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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第五章 戦士の精髄

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識閾下での戦闘訓練

レギが自身の精神と感情などを「分けて」いるという話。

決して感情を「なくしている」訳ではありません。感情からの直接的な影響を精神が受けないよう、間が空いている感じです。それぞれの機能を制御する為に、意識的な変革をしないと魔術師は務まらないのです。

 魔術の門の中でおこなうのは「具現化した戦士との実戦訓練」だ。

 実際に戦ったり、見たりした相手の行動や、戦い方をおこなう戦士を()()()()、言わば仮想現実の世界で戦いの訓練をするのである。

 そうした「戦士を生み出す」情報は見ただけよりも実際に戦わないと、正確な情報が得られないので、やはり確実なのは戦う事だ。


 シグンの戦い方を無意識は完全に憶えている。

 足運びや呼吸に至るまで、相手と寸分違すんぶんたがわぬ複製コピーを生み出し、戦闘をおこなえるのである。

 姿形は革鎧や籠手を付けた人形に設定したが、その動作は完全にシグンそのもので、まずはその木人を相手に戦闘訓練を開始するのだった。


 時間の流れが遅い無意識領域で、長い時間を()()()()()()()()()()()覚え込ませる。

 その為に、肉体は眠っているにもかかわらず疲労してしまうのだ。だから眠る前に強壮薬を飲んでおき、肉体の回復をうながしながらの睡眠訓練をおこなう。もちろん回復魔法を合間合間に掛けながら、身体にかかる負担を軽減するのも忘れない。


 無意識領域内でおこなわれる訓練は、地道な戦闘の繰り返し。それは現実世界と変わらない。何度も何度も、同じ作業を繰り返して強くなる。

 その中で新たな戦い方も考えながら、攻撃や反撃の対応を変えてゆく。


 シグンの戦闘技術を取り込んだ無意識の戦士は、機械的な反応を返すだけの相手ではない。こちらが対応策を講じると、シグンのような達人がするのと同じように、こちらの動きに対応してくるのだ。

 いつでも自由に、最高の師範と戦える──それと同じ事である。


 俺がそこそこの強さを持った戦士であったのは、この()()()()を繰り返してきたからだ。今まで戦ってきた戦士は──正直言って、一流には程遠い者たちだったろう。それでもそこから得る戦闘技術は、野盗などから身を守るには充分だった。

 だがこれからは、もっと強力な戦士として成長する機会を得た。これを利用しない手はない。


 睡眠の時間は一日の四分の一くらいの時間だろう。それだけあれば今までの戦闘技術に合わせて、大きな戦闘能力を獲得する事が可能なはずだ。しっかりとした下地の上に、新たに第一級戦士から得たものを上乗せする。

 地力があれば、そこに新たな技術を付け足すのは容易だ。土台となる基礎ベースがしっかりとしたものであれば、まったく土台がない素人よりも、同じ短い時間の訓練でも成長結果に違いが出る。


 睡眠の約六時間を引き延ばし、無意識領域での訓練時間を数倍の経験に変えるのだ。

 肉体的、精神的疲労を残さぬよう注意を払いながら、確実に力を付けていく。

 この疑似的な戦闘で、精神体の疑似痛覚を作り戦っていた。霊的なからだに痛みはない、あくまで疑似的な痛覚を作り、攻撃を受けると「痛み」と感じる「違和感」や「死への恐怖」を作り出している。

 そちらの方が訓練に身が入るだろうと考えたのだ。死の予感のない戦闘など、()()()()になってしまう。


 この戦いで何度、命を落としただろうか。

 まあ首を落とされたとしても、死にはしないが。


 とはいえ腕を斬り落とされ、首を切り裂かれ……痛みと死への恐怖が、戦いへの勝利を求める気持ちを高める。

 ここで引き下がるようでは強くなどなれない。それに、これから俺が挑むのは、強い戦士だけではないのだ。

 最終的には強力な力を持つ魔物や、──下手をすると魔神などとも戦う事になるかもしれない。

 そう考えれば、いくら強かろうと人間の戦士であれば、付け入る隙はあるもの。


 剣を横に構え、刃を下げて身体の後ろに隠す形を取る。

 相手の間合いに入り込む瞬間に身を屈め、繰り出してきた木人の攻撃をかわし、下から斬り上げるような斬撃。

 木人の脇腹から鳩尾みぞおちまで刃が引き裂き、木人は手にしていた剣を握り締めたまま、がくんと頭を倒して動かなくなった。


 こうしてやっとシグンの能力を持った木人を相手にして、勝利を勝ち取る事ができたのである。


 回避する距離のギリギリを見極めるのは──戦闘感覚だ、通常の感覚では追いつかない。身を危険にさらし、命を削る戦いの中で得られる、()()()()()

 これを体得するのにかなりの時間を使った──はずだ。

 卓越した戦闘感覚の獲得、剣を扱う技術。


 この訓練を重ねる事で、これからもっともっと俺は剣技を身に付け、剣士としても強くなれるのだ。




 その後も俺は戦って、戦って、戦って……

 戦いの技を磨く戦闘を続けた。

 剣技を繰り出す木人の動きを透写トレースする。

 いくつもの剣技を繰り返し、繰り返し、身体に覚え込ませるのだ。

 地味な反復作業。

 だが現実との違いもある。


 なにしろ精神の世界だ。相手の動きを見るだけではない、自らの霊体に戦士シグンの動きを透写して、剣技を打ち出す感覚を体感する事もできるのだ。

 もちろん肉体的な感覚ではないが、霊的な躯から肉体へと、その感覚は委譲いじょうさせる事が可能。ここで得た感覚は肉体と結び付き、経験となる。

 だからこそ、ここでできる限りの訓練をし、剣技を一つでも多く学び覚えるのだ。


 この睡眠訓練を終え朝を迎えた時には、昨晩までの俺とは違う、戦士として一回りも二回りも強くなった存在になる。

 優れた戦士の動きを体感しながら、時に身体を休め、その時間の間に数体の木人を作り出して戦わせたりもした。


 シグンの戦闘能力を持たせた一体と、今までの俺が身に付けていた戦闘能力を持った数体に襲わせる。

 一人で複数の敵と戦う際に、シグンはどういった行動を取るのかを学ぶ為だ。


 休憩時間も有効に使う。身体で覚える事だけではなく、考えながら戦う事も必要だ。戦闘は一対一とは限らない、こうした厳しい条件でもシグンの行動は明確だった。

 相手の攻撃を躱しながらの反撃、攻撃を受け流し、弾き、続けて反撃に転じる動きは流れる水のよう。


 攻撃を受け流して、一撃で敵を仕留める。

 そうした動きが多い。

 無理をせず、深追いもしない。焦らず、的確な回避と反撃。

 その戦いの感覚も学ぶ。

 戦士の、剣士の精髄せいずいが──そこにはあった。


 *****


 朝を迎えた俺は、身体に違和感が残っていないか確認しながら上体を起こした。少し筋肉の疲労を感じてはいるが、この程度なら筋肉の回復をうながす栄養剤を飲めば──すぐ楽になる。

 朝食後にそれを口にしようと、栄養剤の小瓶を持って一階へ向かう。


 朝食は簡単な食事で済ませる。

 幸いこの宿屋の朝食はいくつかある料理から指定して、皿の数だけ金を払う制度システムを採用していた。

 朝起きたばかりであっても、睡眠時の戦いに次ぐ戦いで、俺の精神と感覚は、戦闘体勢に入っている状態に近い。


 ずっと自身を戦いの中に追い込み続けるなど、常人には不可能だろう。

 だからこそある種の魔術師は、自らの感情や欲求を()()()()()()()()()()()のだ。精神の機能を分けておく事で、直接に感情の影響を受けないよう対策をしているのである。


 そうした人間の弱い部分は、己の足を引っ張るからだ。

「疲れたくない」「休みたい」「怠けたい」「学びたくない」「動きたくない」などなど……

 そういった感情や、肉体の欲求に振り回される事なく自身の意識のみで活動し、徹底的に己を管理する体系を組み上げる。

 それが高度な魔術師が駆使する技術の一つだ。


 肉体のみならず、感情などの精神に関わる部分も支配し制御(コントロール)するには、()()()()()()()()()()()くらいの大がかりな作業が必要だ。──さらに言えば、そうした魔術師の干渉に対し、元々の肉体的、精神的な保存機能は必ず抵抗してくる。

 それに打ち勝ってこそ初めて、自己の完全なる制御が成り立つ。


 ()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()のだ。というところから、魔術師の進化が始まるのではないだろうか。

 もっとも多くの魔術師は、そうした「人間的な(心の)障壁」にあらがう事も考えない場合が多いらしい。弱い人間特有の「都合の良いものだけを自分に取り入れる」という()()()()()()()()が、そうさせるのだろう。つまりそうした魔術師は「()()()()()()()()()()()()()()」者たち。

 魔術師としては完全に「半人前」の連中である。


 真の魔術師──いや、技術者という者は、本質的に自らの成すべき役割の前では、「鬼」とも「神」とも判別のつかない者にすら挑戦し、時には教えをうものだ。

 人である以上に、それを超えた者でなければ、自らの殻を破る事はできないのである。

 少なくとも俺は──その問題に関しては──とっくの昔に答えを出していた。

 人間のままでは成し得ない事柄に触れられるのは、人を捨てるほどの修練や、強固な意志によってしか成し遂げられないのだと。


 弱者に神の愛や力について語る資格などない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 この世界に邪悪なる存在が跋扈ばっこしている事について、彼ら弱者は都合の良い理解しかしようとはしない。

 神が邪悪な存在を「認めている」から、それらの存在があるのだとは考えようともしない。

「神の教え」とやらを信じている心弱き者は、その事実を理解しようとはしないだろう。いつまで経ってもその邪悪なる者を滅ぼせと喚くだけで、それが存在する理由については考えようともしない。


 愚かな弱者の群れが神の力によって守られるなどと、本気で信じているのだろうか。力強く思慮深い、そうした魂以外が「人間的な(心の)障壁」を破れないのには理由がある。

 そこには明確な──人間を弱者のままでいさせようとする、秩序機構(メカニズム)が存在するからだ。


 誰がそうした障壁を作り出し、人間を狭い意識の中に閉じ込めておこうとするのだ? 人間精神には、明らかに無意識の機構上、簡単には取り除けない領域がある。

 それがある限り人間は──()()()()()()()()()()()()()のも同然だ。


 人の心に住み着いている「不安」や「恐怖」の根元は、自身を弱者のままでいさせようとする、弱い心そのものだ。その心を形作るものは、人間を超えた場所から人間を支配しているかのように、一人一人を監視し、不安や恐怖に縛り付けて支配コントロールしている。

 人間が人間の殻を破らぬ限りは、魔術師にもまた──真の人間になる事もかなわない。得体の知れない者に支配され続けている「奴隷」と変わらないであろう。




 食後に栄養剤を飲み、体を流れ循環する血液から筋肉の疲れを取り除く成分を取り入れる、そんな感覚を想像する。

 部屋に戻るとすぐ、腕や脚を揉みほぐす。

 じわじわと腕や脚に熱が帯びてくると、回復魔法の効果も合わさって、筋肉の疲労はしだいに和らぎ、消え去っていく。


 微弱な回復魔法で身体の疲労を回復し続けるのは、戦場で使っていた者が居たそうだ。──ただ、そうした能力がばれるのが嫌で隠している者が多いとも聞く。

 長時間の戦闘がおこなえる兵士が居ると知られれば、指揮官から率先してキツい任務に振り分けられる、そう考えるからだろう。


 微弱な回復魔法を掛け続けるだけあって、自分自身に有効な魔法の使用方法だ。他人に疲労を回復する程度の魔法を掛け続けても、回復魔法を使える者が無駄になるだけだ。二人で一組のまま戦場で戦うなら、後衛が前衛の傷を癒す方がずっと価値がある使い方、という訳だ。

(しかも回復魔法を使える者が死亡すれば、残るのは戦士のみになるのだ、戦える者を失う危険が増すだけである)


 身体も軽い、精神は──多少の疲労を感じるくらいか。こんなものは戦いの緊張感を味わえば、一瞬で消えてなくなる程度のものだ。問題はない。

「さて……早めに行って、少し身体を温めておくか」

 俺は死王の魔剣を腰に差すと闘技場へ向かう事にした。昨晩の()()()()で身に付けた剣技などの感覚を、実際の身体で試しておこうと考えたのだ。


 今まで睡眠訓練と、実際の肉体の間で明確な誤差が出た事はないが、短期間であれだけの体術や剣技を身に付けたのは初めてだ。念には念を入れて確認する必要がある。

 そう思ったが、闘技場の門は閉まっていた。


「早すぎたか……」

 やむなく俺は、闘技場の外にある広い空間を使って、魔剣を振り回して訓練を始める。

 朝早く、闘技場の周辺には人の姿はない。

 石畳のある広場で、充分な運動能力の向上を感じられた俺は、わざと体勢を崩した状態から、素早く足運びと体移動で重心を変え、無茶な姿勢から剣技を繰り出す。


 こんな動きでもすんなりとおこなえるようになった。大きく足を開いた状態からでも、腕を振り抜くのに違和感はない。

 下から斬り上げた青紫色の刃が日の光を浴びて、めらめらと燃えるような光を刀身から放っている。


 そんな練習を中心に取り組んでいると闘技場の受付がやって来た。短い時間に感じていたが、それなりの時間ここで剣を振り回していたらしい。

 受付の男は俺の剣を見て「かなりの業物だな」と一言くちにすると、門を開けるから中で好きなだけ暴れろ、と言った。


「まるでシグンを見ているようだった」

 石畳の上で剣を振り回しているところを見られていたのだ。気配を消して見ているとは、この男もやはりなかなかの曲者くせもののようだ。

 体つきからしても剣闘士をしていたのは間違いない。シグンほどの筋肉の鎧は身に着けていないが、腕の太さは俺の腕よりも太くたくましい。首筋に至っては重い物を担ぎ上げてきた為か、肩の僧帽筋が盛り上がり、大きな身体をした類人猿みたいな印象を受ける。


 門を開ける為に無防備な背中を向けているのだが、その後ろ姿からは──まったく隙を感じない。背中に目が付いているみたいに感じるのだった。

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