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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第六章 つけ狙う幾つもの眼

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豚悪鬼の襲撃、不可解な行動

 森の近くまで来ると、寒い空気の中にも森の()()()()()()が感じられた。

 樹木の匂い、湿気を含んだこけの匂い、枯れ葉が堆積たいせきして土へと返るひなびた匂い……、それらの中には腐った果物や、生き物たちの生と死の匂いも含まれているだろう


 森の間を抜ける踏み固められた地面は茶色く、所々に落ち葉や、枯れた草が密集した場所などがあった。

 長い間だれも通らなかったのだろう。段々と森に侵蝕され始めている嫌いがある。

「今は……山を登る事に集中しよう」

 まだ足の疲れはない、森の中を生命探知で探ると、離れた場所に二本足で立つ影が見えた。こちらに気づいていないが、亜人──豚悪鬼らしい姿が見えた。


 奴らは四体確認できた。どれも槍などを手にして武装しているらしい。えて戦う必要もないだろうと判断し、道なりに進んでまっすぐに延びる、緩やかな上り坂を上がろうと音を立てずに進む。

 ……ところがだ、奴らの横を通る頃にもう一度、生命探知で確認してみると、四頭の豚悪鬼が向きを変え、こちらに向かって森の中を進んで来るのが見えた。

(くそ……奴らに見つかったのか?)

 そんなはずはないが連中の動きは妙に正確で、こちらに向かって木々の間を進んで来ている。


 やむを得ない、森の中で奴らに囲まれる前に機先を制し、排除する方が賢明だろう。万が一という事もある。一頭に逃げられて仲間を呼ばれ、山の上に追い立てられたりするような面倒は避けたい。決めるなら短時間で──殲滅せんめつする。


 俺は幅広くなった道のど真ん中に背嚢はいのうを置いた。それに気づいた豚悪鬼が近づいて来る可能性も考えて行動する。木の陰に隠れつつ奴らの死角に入り、奇襲をかけるのだ。

 見つからぬよう木陰を利用してできる限り素早く側面に回り込む。豚悪鬼が最初に俺が立っていた場所に向かって行けば、その側面や背後から攻撃が可能だ。──と考えていたら、()()()()()()()()()


(なんだ、なぜ立ち止まる)

 森の中から道の様子を探っている訳ではなさそうだ。四体の内の一体が、仲間になにかを指示しているみたいな動きをすると、三体がこちらを振り向く。

(おいおい、嘘だろ!)

 俺は心の中で毒づいた。


 間違いない、奴らはどういう仕掛けかはしらないが、確実にこちらの場所を把握して襲いかかって来るつもりなのだ。明確に殺気を孕んだ気配に変わった豚悪鬼の気配。

 生命探知で見るまでもなく、奴らは真っ赤に見えるだろう。

 ふう、と溜め息をく。


 落ち着け、どうという事はない。たかが豚悪鬼四体だ、むしろ好都合じゃないか。シグンとの訓練で身に付けた、新たな剣士としての技量をって奴らをねじ伏せ、剣士としても飛び抜けた力を持った事を再確認する好機だ。

 まだ離れた位置に居る豚悪鬼の前に姿を現すと、奴はくぐもった声を発して仲間になにかを呼びかける。


 俺は魔剣を構えながら立派なみきをした木と灌木かんぼくの間を進み、革鎧を身に着ける豚頭の悪鬼に向かって行く。

 豚は槍を構えてこちらに小走りに駆け寄って来た。地面に積もった落ち葉やぬかるんだ地面をひづめで踏みしめながら、木々の間を抜けて来る。

 先手は相手に()()()()

 突き出してくる槍をかわすのは簡単だった。

 躱したのと同時に奴の腕を斬り落とし、鉄の槍を掴みながら、喉元に槍を突き刺して一頭を打ち倒す。


 近寄って来た二匹の豚悪鬼も、革鎧と槍を身に着けていた。

 手にした槍を倒した悪鬼の首から引き抜くと、それを一頭の豚悪鬼に投げつける。一直線に飛んだ槍が革鎧を貫通して、そいつに鳴き声も上げさせずに殺害した。

 地面に倒れ込んだ豚悪鬼の胸から生えた槍が震え、その同胞の死をすぐ横で見ていた、黄ばんだ大きな牙を生やした豚悪鬼が怒りの咆哮ほうこうを上げる。


 俺は奴の怒りには目もくれず、魔剣を右手に持ち替えると、素早く突進して大柄な豚悪鬼に斬りかかった。

 相手は意外な事に素早く攻撃を躱し、槍での反撃を突き出してきた。戦い慣れした個体だったのだろう、二回連続で突きを打ち、三撃目に腕を大きく突き出して鋭い突きを放ってきた。

 その攻撃を躱しながら一歩踏み出し、肩口から腕を斬り落とす。二歩目で地面を蹴ると、奴の胴を薙ぎ払い、くるりと体の横で剣を握り直すと、首をめがけて思い切り振り下ろす一撃を見舞う。


 三体目の豚悪鬼を地面に打ち倒すと、四体目は逃げ出そうと背中を向けたのが見えた。

 こいつは革鎧を身に着けておらず、鉄の胸当てを着けていたが──どうやら戦意を喪失そうしつしたらしい。

「逃がさん」

 俺は森の中を素早く駆け出し、逃げる豚悪鬼の背中に迫る。足音を立てないようにしていたが、奴は背後に俺が迫って来たのを感じると、腰に下げた剣を鞘走らせ、鋼の剣を構えた。


 逃げようとした奴が、いまさら剣を構えてなにができる。

 俺は奴の剣に触れる事もなく、敵の首を魔剣の一閃で打ち落とした。




 四体の豚悪鬼を倒したが、何故こいつらは森の中に隠れていた俺の居場所に気づいたのか、それは分からぬままになってしまった。……もっとも、豚悪鬼の言葉など知らないし、生かしておいたところで意味はない。

 俺は四体の死体からそれぞれの武器を影の中に取り込み、予備の武器や、影から武器を突き出して攻撃する時に使用する武器として利用しようと考えた。

 奴らの腰帯に下がっていた皮袋からは銀貨や銅貨などが得られた。

 ガイン硬貨とエナス硬貨──行商や冒険者から奪った物だろう。大陸の南側に近いこの辺りの地域では南の国アントワや、ルシュタールの硬貨を持った冒険者も多いはず。

 ……豚悪鬼の装備を見ても、どうやら冒険者から奪った物を加工して体に合うよう改良した物であるらしく、いびつぎができている物もあった。


 俺は最初の道に戻ると、放置していた背嚢を背負い直す。道の後方や山に向かう方向を見てから、例の異質な視線を感じなくなった事に気がつく。まさかあの豚悪鬼どもの視線だった、という事はあり得ないが──

「いったいなんなんだ」

 木々の間を通る、わずかな道と呼べるものを歩きながら──周囲の警戒を行い、坂道の手前までやって来た。そこから先はゆるやかだが段々と坂道が険しくなる。山間部へ延びる一直線の道。

 木々が先を見通しづらくさせているが、固い土の地面がずっと先まで続いている。雨が降った時は山の間のこの道が川のようになり、水を森へと導くのだろう。段々と道幅が広がって行き、坂道に差しかかると山と道の間に段差ができている事を知る。

 水によって削られたのだ。

 森のある地面が削られ、木の根がはみ出している場所もあった。山麓さんろくに広がる森は、緑豊かな草木の生い茂る緩やかな斜面になっている。


 場所によっては木は生えておらず、草が茂る黄緑色の広々とした緑地が広がっていた。そこには山羊や鹿の姿があったが、彼らは崖の近くに居て、森には近づこうとしない。豚悪鬼や猛獣などの襲撃を恐れているのだろう。

 大きな岩や斜面を流れる小川が離れた場所に見えた。灰色の岩石がある周囲には緑色の苔が生え、小さな低木をそばにはべらせている淑女みたいに見える。

 ちょうど尖った岩の先端が人の頭のようだ。


「奇妙な形の岩が多いな」

 風で削られたにしては妙ちくりんな形状の物が多い。とは言っても人工物という感じでもない。

 坂道を上りながら徐々に狭まっていく道を進み続ける。道の両脇にある樹木と大きな岩のある地点を通過しようとした時に、それに気がついた。

「岩に削った跡がある……」

 二つの大きな柱状の岩がある。まるで粘土をねじりながら引っ張って作り上げたかのような、自然物とは言いがたい岩だ。


 それに近づいて岩肌を確認してみると、いくつかの場所に文字を刻み込んだ跡が残されていた──しかし、その文字は見た事のない言語、あるいは文字と言うよりも記号に近いものだ。

 文字数で言えば六文字だろうか? 岩に刻まれたそれは硬く尖った石かなにかで彫られたもののようだが……

 魔術的な意味合いはなさそうだし、魔力も周囲には感じられない。


「いや……この文字はゆがんでいて読みにくいが、どこかで見た気がする」

 岩に手を触れ、無意識領域を探る。──記憶の深い部分、識閾しきいき下に残された記憶と、目の前にある文字らしきものを繋げる作業(検索)──あった、見つけた。

「これは──古い魔法の……いや、邪神との繋がりが深い呪術師の呪文か?」


 岩から手を離し後ろに下がろうとした時に、それは起こった。

 周囲の風景がくすんでいく──結界に似た魔法が発動したらしい。まるで体が浮遊したみたいに二本の岩の間に引き寄せられる。

「しまった! 意識干渉型の術式か⁉」

 いままで魔力の変動など微塵みじんも感じられなかったのに、それは突然おこりはじめた。ぐにゃりと視界が歪み、俺は抵抗する事もできずに岩の間を通過して、()()()()へと吸い込まれてしまったのだ。

 あの文字を読み解こうとする、あるいは読める者を異界に引きずり込む術が仕掛けられていたようだ。こんな手の込んだ事をする邪神が居るなどとは聞いた事がない。


「それはつまり、そうした罠の中から脱出できた者が居ないという事か」

 しかしなんの為にそんな仕掛けをする必要があるのか。しかもこんな山のふもとに──誰がこんな場所を通り、岩に刻まれた文字を読むというのだ。

「……俺くらいのものだろうな」

 自虐的に言いながら空を見上げる。

 周囲の情景は変わらない、ただ色彩が異なるのだ。

 空は薄い紅色とあい色の混沌こんとん

 周囲は奇怪な暗い灰色の世界。

 光が弱く、空気は異質な魔素に満ちている。


 山へと続く道に居る状況は変わらないが、異界の中に閉じ込められたからには、脱出する為に出口を突き止めるか、異界化を発生させている者を倒す必要があるかもしれない。

「邪神でない事を祈るしかないな」

 邪神の配下ならまだ勝てる望みはある。……いや、たとえ邪神だったとしてもいまの俺は数年前の、ただの冒険者とは違うのだ。強力な魔法も対抗手段も複数持っているではないか。

 山の上へと向かう坂道を確認した後で、ふと横にある二本の岩の間に視線をむけると、そこには()()()()()()()


「げっ! ──そうか。ここは幽世かくりよに近い異界か」

 どうやら俺の肉体は現世に置き去りにされ、霊体だけがこちらに入り込んでしまったようだ。

 おそらくこの異界の中は時間が停止している状態に近いはず、ならば早く肉体に戻らなければ。

 肉体は無意識下に設定した防衛行動が作動していれば、安全な場所で待機するはずだ。岩の前でぼうっと突っ立っている事はないだろう。……たぶん。


 霊体の状態は安定している。それに肉体との連結が切れた訳ではなく、ちゃんと肉体との接続が維持された状態であるのは明らかだ。

 つまり霊魂を「強奪」されて異界に入り込んでしまったのではなく、なんらかの思惑によって「招待」されたのだ。


 厄介やっかいな上に厄介な状態になってしまった。まさか肉体から強制的に霊体を抜き取る呪術とは。邪神の手際にしては妙だ。霊体を抜き取ってもなにもしないなど、そんな意味のない事をするとは思えない。どこかからか攻撃を仕掛けてくる腹積もりなのだろうか。

 ──邪神について詳しい訳ではないが、こんな回りくどい事をするだろうか? 人間の霊質が欲しければ、霊魂を奪い去っていてもおかしくはない。


 周囲を見回してみると、大きな岩の向こう側が妙に明るい。灰色や紺色に見える辺りの風景の中で、緑色や青色に光っているみたいに見える。




 ──正確には、この異界には「色」という概念はない。あくまで(主観)が「そのように感じられる色」として認識しているに過ぎない──




 異常事態だが、霊的な力を奮う事は可能なようなので、恐れずその光のある方向へ向かう。

 魔法や魔術を使っても、現世とは違った効果になるだろうが、戦えないという事はないだろう。霊体との戦いとなれば、その本質は「意志」の戦いになるだろう。武器を生み出すのも己、魔法を駆使するのも己自身なのだ。


「にしては、俺の霊体はずいぶんはっきりと『個体』として存続しているな」

 いまは無意識領域とは違って、根源的な霊体として存在している。魔術の門などで扱う半霊的(半物質的)身体とは違い、剥き出しの本質。魂にも似た状態だ。もっとぼやけて、ぼうっと発光しているみたいに曖昧あいまいな姿に見えるはずだが……

 歩きながら(実際は浮いている感じだ)調べてみると、自身の霊質が強固になっている理由に気がついた。死導者の霊核、あれの所為せいだ。あれを取り込んだ事によって俺の霊体は、通常の人間的な霊体よりも強固な、一段上の霊質を手に入れたらしい。

(死導者と同質の霊体にならなくて良かった……)

 俺は心底ほっとしていた。


 あの恐るべき存在と同質の霊質になっていれば、人間としての肉体には収まらないだろう。肉体は崩壊し、()()()()()に生まれ変わってしまう。それはもはや人間ではあり得ない。

 そう──霊的な変質とは、肉体をも変質させるのだ。……最近の俺の肉体的な力の強化は、死導者の霊核が影響している部分も大きい。感覚的な部分でも、筋力でも──いまの俺はかなりの力を持った存在だと言えるだろう。


 この強化された霊体があれば、ここ異界であっても相当の力を奮えるに違いない。

 いつでも戦いにのぞめるよう闘志を内に秘め、光の元へ向かって進んで行った。

華麗に墓穴を掘りにいく主人公。

この異界で対峙する存在は彼に「危険」と「力」を与える事に……

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