レギの故郷と親友。次の目的地へ
朝になった。
二階にある宿屋の一室。その窓から朝日が射し込む。
窓枠には木製の戸が付けられていたが、少し開けた状態のまま放置していた。──その所為か少し肌寒い。
上半身を起こすと簡単な運動を始める。柔軟をしながら、寝ている時に見ていた夢の内容を思いだそうとしたが、それよりも先に睡眠状態の裏側でおこなわれていた、魔術の解析がいくつか発展を見せていたので、そちらの確認を優先する。
昨日の邪神の妖卵によって魔物と化したアーシェン、彼女は影の魔術のうち、影の中へと入り込む術と、影から触手などを伸ばして攻撃する術を持っていた。
彼女の遺した紫色の結晶を確認した時に、それらの技術についての示唆を得る事ができたのだ。彼女はおそらくあの結晶を通じて、自分が拷問で魔女王や魔神の名を明かさなかった事、自分が獲得した魔術の知識などを残しておきたかった事などを伝えたかったのだろう。
お陰で影の魔術の「影泳」と「影槍」といった技術を使いこなす事ができそうだ。……「影槍」の方はともかく「影泳」の方はまだ難しいが。
影の中に入り込んでも影を移動させたりするには、影の中から外界を知覚していなければならない──それがまだできそうにない、そうした繊細な感覚領域を獲得するのは魔術的な操作が必要だ。己自身を影の魔術と繋げる操作。
影を槍のようにして攻撃する術は──影自身を伸ばす距離や、槍を伸ばす距離もまだまだ短いが、小鬼の群れなどを相手にする場合は有効だろう。
影の檻域に入れた使役獣の蜂──「鉄鋼蜂」──を調べてみると、この蜂の針は鋭く尖った金属質の針で、下手をすると鎧すら貫通して敵を死に至らしめる力がある事が分かった。
この昆虫(霊蟲)から情報を得ていると、しだいに意識が疲労を感じ始めたので、俺は通常の睡眠に入って──そこで、故郷を舞台にした夢を見ていた。
夢の内容を思い出そうとしたが、ぼんやりと故郷で過ごした日々を懐かしむような、そんな内容の夢だった気がする。
数人の懐かしい顔ぶれを見た気がしたが……よく思い出せない。時間が経てば内容について──運が良ければ──思い出す事もあるだろう。
寝台から起き上がり、魔剣を腰に差すと──昨晩の夕食での会話を思い出した。それはミッシュやアウデリンから聞いた話だが、ベグレザの内乱はプラヌス領主ら反乱勢力が新たな国王を立て、実権を握ったという。
アウデリンは領主らの反乱について興味を持っていたらしく、シン国から離れた地にあるベグレザでの出来事を良く理解していた。
反乱勢力は──まだ年の若い、国王の遠い血縁から次の国王を選出したみたいだ。
傀儡とするつもりなのか、それともその若者に期待しているのかは分からない。いずれにしても愚王による圧政は解消され、理知的な領主らの意図する方向に国が動いていく事になるだろう。
別に知り合いでもないのだが、プラヌス領の領主ならきっと、思慮を持った治世を広めようとするはずだ。それは自国のみならず他国にも安定を求めるような、平穏な国家間の関係性を築くはず。
何故なら争いの世では交易もままならず、軍事費だけが嵩み、食料や金は軍隊に徴収され、仮に戦争で勝利したとしても、互いに疲弊した国土を復旧させる取り組みにまた、金と時間を費やす事になるからだ。
あれだけ商業で繁栄をしてきているプラヌス領が、戦争など望むはずがない。争いに時間を割く暇があったら、交易で外貨を稼ぐ事に時間を割きたいと考えるはず。おそらくすでに周辺国のフィエジア、ピアネス、エンシアの三国とも交易の準備に入っているのではないだろうか。
あるいは航路を使っての商売についても着手しているかもしれない。もちろん外国と交易での戦いというものも場合によってはあるだろう、品と価格の競り合いで買った負けたとする分には、血が流れずに済むし──なにより、戦争によって蹂躙される市民や田畑がなくて済む。
これからは我が故郷エブラハもベグレザとの交易路を確保して、街と街を繋ぐ架け橋くらいにはなるべきかもしれないな。……まあ、うちの父親やその愚息(愚兄)たちに、そんな先見の明があるとは微塵も期待していないが。
なにしろその為には二つの国の間に、新たな道を切り開く大仕事をしなければならないのだから。
人手もなければ金銭面でも厳しい辺境の領土にすぎないエブラハを、ベグレザの商業組合などに売り込めれば、あるいは価値ありと認めた彼らから資金提供を受けられるかもしれない。
もちろんピアネスの中央に、エブラハが独立して他国と共謀している、などというあらぬ噂が立てられぬよう、細心の注意を払っておこなわなければならないだろう。
こうした計画は、できれば他のどこかの領地が名乗りを上げる前に素早く、先手を打って交渉したいところだ。西の端にあるエブラハだが、わずかにベグレザと繋がる北側の領土もあるので、そちらに先手を打たれたら──この計画はただ単に、机上の空論で終わる事になる。
……まあ別に、あの領地を俺が継ぐ訳ではないのだから、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
──ただ、エブラハ領の中でも寂れた土地を分け与えてくれるといった言葉を、現領主から聞いてはいた。
俺が魔導技術学校に入る時に、そんな言葉を仄めかしていたのだ。仮に学校で優秀な成績を修めたら、それなりの地位を国の方から与えられるのではないか、と期待したのかもしれない。
親父殿の言葉の要旨は「辺境の中の辺鄙な領地を与えてやろう」という、まったく食指の動かない提案だったので──彼の息子は、国お抱えの魔導師になるとか、優秀な魔法使いになるとかいう考えをまったく持たずに、自分の願いを優先させる結果に至った訳だ。
だいたい、まったく他国や他の領地の経営などにも興味を抱かず、勉強すらまともにしてこなかった兄どもを領主にするという、その単純な思考を捨てもせず、小さな領土を出て勉学に励もうという息子に対して、「辺鄙な土地をやるから兄を支えろ」などと抜かす親など──誰が尊敬するというのだろう。
「馬鹿も休み休み言え」とはこの事ではないだろうか。あるいは「寝言は寝て言え」もしくは率直に言って、「馬鹿は死んでから言え」だ。
肉親がこうも愚かだというのは、堪えがたい運命というものだろうか、それとも取るに足らない事象の一つに過ぎないだろうか。他を知らぬからよく分からないというのが本音だった。
一長一短と考えられなくもない、諦めが肝心というところか。
朝食を前にして、そんな事を思い出していた。故郷の夢を見た所為だろう。──確か……そう、夢の中で昔馴染みの友人たちとなにかについて話していたのだが……どんな内容だったか、それは思い出せない。
そこには親友のクーゼと、その結婚相手となった少女、アルマが居た。
夢の中で結婚した訳ではない、現実にあの二人は結婚したと報せが届いたのだ。それは俺がエインシュナーク魔導技術学校を卒業し、一度故郷に戻ったそのあと──二年後くらいに、戦士ギルドで渡された手紙に「アルマと結婚した」事について書かれていたのだ。
ピアネスから遠く離れた土地でその手紙を受け取った時には、その手紙が書かれてから半年近くが経過していたが、俺は手紙に返事を書き、二人の友人同士の結婚に対して、小さな絹織物の手拭いに隠した金貨と銀貨を一枚ずつ贈ったのだった。
アルマはブラモンドの街でも器量の好い娘だと評判の少女だった。……確か俺やクーゼよりも、二つか三つ年下だったはずだ。
幼い頃の友人と言えば、その二人くらいしか覚えていない。──いや、他にも数名の子供が居たはずだが……まあいい。
夢の中ではその二人が、子供時代の姿で現れたのは覚えていた。いまいち思い出せない対話の内容は、子供の頃にするような内容ではなかった気がする。なぜ夢というやつは子供の頃の記憶を利用しておきながら、会話の内容を現在の俺の知識や経験に照らし合わせたような、複雑な内容のものを選択するのだろうか。
──そう、少し夢の内容を思い出してきたが、それは領地の経営や、商業の発展についての会話だったのである。
朝食を食べ終えると部屋に戻って、これからの予定について考える。この街から南下し、今日中にアントワ国に向かいたいところだが……なんと、南下する荷車や馬車が抑えられなかったのだ。
馬車は台数も少ない上に、すでに乗客で満杯だった。荷車は大荷物を載せた荷台に入り込む隙間がなく、断られてしまった。やむを得ない、街から徒歩で南下するしかないだろう。
それに彼ら行商の荷車や馬車が向かう先は、南下してからすぐに東へ向かうものばかりだと言われた。ここから南東にある都市「ゾアレダ」に行き、そこから南へと向かう馬車に乗れば、シャルディムを抜けてルシュタールに入る道程となる。
ゾアレダに立ち寄らず、南にある「普天の山間道」と呼ばれている、山の間を通過する一本道を越える経路がある事を聞くと、その辺りを詳しく尋ねておいた。
南側に向かう細い道は、普天の山間道を形作る二つの山の間を越える坂道を通って、南の町「エッジャ」に繋がっている、道とは言いがたい道があるのだと言う。
だがその山間道を通る者はほとんど居ないらしい、坂道を通らなければならない為に荷車などを使う行商人も滅多に通らないらしい。
さらにその道は山の向こう側に広がる湿地帯や、岩ばかりの荒れ地を避けて通る為に大きく迂回し、エッジャに向かう道は大きく西側へと折れ曲がっている。
結局その道を進んでエッジャに立ち寄れば、若干の遠回りになるだろう。湿地帯と荒れ地を抜けて徒歩で向かう経路を行けば、距離的にはかなり短縮できそうだ。湿地帯や荒野などは危険な生き物も多いが……
「『普天の山間』手前までなら荷車が行き交いますよ」と受付嬢が地図を示しながら言った。
それは二つの山裾から広がる平原にある、「アカゥ遺跡」に向かう冒険者が居るからだと言う。──遺跡の手前には小さな一軒家もあり、そこで冒険者らが寝泊まりするのだと説明する受付嬢。
一時間後にアカゥ遺跡に向かう荷車が出ると聞き、俺はその荷車に乗って南下する前に、街の道具屋で野宿に備えた装備を購入し、その他にも干し肉や保存食を買い足しておく。
薬草や油も補充してから店の外へ出ると、そこでアウデリンとばったり会った。──彼女も道具屋で薬草と回復薬を買いに来たんだと言う。ミッシュは防具屋に預けた防具を取りに行ったらしい、昨日の冒険で手に入れた硬化炭を使って防具を強化したみたいだ。
「硬化炭を作るのと、防具に加工するのにお金を使ったので、今日もこれから冒険に出てお金を稼ぐ予定です」
とアウデリン。
彼女の買い物に付き合いながら話を聞いていると、彼女らの次の冒険先はアカゥ遺跡での探索らしい。
「ああ、荷車が出ているらしいな? 俺もその荷車に乗って南へ向かうつもりだ」
「南へ? 遺跡の探索に向かうのではなく?」
「フツァ・カマウド山間を越えて最短距離でアントワに向かおうかと考えている」
そっちの方がゾアレダに向かうよりも早いからな、と口にすると──彼女は「山の近くは亜人や魔物の襲撃も多いと聞いた事がありますよ」と忠告してくれた。それはギルドの方からも説明を受けていた。
山の麓にある森には亜人が棲み、左右の山にある洞穴に棲みつく魔物なども多いらしい。近くにあるアカゥ遺跡がある事からも、まだ発見されていない遺跡もあると考えられている麓の森。
しかし広大な森の中を探索する冒険者が帰らぬ人となった事例も、数多く報告されているらしい。
さらに山の向こう側に広がる湿地や荒野の危険についても、戦士ギルドの受付嬢は説明し、道なりに進んでゾアレダに向かう経路を勧めたのだ。
「俺は山を越えてさらに歩いて南へ向かう経路を予定している。最近は荷車や馬車を多用していたからな、やはり旅の基本は徒歩だろう」
魔物や亜人との戦闘も折り込み済みだと豪語する俺に、アウデリンは「やはり剣での戦い以外にも、魔法が使える方がいいですよね……」などと考え込む。
彼女も一応、魔法に適性があると評価された過去があるらしい。ただ魔法を習得するだけのお金がなかったので、冒険者になってからも装備品にお金をかけはしたが、魔法を習得するまではいかなかったようだ。
「基礎魔法を習得する分なら、戦士ギルドの魔術講習を受けてみたらいい。攻撃魔法や補助魔法を一つでも使えるようになれば、それだけで戦い方も変わるし、なにより他の冒険者から受け入れられやすくなるだろう」
回復魔法が使える者は、仲間を集めている集団に迎えられやすい、もちろん能力により差はあるが、冒険者に成り立ての初心者には特にありがたがられる存在だ。
「お金が入ったら一度、講習会に参加してみます」
彼女の返事を聞きながら俺はアウデリンと共に、ギルドから出されるという荷車が停車する場所に向かう。
そこには数人の冒険者の姿と、遅れてやって来たミッシュが通りの向こうから、駆け足でこちらに駆け寄って来る。
「あれ? あなたも一緒にアカゥ遺跡に行ってくれるの? 私たちは昨日の仲間と共に遺跡の探索に向かうんだけれど」
防具をアウデリンに手渡しながら赤毛のミッシュが言う。
「いや、俺は山の間を抜けて南へ向かい、アントワ国に最短距離で向かうつもりだ」
荷車の荷台に乗り込みながらそう言うと、御者の老人が「それはやめた方がいい」と警告する。何故かと尋ねると、最近はその道を通る者も少なく、亜人や魔物の襲撃を恐れた御者や冒険者が増えたのだと語る。
「ましてや湿地帯には蜥蜴亜人や大蛇が巣くっているし、荒れ地にも危険な生き物が多く出現する事が知られている。そこをたった一人で通過するなんて、無茶もいいところだ」
俺は頷き「充分、注意しながら進むとしよう」と返事をして御者に銀貨を手渡した。
じゃっかん呆れた顔をした彼だったが、冒険者の扱いには慣れているらしく、実力と噛み合っていない愚かな冒険者か、それとも実力を持った者かを見極めた様子だ。……その目からは「やれやれ」といった感情が浮かんではいたが。
来週の投稿から先は、少し前から「不運」につきまとわれ始めたレギに、なにが起こっているかが分かる、そんな展開です。今後ともよろしくお願いします。
あ、この話の回送で出るレギの親友は割とこのあとで重要な役割があったりします。まだまだ先ですけれど。お楽しみに~




