古代魔術言語の修得と古代人の記憶
古代の魔術や魔法といったものを使うのは大変、という内容。
不明瞭なものが多いのは、古代との断絶の力が働いているからかな……
古代魔術言語の解析は無意識におこなわせていたが、俺の意識が加わる事で、さらに早く解析を終わらせる事ができた。──この解析結果を自分の霊体から肉体まで覚え込ませる作業に入る。
ところが、この異質な言語が霊体や肉体と結び付こうとすると、今までにない感覚が逼迫して迫って来るような異様な感覚を齎し、俺は意識を魔術の庭から現世へと戻さざるを得なくなった。
「ぅぉあぉぉぁあっ⁉」
まるで身体の奥底からみしみしと音を立てて、新たな骨が作られるみたいに感じられる。──これは……魔力の流れる経路になにか変化が起きているのだ。
(ばかなっ……、なぜ言語の取得が、魔力回路に影響を……⁉)
そうした異質な感覚は、新たな魔術言語が定着するとすぐに収まった。
「まっ……たく、いったいなんだってんだ」
自身の異変に対応できなかったのは俺(意識)だけではなかったようだ。身体はその場に膝を突き、動く事もできなかったらしい。
立ち上がり再び南下を始めると、俺は魔術の庭へと戻って行き、なにが起こったのか確認する事にした。
────それは、魔力回路の調整がされたのだと気づいた。古代魔術の魔術や魔法といったものは、現代のものとは異なる力の使用を目的としているのだと思われた。先ほどの異様な感覚は、肉体や霊体の間にある魔力の流動域である魔力回路に、古代魔術に対応する為の変更を加えられたのだ。
「古代魔術の異様さは、その力を扱う人間そのものの違いでもあったのか」
いわば今の俺は、現代人でありながら古代人でもあるような、奇妙な特徴を有した魔導師という訳だ。
古代の言語は発音も微妙であり、奥深いものだ。通常の言葉の発音とは違う。言葉それ自体に力があるような、そんな言語なのだ。まるで日常会話が高度な呪文で展開されるみたいな──古代には言葉で人を支配した者が居る、といったような事が書かれていた魔術書を読んだが、まんざら虚言とも言い切れないようである。
ともかくこれで、死導者の霊核に加えられた記憶を読み解き、古代魔術の深奥に触れられるのだ。
喜び勇んで霊核から知識を探り出す。──だがその複雑すぎる魔術獲得の儀式や手立てに戦慄する。
一つの魔術や魔法(古代では「魔術」や「魔法」という単純な呼称ではなかったようだ)に類する力を求め己の力とする為に、複雑な魔法陣を複数用意し、必要となる触媒や呪文なども恐ろしく難解で、常人ならまず根を上げるだろう。
古代の魔術師といった連中は、この魔術の庭に類する場所を全員が持っていたのだろうと考えられた。でなければ到底これほどの儀式や、呪文を刻み込み偶像化した神の似姿の触媒など、準備できるはずがない。
触媒はあくまで儀式を通じて力の根源(神)への呼びかけに使うものであり、物質である必要はない(現世でおこなうとしたら、一つの触媒を素材から用意し、複雑な呪文を刻むだけで数年はかかるだろう)。
魔術の庭ではある程度の「誤魔化し」が利くので、そうした作業はかなり短縮が可能──何故なら力の根源への呼びかけに関しても、魔術の意識領域を通しておこなえば簡略化が可能なのだ。
「とりあえず……なにか一つ基礎となる力を手に入れよう」
古代の儀式で生贄とされた群霊化した魔術師の記憶、そこにある魔術に関する力の一つ一つを確認するが──便宜上それを「古代魔法」などと呼ぶ事にする(いくつかの魔術書にはそうした言葉で古代の技術について書かれている)──そのどれもが、現代の魔法の枠組みとは似ても似つかぬ形式であると知った。
「召喚魔法に近いものが多いか?」
中には用途不明の魔法や、効果が不明瞭で謎に包まれた魔法なども見つかった。
「おいおい、なんで中身が分からないんだよ。そんな事あり得るか?」
そうした謎に満ちた古代魔法は、あの女魔術師や老魔術師の記憶からいくつか読み取れた。──古代魔法の修得の困難さの関係からか、一人一人の術者が持っている魔法の数は、そう多くはないようだ。
あの女魔術師「アンシャエァ」と、老いた魔術師「アゥルムハッド」の二人は、生贄となった魔術師の中でもなかなかの力を持った魔術師であったようである。
彼らの残した記憶は何故か断片的で、いくつかの印象的な場面がかろうじて確認できるみたいだ。
「記憶を他者に見られないよう術を掛けていたのだろうか」
生前に掛けていたなんらかの魔術的な処理が、死んだあとでもなお効力を発してしまったのかもしれない。
その記憶の中で──興味深いものを発見した。
それはアゥルムハッドの記憶。
彼の中で印象に強く残された場面だったのだろう。
荘厳な雰囲気のある謁見の間らしき場所で、老魔術師は(このときすでに老人だったかは分からない)美しい青地の絨毯に膝を突き頭を垂れていたが、誰かに呼びかけられると頭を上げた。
──そこには美しく凛々しい女性が居た。
着ている衣装からしても相当の権力者であろう。
美しく気高い女性であろうとする意志の強そうな顔立ち、冷たく光る青い瞳は優しげに老魔術師を見下ろしている。
彼女がなにか言葉を発すると彼は再び頭を下げ、彼女の名前を口にした。
「エイシュラ」と。
いま見た過去の映像からは細部が分からなかったが、老魔術師がかなりの力を有しており、それを認められて支配者との謁見を許されたと思われた。
かなり風格のある女だったのは間違いない。
彼女の後ろにあった輝く黄金の玉座と壁に施された浮き彫りの所為だろうか、彼女の長い髪は青色にも、金色や銀色にも光り輝いているように見えたのだ。
圧倒的な力と美貌備えたその女は──俺の勘では、断片的に残る古代帝国最後の支配者、その人であると感じていた。
その記憶以外にも、古代に関する多くの情報を得たが、あれほど栄華を極め、武力のみならず圧倒的な魔法の力を有していた古代帝国がなぜ滅んでしまったのか。
アンシャエァとアゥルムハッドの記憶からは読み取る事はできなかった。
「おっと、それよりも……」
古代魔法の獲得が先だ。
それからしばらく、かなり奥深く古代魔法の研究を続けた。二十も種類のない魔法の構成要素などを調べていくうちに、古代魔法には「属性魔法」という区分けがない事に気がついた。
各魔法は個別に打ち立てられた力であり、それは力の源をそのまま復元して顕現させるといった、かなり強大な力であるものばかりだ。
俺が死導者の霊核に取り込めた魔術師の記憶からは、九名分の所持していた古代魔法しか入手できない。その古代魔法の共通する事柄を見極めようとしたが、多くの理解を得られる事はなかった。
ただ──推測になるが、古代魔法の原理となる力には精霊などはなく、二つの力の異なる神々が根源となっているようだ(魔法の原理となる神が持つ力によって様々な効果や属性が発現する)。
強大な力を持つ神の力を貸与する魔法であるが為、難解な呪術形式を用いて初めて、人が行使する事が可能になるのだろう。
だがその中で、比較的簡単で俺にも扱う事ができそうなものを発見した。──それは金属を触媒として使う攻撃魔法だ。
この古代魔法は金属を代償に、自在に操る武器を生成し、それで敵を攻撃するといった魔法であるらしい。単純な物理攻撃に近い形態だが、短刀くらいの小さな武器と魔力を消費する事で多くの武器を生成し、それを飛ばして操れるのだ。
もちろん効果時間があり、それを過ぎれば生成した武器も消滅してしまうらしい。
短刀ではなく金属の延べ棒があれば、より多くの武器を作り出せそうだ。そして興味深いのは触媒として捧げる金属の性質によって、作り出される武器も変化するというところだ。
硬い鋼や銀を触媒にすれば、相手が戦士の場合は鋼の武器で、狼男などの獣人が相手の場合は銀の武器で攻撃する、といった使用方法が可能になる。
欠点としては長い呪文の詠唱と集中、膨大な魔力が必要なところであろう。
古代魔法の特徴は通常の魔法と違って威力が高く、効果範囲が広かったり、効果の継続時間が長かったりと、古代魔法によって様々な形態がありそうだ。ものによっては強力な神の力が顕現するものが多い印象だ。
老魔術師の記憶にあった「魔荊の煉獄火焔」というなんとも翻訳しづらいものもあった。かなり凶悪な魔法であるのは捉えられたが、この古代魔法と盟約をし力を行使するには、まだまだ時間がかかるだろう。
中でも気になったのは「原初の大地に終焉を導く龍」という古代魔法だ。これはおそらくだが、強大な竜の姿をした神を顕現する魔法だろう。盟約に複雑すぎる呪文や触媒(魔法陣や生贄に類するもの──また、膨大な魔力など)を使う為、いまの自分の力量ではどうにもならない。
「原初の大地」という文言も気になるが、これ以上の手がかりは、断絶した古代の無意識領域と繋がらないと調べる事はできそうにない。
まずは基礎となる「鉄器創幻=修羅神霊刃」の魔法を獲得しよう。簡単なものではないが、まずはその為に必要な偶像触媒を用意する。
自己の魔術領域で用意する偶像化する触媒は、霊的構造物に呪文を刻み、これから用意する魔法陣との接続を想定したものを創造する必要がある。細かい部分は省略するが、それでも神の権能を授かる為に訴えかけるべき偶像なので、手を抜く事はできない。
心象と結び付き、古代魔法の深奥と接続するのに必要なのだ。
対象となる力の根源である神霊との結び付きを得なければ、古代魔法との盟約は結べない。
その象徴と呪文を刻み付けた触媒を作製している途中で、肉体側から警告が入った。湿地帯の手前にある岩山の密集する場所に辿り着いたらしい。──どうやら相当に長い時間、魔術領域での作業に没頭していたようだ。
現実世界に意識を戻すと、足に疲労があるのに気づく。頭の中で地図を広げ、どの程度の距離を歩き続けたかを確認すると三十キロは超えていた。
「周囲は……安全そうだな」
ざっと生命探知で確認したが、危険な猛獣などは居ない。小さな生物の姿もないところを見ると、この辺りは生き物にとっては棲みにくい場所なのだろう。
土と岩ばかりの地面、草もほとんどなく、この辺りの土は栄養分がないのだろうか。
これから進むべき方向には、まるで壁みたいに立ち並ぶ岩山があり、数十メートルの高さくらいの崖がそこら中に立ち並んでいる。
黄土色の固そうな壁と地面。
その岩山の間を通って南へと向かう。
岩山の間に近づくと、急に風向きが変わったみたいに背中に強く風が当たる。勢いよく岩山の間を吹き抜ける風。
背後から嫌な予感を感じる。
「まさか、この感覚は……」
じわじわと心の奥深くから忍び寄る気配。それは聴死の感覚。
それと共に耳鳴りのように、鈴の音が遠くから聞こえる気がする。
振り向くと山の向こうから灰色の雨雲が再び迫って来ている。雷雲ではなさそうだが……
山の上を覆い尽くした暗い色の雲は、こちらに向かって確実に広がってきている。
だが問題は雲ではない。
何者かがこちらを見ているその視線、それに聴死が反応しているのだ。上位存在の視線、それに間違いはないだろう。
「さっきの魔物を送り込んできた親玉か?」
魔神──下級魔神であっても、それは恐るべき相手となる可能性が高い。できるならば戦いは避けたいところだが……
────?
そういえば山間部の道で落雷を受けた時は、確かにこの視線を感じていた。
だが、あの黒い魔物が異界化を展開した時には、聴死の反応は感じられなかった。魔神の視線ではないのか? という事は別の、異なる上位存在であるのだろうか。
「天蓋の使い──か」
魔神ラウヴァレアシュがそう呼ぶ「天使」が、こちらを見張っているのだろう。あまりに異質な次元からこちらを窺っているらしく、まだ天使が潜んでいるという「幽世と現世の狭間」に転移する事はできそうにない。
相手がこちらに「攻撃」を仕掛けてきた瞬間に、もしかしたら付け入る隙が生まれるかもしれない──そう考えたが、今は先へ進み、雨に降られる前に岩山の間を抜けて湿地帯へ近づこうと行動する。
しばらくすると、耳鳴りのような鈴の音が聞こえなくなった。




