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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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天の襲撃、湿地帯への前進

 地図でもこの辺りの地形は複雑に入り組んでいて、時には壁状の岩山に行く手をさえぎられ引き返す事もあった。

 岩山の連なるこの周辺の地図は正確なものがないらしい。地形と地図の誤差を修正しながら先へと進み続けたが、やがて灰色の雲が空を覆い、雨が降り出した。

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 雨除けの外套コートを着込み頭巾フードを被る。慎重に岩場の出口を求めて南下を続けた。──雷鳴は聞こえないし、落雷の恐れはなさそうだ。

 それに視線も感じない、まるで嫌がらせのような雨。

 上位存在がそんな真似をするとは思えないが、雨で道を迂回させたり、雨宿りさせる気なのかもしれない。


 雨が降り出してからどれくらい経っただろうか、周囲は水びたしになり、雨は先ほどよりも激しく降る土砂降りになっていた。

「くそが」

 思わず天蓋の使いという未知の存在に対する悪態を吐く。

 この雨を降らせているのが天使だとは限らないだろうが、雨の中を移動し続けるのは困難だ。どこかで雨宿りできる場所を……

 少し道幅が広くなった場所に出ると、道の先に壁の一部が削られ、屋根のようになった場所が見えてきた。

「あの下で雨が止むのを待とう」


 そんな事を考えていた瞬間、急に「聴死」の反応が現れた。同時にまた鈴の音が聞こえてくる。

 ぎくりとして立ち止まり、俺は聴死が警告する反応を注意深く見極め、上空に目を向けた。

 するとどうだろう──高い、高い崖の上からなにかが()()()()()()()()()()

 ()()()。──それも、()()()()()()()()()()()()()()()()が崖の上から降ってきたのだ。

 このまま土砂が自分の上に降りかかれば、大きな岩の下敷きとなり、自分は死ぬだろう。


 鈴の音に向かって意識を集中するより先に、聴死と繋がった死導者グジャビベムトの霊核が凄まじい反応をしてみせた。まるで時間がゆっくりとなったように感じられる──俺はその感覚の中で、すぐに呪文を心の中で詠唱し、左手の壁に手をつくと、魔法を発現する。

「『岩砕破』!」

 土の壁を伝った魔法が、俺の頭上のかなり上の方から横に向かって放出される。

 落ちてくる土砂の中にある大きな岩に向かって、強力な衝撃と共に崖から石の弾丸つぶてが無数に撃ち出され、その衝撃で落下してくる大岩の軌道がそれた。


 俺は慌てて壁際に身を寄せて、岩を避けるよう行動したが、大岩は俺の横二メートルほど離れた場所に落下し、凄まじい轟音と共に俺に泥水を浴びせかけ、さらに上から石を含んだ土砂を浴びせてきたのである。




 泥まみれになり、頭や肩に大きめの石を含んだ土砂の洗礼を受けた俺は、その場に崩れ落ちた。

 意識を失った訳ではないが、頭に受けた石が結構な大きさだった為うずくまってしまったのだ。

 外套は泥まみれでも、雨ですぐに汚れの多くは流れ落ちるが、俺の顔にかかった泥は放っておく訳にもいかない。

 手を広げ雨をてのひらに集めると、それで顔を洗う動作をする。

 激しく降り続けていた雨はすぐに止んだ。

 顔を洗っていた俺を見て、天使の野郎が雨を止めたみたいに。

「本当に……ぶっころすぞ」

 危うく死にかけた俺は、土砂が降った場所を振り返る。

 そこには大きな岩が地面に突き刺さっていた。

 咄嗟とっさに魔法で大岩の落下地点を変えられたのは上出来だった。


 それにしても死導者の霊核が俺の死を回避する為に使った、あの時間がゆっくりと流れる感覚。あれを自在に操れるようになれば……

 命拾いしたと思うと同時に、自分の失敗に気づいた。

 あの鈴の音、()()()()使()()()()()()()()()()だった。あの音色は天使が発していると考えていいだろう──つまり、あの音色の発生源に意識を集中し、ラウヴァレアシュから授かった次元転移魔法を使用すべきだった。


 泥水をかぶって汚れたズボンなどを布で拭き、綺麗にしてから再び移動を開始する。

 次の機会には天使の存在する領域へと侵入し、ふざけた妨害者を仕留めなければならない。

 心は曇っていたが、空は綺麗に晴れ渡っていた。南の方の空が暗い色に染まっていたが、風に流されてどんどん南へと移動しているようだ。

 先へ進むと、岩山と岩山の間から明るい日の光が見えてきた。どうやら湿地帯へと続く草原に出るらしい。


 威圧的な崖の隙間をって移動する必要はもうないのだと、気が楽になる。草原へと開かれた道を通り、崖の間を抜け出る。黄土色や赤土色の岩場から出た先は、足首くらいの高さの草に覆われていた。

 だがそうした草原もすぐに終わりを迎えそうだ。視線の先には灰色や黒い色の地面が広がり、湿地に生えた植物と、大きな黒い岩などが至る所に見えている。

 中には林や丘などもあり、山の上から見えた湿地帯とは異なり、視界が悪い場所であると思えた。


 ともかく暗くなる前に湿地帯を抜け、荒れ地に向かった方がいいだろう。距離的には充分に可能なはずだ。

 湿地に足を取られ歩きにくい事を考慮しても、縦には広くない湿地帯だ。横断する場合なら大変だが、縦断する分なら労力は格段に低くなる。

「荒野での夜営は危険だが、湿地帯よりはマシだろう」

 意を決した俺は、湿地帯に向かって歩み始める。




 先ほどの雨の影響もあり周辺の草は濡れていた。

 灰色の小さな岩の上で青色の蛙が鳴いている。

 かなり気温が低いのに、この蛙は冬眠をしないのだろうか。その横を通り過ぎようとすると、蛙は鳴き止んで岩から飛び跳ねて草の中に姿を消す。

 雨が降った所為せいなのだろうか、周辺から蛙の鳴き声があらゆる方向から聞こえてくる。何種類かの蛙が居るらしく、違う鳴き声が混じって聞こえていた。


 かなり大きないびきみたいな鳴き声を発しているのは大鳴蛙おおなきがえる

「んもぉ──、んごぉ──」と、やかましい。

 だがこいつの鳴き声は、こんなもんじゃない。

 大鳴き、という名前が付いた理由は、こいつを捕まえた時に初めて分かる。

 背中から()()()手で掴むと、こいつはけたたましい「ウワァアァ──」という、まるで人間の男が雄叫びを上げるみたいな鳴き声を発して抵抗するのだ(ある地域では「雄叫び蛙」と言われているとか)。

 中には「ァビャアァァ──」みたいな悲鳴とも思える叫び声を上げる奴も居て、こいつが棲みついている地域では、人が襲われているのか、蛙を踏んだ奴が居たのか判然としないのだ。

 俺の故郷にも居たが、数はだいぶ少なくなった。

 少し前にちょっとした飢饉ききんがあり、この大鳴蛙を食料とした時期があったからだと言われている。──そう、この蛙は食用にもなるのだ。


 冬間近の季節に大鳴蛙の鳴き声を聞くのは初めてだ。この辺りの蛙は寒さに強いのだろうか?

 遠くに見える山と森、そちらには向かわずに湿地へと歩き続ける。

 湿地に近づくにつれ、蛙の鳴き声はまばらになってきた。湿地へ向かう途中に、山の方から流れてきていると思われる小川が目の前を横切る。

 深くはない浅い川だが、ほんのりと湯気が立っているではないか。手で触れてみると、ほんの少し温かい。山の方に温泉が涌き出している場所があるのだろうか。


 浅い川を越えて湿地に近づくと、蛙の鳴き声が少ない理由がいきなり目の前に飛び込んできた。

 岩場の陰に三メートルくらいある蛇が居て、茂みの中へと移動しているところだ。湿地帯には大蛇も出没するらしいが、獣除けの結界は張らずに進む。

 蛇くらいならそう恐れるものでもない。さすがに十メートル近い大物なら警戒すべきだが、そこまでの大物は滅多に居ないだろう。

「ここ最近の猛獣や亜人との遭遇率を考えると、今までと同じように考えていてはまずいかもしれないが」

 湿地帯に踏み込んで岩の多い場所を通過する。

 地面は柔らかい場所が多いが、小さな植物が根を張り、それが支えとなる場所を選んで歩いているので、比較的苦労せず先へと進む事ができた。


 大きな岩の陰に辿り着いた時、その岩のそばになにかが落ちているのに気がつく。……それは白骨化した人間の死骸だ。

「冒険者か?」

 金属の鎧を着ていたその冒険者は、下半身が無くなっていた、死亡したあとで死体を喰われたのだろう。

 首には階級印章などはなく、武器も見当たらない。

 不幸中の幸いにも、その白骨が死霊化して襲ってくる事はなさそうである。


 ただ気になったのは、死因になったと思われる胸部の傷跡だ。鎧を引き裂き、かなりの深手を負わされたのだろうと推測できるが、その錆びた傷跡は明らかに剣による傷である。

蜥蜴とかげ亜人にやられたか──?」

 奴らは剣を使う事もある。

 この辺りには長居しない方が身の為だろう、一体くらいならどうとでもなるが、複数の蜥蜴亜人を相手にするのは骨が折れる。腕力はあるし、防御力も生命力も高い。

 魔法で攻撃すればいい話だが、天使との戦いに備え、魔力は温存するつもりでいる。


「おっと、魔力回復薬を飲んでおこう」

 魔力の器を手に入れていたのを忘れていた。自身の魔力保有量を超えても、この器の中に余剰分を保管できるのだから、以前よりは魔力の上限に気をつける必要はなくなる。

 背嚢はいのうから取り出した小瓶の中身をあおると、再び湿地帯の南下を開始した。


 生命探知をしようか迷いながら先へ進んでいると、黒い砂利を敷き詰めたみたいな場所の近くにある、少し地面が盛り上がった所に草が生え、そこになにかが見えていた。──しまった、どうやら大型の獣が眠っていたらしい。

 灰色の毛を持った猫科の猛獣が立ち上がってこちらを見る。すらりとした見た目の獣はじっとこちらの様子を窺っているが、襲いかかってくる気配はない。長い尻尾を揺らしながら背を向けて、悠然と離れた場所にある林へ歩き去って行く。


 人間は不味まずいとでも思っていたのだろうか、それともあの灰色虎は人間を襲わないのだろうか。

 どちらにしても無駄な戦闘をせずに済んだのだ。

 灰色虎が潜んでいた茂みの中を見てみると、蜥蜴亜人の尻尾が置かれていた。骨もいくつか放置されているが、そのどれもが蜥蜴亜人の物であるらしい。

 あの灰色虎は蜥蜴亜人を狙う狩人だったのだろう、慣れ親しんだ食いもの以外には興味を示さない類型タイプの獣だったようだ。

 てくてくと歩き去る猛獣のお尻を見送りながら、こちらも湿地帯を抜ける旅を続けるのであった。


 それからしばらくは何事もなく歩き続けられた。──湿地帯に咲く小さな珍しい草花を発見したり、時には猛獣の死骸や大きな卵の破片を見つけたりしながら南へ向かう。

 ある岩場の近くに立ち寄った時、なにか異質な気配を感じてそちらを見ると、バシャバシャと水しぶきを上げながら暴れ回る大蛇と、それと戦っている蜥蜴亜人の群れを見つけた。

 大蛇の大きさは十メートルを超える大物で、それを取り囲む蜥蜴亜人は六体いる。そのどれもが武器と防具を身に着け、大蛇に斬りかかったり、槍で突きかかったりしている。


 その中の一体に目がいく。

 灰色の鱗と青色の皮を持つ大柄な蜥蜴亜人。

 肩幅が広く、下半身は細く短い足で支えられている。腕は細く長いのだが、背中から肩に繋がる筋肉が盛り上がっており、細長い腕にもかなりの筋肉が備わっているようだ。他の蜥蜴亜人とは種族が違うものだと誰もが気づくだろう。

 細長い尻尾が尻から垂れ下がり、手にした大きな剣で大蛇に斬りかかると、凄まじい速度で二回、三回と斬りつけ、大蛇の腹部を切り裂いた。


「蜥蜴戦士か──」

 それはある遺跡の探索をおこなっていた時に出くわした事がある。「衛兵蜥蜴亜人」などとも呼ばれる固有種だ。

 多くの蜥蜴亜人よりも一回り大きな体躯をしているが、腕や足が細く、力が弱そうに見えるのだが、腕力も強い上に上半身の動きが速く、接近されると危険な相手となる。

 中には投げつけた短剣を剣で弾き返すような強者も居て、これが二体、三体と居る群れは危険だとされていた。


「隠れてやりすごそう……」

 そう考えて岩場の陰に身を潜めたが、山間部での出来事を思い出す。

 上位存在が俺に豚悪鬼をけしかけたのと同じように、今度はこの蜥蜴亜人どもを操ってきたらどうしよう──そう考えると、背中に冷たいものが走る。

(逃げる準備だけでもしておくか……)

 俺は岩陰に身を隠し、気配を完全に消したまま奴らの狩りが終わるのを待った。

大鳴蛙はウシガエルのさらに上をいく蛙かなぁ。(創作した生き物です)


気づけば40万字を超えてましたね、まだまだ先があるのに色々な脱線をしていくスタイル……

展開で見せるよりも、リアルさで見せたいですね。

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