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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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郡霊の解放と古代の魔術師

ブックマーク100を超えたと思ったら、110を超えてた~!

ありがたいですね。もちろん評価や感想をもらえるのも嬉しいです。

少し早めの投稿です。日曜日にも次を投稿するのでよろしくお願いしま~す。

 俺は青色のほのおや緑色の焔に囲まれながら、これからおこなう事を簡単に説明した。

 霊的総体を取り込み具象化している霊樹──悪霊と化した力の源である生贄いけにえの呪縛──を魔剣で断ち、囚われた霊魂を死導者の霊核に取り込んで冥府へ、あるいは霊的消滅──霊的循環のの中へと導く。

 異界の曖昧あいまいな条理に囚われた彼らを、本来あるべき死が導く霊道に戻せるかは分からない。


『私たちはこのおりより解放されたいと望んでいるだけです。混濁した意識の状態より解き放たれれば、消滅さえも喜びなのです』

 若い男の声が聞こえた。

 生贄として捕らえられた者の多くは、永劫の憤怒と憎悪に囚われて、もはや亡者と変わりがなくなっているという。その狂気から解放されるなら、消滅こそが望むべきものなのだ。

(おかしなものだ、救いと滅びが一体とは)

 永い年月を憎悪にむしばまれた魂が自らの滅びを望むに至る過程とは、想像するのも難しい。何百人の犠牲者が──あるいはそれ以上か──居たのかは分からない。それらが一つの魂となって霊的混沌を生み出しているのなら、その状態から解放されたいと望むのは必然だろうか。


 自身か他人かも分からない曖昧な意識状態など──常人ならば、数時間もすれば狂気にちるのではないか。この邪悪な霊の総体と、それを取り仕切る魔術師の霊魂が個を維持し、集合体となっている郡霊化した悪霊を抑え込んでいたのだ。

 古代か、そこまで古くはない時代の儀式だったのかもしれないが、新たな生贄を足していく事でなんとか呪術の効果を維持していたのだろう。

 その儀式が執りおこなわれなくなったいま、ここにあるのは山や森の秩序を願う力などではなく、生きる事を無理矢理やめさせられた怨念の不浄な力の猛威が、異界に潜み続けていたのである。


 いつかはこの悪霊が己を封じている牢獄を打ち破り、現世と異界を結びつけ、幽世かくりよにあるあらゆる領域との接点となっていたかもしれない。

 そうなればこの辺り一帯は、魔物や魔獣の跋扈ばっこする危険地帯となり得る。その原因となった悪霊も幽世や現世に解き放たれ、様々な災いを引き起こしていただろう。

 別にシン国に肩入れする気持ちはないが、ここで強大な悪霊を討たなければ、その災いは辺りに燃え広がる可能性もある。大規模な霊災が起こったという記録も各地にある。


 古代の魔術師や魔導師が非人道的な者たちばかりではないだろうが、彼らのしてきたあやまちのツケが、後世の人々に呪いを振りまく事になるのだ。はた迷惑な話である。


 俺は死王の魔剣と死導者の霊核に集中し、これらを使って霊樹を伐り倒して、そこに囚われている魂を救済する手立てを考え抜く。

「……死導者の霊核を通して異界から冥界に──うん、不可能ではなさそうだ。だが……膨大な霊の憎悪や呪いの力を制御できなければ、俺の霊体もただでは済まないだろう」

 それは死霊の仲間入りをする羽目になりかねないという事だ。


『そこで我らが悪霊と化した者たちを導けばいいのだな?』

 俺の霊体を取り込みにくる悪霊を、冥界へと通じる死導者の霊核に導く。そこから解放されるかは、郡霊と化した者たちにかかっているだろう。こちらからはどうする事もできない。

 それにしてもまさか自分が、死者を冥界へと導く死の導き手の真似まねをする事になるとは──生きている自分にとって、それは容易な作業ではないのだ。自身の霊体を保護すれば郡霊の魂を冥界へは導けなくなる、郡霊を解放するなら自身の中にある死導者の霊核への侵入を許さなければならない。──それは危険な行為だ。


 しかし、それによって霊核を通じ、郡霊と共にある()()()()()()()()()()()事ができるはずだ。死導者の関わった者たちの記録から、その知識や技術を読み取れるように、彼らの魂を冥界へいざなえば──俺は新たな力を得るだろう。

 危険を覚悟してでも手に入れるべきだ。ここに居る古代に近い魔術師の知識は、きっと役に立つ──その確信がある。


 もし自分の魂魄こんぱくに深刻な損害を受けそうになったら「光輝の封陣」で身を守り、そして残された郡霊は滅ぼせばいい。簡単な作業ではないだろうが、こちらも霊的な防衛に関してはかなりの技術を開拓している。じわじわとでも相手の数を削ぎ落とし、時間──ここでの時間など意味を持たないが──をかけてでも、それを成し遂げるのだ。


「よし、魔剣に『霊呪の銀印』を掛け、さらに死導者の霊核から力を引っ張り出して──霊樹を伐り倒そう。そこから溢れ出る魂を導くのはお前らに任せるぞ。ただし──」

『あなたの魂魄が破壊されぬよう、守り抜いてみせます。もしあなたの魂魄が砕け散れば、我々はどちらにしても消滅するしか道は無くなるのですから』

 どうやら相手はこちらの考えを理解しているみたいだ、俺が無償で危険を引き受けるとは考えていないらしい。それはありがたい、どこぞの甘っちょろい冒険者みたく、簡単に助けてもらえるなどと期待されても困るのだ。


 俺は大きく深呼吸する。魔力へと集中し、この異界でも力を行使できるよう意識を整える。

「フィーギ、ギゥベシス、クジュア、オルジィルメダト、死の暗闇にくさびを打て、秘匿された幽明のことわり、霊火をまとい、不浄を破る、霊験れいげんの刃となれ『霊呪の銀印』!」

 死導者の霊核から魔法の力を引き出す形で形成された焔を纏う魔剣。

 そこに霊樹から浄化された力が俺の霊体に流れ込んでくる。魔術師の誰かが、霊樹の中に残された清廉な霊質をこちらに供給し、霊樹を伐る力に変えているのだ。


 白銀色に燃える炎を剣が発すると、霊樹が不快な音を立てて振動を始める。どうやら救いを求め、あるいは滅びを拒絶する為に、攻撃への抵抗と滅びを受け入れる挙動を始めたみたいだ。

 相反する受動と拒絶がぶつかり合い、霊樹の中で反発が生じているらしい。


「好都合だ」

 俺は周囲の霊的な力を引き寄せて、それを刃として撃ち出す心象イメージを描き、力を込めた一撃を奮う。

「ハアァアァッ‼」

 鋭く剣を斜めに振り下ろす。

 閃光が走る。

 魔剣から放たれた白い光が霊樹を伐る。禍々しい気配を発していた霊樹が一瞬、まったくの無になった。


『ギゥぁブレぐぃピリゥいュウアぅゥビヤぁゥアぁあァ──────‼』

 それは言葉ではなく悲鳴だったのだろうか、それとも歓喜の絶叫だったのか。霊体を震わせる振動を発し、霊樹が真っ二つに切断され、切断面から淡い、濃い、明るい、暗い、それぞれの色を放つ光が立ち上る。

 それが素早い動きで俺に向かって次々に飛びかかってくる。──その光は生贄にされた者の魂。

 解放を求め、死導者の霊核に導かれ吸収されていく。


「……ぐぅうぅぅっ‼」

 凄まじい霊的な圧力が流れ込んでくる。

 俺の霊体を押し流すほどの力──だが、吹き飛ばされる訳にはいかないし、そうはならない。

 自らの霊体、魂魄との接合を離され、引き裂かれる訳にはいかないのだ。俺は強大な霊圧を受けながらも踏み留まり、魔術師たちが導く群霊から飛散して消えゆく魂を一つでも多く霊核を通して冥界へといざなう。


 霊樹から立ち上る淡い光には、そのまま異界の空に消えていくものもあった。

 永い──あまりに永い群霊としての混沌を経験した生贄の多くは、霊樹の消滅と共に消え去っていくようだ。弱い意識や魂ほど消滅に近く、憎悪に捕われた魂たちは、他の者を喰らってでも生き続けようとしたのだろう。

 自らの意識を失しても、憎悪の感情だけは残り続けているみたいに。


(同じ弱者でも、憎悪や悪意に蝕まれた者の方が世界に留まりやすいとは……)

 つくづくこの世界は腐っている、そう思わずにはいられない。

 世界に蔓延はびこる力とは否定的で、他の存在を脅かす要素ばかりだ。この世界を造り上げた神とやらは、本当にろくでもない奴だ。

 自分は安全な所から高みの見物を決め込んで、被造物の苦しみを理解しようとはしない。あるいは生きる者の辛酸を喜びとしているのだろう。


 群霊の恐るべき怨念に満ちた魂を引き受けながら、彼らの魂を導く魔術師の霊を感じる。他の霊体たちよりも強い光を放つ彼らの魂。

 そしてついに彼らも解放される時がやってきたのだ。


『ありがとう、これで我々も悠久の牢獄から解放される』

『世話をかけたな』

 すべての黒い怨念──憎悪の集合体から解放された人々の霊魂が消え去ったあと、彼らは俺に語りかけてきた。

『感謝する、未来の魔術師。よもや<死の導き手>を取り込んだ人間が現れようとは、我らの時代にもそのような偉業を果たした術師など、数えるほどしか居ないというのに』

 その魔術師たちが俺の中に入り、死導者の霊核を通じて解放されて逝った。

 最後に青い光を放つ焔が俺の前にやってきた。


『あなたには本当に世話になった』

 彼女の声が遠くから聞こえる、すでに役目を終えた彼女の意識は、死の境界へと流れ込んでいるみたいに。

『私の持っていた知識を受け継ぐ事ができたなら、神々の事について知っておくといいでしょう……』

 青い焔が俺の中に吸収されながら、やがて女の声だけが俺の心に響いてくる。

『神々には気をつけなさい──』


 その警告を最後に、辺りを照らしていた淡い光は消え去り、周囲は薄暗い灰色に満たされた。空は変わらず紅色とあい色に彩られ、混濁した色が現れては消えていく。

「む……」

 異界がきしんだ音を立て始めた。

 どうやら霊的な拘束力を失い、この固定領域が崩壊を始めたらしい。

「現世へ戻るとしよう」

 俺は入って来た入り口に向かって飛ぶ勢いで移動する。


 柱状の二本の岩の間に出口が現れていた。向こう側には俺の肉体が立っているのが見えている。

 このいびつな空間では時間の概念が通用しない。現世側の時間は停止した状態に近いみたいだ。

 群霊と化した者たちにとっては、永遠とも言える永い幽閉期間だったろう。


 崩れ去る異界から白い光の向こう側へと進み、俺は肉体へと戻って行った。


 *****


「うごォぇえェぇ!」

 肉体に戻った瞬間、俺はゲロを吐き出した。

 霊体に過剰な負荷がかかった反動だろう。俺はその場に屈み込み、逆流する胃液が喉を通る不快な感覚に堪えながら、胃の中の物をすべて出し切ってしまう。

「はぁ……はぁ……はァ──ぅうっ、やはり、あの群霊の力は……相当なもの、だったな──」

 また吐き気が襲い、俺は地面に向かって胃液だけを吐き出した。いがらっぽい感覚に辟易へきえきしながらも、口から大量の胃液が流れ出るのを見つめていた。


 やっと吐き気が治まると、水筒を取り出して口をすすぎ、水を飲んで気持ちを落ち着ける。

 ふと目の前にある岩の柱を見ると、岩に刻まれていた文字が消え去っていた。異界が消失する影響を受け、物質界に残された形跡を消し去ったのか。

 霊と肉は結びつき離れがたいと言うが、物質的痕跡まで消し去るとは──異界のことわりとこちらの世界との理は、未だに不明であるようだ。


 回復薬を口にし、これから向かうべき坂の上を見つめる。──体力を消耗した俺は、ゆっくりとした足取りで坂道を上り始める。

 そうしながら無意識に体を任せ、俺は死導者の霊核に新たに蓄積された記憶を閲覧する事にした。




 それらは不明瞭なものが多かった。砕け散った魂魄の断片的な記憶とでもいうのだろうか。多くの弱い魂の持ち主は、群霊と化した影響で──多くの知性や知識を失っていたようだ。

 それらの壊れた記憶群は一ヶ所に纏め、最も重要な魔術師の遺した記憶を探る。

「なんだ、これは……」

 言語が違う、時代が違う、精神体の構造が違う……

 比較的近い時代に生贄となった魔術師の遺した記憶なら、なんとか解読できそうだが──どういう訳か、それよりも昔の、古代の時代に生きていたと思われる魔術師の記憶は、精神体としての構成も異なり、それらの扱う言語を学ばない限り、その記憶から情報を読み取るのは無理だったのである。


「おかしい──たとえ言語が違う者だったとしても、現代人の記憶であれば、その情報を読み取る事は可能なのに」

 彼らの言語はそもそも呪術に結び付いたものだからなのかもしれない、そう思い当たる。呪術的理解のない者には触れられないように、一般的な魔術関係の書物では隠喩や象徴を使うのと同じだ。


 彼らの高度な魔術や呪術は、我々の知る位階のものとは一線を画する技術体系なのだ。難解な彼らの思想や思考を読み解くのに、まずは彼らが駆使していた言語を翻訳ほんやくするところから始めなければならない。

「その作業は無意識に任せるとして、その前に取っかかりくらいは自分で見つけなければならないか」

 俺は古代の異質な()()()()について解読する作業を精神世界で始めたのだった。




 ────古代の魔術言語に関係する魔術師の記憶を調査しているうちに、現在に一番近い魔術師の記憶を発見した。

 それは五百、あるいは六百年以上前に存在した魔術師の記憶だ。その記憶にある人物は日常では現代に近い言語を使用していながら、魔術に取り組む作業の一部で「古代魔術言語」を使用していたのだ。


「すべての魔術に古代の魔術言語を利用していないところを見ると、やはり通常の精神体では扱いが困難なのかもしれないな」

 そう思いながらこの人物の魔術に関する情報を解析し、古代魔術を研究する足がかりとする事に決めた。

古代魔術言語が霊的な変質を起こして、肉体にもわずかながら影響を与える。こうしたことの積み重ねで、レギにある変化が……まだそれに気づくのは先なんですけどね。

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[一言] 解放された方々・・・お休みなさい。 レギが魔人化とか・・・?。(´・ω・`)
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