アロザの街からイアジェイロの街へ
2021年になって初の投稿となる今話、ほぼ日常回ですね。
二人の冒険者も、まあ主人公だけが生きてる世界じゃないので、色々な人と出会うんだ、という感じの登場です。
この『レギの冒険譚』ではあまり言わなかったけれど、お気に入りユーザ登録も気軽に行ってくれて結構ですので、どうぞよろしくお願いします。
他にも色々書いてますので、ホラーなどはこの物語がウケた人は好きな人が居るかもしれませんね。読んで評価や感想がもらえれば、ありがたいです。
眠りながら魔術の門を開き、こつこつと魔術や魔法の強化や習熟に取り組んでいた。それほど無茶な事はせず、一歩一歩ゆっくりと、余裕を持って取り組む。
ふとシン国の地図を、書斎の机に置こうとした時に閃いた。
「この地図を意識領域近くに設定しておけば、精神の領域で地図を開き、新たな建物や遺跡の場所を書き込んだり、いつでも地図を確認できるじゃないか」
なんで今まで気づかなかったのか。
書物と同じで、記憶領域に直接取り込むのは無理でも、無意識領域の一部に設置しておけば、意識する事でいつでも地図を引っ張り出せるのだ。
「うっかりしていたな」
俺はさっそく、今まで手に入れた各国の地図を取り出して集めると、それらを無意識領域の中に作った「地図」の欄に加え、いつでも確認できるように設定した。
次に死王の魔剣を調べている時に、この剣で命を奪った野盗の記録が読み取れる事に気づいた。それは魔剣の力ではなく、俺の中に取り込んだ「死導者の霊核(死の結晶)」が、それを可能にしているのである。
だが──野盗の記憶からは大した情報は得られない。言うなれば凡人が、どうやって野盗にまで身を落としたか、といった事が分かるくらいであろう。
はっきり言って糞並にどうでもいい。
しかし例の短刀──今はもう存在しないトゥーレントという国で作られた短刀──の事を思い出すと、その男の記憶の中から、その短刀を手に入れた時の様子が確認できたのだった。
その男は、あの場に居た首領格の男と以前から手を組み、悪巧みをして生きてきた。
その短刀はルシュタールにある、貴族の邸宅に盗みに入った時に手に入れた物らしい。
ルシュタールから離れた土地で、貴族の邸宅から盗み出した物を売りながら、ついにシン国までやって来たのだった。
別に野盗たちになにかやりたい事がある訳でもなく、ただ日々の暮らしをおもしろおかしく過ごしていたら、いつの間にかシンまでやって来ていた。という事であるらしい。
「まるで小蠅の一生を見るような、そんな気分だな」
本当に、心底どうでもいい連中の記録だった。
今まで殺してきた盗賊や野盗もこういった連中だったのだろう。馬鹿馬鹿しくて、その記録を遠くの闇へと投げ捨ててやりたくなった。
魂の情報を読み取る時に、広大無辺な闇の中に没入していく感覚がある。その闇の中にぼうっと光を放つ死者たちの記録。それらを選別して、魔術師や剣士などが持つ、有用な情報を得られそうなものは手近な場所に配置し、そうでないものは──どこか隅っこにでも置いておく。そんな感じだ。
そうした作業をおこないながら精神的な疲労を感じる頃に、肉体の睡眠と同期して眠りに就く。
*****
朝目覚めると、一階へと降りて行く。
受付の女が廊下を行き来しており、彼女はこちらの姿を見つけると、食事はあちらの食堂でお待ち下さいと告げる。
顔を洗いたいのだが、と言うと──彼女は裏手の井戸をお使い下さいと言うので、俺はそちらへ向かった。
外に出ると思いのほか外気は冷たく、井戸を使って木桶に水を汲むと、その水を手ですくって顔にかける。
井戸の水は温いとまではいかなかったが、外の気温よりは冷たくはない。ささっと手と顔を洗い、朝食を食べたあとの行動を考えておく。
南へ向かう馬車を探し、次のイアジェイロの街に向かう。ここアロザの街から五、六時間で着くだろう。
そこには武芸道場がいくつもあるらしい、そこで剣技の勉強をするのもいいかもしれない。例え短い期間でも、こちらには「魔術の門」を利用した強化方法がある。
それは魔法や魔術だけでなく、肉体的な戦いの技を鍛えるのにも有効だ。
武術の訓練は肉体の強化と、肉体を通じて識閾下に戦闘において行うべき行動を、肉体に覚え込ます側面がある。反射神経や咄嗟の判断による反撃などは、実際は武術家の意志よりも速く、無意識が反応する部分が多い。
そうした識閾下の教育については、俺のような魔術師の方が専門家なのである。
そうした思惑を考えながら食堂へと向かい、朝食を口にする。……魚や貝、小さな川海老などを使った料理が出た。
大きな巻き貝の殻の中に串を突っ込んで、白い身を引きずり出して食べる大胆な料理だ。身の奥に付いている内臓は苦いけど美味で、なにより栄養がありそうだ。見た目は不気味な緑色をしていたが、焦げた醤油の香りも香ばしく、二つあった巻き貝を食べると、どういう訳か──精力がついてきて、股間に血が集まり出す。
「おいおい、精力剤でも加えてたんじゃないだろうな」
席に着いたまま、しばらく茶を飲んだり雑炊を食べたりしながら、大きくなった物が収まるのを待った。
朝勃ちならぬ「朝飯勃ち」を経験し、宿を去る事になった。
シン国の文化や料理についてまだまだ未知なる部分があるのだと、まざまざと見せつけられた気分だ。
馬車の停留所に向かおうとした時に、南へ向かおうとしている荷車を見つけ声をかけると、これから戦士ギルドに依頼を出して、護衛を付けるところだと言う。
「なら鉄階級の俺を雇うのは、どうだろうか」
そんな話を持ちかけていると、近くを通りかかった二人の女冒険者も声をかけてきた。
「イアジェイロへ向かうのから、私たちも護衛に雇ってくれない? 二人で銅貨三十枚でいいわ」
そう言いながら、首から下げた緑色の軟玉翡翠でできた印章を見せる。
「う──ん」と考え込む御者に俺は「なら三人でガイン銅貨五十枚でどうだ?」と、交渉する。
石の階級の中でも低位階である「低質石」の冒険者とほぼ同額で、鉄階級の冒険者を雇えると聞いた御者は即座に「わかりました、その契約を受けましょう」と返事をした。
面倒だが戦士ギルドで正式な手続きをし、馬車の護衛でイアジェイロへ向かう。
荷車の荷台には小さな木箱と、大きめの木樽が二つずつ乗っていて、縄で縛られた樽の陰に座り込んで旅立つ事になった。
荷車の進む街道は黄土色の乾いた道。
周辺には草地が広がっている。
空気は冷たかったが、日差しが燦々と照りつけているので、しばらくすると風もなくポカポカとした陽気に、段々と暖かさを感じ始めてきた。
三頭の馬は荷車を一定の速度で引いて行き、俺と二人の女冒険者は、次の街でなにをする予定なのかと尋ね合った。
「私たちはイアジェイロの近くにある『ウーマ風穴』で、甲殻蜘蛛を狩る予定」
短い赤茶色の髪をした──気の強そうな女が言う。
「その前に向こうで、一緒に討伐に行ってくれる人を探さないと」
長い紺色の髪をした女は、そう口にして不安そうに革袋を抱える。
どちらもまだ二十歳前の冒険者だろう。持っている剣はお揃いの幅広剣で、身に着けた革鎧や鉄の籠手など、駆け出しよりは多少マシ程度の冒険者だろうと俺は踏んだ。
「あなたの階級は?」
赤茶色の髪をした方が陽気に尋ねた。紺色の方は人見知りをする性格なのか、こちらをおどおどとした様子で見てくる。
「鉄だよ」と革紐を引っ張って、鉄製の印章を見せた。
二人は驚いた様子で、「なら護衛の報酬は、もっと高く言っても良かったんじゃ……」などと口にする。
「いいんだよ、イアジェイロへ行く足が欲しかっただけだから。──ところで、この辺りは黒熊や豚悪鬼以外に、どんなのが出るんだ?」
すると二人は顔を見合わせ「黒熊は警戒心が強く、街道には近づかない」と、揃って言うではないか。
ますます、あの大きな黒熊の行動が不可解なものになってきた。
「まあ、街道にまで姿を見せる熊も居るけど、滅多に出没しないはずですよ」
「豚悪鬼は割と荷車や馬車を襲ったりしますけどね。……他には甲殻蜘蛛や、妖魔とかが出没しますね」
それほど危険な外敵は出現しない地域であると彼女らは言う。
道の先から二頭の馬に引かれた荷車が、こちらへ向かって進んで来る。御者はすれ違い様に、互いに手を上げて挨拶を交わす。
どうやら相手方の荷車にも、道中に危険な出来事は起こらなかった様子だ。
二人の女はなにやらひそひそと話し始め、短い髪の方が「この人にお願いした方がいいんじゃない?」とか話し合っている。
二人の女は頷き合うと、イアジェイロの街へ着いたら「ウーマ風穴」に一緒に行かないか、と誘ってきた。
「いや、悪いが洞窟探索に向かう暇はない。イアジェイロは戦士を育てる訓練所が多いらしいからな、せっかくだから剣の修業をしておこうと考えている」
鉄階級になれるくらい強いのにですか、と控えめに言ってくる女。
「今ある自分の強さに満足している者は、成長の歩みを止めた者だ。そうした思い上がりを持つ者から弾かれ、消え去って行くのが世の常というものだろう」
俺の言葉に重々しく頷く女。
心当たりがあったらしい。
「確かに以前、一緒に冒険者していた仲間にそういう人が居ました。その人は強いには強かったんですが──銅階級の冒険者で、自分はすぐに鉄階級になってやると言って、人喰鬼の討伐に向かったまま帰らなかったそうです。仲間の方たちはなんとか帰還したそうですが」
実力を見誤るのは、勘違いした素人に良くある事。
実力の噛み合わない自信を持つのは愚か者だろう。魔術師にもたまに、そうした奴が湧くが、いったいなにを学んで魔術師になろうと考えたのか。
魔術の基本は己の客観視。
自らを「道具」として見る作業ができなければならない。
基本を踏まずに進んだ先は、大抵は魔術的な障壁に突き当たって引き返すか、そこで命を落とすだろう。
今の俺にはそれが良く分かる。
上位存在と渡り合うには、人間の力ではまったく歯が立たないという現実。そこにのみ注目して諦めるのではなく、どうすれば上手く危険を回避し、彼ら力の一端にでも触れられるかを考えるのだ。
試行錯誤してどうにかなる話でもないが、手段を講じる事はできるはず。
油断なく進み、慎重に事を為せ。
まるで戦いに赴く兵士のような歩みで、決して焦ってはならない、躊躇ってはならない。
覚悟を持って挑むのだ。
その後も荷車の荷台で二人の冒険者の勧誘を受けたが、俺と共に行くよりも、他の冒険者を誘って探索に行くよう言い聞かせ、俺は彼女らとの会話を続けながらも、辺りの様子と意識下の地図を見ながら、今どの辺りを進んでいるのかを確認する。
イアジェイロまではまだまだ距離がありそうだ。
分かれ道を直進する荷車。
立てかけられた看板には近くの村や、町の名前が表記され、大体の距離も記されていた。
そうした分かれ道を過ぎ去り、何度か馬に跨がる兵士たちの横を通り過ぎながら、街道を順調に南下し続ける。
平野の遥か向こうに山々の姿が見え、緑色の上に灰色の山頂を乗せたみたいな山に、赤茶けた山頂をした山などの姿も見えていた。山によっては草木の生えていない山もあるようで、黒っぽい山麓を広げていた。
街道近くの丘に生えた灌木の枝に鳥が集まり、小さな鳴き声を上げながら、なにやら相談事をしている様子だ。
草の生えた場所から小鳥が飛び立つと、枝に集まっていた緑色の鳥も飛び立って行く。
彼らが飛び去ったのは、大型の猛禽類に狙われたからだろう。頭上から大きな翼の羽撃く音が聞こえた。
荷車に同乗している女冒険者たちは、街に着いてからの予定を話し合っている。戦士ギルドに向かう前に、宿屋の確保をしておこうというのだ。
イアジェイロは大きな街であるらしいから、宿屋の数もかなりあるだろう。質が良く、安い値段で泊まれるような宿屋があればいいのだが。
売春宿に泊まるとしても、そうなると相手しだいという事になる。売春宿なら宿の質よりも、相手をしてくれる女の質の方が気がかりになるというものだ。
俺はそんな考え事をしながら目を閉じる。
意識領域の近くに設定した地図を確認し、自らの位置を確認する。──実際に移動した距離を地図の中に当て嵌め、おおよその位置を探るのだ。誤差はある程度でるだろうが、この作業に慣れていけば、歩いていた歩数などを無意識が自動で計算し、地図情報に重ね合わせて、正確な位置情報を知る事ができるようになるはずだ。
女冒険者に声をかけられた俺は目を開け、彼女らと話しをしながら、南下を続けるのであった。




