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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第五章 戦士の精髄

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闘鬼との遭遇、ギルドへの報告

今週はこの投稿と、日曜日の2回おこないます。


いつの間にかブックマークが100を突破! ありがとうございます!

こんな固い文章を読んでくれる人が居ること、嬉しく思います。(よく鍛えられた変た……)読書家の皆さん、ありがとう!

 レファルタ教の広まりに若干の危機感を憶えながら、俺はこれからの予定でざっくりと立て、森を出てイアジェイロの街へと戻ろうと決めた。

 森の中は静かだった、鳥の鳴き声や、風にあおられて揺れる木の葉などがまったくないみたいに。

「なんだ……?」

 嫌な予感がしはじめた。


 周囲の空気に森特有の匂い以外にも、妙な獣臭さが満ちている。まるでついさっきの戦いの前に感じた、魔素に溢れた場所に引き戻されたみたいだ。

 だが──この木々の間に満ちている臭いはいそ臭さとは違う、これは……

「腐敗した獣の臭いだ」

 俺が言葉にすると、それは現れた。

 数メートル先の樹木の陰から、大きな茶色い化け物が姿を見せたのだ。

「くそったれ」

 俺はつぶやきながら魔剣を構える。


 それは醜い獣と人間の融合した化け物。

 しかも()()()()()、死霊化した奴だった。

猪豚いのぶたの闘鬼──」

 この半人半獣の化け物は様々な外見の奴が現れる。そうそう出くわす訳ではないが、どれもこれも巨体で、どういう訳か人間を好んで襲う。

 一説には邪神の手下とも言われているが、迷宮などにひそんでいる事の多いこいつが、まさか地上の──森の中で遭遇そうぐうするとは。


「グブブブブゥ──」

 まるで挨拶代わりとでもいった風に、ゲップみたいな威嚇いかくの音を出し、毒気色の濃い緑色の瓦斯ガスが口から漏れ出る。

 いちいち言うまでもないが、醜いその見た目は、どんなに不細工な男が居たとしても猪豚の顔面にはかなわない。

 たるんだ顔の皮と肉は垂れ下がり、だらしなく開いた口からよだれを垂らし、黄ばんだ大きな牙が口元から突き出ている。眼は黒くくすんでおり、見えているかは疑問だ。

 潰れた鼻は豚そのもので、あごの肉は弛んで首と顎の区別がつきにくい。ぶくぶくと太った体には茶色い毛がまばらに生え、体のあちこちが腐敗し、傷口は血のかたまりただれた皮膚が塊になっていた。

 鉤爪かぎづめの付いた手に大きな生き物の骨を持ち、それを武器にしている。


「うブゥウぉオォオぉッ」

 咆哮ほうこうした猪豚が灌木かんぼくの間を抜けて向かって来る、最初から俺が狙いだったとでも言うように。

 身にまとった悪臭が、こいつが死んでからかなりの時間が経過しているのをうかがわせた。

「どずんっ」

 骨の棍棒こんぼうが地面を打った。少し曲がっている骨が、木の枝をへし折りながら振り下ろされたが、そんな攻撃に当たる訳がない。腐りきった死体になにができるというのだ。


「臭いんだよっ」

 素早く巨体の横を駆け抜けると同時に、足や脇腹を斬りつける。猪豚はまったく怯まずに、腕を伸ばして俺を捕まえようとしてきたが、その腕をひらりとかわして手首を斬り落としてやった。

「グブゥぅ?」

 手首が無くなったのを不思議に思うみたいな鳴き声を上げ、切断された右腕を見る猪豚の闘鬼。

 すぅ──っと大きく息を吸い込むと、緑色の毒気を周囲に向かって吐き出す。


「くっ……野郎!」

 俺は奴から離れて木の陰に移動しながら毒気を避ける。別に毒は効かないが、たまらなく臭い。こんな臭い息を吐きかけてくる奴が居たら、人間であってもぶっ殺したくなるほどに。

 猪豚の体内で腐敗した内臓や、消化しきれなかった食い物の残りかすなど、そのすべてが腐敗したみたいな異様な臭いをき散らし、大きく膨らんだ腹が少し引っ込むと、奴は腹を叩いて自分の腹部に目をやる。


 横に回り込んでいた俺は、側面から奴の右腕を切断する一撃を見舞い、続けて脇腹、太股を引き裂く連続攻撃で斬りつけた。

 魔剣が青紫色の光を纏い、太股を斬り裂く攻撃が奴の太い足を切断した。

 腐った足を置き去りにして、前のめりに倒れ込んだ奴の首をねる。

 切断された首から毒の体液がこぼれ落ち、猪豚の闘鬼は動かなくなったのである。


 死霊となった化け物を打ち倒すと、その酷い悪臭から逃げ出した。

 人型をした巨体だが、ひづめの足や背骨のいびつな突起など、獣の特徴も有していると改めて思う。これを作った奴が邪神であれ魔神であれ、お近づきにはなりたくない。

 この醜悪な半人半獣の魔物からは、人間に対する悪意に満ちた想いを感じる。まるで人間を模倣もほうした化け物を作り出して、人間を恐怖のどん底に叩き落としてやろうとでも考えているみたいな、ゆがんだ情念を感じるのだ。


「人間を想像した神が嫌いな何者かが、こうした魔物を産み出しては、世界に放っているのかもな」

 死体から離れると、俺はそんな事を口にしながら森の出口へと向かう。背嚢はいのうから取り出した布で剣の汚れを拭いながら、森の中にある踏み固められた地面がある場所まで来ると、光が差す方へ向かって歩いて行く。

 森の外に出ると、離れた場所にあるとりでの前に荷車や馬車が停まっているのが見えた。どうやら戦士ギルドから派遣された調査隊が到着したらしい。


 砦にはミッシュやアウデリン、その二人と共に活動していた冒険者などが集まっていた。

「無事だった、よかった」

 などとミッシュが声をかけてくる。

 それにしてもまたもや死霊と出くわすとは、もはや偶然とは言い切れない気がしてくる。もしやと思い死王の魔剣を調べてみたのだが、別に死霊を呼び寄せるような性質を有している訳ではなかった。

 もしかすると、魔法の調査に引っ掛からないだけで、そうした隠された性質を持っているのかもしれないが──


「あなたが先に風穴内部を調査していた人か」

 突然声をかけられた俺は思わず相手をじろりとにらんでしまう。そいつは俺と同じくらいの年齢の優男やさおとこで、ベグレザの貴族が被る様な帽子を頭に乗せている。

 シン国のボンボンといったところか? 冒険者として活躍し、名を売ろうとでも考えているのだろう。まだまだ冒険者としては半人前の格好をしている。


「ああ、調査隊の奴か」

 優男の後方に居る連中は、冒険者らしい身なりをした男がほとんどだが、露骨に場違いな感じの者が二名混じっているのを見ると、この「おぼっちゃん(ボンボン)」の付き人的な連中だろう。他の冒険者は金で雇われた感じにも見える。


「未確認の魔物と遭遇したか?」

 と尋ねてきたのは、後方に立っていた戦士らしい風貌の大男。俺は頷いて「ああ」と応えると、彼らからざわめきが起こった。

「影の中から姿を現す化け物なら、もう倒してある。それと、冒険者の一人──シェイマという名前の冒険者の遺体を発見した。場所は覚えている」

 地図はあるか? とボンボンを無視して戦士たちに声をかけると──正式な調査隊の面々は、すぐに地図を机の上に広げた。


 風穴内部の地図の二ヶ所を指し示しながら、冒険者の遺体と、未確認の化け物を退治した場所に印を付けていく。

「魔物の方は倒したら炭化して崩れてしまった。原形はほとんど残ってないが、灰を持ち帰って調べてほしい」

 調査隊の男は「了解した」と一言おいて、優男らと共に砦を出て行く。

 外から声がかかり、荷車に乗れと御者が呼びかけてくる。

「私たちを街まで連れて行ってくれるそうです。馬車の方は怪我をした人が乗っているので、荷車の方に乗せてもらえるそうですよ」

 とアウデリンが言う。


 俺とアウデリンやミッシュ、ほか四名の冒険者と共に荷車に乗り込み、イアジェイロまで戻る事になった。

 彼女らは目的の甲殻蜘蛛(くも)の甲殻をある程度入手し、他の冒険者らも目的の素材を手に入れたらしい。

 六人の冒険者は未確認の魔物について知りたがった、こちらとしてはあまり多くを話したくない。奴の正体について俺が感づいている事を悟られたくないのだ。

 そうした話がレファルタ教の密偵に知られたら、命を狙われるかもしれない。


 俺は影の中から魔法や炎を吐いて攻撃してくる化け物と、その化け物が倒したと思われるゴルマの魔獣の死骸があった事などを、用心しながら話した。

 うっかりとボロを出さないよう、魔物が魔女を元にして作られた存在である部分は完全に伏せて説明する。

 四人の冒険者やアウデリンらは興味深そうに俺の話に耳を傾ける。

 影の中に入り込む魔物なら高位の魔物に違いない、彼らはそうした推測をして盛り上がっていた。倒れていたゴルマの魔獣の牙なども持ち帰り、討伐した事にしても良かったのではないか、などと企みの言葉を口にしてわらってみせたが──彼らの中の一人は、割と本気でそうした考えを抱いている様子であった。


 彼らは銅階級から早く鉄階級に昇格したいのだと胸の内を吐露する。統率者リーダーらしい男の装備は、革鎧に鉄の肩当てを取り付けた防具に、鉄の籠手などを身に着けていた。──鉄階級に向かう者の装備としては心許こころもとない感じだろうか。装備だけが戦士ギルドで評価される項目ではないが、場所によっては、そうした外面の事柄から評価に加点をする審査官も居るらしいと伝え聞いている。

 ……俺自身は、もうすぐ赤鉄階級に昇格する為の試験を受けられる、とギルドの受付嬢から言われていたが──まあ、焦る必要もない。


 荷車の進む道の先、大きな岩を避ける形で曲がっている先に、人が二人立っていた。どうやら戦士ギルドから派遣された冒険者らしく、ウーマ風穴へ向かおうとする者を引き止める役割を与えられた者たちのようだ。

 彼らの横を通り過ぎ、しばらくはまっすぐに延びる道を進んで行く。


「ところで、なんでウーマ風穴に? 剣士の道場で修業するとか言ってたよね?」

 ミッシュの言葉に「すばらしい技量を持つ戦士に訓練を積ませてもらってきた」と応えたが、彼女は「たった一日くらいじゃん」ともっともな感想を口にする。

「それは仕方がない。相手の戦士はすぐにイアジェイロの街を離れる予定だったからな、だが──充分な戦いの技術を教えて貰えたぞ。お前たちも冒険者として生きていくつもりなら、金を払ってでも強力な戦士から戦うすべや、戦闘の技術を学んだ方がいい」


 一部の冒険者は傭兵団や旅団といった組織を組む事で、その仲間内で訓練をしたりするが、その中に闘技場などで活躍した仲間が加入すると、ただで高度な戦闘訓練をする事ができるらしいが。

 傭兵の一団と行動を共にした時、そうした訓練に参加した事もあった。──まあ一時的な「同道」に過ぎなかったので、具体的な修練には結びつかなかった、というのが正直なところである。


「でも、そうだとしても──ウーマ風穴に現れた未確認の魔物の探索なんて、たった一人では受けないと思うのですが」

 アウデリンはそんな感想を口にした。

「確かに……もしかして、私たちを心配して来てくれたとか?」

 ミッシュの言葉に肩をすくめつつ、まあそういった意味合いもある。と応じると、二人の女冒険者は一応の礼儀として感謝の言葉を口にする。

 ミッシュはまんざらでもない感じでいる。未確認の魔物が現れた事など、気にもしていない風に。


 危機感がなさ過ぎる。あまり深く考えないのは、多くの冒険者にありがちな反応だと言えるが、もしここに居る六人が、俺が出向く前にあの化け物に出くわしていたら──逃亡を選択しない限り、全滅していただろう。

 だが──何となくだがミッシュかアウデリンは、二人のどちらかが倒れたら逃走して、街に帰るのではないかと思われた。

 友人を見殺しにするのではなく、その死を家族に伝える者が居なくなるのを恐れて。




 その後も荷台で話をしながらイアジェイロの街まで戻って来た。頭上の雲が朱色に燃え上がり、ゆっくりと形を変えながら、薄暗くなりつつある空の彼方へと流れて行く。

 高い壁に囲まれた街に戻って来る冒険者や農夫らの姿に混じって、驢馬ろばや羊が数頭、縄に繋がれて道をとぼとぼと歩いている。

 荷車は戦士ギルドの前に停まると俺たちを降ろし、路地裏にあるギルド用の厩舎きゅうしゃに向かう。俺やアウデリンなどの冒険者はそのままギルドの中に入り、それぞれの報告をする事になった。


 俺からの報告を受けた受付嬢は、印章に達成した依頼の刻印を刻み付けながら、赤鉄階級への昇格をする実績を積んだと報告し、上位階級への試験を受けるようにと勧めてきたが、俺はここで試験(それ)を受けるつもりはなかった。

 ──なにしろこの街には剣闘士から冒険者になった者も居るはずだ。そうした相手に当たったら、昇級どころの話ではない。試験が恐ろしく難易度の高い物になりかねないのだ(別に勝利しなければ昇級できない、というものではないはずだが)。

 昇級審査を受けるにも金を払う必要がある事を考えると、そうした危険をともなう場所で、焦って試験を受ける必要はないだろう。──そんな風に考えた。

 まさかシグンくらいの実力者がギルドの訓練士を勤めているとは思わないが、万が一という事もある。


 そのあとは受付から離れ、待っていたミッシュとアウデリンと共に夕食へと向かう事になった。どうやら彼女らは──というかミッシュは──俺に()()()気でいるらしい。

 彼女らも甲殻蜘蛛から手に入れた硬化炭で防具を強化する為に、今回の依頼で得たわずかな報酬を減らしたくはないだろう。

「この街の店でおすすめがあるなら連れて行け」

 俺は彼女らについて行く事にし、三人で料理屋に出向いて行く。


 夜のとばりが下り始めた街の中には多くの人々が思い思いに通りを行き交い、目的の酒場などに仲間と共に入って行った。街の外から来た冒険者や街に暮らす人、観光客などの姿もある。

 南の文明国ルシュタールの人間だろうか、貴族的な服装をした「高貴な身分」の連中が馬車から降り、高級そうな料理店に入って行く。闘技場の闘技をたのしむ為に来た者たちだろう。


 俺たちは冒険者らに受けの良い、酒と料理を出す小さな料理屋に入ると、丸いテーブルを囲み、充分な量の皿を注文し、その店で出す料理を楽しむ事にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >よく鍛えられた変た……  変た‥‥‥違います、よく鍛えられた紳士(同義語)です。
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