1話 能無し
「こら司!起きてきなさい!」
母さんの声だ・・・未だ微睡の中をさまよっていた俺としては、朝から甲高い声で怒鳴るのは、やめてほしかった。
「光結ちゃんが待ってるよ! 今日は一緒に登校できるんだって!」
「は? マジで?」
同じ母さんの声でもこんなにも違うものなのだろうか
気分は憤慨から高揚へと変わり、それと同時に生じた焦燥が冴えきらない脳を覚醒へと突き動かした。
幼馴染みである光結とは中学生までは毎日一緒に登校していたが、今はそうはいかない。
何故なら彼女には学生としてではなく、異能系トップアイドル “ 高橋光結" としての顔があるからだ。
「ごめん!今行く!」
俺は母さんになけなしの謝意を込めた返事をして、最低限の準備をして玄関に駆け出した。
「ごめん、待った?」
扉を開けるとそこには10年に1人の美少女と言っても過言ではないような少女が少し震えながら微笑んでいた。出る所は出て引っ込む所はひっこんでいる抜群のスタイル、凛としつつも、どこか優しさを内包した瞳、朝日に照らされ光り輝くアッシュブラウンの髪と口から漏れる白い吐息とのコントラストに思わず息を呑む。
「待ってたよ " ツッカー " 寒い中ね」
光結は昔から俺の事をツッカーと言う愛称で呼ぶ。本人曰くそう呼ぶのが好きだそうだが、俺の方もそう呼ばれるのが好きなのでついつい頬が緩んでしまう。
(か、可愛いすぎかよ)
「ホントごめん! じゃぁ行こっか」
いつもなら嫌気すらさす冬の寒空さえ今日は心地よく感じた。
「今日はお仕事いいのか?」
「うん、今日はオフなんだ」
「じゃあ今日の帰りは、ええっと、人の少ない所は・・・そうだ、旧校舎の校門前で集合しないか?」
うちの高校 誠廉高校は最近、新校舎になったばかりであり、新校舎になる前の旧校舎は誰かが面白半分で流した七不思議の噂により、人が寄り付かなくなっていた。
「いいけど、ツッカーから誘って来るなんて珍しいじゃん。そんなに私と帰りたいのかな?」
「ばっばか! ちげーよ もう冬だし日が落ちるのが早いだろ!だからだよ」
咄嗟にした苦し紛れの言い訳は、彼女を納得させるには至らなかった。何故なら・・・・
「それはそうかもしれないけどそんなの私の異能でどうにでもなるじゃん」
その通りだ。この世界の人々はみな、大なり小なり必ず1つの "異能" を持っている。10年前にほとんどの人類に異能が発現し世界は大混乱に陥ったが、今ではすでに法的な整備もされていて、履歴書、生徒手帳、SNSのプロフィールにまで異能を記入する時代だ。
ちなみ光結の異能は、その名前に違わず、様々な色の発光体を作り出しそれを操る能力である。それを操る姿は自身の美貌と相まって、まさに神秘的でライブの演出として彼女のライブの名物になっている。
「それに、百歩譲って理由がそれだとして、心配してくれたのは確かでしょ?」
「うっ、それは・・・」
そんな事を言われてしまえば、ぐうの音もでない。
「そ、そうだよ 俺はお前が心配だ 悪いかよ」
「わ、悪くないって言うか・・・むしろ嬉しいって言うか・・・」
俺が大人気なく開き直ると、今度は光結のほうが、狼狽してしまって、今にも消え入りそうな声で何か言っている。こうした様子を見ると俺も少し自惚れてしまうのだから困ったものだ。
こうして光結とたわいのない会話を続けていると時が経つのは早いもので、もう学校が見えてきた。
「おい、もうそろそろ学校に着くぞ 距離をとるから先行っててくれ」
「もう!なんでツッカーはいつもそんな冷たいこと言うのかなぁ?」
「俺なんかと一緒に登校してるなんて知られたら・・そりゃ俺は何言われてもいいが、光結の事でよくない噂がながれちゃだめだろ」
「ツッカーってこんなにも優しくて、可愛くて、面白いのにどうしてみんな仲良くしないんだろう?」
コイツは分かってて言っているのだろうか、多分違うのだろうが、そのことで余計にズキズキと心が痛んだ。
「そりゃ俺が " 能無し " だからだろうよ」
そう、俺には異能が無い。否 正確に言うと異能が、
ないことになっている。
俺の異能には、俺自身及び関係者すべてに国から守秘義務が課されているので、俺は実質、今の世の中では珍しい異能を持たないもの。つまり、「能無し」と言うことになる。
俺は光結ほどではないが容姿は整っている方だし、勉強も運動もそれなりにできる方だか、皆が持っているものを俺だけもっていないと言うのは、嫌われるに足る十分な理由らしい。そもそも日本人と言うのは集団意識の強い民族でその生活は日々、同調圧力に晒されている。そう考えると能無しである俺に対して皆が排他的になるのも当然なのかもしれない。
「そんなの関係ないよ!それに昔から言ってるでしょ
ツッカーはいつも困ってる私を助けてくれて、いつも私を笑顔にしてくれる。それがツッカーの異能だよ」
「つっぅ・・・」
光結はいつもこう言ってくれる。この言葉に何度救われたか、何度赤面したか、わからない。
それにもしそうなら光結は、1人1つのはずの異能を2つ持っていることになるのだが、それはどうなんだろうと思いつつ、やはり一緒にいる所を見られる訳にはいかないので、歩くペースを落としつつ少しずつ距離を開けてゆく。
「もう!ツッカーのいけず・・・」
光結の頬を膨らます仕草さえ名残惜しく見つめてしまうが、なんとか距離を取ることに成功した。
ほどなくして教室に到着し、俺が入室すると、向けられたのは侮蔑の視線だった。なにやらこそこそと、陰口も聞こえて来る。
「来たよ能無しが」 「G0の癖に学校くんなよ」 「いくら顔が良くても能無しじゃねぇ」
ただ、メンタルに来ないと言うと嘘になるものの、こうも毎日、嘲笑を浴びては無視するのも慣れるものである。俺が何食わぬ顔で席に座ると、
「おはよう " 能無し" くん」
それは、この教室で唯一の友達であり、皆から俺へのヘイトの原因でもある、美少女からの挨拶だった。