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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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天よりの攻撃、魔神の護り

 この魔術師の名はグフレゥというらしい。

 彼は若く聡明な魔術師であったが、同じ魔術師の友人にあらぬ疑いをかけられ、生贄として「地母神参霊の儀式」に送られる事になったのだ。

 仲間の魔術師は第六王女に恋していたらしく、第六王女に気に入られていたグフレゥをしだいにうとむようになった。


「ハ、どこかで聞いたような話だな」

 自分の地位が脅かされると感じた魔導師が居たな、そいつの魂の記憶も死導者グジャビベムトの霊核に収まっていた。数百年たとうとも、愚かな魔術師はどこにでも居るものであるらしい。

 他人の足を引っ張る事しか頭にない間抜けは、いつまでも自分の愚かさには気づかないのだろう。

 グフレゥは第六王女ではなく、この()()()()()()()になっていたのだ。

 グフレゥが死を迎えたあとの事は不明だが、妹が兄のした事を知ったら──いったいなんと言うだろうか、()()()()()()()()()()だろうが。


 ともかくグフレゥは、祭儀の生贄として捧げられる事が決まった日から、古代魔術の勉強に今まで以上に取り組み、短期間で魔術言語の多くを解明し自分のものとしたが、「地母神参霊の儀式」を否定し、その祭儀がなくとも大地の豊饒ほうじょうを約束する証を立てる事はできず、彼は儀式の炎に生きたまま焼かれ、儀式の生み出す力の根源──霊樹の一部に組み込まれてしまった訳だ。

「実際に儀式の効果はあったらしいな」

 古代からそのあと、数百年に渡って──国は変わっても、どうやらこの儀式だけは続けられたようだ。

 それには理由があって、この魔術をおこなうよう働きかけていた上位存在があったのだろう。

 それが魔神であるか、邪神であるか──それとも神であったのかは分からなかった。


 過去の儀式や上位存在についてはおいておこう、それよりもグフレゥの解明した魔術言語をさらに深く解読し、古代の魔術言語を扱えるようになろう。そうすれば古い、現代の魔法や魔術とは異なる力の行使も可能になる。

「解析するのが楽しみだ」

 俺は無意識領域に古代魔術言語の解析を設定し、しばらく精神世界で活動をしようとさらにグフレゥの記憶を探ろうとした──すると。


「! なんだッ──⁉」

 ぞわりとするような視線。

 肉体のない状態にもかかわらず、不快ななにかを関知した。

 肉体側からはなにも応答がない、危険を察知してはいない様子だ。

 俺は精神世界の領域を守護する「黒蜘蛛の守護者」に接続すると、蜘蛛は精神世界の領域を守る為に警戒を始めていたのを知った。

 霊獣として捕らえた「鉄鋼蜂」も上空を飛び回り、無意識領域から敵が攻めて来ないか偵察をおこなっている。


「なかなか優秀な防衛機構だ」

 まあ、彼らと結び付いている俺が死ねば、彼らもまた消滅の可能性があるのだ。少なくとも蜘蛛の方は俺の精神と不可分な存在だ、本体を消滅の危機から救う為に行動するのは当然と言える。


 奇怪な感覚は一瞬で消え去った。

 なにかがこちらを見ていたのは間違いない。

 それは魔術師や魔導師であるかもしれないが、仮にそうだとしたら──相当に強大な力を持った奴だろう。

 そう考えると、やはり上位存在だったと考える方が納得がいく。魔導師などであれば、こちらの領域を認識し捉える事ができたなら、そのまま攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 それをしないで去る──しかも痕跡をまったく残さずに──となると、相当の技量を備えた魔導師か。

 こちらから相手の逃げ去った場所を探ろうとしても、まったく見当もつかない。完全に見失っている。まるで先ほどの感覚は幻だったのではと思うくらいに。


「くそっ……」

 無意識領域をたゆたう「魔術の庭」は、その位置を固定できる訳ではないし、索敵を目的とした偵察だったとしても、こちらの領域をずっと追い続けるなどできないはずだが──不安は付き纏う。

 俺は精神世界の防御に力を割き、肉体へと戻る事にした。




 坂道を上り続けていた肉体はのろのろとだが、着実に歩みを進めていた。大きな山脈の間に差しかかると、坂道の頂点にほこらみたいな物が脇に置かれているのが見えてくる。

 どれくらい上ったのかと後方を振り返ると、一瞬で異様な事柄に気がついた。

 空が真っ黒になっているのだ。

「な……この暗雲は、もっと遠くにあったはず……!」

 暗雲は上空を凄い勢いで広がり始めた、まるで意志を持っているみたいに。

 今まで物音一つ立てなかったその黒い雲の塊が、ごろごろと唸りを上げ始めた。


 山道は山脈の間にある低い場所を通過するのだが、その暗雲はかなり近くにあるように錯覚する。

 鈍い音を響かせながら、暗雲の中に青や紫色に光る音のない稲光が走る。

「やべぇぞ、こいつは──!」

 嫌な予感が急激に周囲に漂い始めた。

 死の予感を察知した警告が無意識領域から鳴り響く。

 俺は祠の近くに向かって走り出す。

 頭上まで雷鳴が響き渡る。


「シュルト、エスヴァ、インルカァム、天よりの嘆きと破砕を告げる者、雷電の使い、大地との契りを示し、我を守れ!『雷精の守護』!」

 防御魔法を使った瞬間、頭上が激しく光を放った。




 一瞬の閃光。




 目の前が真っ白な光に包まれる。

 身体を貫く衝撃を感じた──────


 *****


 暗い、暗い場所に幽閉されている。

 いや、閉じ込められているのではない。

 なにかが俺の周囲を覆っていたが、それがゆっくりと離れていった。

「なんだ──?」

 意識がはっきりしない所為せいか、なにが俺の周りを覆っていたのかも分からなかった。だが──それは()()()()だったような気がする。


 周囲を見回すと、薄い霧がかかった異様な場所。周囲を見回すと山脈はなく、祠なども見当たらない。

「なにが起こった……?」

 すると霧の中から声が聞こえてきた。

「お前は雷に打たれ、倒れたのだ」

 その声は女性のものだったが、聞き覚えのない声だ。


 声のする方を見ると、霧の中から青い衣を着た女が歩いてこちらに近づいて来た。

 金色の長く美しい髪、白い肌を曝した青い礼装用婦人服ドレス、腕には金の腕輪と銀の腕輪をしている。首からは色とりどりの宝石が付いた黄金の豪華な首飾りを下げ、ゆったりとしたスカートから覗く足首にも金や銀の飾りが付けられている。

 まるで宝石のような輝く靴を履いているその女は、見た事もない美女だったが──冷たい輝きを持つ緑色の瞳に見られると、肌が泡立つようなざわざわとした感覚になる。


 俺は固い土の地面に手を突くと、よろよろと起き上がり女の前に立った。

 色白の美女は、無表情のまま俺を見つめると、まばたきにしては長くまぶたを閉ざし、美しい翠玉エメラルド色の瞳を隠してしまう。

 ざわざわとした感覚が止まらない。

 この異様な感覚は──そう、上位存在と対峙した時に感じたものだ。周囲の霧の中に、まだなにか巨大な影のようなものが見えた気がして、俺は自分の左右や背後が気になりだす。


「なにを慌てている──安心しろ、ここにはお前の敵など存在しない」

 嘲笑するみたいな言い方で、美女が口元に笑みを浮かべながらそう言った。

 その冷たい視線と言葉(づか)いには覚えがあった。

「まさか……ラウヴァレアシュなのか」

 すると女は肩をすくめてわざとらしい溜め息をく。

「そうだ、いまさら気がついたのか」

 魔神はそう告げると「ふん」と鼻を鳴らす。

「それにしても落雷で死にかけるとは……貴様、そのような体たらくでは今後、生き残る事はできぬぞ」

 酷薄な宣言をする魔神。その表情は無表情に近かったが、言葉の所為か、酷く侮蔑的な顔をしているように見えた。


「いや、それは俺の体調に問題があったからだ、異質な雷雲の存在に気がつく前に、俺は霊的損害を受けていたから──」

 俺は美女からの罵りを受け、軽蔑された男がやるみたいな言い訳を口にしてしまう。

 すると女は片手を軽く上げて俺の発言を制止する。その挙動には「もういい」という冷たい恫喝どうかつにも似た、問答無用の拒絶があった。


「……まあ、お前が異界に囚われた亡者たちを救うなどという危険を冒さなければ、確かに雷を防御魔法で防げたであろうな。──お前の無謀なおこないも、多くの力を得る為のものだったという事であろう」

 対峙する魔神から鋭い威圧的な気配が消えていく。俺よりも小柄な女性体であるが、猛獣を前にした子犬のようにビクついている自分が居る事に気づき、腹部に力を入れて気を引きしめ直す。

「それに──なんだ、あの暗雲は。俺が異界の中に引き込まれた時は、まだ遠くにあったはずだ」

「ふむ、そうだろうな。それはお前の認識にそう見えるよう細工をし、油断させる為であろう」

 魔神はつややかな金色の長い髪を手で払うと、細い両腕を身体の前で組み、豊かな胸元を見せつけてくる。


「あの暗雲こそは天の災いの宗主たる者がつかわした力、その一部だ。奴らは直接お前を排除するにしても、()()()()()()()()()使()()()排除しようとするだろう。少なくとも今のところはな」

 天の災いの宗主──つまり「神」の使いである「天使」と呼ばれる存在という事か。

 それも認識阻害などという幻術まがいの術まで使ってくるというのか、なんという厄介な相手だろう。


「では、ここのところ感じる視線は……」

「うむ、世界の創造主などと自惚うぬぼれる者が送り込んで来た監視者──天蓋てんがいの使いだ。だが──その天蓋の使いは、決して物質界に顕現けんげんする事はないであろうな。この監視者『陽炎かぎろいの翼もつまなこ<アガーループラ>』は、現世と幽世かくりよの隙間からお前を探り、自然現象を起こしてお前を破滅さそうとしておるのだ」

 ラウヴァレアシュが説明するには、幽世の外側に近い場所から地上を見張り対象を探すのは、川の上を流れる木の葉に揺られながら、川底にある宝石を探し出すようなものだと言う。

 何故そうした難しい手法で俺の追跡しているかというと、幽世と現世の隙間に居る限り、こちらからは察知しにくく、また手出しする事も難しくなる為らしい。

 そしてラウヴァレアシュは、神の園を守る天の使いについて「天蓋」の使いという言葉を用いるようだ。


「さらにその領域に乗り込むにしても、相手の位置は常に移動しているのと同じで、捉える事は困難だ。だから相手もそうそうお前を探し出せず、一度お前を視認して確認したからといって、すぐに攻撃には移れないはずだ。あちらも移動しながらお前の位置を特定し、ずっと張り付いていられる訳ではないだろう」

 なんだか想像すると厄介な戦いの様相を呈してきた。

 川を流れ行く舟に乗る相手に、槍を投げつけて攻撃し合う戦いのようだ。川岸に立つ俺の方が優位なように思うのだが、こちらからは舟が通っているかが見えないという、不利な条件が与えられている。


「そこでお前に少し手を貸してやろうと考えたのだ、雷に打たれるお前を守りながらな」

 どうだ、健気だろう? と女の声と顔で言うが、男言葉の時点で減点だった。

 防御魔法の展開に間に合わず、雷の直撃を喰らったと思っていたが、どうやら魔神ラウヴァレアシュが保護をおこなっていたらしい。

「天蓋の使い『陽炎の翼もつ眼(アガーループラ)』の視認を捉え、その領域に接続する転移魔法を作製した。本来ならお前が作製すべきだが──その前に、奴の手にかかって死にそうだったのでな」

 痛烈な言葉を吐きながら、白い指の間に濃い紫色の小さな結晶を取り出す。


「さあ、これを飲め」

 彼女はそう言いながら手を突き出し、受け取るよう迫る。

 結晶体は口にする物ではないと思うのだが……それは口にせず、結晶を受け取ると、その解析をしてみる。──それは確かに魔法を継承させる結晶の形をした霊質のかたまりであった。

「その魔法を使うのは、奴の視線を感じた直後だ。そうすれば奴の存在する領域に移動できる。ただし、相手は位階の低い存在とはいえ、神の眷属だ──心して当たるようにな」

 俺は鈍く輝く結晶を飲み込むと、新たな魔法の情報を獲得した。かなり限定的な魔法の術式で、異空間への侵入を試みる変わった技術魔法であると思われた。




「ところで魔神ラウヴァレアシュよ、俺はあんたにずっと聞きたかった事がいくつかある」

 そう言うと女は「ほう」と鋭い目をこちらに向ける。──その緑色の宝石のような瞳には、冷たい威圧的な気配が含まれているみたいだった。

「いいだろう、話せ」

 答えるかどうかは話の中身にもよるが。魔神はそう言って、黄金の板が連なる豪華な首飾りに触れた。


「魔神ディス=タシュの事だ。ツェルエルヴァールムやベルニエゥロによると、人間ごときが近づくのは危険どころか、無謀ですらあるような言い方だったが」

 そんな魔神に近づきたくないぞ、俺がそう言うと、ラウヴァレアシュはうなずく。

「うむ、私もお前が素直にディス=タシュの元に向かうなどと思っておらぬ。第一、そう簡単に奴を捜し出し接触できるはずもない。だからディス=タシュの事はまずは放っておいてよい」

 それだけか? と問う魔神に、俺は元からあった疑問──それを口にした。


「『魔神』という存在は、元は神の側に居た存在だったというのは事実か?」

 すると彼女の表情が曇る、まるで「そんな事を思い出したくはない」とでも言うみたいに。

「……そんな事を聞いてどうするのだ」

「別に。純粋な知的好奇心──いや、世界の理を知ろうと望む魔導師が持つ、当然の疑問だろう」

 意外なほど態度を硬化させるラウヴァレアシュ。踏み込んではいけない問いだったか? そう思い始めたが、彼女は首飾りから手を離すと簡潔に答えた。

「まあ、そうだ。確かに神の国から追放された存在が、魔神として存在する事になった。そう考えていい」

 含みのある言い方だったが、これ以上の追求をさせない厳しい口調であると感じた。


「私の口から聞くだけでは実証性がないであろう。お前は他の魔神や邪神からも、神々の事柄について聞いて回ればいい。幸い──お前の周辺を嗅ぎ回る者が、()()()使()()()()()()()()らしいからな」

雷から身を守ろうと「雷精の守護」を使ったが間に合わなかったレギ。


天の災いの総主が送り込む存在「陽炎の翼もつ眼」について語られる……

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