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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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異界の霊樹

 大きな岩を避けて進む、その先から青や緑の発光が自分を導いてくれる。ぼんやりとした明かりに向かって行くと、山と森の間に大きな樹木が一本立っていた。

 それは奇妙な樹木だった。

 淡い緑色や青色に光を放つ樹木。さらに赤や黒色の果実を枝からぶら下げた発光する巨木があったのである。


「これがこの異界を作り上げている力の源か?」

 近づいてみようとすると、その光る枝葉を広げた巨木が迫って来たように感じられた。その樹木から感じられる気配は、霊的な嫌悪感をもよおすものだった。

 ──「死」である。

 死を予感させる霊的存在は数多く存在するが、この樹木からは──永い永い年月をて、数多くの死を取り込んできた存在の息吹が、詰まりに詰まっていると感じられた。


「なんなのだ、この樹は……」

 ぼうっと光る霊樹から発せられている光が、ゆらゆらと揺れて周囲の背景を溶かす。蜃気楼しんきろうが見せている幻みたいな情景が浮かんでは消えていく。

 それは死者の残滓ざんし、記憶にある憧憬しょうけいだろうか。色とりどりの生と死が織りなす、天幕に映し出される光と影の饗宴。その光と影の中に数多くの魂が夢見る幻想を垣間見た気がした。


「……やばい、これは──生者の霊を喰らう悪霊のたぐいか……⁉」

 薄い天幕に似た光の間仕切り(スクリーン)のような物に映し出された映像を見ていると、意識が吸い込まれていくような奇妙な感覚を覚えた。肉体の持つ感覚ではない、霊体の持つ生と死の狭間にある鋭敏で繊細な感覚が訴えてくる。──危険だと。


 これは魔術の領域に良くある現象だ。

 無意識領域に広がる霊的な境界をまたぐと、その人間の欲求や幻想が立ち現れる事がある。意志を強く持たないと強力な誘惑に心を奪われ、魔術の領域に囚われてしまうのだ。そうなれば肉体と霊体は引き裂かれ、霊体を失った肉体は朽ち滅びるのである。


 こうした霊的誘惑者がまったくの外部──自分の無意識領域ではない──からやってくるとなると、それはすなわち危険な外敵と変わらない。霊的な捕食者だと考えるのが妥当だろう。

 俺は巨木の周囲に広がる幻像を見ないようにしながら数歩下がって身構えた。

「己の意識のみが、己の主体こそが力であり武器である」

 魔導をこころざす者なら耳に胼胝たこができるほど耳にし、目にしてきた言葉を口にする。

「自らの霊と魂をって念じよ、力のしろとは、汝が我が意思を映し出す魂となればなり」

 意識の中にある魔剣の存在を強く感じると、それを右手に具現化する事に成功した。


 古い魔術である言霊ことだま行使による力の具現がここでは可能なようだ。俺はほっとした。──少なくともある程度の力を奮う事はできそうだ。霊的な力の行使から魔法への接続をする事もできるはず。

 俺は周囲の状況を確認しながら光を放つ霊樹に探知魔法を掛けてみる。──やはり生命体ではない、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。それは死者の霊魂の集合体か、呪いのかたまりのようなものであろう。


「気味が悪いな」

 感覚がないにもかかわらず、身震いするようなものを覚える。霊的圧力がある所為せいか? 自身の魂をも取り込まれそうな危機感を察知しているのだろう。霊体が、俺の意識を超えて拒絶を示しているらしい。


 樹木を良く見てみると、気持ち悪い感じがする理由が判明した。──それは明確に樹木ではない。

 木のみきや根だと思われた物は、人間のせ細った胴体や下半身に足。根の部分には見るも無惨な死体の山に、内臓が絡み合ってできたみたいな物の山だ。

 枝は人間の腕であるらしいが……無数の絡み合った腕と骨、皮膚や髪の毛などが絡まっている。これらが青や緑色の光をぼんやりと放ち、赤や黒っぽい色に見える果実は人の頭部だった。──生首が枝からぶら下がり、苦悶にゆがんだ表情で硬直している不気味な実を下げていた。


「死体の山で作った樹木か……」

 実際は物質ではなく霊体だが。この異界で形成されたこの樹木型の塊は、その見た目を作り出すおぞましい霊の群集だ。その霊質が持つ怨念や怨嗟えんさが具象化しているのだろう。

 どれほど大量の死者の恨みつらみが蓄積されているのか、巨木の大きさだけでは計れないが、相当な量の魂が連なり合っているはずである。


「にしては威圧的な気配だけでなく、異なる気配も感じるな」

 怨嗟の塊でありながら、この樹木からは意外なほど優しげな光も放たれている。青や緑の光は誘惑者としての発光というよりは、理性を保っている霊的存在のあかしのように見える。……と同時に、異様な圧力も同時に感じられるのだが。

「死者の群集の中にも、様々な感情があふれているといったところか」

 俺は慎重に魔剣を構えながら巨木の様子をうかがっていた、すると──


『グブレヒァエブドゥリアンケィアネデルリヒクァエス……』

 謎の言葉が聞こえてきた、それは()()()()()()みたいな発音。身体のない霊体にすら「苦痛」や「恐怖」を刻みつける言葉。

『エィフィスドゥロウガメヌゥドゥエアビァケゥイオエンバロォデティウィク……』

 複数の声が別々にしゃべり始めると、苦痛がさらに倍加して俺を襲う。

 俺はえかねて耳をふさいで後退したが、そのどちらの行動もこの耳障りな言葉を遠ざける事はできなかった。


「やめろやめろ! 一斉に喋るな! 耳障りな言葉を口にするな!」

 俺は耳を押さえながら大喝した。

 ……するとどうだろう、あれだけ騒がしくしていた声たちが沈黙したのだ。


『ゥイャリシゥアネンディァ……』

 小声でひそひそと呟き始める霊体。多くの者は黙ったままらしく、おもに三名の異なる声が内緒話をするみたいに相談を始めたようだ。

 彼らの言語はどういう理屈かは知らないが、俺には聞き取れない発音で、しかも霊的な攻撃力を持っているらしい。ここが異界な為か、彼らの言語自体にそうした言霊があるのか、それは俺には分からない。


『ぁァアムンダゥライねぅラけぃア……』

 言語が変わった。耳障りな言葉ではなく、ちゃんと聞き取れる──だが、その言語を俺は知らない。

 相手の霊はそれを悟ったのだろう。またしばらく沈黙すると、木の根本──死体の山から青いほのおがメラメラと燃え上がる。


 俺は咄嗟とっさに剣を構えた。すると人型を取った焔がかたどられ、それがたじろいだ反応を見せる。

『でぃエンぁドァぅらゅヒぅケゥ』

 青い焔の塊からは危険な気配はない。

 焔の霊体はゆっくりと手を伸ばしながら近づいて来た。──手を取れ、という想いが伝わってくる。敵意はまったく感じられない。


 俺は魔剣を下ろすと、その青い焔に近づいた。男か女かも分からないその霊の手を取ったが、熱は感じられない。──そもそも焔ですらないのだろう。

 青い焔が俺の手に触れたが特に変化はない。熱も痛みもなく、なにか変化があったのだろうか──そんな風に思い始めた。


『……これで、聞き取れますか? 言葉が、通じますか?』

 青い焔から女性的な声が聞こえてきた。それは俺が普段使っている大陸の言語だった。青い焔の霊体──彼女は、俺から言葉を学習したのだろうか?

「ああ、通じる」

 そう返答すると焔の中に女性の姿が現れて、ぼんやりとだが顔が見えた。──と言っても、顔がかすかに見えているだけで体はほとんど見えず、青い焔が人の形を取っているだけだが。


『あなたは魔術師──ですね?』

「……まあそうだな」

 そう返事すると霊樹から、ざわざわとした言葉にならないざわめきが聞こえた。まるで海岸の小石をこすり合わせる波の音みたいに、耳障りなような、心地好ここちよいような──遠くに消えていく残響。


『彼らも救いを求めているのです』

 青い焔は言った。

「救い? 人を惑わす霊的総体が言うには信じられない言葉だが」

 俺の言葉に「彼女」は明らかに肯定の意思を示す。

『その通りです。我々は長い間ともにあり、しかし互いに反発し合っている。──まるで頭が両端にある双頭の蛇のごとくに』

 そのたとえは分からない──だが、それは問題ではない。彼女が一部であるそれは、明らかに生者である俺を取り込もうとしているのだと認めたのだ。


「危険な相手を救うとは、奇妙な話だ」

 こちらも正直に対応すると、彼女はまた肯定を示す動きをする。

『どうかお聞きください。私たちはあなたの生きる時代から、()()()()()()()()()()()()()()()なのです。私たちはこの周辺の山と森を繁栄させる為に捧げられた供物として、この場所に縛りつけられ、永劫の時の中で我々が救われる道を探し求めてきました』

 彼女は簡潔に説明してくれた。


 一つは新たな魂──人間をおびき寄せ、その魂を使って霊的呪縛から解放されるという方法。

『しかしこの方法では何百、何千という人間の命が必要になるでしょう。しかし、我々の中には魔術に関する知識や経験のない者が多く、そうした者たちは安易なその方法で呪縛を解こうとしているのです』

 霊樹の中の理性を失った者たちが、新たな犠牲を求めているのだ、という訳だ。

『私のような一部の魔術や呪術に精通する者たちが、彼らを抑えつけているのです。そして私たちが新たな犠牲よりも確実に、この呪縛より解放される方策を練って出した解答が、生きている魔術師による<死>へのいざないです』


 要は人の手を借りての「()()」だ。──いや、悪霊と化した者たちと共に、消滅しようというのである。

「もう一つの方法とは、その霊樹をり倒す魔術師の到来を待つ、という事か?」

 なんともまあ気の遠くなるような話だ。自殺したいが自力ではできず、誰か通りすがりの魔術師に頼もう、というのである。

「それでは、あの岩に刻まれた文字は──いや待て、あの文字がこの異界に人を誘い込む為の罠だとしても、誰があの文字を刻み込んだのか」


 すると青い焔はうなずいて『あれは私が()()()()()()()()()()()物です』と応えた。

「豚悪鬼だと? では、さっきの森の中に居た豚悪鬼はお前の差し金か?」

 すると青い焔は首をかしげる。

『いえ……? 豚悪鬼を使役する事ができたのは、今からおそらく──あなたの時間軸で数十年前の事ですが。私たちは直接、外界に力を行使する事もできませんので、辛うじてそれを可能にしたのは、この近くで死亡した豚悪鬼の遺骸を発見できたからで、その死体を操って岩に呪印を刻み付け、異界への扉を設置したのです』


 なるほど、あの()()()()()文字らしき物は、豚悪鬼の体を使っておこなったのか。死体を使って刻み付けた呪文の刻印を媒介に、異界側から外部の人間を取り込む寸法か。

「まんまとその術策にはまった訳だな」

 自嘲じちょう気味に言ったが、彼女はうんともすんとも言わず、『外部での出来事には関与しておりません』と断言する。


 ではあの森の豚悪鬼が隠れていた俺の場所を知っていた風に行動していたのは、なにか別の力によるところのものなのだろう。あまり考えたくはないが、やはり上位存在の影が思い浮かぶ。

『ともかく、魔術師であるあなたなら、我々を解放する事ができるやもしれません』

「そうは言うが、あの霊的総体を簡単に消滅させるなど、生半可な事ではないと思うが?」


 すると青い焔が揺らめいた。きっとそれについても考えていたのだろう。生きている魔術師の力が必要と言っても、たった一人でこれほどの力を秘めた悪霊を倒すなど、相当の技量を持つ魔術師でなければ不可能だろう。

『いや、可能なはずじゃ』

 と、別の男の──老人の声が霊樹の方から聞こえてきた。すると緑色の焔が樹の根本から現れてこちらに近づいて来た。


『オヌシの中に<死>の力を感じる』

 霊的総体の一部である彼ら魔術師が、青い焔の彼女が言葉を学んだ事で、他の霊たちも俺の使っている言葉を扱う事ができるようになったらしい。

「死の力──ああ、なるほど。死導者グジャビベムトの霊核の事だな」

 そう口にすると、霊樹の方から先程よりも大きなざわめきが聞こえてきた。

『<死の導き手>の魂! 我々を解放する使者!』

『冥府より我らを解放しに来てくだされたか!』

『どうかその力で我々を解放して欲しい──』

『どうか──どうか──‼』

 霊樹が青や緑や白に発光しながら語りかけてくる。中には少年や少女の声も聞こえてきた。様々な年代の者が生贄として捧げられたみたいだ。


「言葉で言うほど簡単な事ではない。これほど大きな霊的存在を倒すなど、巨木を剣で伐り倒すようなもの──」

 そう口にして、ある事に気づいた。

 死王の魔剣がある。

 この魔剣の持つ霊的な存在に対する力と、死導者の霊核から得られる増幅効果を組み合わせれば──


「上手くいくかどうかは分からないが、この剣と死導者の力で──」

『私たちも力を貸しましょう』

 青い焔が言った。

「自死はできないのではなかったか?」

『あなたの中にある<死>の力に適応する力をある程度は注ぐ事ができるでしょう。そうすれば霊樹の力を少しは弱め、あなたの力を引き上げる事は可能なはず』

 その女は隠しもせず『まさか<死の導き手(エゥビャ・ァートゥン)>を内包しているとは、天の采配というものでしょうか』などと言う。

「……分かった、上手くいくかは分からんが、やってみよう」


 古い時代の亡霊たちを解放する為に助力をすると決め、魔剣と死導者の霊核が接続できるか確かめてみる。……二つの力の均衡バランスを計るのは難しかったが、異界の中でなら、現世では不可能だった霊核による作業が、ある程度の猶予をって執りおこなえるみたいだ。


「では霊樹の破壊と、その中にある霊的総体の解放──冥界への移送をおこなう手順を説明しておく」

発音が不明瞭な古い時代の霊体の言葉、この霊との接触で……


「己の意識のみが、己の主体こそが~」これは魔術師などと呼ばれる人たちの精神性を表した言葉ですね。自身をどこまでも道具として扱うという事は、極言すると主体が消失し、客体の中でその本質が解放される──あ、わけわかんないですよね。すみません……(なんとなくこんな感じ、とでも思ってもらえたら嬉しい)


古代語と古代魔術言語は別のものです。

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[一言] レギさん、永く縛られた魂に安らぎの眠りを与えてあげて下さい。
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