3話 嫌な音
「悪いがそれはできない」
俺は先程までとは異なる強い剣幕で断った。
「俺の事を悪く言うつもりなら好きに言えばいい。もう既に死んでいる様なもんだ」
「なぜだ?どうして引き受けない!」
飯田も口調を取り繕うのを、やめたようだ。
折角のイケメンを台無しにする鬼の形相で睨めつけてくる。
「俺も光結が好きだからだ」
よりにもよって今まで溜め込んでいた感情をコイツに吐露することになろうとは思わなかったがこの際もう関係ないだろう。
「はぁ?能無しのお前ごときが、高橋さんに振り向いてもらえる訳ないだろ。現にお前は幼馴染みの関係から進展していないじゃないか!」
それは飯田の言う通りだろう。俺はとんでもない腰抜けだった。今日だってこんなことが無ければ俺の心は決まらず、幼馴染みという関係に甘じた惰性の日々を送っていただろう。もしそうなれば、俺は光結を縛り付けるただの鎖だ。そういう意味では、飯田に感謝しなければならないだろう。
「それはやってみないとわからないないだろ?」
「ハッ、良いだろう、、、重命 司! 僕と勝負しろ!」
「ああ、最初からそのつもりだ。方法はどうする?」
「明日の昼休み、お前がグラウンドに彼女を呼び出し、公衆の面前で正々堂々2人同時に告白する。いくら能無しでもこれくらいはできるだろ?」
その方法で良く正々堂々と言ったものだ、グラウンドはこの学校で1番有名な告白スポットだ。ギャラリーも集まりやすい。そんななか、片やカースト最上位のイケメン。片やカースト最下位の嫌われ者"能無し" どちらに有利かは明白だ。なんなら万が一俺が選ばれてもブーイングが起こる可能性まである。
「ああ、それでいこう」
だか、俺に人徳がないのは飯田が悪いというわけではないのでこの条件を飲むことにした。
「重命 司 逃げるなよ!」
そう捨て台詞を残して飯田は去っていった。
(俺は明日、光結に告白する!)
俺は勝負のことなんかより、告白するということで頭が一杯だった。
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「重命くんが追試なんて珍しいね」
俺は今朝、光結と一緒に帰る約束をしていたが、今、補習を受けている。古典の小テストが追試になってしまったのだ。思えばあれから俺はずっと上の空だったと思う。佐山になにを聞かれても「ああ、」しか言わないので佐山は呆れて帰ってしまった。更に追試になった他の人は早々に受かって教室には俺と先生しか残っていない。
「重命くん補習中も心ここにあらずって感じだったしなにかあったの?」
思えば補習中も、光結のことを考えていた。
今日は追試になってしまったから一緒に帰れなくなってしまったと、連絡すると機嫌を損ねてしまったので夕飯は俺の家で食べて行かないか?と聞くと、速攻で「唐揚げが食べたい」と送られてきたので思わず笑ってしまった。 (佐山に対抗してのことだろうか?
というか、光結は俺たちの会話に聞き耳を立てているのだろうか?もしそうだとしたら周りの人達の話はちゃんと聞いているのだろうか? もしかしたら聖徳太子のように一度に10人ほどの人の言葉を理解できるのかもしれない)
などと考えているといつのまにか補習には、俺以外の生徒はいなくなっていた。
「もしかして、重命くん。恋の悩み?」
「えっ!?、いや別に・・・」
「あっやっとまともな反応したぁ図星ね?なになに先生に相談してみなさい」
「いや、いいですよ別に」
と、言いつつも俺も誰かに話したかったらしく話せる部分だけ先生に話してしまった。
「ふーん。それってまさに 今日やった短歌みたいね。」
「えっと、それって・・・」
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆへに みだれそめにし 我ならなくに」
「陸奥の国の信夫の地で作られる乱れ模様のように、私の心は乱れています。こうなったのは他の誰でもない、あなたのせいなのですよ。 と言う意味よ」
「はぁ確かに訳を聞いたら似てますね。」
「でしょ!よしこれなら追試受かりそうね!」
「はぁ?相談って普通、聞いた後にアドバイスするもんじゃないんですか?」
「いや、私に難しいことは分かんないわよ。当たって
砕けなさい」
「いや、だったら初めから相談になんて乗らないでくださいよ!てか、恋の歌がわかってなんでこう言うことがわかんないんですか!」
「えーじゃぁ他にアドバイスすると、今晩家に高橋さんを呼ぶんでしょ?だったらその乱れた心で風紀まで乱さないことね」
「なにうまいこと言ってんだ。てか、あんたは本当に教師か!?」
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思いの外長居してしまったが、なんとか俺は追試に合格し、家路に着こうとしていた。が、なんだか職員室が騒がしい。
「大変だ!早く保護者に連絡しろ!」
(なんだ?誰かが問題でも起こしたのか?まぁ、今は光結を待たしてるから構ってる余裕なんてないな)
帰路の最中も俺の頭の中は光結で一杯だった。
(ヤバイなぁ確かに俺の心は乱れているのかもしれない。でもだからこそ俺は明日告白してこの気持ちにけじめをつけなければならない。そうしないと俺も光結も前に進めない!)
家の玄関前に立つと俺は深々と深呼吸をした。心臓がうるさい。が、不思議と嫌な音だとは思わなかった。
(どんな顔して光結に会えばいいんだろう)
それから俺はゆっくりとドアを開けた。
「だだいまー あれ?母さん 光結きてないか?」
「おかえり。いやまだ来てないわよ?」
おかしい。あれだけ楽しみにしていたのに、しかも今までこんなことは一度もなかった。
「どうしたのかしら?光結ちゃん」
流石に母さんも不安になり始めている。光結が来ないと言うのは、それだけ異質なことだ。
母さんが何気なく、恐らく不安を紛らわそうとしたのだろう。テレビをつけた。そしてその瞬間、ニュースキャスターの発言により俺はテレビの画面に釘付けになった。
「ーーえーここで、緊急速報です。国民的異能アイドル 高橋 光結 さんが高校からの下校中に軽トラックに跳ねられ意識不明の重体です。詳しい容態については判明しておりませんが、予断を許さない状況だそうです。ーー」
嫌な音を拾ってしまった。