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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第五章 戦士の精髄

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未確認の魔物──その正体

 壁の陰から炎が噴き出してきた方向を見ると、なにかが洞穴の暗闇の中に立っている。魔眼を使って確認しようよすると、それは足下に広がる影の中に沈んで行き、消え去った。

 だが影はその場に残っている。あぶら分の多い魔獣の死骸が松明たいまつとなって、風穴の闇を照らし出す。影はゆっくりとこちらに向かって近づいて来ていた。


(影が相手では手出しができないじゃねーか)

 俺は心の中で悪態をくと、光属性の魔法を試してみる事にした。影ならば、光にはなんらかの反応を示すだろう。


「霊威を示す光の使者、闇を払う聖霊の光、神祇じんぎの言霊を借りて、光を導け──『聖光ラプリア』!」

 手を突き出し、影の頭上に向かって光の球を撃ち出す。小さな光の球が飛翔し、天井の近くで大きな光源を発生させる。


「ギュアァアァァッ!」

 周囲を照らし出す光が風穴の一部を照らし出す。無属性の「灯明」の魔法とは違って、神聖魔法に属する効果を有する魔法だ。その光には浄化の力があり、不死者などの邪悪な力を持つ者には苦痛を与える特性がある。

「どうやら有効であるらしいな」

 壁際から離れ、焦げ臭さの残る魔獣の死骸の側に立つ。

 地面に広がる黒い影が「ぐじゅぐじゅ」と音を立てて、泡立つみたいに揺れ動いている。


「バズン」そんな音を立てて「聖光」の光が消えた。

 影から伸びた黒い触手によって押し潰されたのだ。すると力なく影の中へと戻っていく触手は、まるでひる蚯蚓みみずに似た質感をした、気味の悪い暗い色の──緑色や黒色をした触手を痙攣けいれんさせる。

 ごぼごぼと影の中から黒と濃い緑色の塊が膨れ上がる。

 こちらは灯明の光が照らす中に立ち、魔剣をたずさえて戦闘態勢に入りつつ、相手を解析する。……ところが、魔力の流れやかすかな生命反応はあるが、その実体が捉えられない。


 黒い影の中から現れた物は、高くなっている天井に頭が付きそうなくらいの大きさを持った、巨大な──たこ烏賊いかに似た頭部を持つ化け物。

「なんだこいつは……!」

 ぶよぶよした黒い体表に、不気味に光を放つ暗い緑色の揺らめき。胴体が隠れるほど頭の部分から無数の太い触手が垂れ下がり、うねうねとうごめきながらこちらへ近づいて来ている。


「生命体ではなさそうだが……」

 どういう訳か、黒い触手に隠れた胴体の一部に生命反応もある。

 頭部にある二つの大きな眼球が開いてこちらを見つめた。離れた場所にある黄色い不気味な眼。触手の一部が持ち上がり、その下に隠れていた口があらわになる。

 鋭く尖った牙が生え揃ったあご

 それは鮫やしゃちを思わせる貪欲そうな口をしていた。


 影から触手が伸びてきて、鋭い先端で俺を貫こうとする。

 横にわずかにかわしながら剣を振り上げて一本の触手を切り落とし、踏み込んだ二撃目で二本の触手を根本深くから斬り落とした。

 切断された触手から緑色の体液が漏れ出て、本体の口からは苦痛か、怒りの唸り声が漏れ出る。

「ギュァアゥォオォォ……!」

 どこか人間めいた響きを持つ唸り声。

 黄色い眼球に紫色の光が集まったかと思うと、無数の氷の槍を体の前に作り出していく。

 その氷の塊が数段階に分けて飛んできた。


「ちぃっ!」

 一つを躱し、一つを剣で斬り落とす。

 次々に飛んでくる氷槍を躱しつつ、避けられない物を剣で叩き斬る。

 魔法の攻撃を予測する感覚は以前から鍛えていたが、それを応用して新たに手に入れた剣技と組み合わせる。こうする事で剣で魔法攻撃を斬り裂く事が可能になった。

 正確な太刀筋と、あらゆる体勢から反撃を行える体移動のお陰だ。

 最終的には相手の撃ち出した攻撃魔法のほとんどを剣で斬り裂き無力化してみせると、化け物は気味の悪い声を発して、先ほどよりも速い黒色の魔法矢を撃ち出してきた。


 そうしながら後退する動きを見せたので、俺は反射魔法を使って黒い光弾を撃ち返しながら、奴の近くへ向かって駆け出す。

 盾状に張った反射魔法に当たった攻撃が、奴の触手や胴体に跳ね返り、自身の魔法で傷ついて叫び声を上げる。

 その洞穴に響き渡る絶叫は辺りの濁った空気を振動させ、嫌な木霊こだまを遠くまで運ぶ。

 奴は影の中へと退避するつもりらしい、ゆっくりと後退しながら影の中へと沈んで行く。


「させるかよっ」

 俺は反射魔法を解くと、そのまま化け物に向かってさらに加速し、呪文の詠唱を行う。


「ガァウム・ガドゥレ・アンヴィェルカ、言霊を以って呼び掛けよ、古き盟約を刻む石版、その霊験れいげんを定めて示せ、滅び告げる戒めの薔薇ばら『ベレアスのいばら』!」

 相手の影の中から漆黒の荊が十本近く飛び出して、化け物の体を引き裂き、貫く。

「ゴァアァァッ!」

 影の中へ引っ込む事も封じられた相手は、体の表面を赤紫色に変色させた。怒りを表しているのだろうか? 触手をぐにゃぐにゃと動かしながら口を開き、顎の奥から突き出た赤黒い触手から炎を噴き出してくる。


「ぅおぉォッ⁉」

 俺は咄嗟とっさに防御姿勢を取りつつ、壁の出っ張りに隠れたが、炎の熱が周囲の温度を上げて息苦しくなる。

 火炎耐性魔法を掛けると岩陰から飛び出し、魔素を魔剣にまとわせると、鋭い「攻魔斬」の斬撃を撃ち出して、奴の触手と顎を切り裂く。


 根元から断ち切られた触手が大量の体液を撒き散らし、化け物は再び絶叫を上げながら、ビチビチと音を立てる勢いで身体を痙攣させる。

 触手を振り回しながら、無数の黒い光弾を撃ち出して抵抗し、さらに影の中から尖った爪を持つ触手を伸ばして攻撃を重ねてきた。

 大きな爪を躱したが、黒い光弾を二発──腹部と腕にもらってしまった。

 魔法障壁の効果があったので大した損傷ダメージは負わなかったが、薙ぎ払われた触手の攻撃を喰らい、壁に叩きつけられてしまう。


「グハァッ! ……やろぅっ!」

 ベレアスの荊による攻撃から逃れた奴は、影の中へと逃げ去った。ずぶずぶと小さくなった影が洞穴の奥に向かって移動するのが見える。

 どうやら影を完全になくして移動する事はできないらしい。

 俺は再び「聖光」の魔法を、奴が逃げようとした方向に向かって撃ち出す。

「ギュォオォォッ」

 奴は苦しみもがきながら、影を広げて本体を浮上させる。

 どうやら影を小さくした状態で光の攻撃を受けると、苦しみから影の中より姿を見せるみたいだ。


「今度は逃がさん」

 化け物が触手を伸ばして頭上の光源を叩き潰している間に、二発目の聖光を今度は直接、奴の体に撃ち出してやった。

 暗い緑色の体表に光の球が当たると、白い発光となって燃え上がり──メラメラ、バチバチと音を立てて火花を散らす。

 怒り狂った化け物の触手を斬り落としながら、奴の近くまで間合いを詰める。触手による鋭い攻撃を予測して躱し、剣で斬りつけながら魔法による攻撃の間合いを計る。


「喰らえ!『聖櫃の霊光(ファリスアルマナ)』!」

 呪文を省略した簡略化魔法を至近距離から放つ。

 触手の多くを叩き落とされた化け物は最終的には、近づいて来た俺に向かって飛びつき、残った触手で羽交い締めにして食いつこうとでもしたのだろう。

 その所為せいで奴は開いた口の中にも魔法による攻撃を喰らい、断末魔を思わせる叫び声を上げながら地面に倒れ込んだ。


 ブスブスと薄紫色の煙が立ち上りぶよぶよとした体が炭化して崩れ落ちる。やはり異形の存在だけあって、滅び方も尋常ではないらしい。

「グブゥバグバギゥ……」

 口元から緑色の泡を吹きながら何事かをつぶやいている。触手をぬるぬると動かしていたが、それはやがて完全に動かなくなった。


 それにしても奇妙な敵だ……そう思いながら魔眼で観察していると、化け物の腹部にある生命反応が残っている事に気づいた。しかもそれは人の形をしているのだ。

「まさか、食われた奴が体内で生きているのか?」

 そんなまさか──俺はそう思いつつも、炭化して硬くなった腹部に魔剣を突き刺し、中にある物を傷つけないようにして、その切り開いた場所を手で押し広げる。


 ぼろぼろと崩れ落ちた灰色の塊の中から、裸の女が現れた。変色した体は一目見て、もう長くはないだろうと分かる。──彼女の肉体には()()()()()()()が、はっきりと残されていたのだ。

 彼女は虫の息であり、その体は化け物のそれと同じく、灰色に近い病的な色に染まっていた。


「おい、お前は何者だ?」

 女は目を開くと、青紫色に変色した唇を震わせ、なにかを呟こうとする。

 ゆっくりと手が上がり、俺の手を弱々しく握った。彼女の手からはまったく体温を感じない。

「こ……れは、──()()()……()()()の……」

 そう声を振り絞り、俺の指にめられた三宝飾の指輪に触れる。

「ディナカペラ? なんてこった。あんた、魔女王に縁のある魔女なのか」


 なんで化け物の中に生きたまま取り込まれていたんだ? 俺はそう尋ねた。

「やつら……レファル、タ……教の──連中よ、あいつ……らが、わたしを──()()()使()()()()()()()()()()の……」

 彼女の体は段々と、足の方から崩れていく。

「これ……を」

 彼女はてのひらを広げて、その手の上に紫水晶アメジストの原石に似た結晶を出現させた。

「あなたが……ディナ、カペラの──友人なら、これを……魔女王に──」

 すでに彼女の体の崩壊は腹部にまで達した。もう時間はないだろう。


「わかった、だが、何故だ? レファルタ教は何故、あんたを化け物に変えたんだ?」

 閉じかけた目をうっすらと開き、彼女は弱々しく笑う。

「その……結晶の、中に……わたしの──きおくが……あなたも、魔術──し、なら……それを、見れば……わか──ルぅ──────」

 ボロボロと崩れ去り、彼女の首から下が灰となった。化け物の炭化した体の中で、彼女は完全に灰となり、骨ものこらなかった。


 灰色の塊と化した化け物をその場に残し、俺は背嚢はいのうから皮袋を取り出すと、化け物の腹部から魔女の遺灰だけをできる限り集め、皮袋の中に移し入れる。

 化け物の棺桶など、どんな奴でも願い下げだろう。

 死んでしまったあとの灰など、その本人とはなんの関係もない、ただの物質にすぎないが。このままなんのとむらいもされず、戦士ギルドの調査隊によって炭化した化け物の遺骸と一緒にされるのも忍びない。


 それに魔女の中には、儀礼的な埋葬を行う風習があると聞いている。

 魔女の遺灰をき集めた物を皮袋に入れると、それを持って一番近くの出口から地上へと向かう。

 外敵に出会う事もなく地上に出られた。

「空気がうまい」

 深緑の香りが心地良いと感じるほど、息苦しくなるような場所だった。

 いま思い返すと異様な海の臭いに似た物は、ゴルマの魔獣から放たれていた物ではなく、魔女を核とした化け物が放っていた臭いだった。元々あの化け物は、海の底からやって来た怪物だったのだろうか。

 ──魔女から受け取った結晶を調べれば、そういった事も分かるといいのだが。


 いま居る場所は岩山に開いた風穴への入り口だった。森の出口へ向かう前に、どこか安全な場所を探して、魔女王ディナカペラに今回の事を報告しようと思ったのだ。

 魔術の門を開き、三宝飾の指輪からなんとか相手の意識領域にしらせを送れるだろう。その領域でやり取りをするほど彼女とは縁がある訳ではないが、彼女の()()()()()()を利用すれば、おそらくは上手くいくだろう。


 地図を確認し、森の中に小さな池があるのを確かめると、そこへ向かって移動を開始する。獣除けの結界を張りながら森の中を移動して、小川を見つけると、その流れてくる水を辿って池のそばまでやって来た。

 まず池のそばにある木の根っこに背嚢を置き、近くに腰かけると魔術の門を開いて、灰となった魔女が遺した紫色の結晶から、事のしだいを確認する──それは魔女の遺した記憶。


 *****


 魔女──名前をアーシェンと言うらしい──は、エンシア国に住む魔女だったが、彼女らの守護神である魔神ツェルエルヴァール厶が復活したのを知り、今までは魔神が封印されていた為に受けられなかった、魔神の庇護を授かろうと国をまたいで移動しようとしていたところを、レファルタ教の「秩序団」に捕まってしまったらしい。


 彼女はどういう訳か魔女として処刑されるのをまぬがれて生かされていたが、それはレファルタ教の布教の為であったという。──奴らレファルタ教は「邪神の妖卵」という呪具を使ってアーシェンを化け物に変え、シン国内で暴れさせる事を計画した。

 この化け物は神聖魔法に弱いので、シン国領内に展開したばかりの教会から、教会の戦士をギルド経由で送り出し、この化け物を退治して見せる事で、教会の力を見せつけようと企んだのだという。


 *****


「なんと言うか、行き当たりばったりな、思い付きで計画したような策謀だな」

 事実、俺が化け物を倒してしまった事で、奴らの思惑はご破算になった。しかも、この事実を知る者が出てしまった訳だ。

「だが、この事実を人に説明する手段はない」

 口でならなんとでも言えるが、この結晶の中を見る事ができる魔術師でもない限り、言葉だけでは信憑性は皆無かいむだ。


 ともかく俺は、アーシェンの遺した記憶をディナカペラに知らせる為に、意識領域を辿って──魔女王に通ずる接続点を探し出す作業に入った。

「死んでしまったあとの灰など~」レギは「魔女の遺灰」が魔術的に意味がある触媒になる事を知っています。しかし死んだ人の魂や霊といった存在の価値と、物質としての遺灰とは別の「物」でしかない、という事も知っています。そうした物質としての肉体と、霊的個人の価値の違いについて語っている……あ、訳わからないですか。すみません。

簡単に言うと、遺灰はアーシェンの名残でしかなく、本人の知性や品性は別の霊的なものの中にある。という事。「大切なものは目には見えないんだよ」というやつですね。

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[一言] 願わくばアーシェンの魂が救われます様に。
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