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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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湿地帯の蜥蜴戦士

ブックマークや評価、ありがとうございます!


嬉しいので次話は8/4日(水)に投稿します! もちろん次の日曜日にも投稿しますよ~

これからもよろしくお願いします。

 数分後、大蛇が蜥蜴とかげ亜人たちに討伐された。

 あいつらは大きな身体をした大蛇を六匹がかりで運び去って行く。西に広がる湿地の、岩山や森が見える──一段高くなった丘の方に向かって、奴らは去って行った。

「見つからなくてほっとしたぜ」

 岩陰から移動しようと身を乗り出した時、近くの岩場から黒い小さな生き物が飛び出してきて、俺は思わず身構えてしまった。湿地に潜む毒を持った生物について知っていたからだが、思い返すと今の自分にはあらゆる地上の毒が効かないのだったと反省する。

「反射的に毒を警戒するのは仕方がないか」


 そんな独り言を口にしつつ、飛び出してきた黒い生き物を見ると、それは真っ黒いうさぎ

 眼も黒いので、まるで影が形をなして動き回っているみたいだ。

「湿地にも兎が居るのか」

 地面に穴を掘って生活する兎にとって、湿地帯のぬかるんだ──水分の多い地質は、彼らの巣穴を浸水する為、敬遠するものだとばかり思っていた。

 もそもそと動き回る黒兎は水溜まりに生える水草を引っ張り、蔓草つるくさ状の水草を口にくわえて去って行く。ずるずると蔓草を引きずりながら丘の方にぴょんぴょんと跳ねて移動する。

 その小さな丘は俺が向かっている先にある。丘の上には三本の木が生え、木の根本には苔や野草が生えていた。近くの岩の下に穴があり、そこへ黒兎が入って行く。水草がずるっ、ずるっと穴の中へ飲み込まれていった。

 巣穴の壁にでも利用するのだろう。壁を固め、水が侵入しない方法でも知っているのだ。そう推測し、丘からさらに南へ向かって移動する。


 西側の方が夕暮れ色に染まってきていた。

 まずい、荒野まで急いで向かわなくては。

 まだ時間に猶予ゆうよはあるだろうが、不測の事態で歩みを止められる訳にはいかない。

 そんな時に限って向かう先の丘に生えた草地から、灰色虎がすっくと姿を見せたのだ。

 俺はとうぜん身を守る動作をして、相手に警戒している動きを見せた。

 すると灰色虎は、ふいっとそっぽを向いてその場にしゃがみ込んだ。

 まるで「おまえには興味がない」とでも言うみたいに。

 先ほど見た灰色虎といい、ここに棲む猛獣は人間を襲ったりはしないのだろうか? とてもそうは思えないのだが。

 それほど蜥蜴亜人の肉が旨いのだろうか? それについても、とてもそうは思えないが……


 腑に落ちない気持ちを抱え、丘を避けて通り過ぎる事にする。

 むやみに刺激しないのがいい、動物はそんなものだ。迂闊うかつに近づいて攻撃されてもつまらない。

 そそくさとその場を立ち去り、灰色虎をやり過ごす。


 風が背中を押す。

 湿地の湿った空気を押し流す風。

 山から吹き下ろす風が冷たい空気を運び、湿地帯に吹き込んでいる。だがこの辺りはそれほど寒くはない。

 温かい小川が流れていたりするので、この辺りの土地は地熱で温かいのかもしれない。

 地面に寝そべっている獣などには分かるのかもしれないが、二本足で立って移動している人間にはその温かさが分からないのだろうか。


 柔らかい地面を歩き続け、丘状に隆起した地面がある場所に来た。その場所は赤茶けた土の上に草木が生え、背の低い樹木や岩山がある。

 岩山は切り立った崖の壁を作り、丘の左右に陣取っている。──慎重にその壁の間を抜けて行く。岩の間には強く風が吹き込んでおり、その風に背中を押されながら大きな歩幅で先へ進む事になった。

 岩の壁が片方なくなると、風の勢いはなくなって、俺は開けた視界の向こう──数キロ先にあると思われる、赤茶けた地面や灰色の岩山などがある荒れ地を目にした。


 湿地帯と荒れ地の間にも境界を分けるみたいに岩山が多くあり、中には地面が隆起して出来上がった小さな山の姿もある。

 山には数は少ないが樹木が生えているようだ、灰色の斜面にぽつぽつと茶色や緑色が確認できた。

 歩きながらこの周辺の地形について考えていると、どうやら湿地帯は他の場所よりも低い位置にあるみたいだ。

 荒れ地や草原との高さは一メートルもないかもしれないが、くぼんだ土地に向かって外部から水が適度に流れ込んでいるのだろう。柔らかい砂地は水を吸い込み、地下水へと浸透させる役割を担っている。


 丘状に隆起した場所から再び、ぬかるんだ地面へと降りる事になった俺は、水分の少ない固い地面を探しながら進み続けた。

 大きな岩が複数ころがっている場所に近づくと、岩の陰から大きな影がぬぅっと現れた。

 それは灰色と蒼色の身体をした蜥蜴亜人──蜥蜴戦士だ。

 生命探知を少し前に使って周囲を確認したのだが、何故かこいつは引っかからなかったらしい。

「グシュァアァァ──ッ」

 鋭い威嚇いかくの声。

 耳障りな喉から漏れるうなり声も聞こえる。

 どうやらこいつは一体だけのようだ。蜥蜴亜人の多くは群れで活動するのだが、たまに仲間から追放されたような個体も居るらしい。


「はっ、──はぐれ者同士、仲良くしろという事か?」

 その蜥蜴戦士は「ぐるるるるぅ……」と喉を鳴らしながら、手にした大振りの曲刀を構える。

 見るとそいつの首からは複数の印章がぶら下げられていた。冒険者から奪い取り、勲章にでもしているのだろう。

「俺はそいつらのようにはいかないぜ」

 魔剣を構えると、蜥蜴戦士は腕輪を付けた細い両腕で曲刀を構え、間合いをじりじりと詰めて来る。


 分厚い鋼の固まりを打ち払う音が辺りに響く。

 激しい連続攻撃。

 そのすべてをかわし、弾き、反撃する。

 互いに無駄のない動きで攻撃と回避、反撃を織り交ぜた剣戟を交わす。

 一段高くなった地面に移動すると、固い足場での戦いが加速する。

 手強い相手だった。

 力では相手の方が上だろう。

 だがこちらには速度と技術がある。


 数分間に渡る攻防が続き、やがて決着の瞬間が訪れた。

 疲れが見え始めた蜥蜴戦士が焦って間合いを読み違えた。踏み込んだあとの回避行動でわずかに隙が生まれ、俺は逆に大きく踏み込んで剣を一閃させる。

 片腕が切断され、ほぼ同時に腹部の皮膚を深々と引き裂かれた蜥蜴戦士は、がっくりと地面に膝を突く。

 敗北を悟ったのだろう、奴はこちらを睨むように見てきたが、威嚇や命乞いをするような素振りは見せない。──俺は頷くと、蜥蜴戦士の横に回り込んで、奴の首を一撃でねた。

 大きな上半身は微動だにしない、地面に膝を突いた格好のまま、頭部だけが地面に落下した。


 俺は蜥蜴戦士の首から鉄や赤鉄の印章を五本回収すると、その汚れを取って、印章部分のみを持ち帰る事にした。戦士ギルドに届ける為に。

 蜥蜴戦士が持っていた曲刀や腕輪も冒険者から奪った物だろう。腕輪には「探知妨害」の魔法が掛けられているようだった、この腕輪の影響で探知魔法に引っかからなかったのだ。

 曲刀はそこそこの業物であっただろうが、手入れがされておらず、岩場の陰にあった鞘も少し傷んでいた。

 鍛冶屋で修繕すれば使えるだろうと考え(もしくは売り払ってもいい)、それを影の倉庫にしまっておく。

 腕輪は魔法効果を解析して、錬金術が上手く使えるようになったら、この効果を付与した物を作り出してもいい(そのまま腕輪を身に付けてもいいが)。




 湿地帯を抜け出る手前で思わぬ強敵と戦う事になってしまったが、無事に灰色の岩山に挟まれた場所から荒れ地へと侵入できた。

 崖の間を通って赤茶色の地面が多い場所まで来ると、周囲は薄暗い夕闇へと染まっていく。遠くに見えていた日が陰り、地平の彼方へ姿を消してしまう。

 空に浮かんだ雲に映る残照が行く手を照らす。

 足の疲れもまだまだ軽度だ。

 完全に暗くなるまで荒野を進もうと決めた。

 たとえ夜の闇が周囲に満ちたとしても、魔眼の視野があれば問題はない。月明かりや星々の光でも周囲の地形くらいは判断できるだろう。


 空にあった残照がなくなり、辺りを照らす月が暗い星空の海に姿を現すと、今度は急に寒さが襲ってきた。

 ここでは昼と夜の気温差が極端に現れるらしい。

 小さな林と岩場の隙間を見つけると、そこを野営の場所にする。生命探知で確認すると、林の中には兎やねずみ──あるいは栗鼠りすが居るだけのようだ。


 空は晴れ、月と星が明るい光を降り注ぐ。

 岩場の周辺に結界を張り、安全を確保した。

 林の中から枝を集め、薪を用意する。

 樹木と大岩の間に布の壁を作り、紐で固定した。風除けと、焚き火の明かりが漏れないようにする為だ。

 荒野に入ってからずっと歩き続け、危険な生き物の姿は見ずに済んだが、地面に座り込むと──さすがに疲労を感じ始める。

 簡単な食事と蒸留酒を少し口にし、眠る前に身支度を済ませる。──歯を磨き、体の汚れを落としてから寝袋を使って横になった。


 上空に見える星のまたたき、その輝きを見ていると、エッジャの町で起きた惨劇を思い出した。

 亜人たちに捕らえられ、死を前にした市民には、死を覚悟する時間さえなかっただろう。彼らにとってその時間は永遠にも感じられたのではないだろうか。

 俺は彼らのように己の無力を感じながら、ただ滅びを待つだけの終わりなど──決して認められない。

 死力を尽くして死にあらがう。

 死を恐れるのではない、死を前に動けなくなる己の力のなさ、そんなものを感じながら終焉しゅうえんを迎えるなど、それほど自らを粗末に扱う事はない。

 万が一にも生存の可能性がなくとも、己の意志を強く持ち、徹底抗戦の果てに死ね。虫けらのように踏み潰されるとしても──自ら死を受け入れ、黙って死ぬなど認めない。

 相手に一太刀あびせる覚悟で抵抗を刻み付ける。

 意地を見せ、そして死ね。

 その意志が魔導師であり、そして戦士でもある。


 人の辿り着く究極の目的とは、結局のところ死ぬ瞬間の、その一瞬の意志のあり方で分かるのではないか。

 人生の幸せなど、死ぬ瞬間にはなんの意味もない。──ただの慰めだ。

 だが「覚悟」は違う。

 自らの意地を、意志を貫き通す覚悟が揺らがない限り、己の魂は不死とも言える。

 決して傷つかない不滅の魂。

 そういえば、この考えを肯定する姉妹が居たではないか。

 冥界神の娘。

 双子のグラーシャとラポラース。

 彼女らは死んだ俺の魂を奪いに来るのではないだろうか、他の何者にも渡さないと。

 死の国で永遠を生きる存在。

 俺も彼女らと共に永遠を生きる羽目になるのだろうか?

 それは少し考えさせてほしいところだ。何百年も冥界のみで生き続ける──あまり自由や楽しさはなさそうだ、魔導の研究を続けるには問題ないかもしれないが。


「……そんな想像はやめて、魔術の門を開いて作業を──しよう……」

 意識を無意識領域に移行しながら、体は睡眠状態に入っていく。意識が無意識の中へ侵入する感覚。広大で巨大な闇の海、その水底みなそこに魔術の庭がある。そこにあるがゆえに、簡単には他者から発見される事はない。

 視界もなにもない、光も飲み込む暗黒に囲まれた領域。

 自身の人生の半分が隠された領域。

 その中に沈んで行くと魔術の門が開かれ、庭や建物のある空間が見えてくる。


 門のある石畳に降り立った。

 異常はない。領域周辺を守る守護者は相変わらず見えないが、糸を張り巡らせて外部からの侵入者を捕縛する罠をこしらえているのだろう。

 俺は建物に入ると、天使の遺物の解析を続ける作業に入る。


 古代魔術の原理を読み解き、それを天使の羽根の解析に応用する。右手に本を持ち、その内容と照らし合わせて左手の羽根を解析するかのような作業。

 少しずつ天使の構造が見えてきた。

 これが上位存在の領域で必要な「神のからだ」──「光体」というものか。

 この構造は「魔力」を有する霊的な体にも似ているが、異なる力の波長で形作られているのだろう。外部からの攻撃に対し防壁を張り、自らの意志を反映させ外部に放つ──そんな構造を持っているのだ。


 彼らの存在は「意志」そのものと言える。

 己の意志があればこそ、力を奮えるのだ。

 人間のように無意識から湧き出る逡巡しゅんじゅんや、躊躇ためらいなどとは無縁の体という訳だ、彼ら天使には迷いや躊躇ちゅうちょといった感情はなく、それらが発生した時には、おそらく──致命的な自己矛盾におちいるだろうと推測できた。

「まさに神への忠誠心か、あるいは盲信が、彼らの存在を天使として固定しているのだな」

 俺がそれを知った時、何者の事を真っ先に考えたか……それはえて言うまい。

レギの「はぐれ者同士」から分かるように、自分も群れからはぐれた存在だと自覚しているのですね。

彼が「異端者」と呼ばれる日も近いかもしれません。


書き忘れました。感想で9話の表現についてご意見をいただいたので、表現をリアリティを加えつつ、少女がこれから新しい人生に向かう準備(変身)をする──といった感じの表現に変更しました。

文章や表現に関するご意見も歓迎です。もちろん自分なりの考えや好みもありますから、読者の意見をすべて受け入れる訳ではありませんよ(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様にはこのままレギの冒険譚を綴って頂きたいです。 読んでいるとその状況が想像出来てとても楽しいのです。
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