついに佐山の家に行かない口実がなくなってしまったことに気づいた俺は覚悟を決めた。



「そりゃ、俺にとっては願っても無い話だが、佐山の家は本当にいいのか?ほら、蘭さんの許可とか?」



「お母さんも、大したもてなしはできないけれどよかったら来て、って言っていたわよ」



ここまでお膳立てしてもらって行きませんとは言えず他に方法も思いつかなかったので、お言葉に甘えることにした。



「そうか、じゃあ、お言葉に甘えようかな」



「よし!じゃあ決まりね!体の調子はどう?いつ頃退院できそう?」



こんなに、早口で興奮している佐山は、初めて見た。

いつも俺たちとは違いどこか大人びていて達観している彼女にこんな遠足前夜の子供のようなはしゃぎ方をされると、ギャップを感じてしまう。ヤバイ、可愛い。



一瞬、目の前の佐山に心を奪われていたが気を取り直して質問の回答を吟味する。やはり、1分1秒でも早くここから出なくてはならない。俺の病室は中にいる佐山の他にも多数の執行官で警備されているらしい。病室側からしても物騒で落ち着かないだろうし、俺としても申し訳なくてとにかく居ずらい。まだ本調子ではないがここは、少し無理が必要だろう。



「明日には、退院するよ。病院に悪いし。管理局のみなさんにも悪いし」



「そうね、じゃあ明日の夕方ね!決まり!・・・・ふふっ楽しみだわ」



結構シリアスな話であるはずなんだが、佐山がまるで子供が遊びの約束を取り付けるように言ったことで少し気分が高揚し楽になった。佐山の " 俺を元気付けるために " と意図してのことだろうか。もしそうならやはり佐山はすごい奴だ。が、そうではない気がするのは俺の気のせいだろうか。




************************




次の日の夕方、俺たちは予定通り佐山の家への移動を開始した。佐山の家は病院からそう遠くない立地だったので、電車で移動することになった。というのも、不可視化の異能は異能者が触れているものを不可視化するという異能で、車程度の物だと車ごと不可視化してしまい、事故をする確率が高いという事で公共交通機関を使用するという話になったからだ。



ただ、無賃乗車する訳には行かないので改札を通る時だけは不可視化を解かなくてはならない。俺は生まれて初めて帽子にマスクにメガネと、不審者一歩手前の格好をすることになってしまったが、佐山は「似合っているわ」と褒めてくれた。目元しか見えないのに似合ってるもクソもないだろうと冗談だと思ったが、佐山が割と本気の表情をしていたので、少し怖くなった。



が、本当に怖いのは現在の状況だ。複数の人を不可視化する場合、異能者に触れている人に触れることで新しく接触した人も不可視化できるのだが、佐山は今、俺の左腕に抱きついている。人目がないことをいいことに、距離が異常に近い。佐山はやっぱり最近どこかおかしい。もともとこんな大胆なことをする奴じゃなかった気がする。病室の件があってからというもの俺と佐山はお互いの距離感を図りかねていた。



やはり、「近くないか?」の一言は言っておくべきだろう。不可視化しているのであまり大きな声は出せないが、駅の人混みの中なら小声で話すくらいにはかまわないと判断し、俺は佐山に話しかける。



「さ、佐山。あのさ、近っ」



「当ててるのよ」



耳元で発せられた、甘美な声に遮られた俺の言葉は、

意味を、続きを、失い、宙を舞った。



(いや、当たってるとは思っていたけど、そんなこと聞いていないんですが!)



なんか、もう・・・やばい。

 



************************




不可視化の執行官の方は家に着くなりかえってしまった。正直今の佐山と2人きりにしないでほしい。佐山の家はマンションだった。内装も必要最低限の家具が揃っているという感じで、お偉いさんの娘、女子高生が住んでいる家にしては、なんだか物寂しく感じた。



「マンションなんだな」



「ええ、いくら局長だからって、このご時世じゃ贅沢なんて言ってられないわ。ああ見えてお母さん必要最低限の給料しか貰わないし、かなり倹約家なのよ」



やっぱり、蘭さんは記者には国民の気持ちが分からないなんて言われていたけど、彼女も元はしがない研究員だったのだ。国民のことを考えて生活しているんだろう。相変わらず、人格者だな。



「すっかり遅くなってしまったわね。お腹すいたでしょ。何か買ってくるわ。本当は司くんに手料理を振る舞ってあげたいのだけれど、生憎私は料理が苦手でね

食べさせたら余計に具合が悪くなりそうなのでやめておくわ」



「なら、俺が作るよ。居候するだけってのも悪いし。

何かやらせてくれ」



「気持ちは嬉しいけど遠慮しておくわ。司くんまだ病み上がりでしょ。お客様でもあり病人でもあるあなたに無理はさせられないわ」



「なら一緒に作らないか?俺も別に料理が得意なわけじゃないが、簡単な物なら佐山に教えられると思うし、いつも俺が作ってちゃ、俺が居なくなったときの根本的な問題の解決にならないだろ?」



我ながらいい理由じゃないんだろうか? " 魚を与えるより魚の釣り方を教えろ " とは、よく言ったものだ。



「本当なら、そこは " 料理ぐらいこれからはずっと俺が作ってやる " って言って欲しい所だけれど、司くんのそう言うところ、好きよ」



「あ、ああ」



(やばい、料理どころじゃないかもしれない)



佐山の家の冷蔵庫には、実は佐山も練習しようと思っていたらしく、それなりに食材や調味料が入っていたので当初練習する予定だった、生姜焼きと味噌汁、ご飯を作ることにした。最初は " 猫の手 " もおぼつかなかった佐山だったが、元のスペックの高さ故だろうか最後は付け合わせのキャベツの千切りをそつなくこなしていた。



対して俺の方はと言うと、先刻のようなボディタッチや精神攻撃が、飛んでこないかとドキドキしていたが佐山もさすがにそこはわきまえているらしく、何もしてこなかったので、なんだか肩透かしを喰らってしまった。恥ずかしい。



料理が完成すると、佐山は未だ帰らない蘭さんの分にラップを掛けて言った。



「一人で作るのとは大違いね。私が作ったんじゃないみたいだわ。これも司くんのおかげね」



「いや、作ったのは間違いなく佐山だよ。上達早くてびっくりした。流石、佐山だな」



「そ、そうかしら。それじゃ、早く食べましょう!」



赤面した佐山が話を切り上げるためか、食事の開始を催促する。



「え、?蘭さんは待たなくていいのか?」



「あれ、言ってなかったかしら?」



なにやら言い方がわざとらしい。まさかとはおもうが・・・・



「今日お母さん、家に居ないんだよね」



正統派ヒロインが主人公に言いそうなそのセリフは俺の脳内にやけに官能的に響いた。



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