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 10話 相打ち



顔が熱い。やっぱりだ。今日の佐山はどこかおかしかった。そう言うことだったのか。よくもまぁそんなセリフを恥じらいもなく、言えるものだ。



「ふふ、そんな顔しちゃって、顔真っ赤よ」



「あ、あのなぁ!」



この場合、真っ赤にならないといけないのは佐山の方だと思うんだが、恥ずかしがる片鱗を見せるどころか飼い猫でも見つめている様な眼差しだ。



「ごめんなさいね。冗談よ。今日の司くんの反応が面白くてつい、ね」



「お、おい。冗談はよせよな。佐山と二人きりなんて心臓に悪いぞ」



今日、これまででもいろいろとあったのに、これ以上なにか起きるのは勘弁だ。



「あら、何か勘違いしてないかしら?今日お母さんが仕事で帰って来られないのは本当よ?」



「え、じゃあ冗談ってのはどう言う・・・?」



「さっきのセリフに含んだ " 他意 " が、よ。」



「は?」



「そう言うのは、司くんからじゃないとね?流石に私もそこまでチョロくないわ」



ここに来て佐山は、初めて頬を赤らめた。



「そう言う意味かよ。まぁ、その宣言は、まだマシだな。もうそう言うのやめてくれよ。佐山は俺を殺す気か?」



「殺す気は無いけれど、生殺しにはしてあげる」



「へぇ?」



「今日あなたの寝室になる予定の物置がまだ片付いていないのよね。だから、今日は私の部屋の私のベッドで私と一緒に寝てもらうわ」



俺はそれっきり、夕食の味が分からなくなった。






************************






シャワーの音が聞こえる。



あれから、夕食を食べている間、それだけはできないと、様々な理由を付けて食い下がったが、「病人を床で寝かせる訳にはいかないわ。それに、お母さんが居ない今、家主は私よ」と言って取り合ってもらえなかった。くそ、リビングにソファーの一つさえあれば。

ここに来て、蘭さんの倹約生活により無駄を削ぎ落とされた部屋の内装が恨めしく思えた。



今、佐山は風呂に入っている。最初は、「司くんからどうぞ」と言われたが、男だし、入院生活をしていた俺が先に入るとお湯を汚してしまう気がして断った。

その時に、佐山が「ちぇっ」と言ったが、もう考えるのやめとこう。ちなみに今、佐山が風呂に入っていると言う客観的事実に、俺が気が気でないのは言うまでも無いことである。



「出たわよ。」 



彼女の風貌は、今度こそ、天使と言うにふさわしい。

そう、思った。花柄のパジャマに身を包んだ佐山は、いつもの大人っぽさとは打って変わって、どこかあどけなさを醸し出しており、嫌でも女子高校生であることを意識させられてしまう。艶のある黒髪はより一層照り輝いていた。



「あ、ああ」



「どうしたの?」



「いや、可愛いなと思って」



「あら、素直なのね」



自分もこれから同じシャンプーとコンディショナーを使うことになるだろうが、こうはならないんだろうなと思いながらこれ以上、佐山を見ていられなかったので俺は風呂場に直行したが、そこで思い知らされる。

そこにあったのは、おびただしい数の美容品だった。

ヘアリンスにヘアオイル、化粧水やら・・・・・・

正直、どれがシャンプーでどれがコンディショナーか全然分からない。そりゃ同じにならないはずである。あの美貌は、いわゆる " ナイトルーティーン " の賜物なのだ。



湯船に浸かると、全身の毛穴が開いて汗が吹き出した気がした。もう、お湯が熱いのか、自分が熱いのか分からなくなりそうだ。佐山が浸かっていた湯船に自分も浸かっていると思うと・・・・もうやめよう。あの「ちぇっ」の意味が少しだけ分かった気がした。




************************




「来て、司くん」



風呂場から出た俺に佐山は、火照りを冷ます暇さえ与えてくれなかった。ベッドの左半分に横になっている佐山が、布団の中に入るように促してくる。



「本当に入るのか?」



佐山の部屋は、やはり年頃の女子高校生の部屋にしては簡素なものだったが、それでもベッドだけは、俺にとっても佐山にとっても絶対に切り開けない未開拓地領域のはずだ。俺も最後の抵抗をすることにした。



「いいから入るの。ほら、湯冷めするわよ」



「ちょっ!」



そう言って佐山は俺の手を取り、俺は最後の抵抗も虚しくベッドに引きずりこまれた。せめて俺は理性を保つため、ベッドの右端に寄り佐山に背を向けるように横になった。



ジッとして目を閉じるが、眠ろうとするたび、佐山の髪から漂うローズの香りが俺の鼻腔と理性を刺激する。



(なにか別の事を考えよう)



そう言って考えてしまうのは、いつも光結のことだ、

アイドルとはもともと偶像と言う意味らしい。俺は当分偶像崇拝を辞められそうにない。彼女は俺にとって生まれて初めての " 宗教 " だった。だが、もう彼女は自分がエゴを押し付けたせいで俺の元から去ってしまった。彼女のことは考えるのをやめて、今は隣にいる佐山のことを考えようと、軌道修正するもまた降り出しに戻ってしまった。



「!!」



すると、佐山が俺の腰に両手を回し入れ、胸に手を当ててくる。俺の心音を確かめているのだろうか?



「司くん、すっごくドキドキしてる」



(そりゃ佐山にそんなことされたら誰だってドキドキするだろ!水飲んでるーみたいに当たり前のこと言われてもなぁ)



「大丈夫よ。司くん。私の方がもっとドキドキしてるから」



佐山は俺の背中に頭をつけるとそっと呟いた。



「ドキドキしすぎて、私の心臓が止まったら・・・司くんが生き返らせてね?」



















・・・・・・・・・・誰か、俺を生き返らせてくれ。




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