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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第五章 戦士の精髄

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学校時代の友人と、熊との遭遇

過去の回想からの~……頻繁に不運な目にあったり、襲われたりし始めるレギ──実は、意味があったりします。

 さて、マリシ村から南下する──その前に、この国の地図を手に入れなければ。大まかな地図はあるが、村や街などについての表記などがないのである。

 道具屋を覗いて地図を購入する。その他に必要な物は無いかと見回したが、目を引く商品は無い。


 地図を見ながら、この村の南側にある街を指差し、この街へ向かう荷車や馬車はないかと道具屋の爺さんに尋ねたが、耳が遠いらしい。

「南に、向かう、馬車は、ないのか?」

 すると爺さんは「あ──あ──」と頷き。

「荷車ならもう出ちまったよぉ。明日の朝か明後日の朝まで待てば、そっちに行くっていう荷車が来るんじゃぁねぇか?」

 爺さんに礼を言って、俺は歩いて南へと向かう事にした。地図を見る限り、二日もあれば「アロザの街」に着くだろうと踏んだ。

 道の途中に宿場町の表記があるので、急げば夜になる前に辿り着けるだろう。




 さっそく村を出て南側へ続く街道を進む。

 石の壁が左右に配置された──村から外へと続く道。その壁の陰に、丸太と杭で作られたさくが置かれていたのは、外部から敵が来るという時に、入り口を閉ざす為に置かれているのだろう。


 この道は頻繁に荷車が通過しているらしい。しっかりと踏み固められた道は草がまったく生えていない。

 周辺は草や低木が生えた場所や、黄土色の地面や赤土が剥き出した丘などが確認できる。灰色や黒い色の大きな石が転がる場所もあったが、大きな岩などは見当たらない。


 街道の近くに生えている樹木がある──この樹木、マリシ村の中にも生えていた。背のあまり高くない小さな木だ。

 これから寒くなる季節だというのに枝から垂れ下がる、幾重いくえにも重なった薄紫色の花弁を沢山ぶら下げている。

「この辺り特有の樹木なのかもな」

 街道を南下して行く途中で三叉路さんさろに差しかかる。右へ向かう道──つまり、西側へと続く道はエンシア方面へと続く道だ。地図によると、エンシアに着く前に二つの町を通るようだ。

 エンシア国のさらに西にあるのがベグレザだ。


 俺はさらに南下して行き、林や池を避けながら街道に沿って歩き続ける。


 晴れた空、流れる白い雲がゆっくりと南下して行く。

 日差しは暖かいが、北よりの風はやや肌寒い。風さえなければ暖かな日和ひよりと言えた。


 街道は緩やかに南東へ向かい始め、その道の先で東からの街道と繋がり、南へ向かう道との三叉路が現れた。

 立てかけられた木製の看板に「北・マリシ村、東・ヴィノン街、南・アロザ街」と標示されている。


 だいぶ古びた感じのする看板を通り過ぎ、南へ向かって進む道を歩いていると、こちらへ向かって来る二騎の騎馬がゆっくりと進んで来るのが見えた。

 武装した兵士二人がそれぞれの焦げ茶色の毛をした馬に乗り、ぱっかぱっかと音を立てて近づいて来る。


 彼らシン国の兵士は確かに腕の立つ者が多いと見受けられる。彼らの鍛え上げられた身体は、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の腕に足、厳つい顔を乗せた太い首など。

 身に着けている武器や防具も、かなり実戦的な目的の為の装備だと感じた。

 対人戦闘はもちろん、魔物や亜人などとの戦いもする者たちなのは疑いようもない。腰から下げた剣以外にも手斧や、馬のくらに取り付けられた装具に、短い槍が収まったさやがあるのだ。

 万全の準備をして街道の警戒に当たっているであろう。


 そして彼らを乗せる馬もまた見事な軍馬である。

 数々の武装を身に着けた兵士を乗せてもびくともしない、どっしりとした体型の軍馬は、横切る俺をじろりと睨みつけ「ぶるるるるっ」と鼻を鳴らした。


 兵士たちは旅人を警戒しつつその横を通って行ったが、なにか声をかけてくる事もなく、黙って通り過ぎて行く。

 妙な緊張感を感じてしまったが、俺は別に犯罪者として指名手配されている身でもない。

 やましい事など……まったくないとは言わないが、兵士に追われるような理由はないはずだ。




 しばらくして小川の近くを街道が通りかかり、小川の中を覗いて見ると──そこには数匹の魚が、流れに逆らって泳いでいるのが見えた。離れた場所で長い脚を持つ鶴らしい大きな鳥が魚を捕らえ、飛び立って行く。

 小川が街道から離れたかと思うと、道の先には木製の小さな橋が架けられ、別の川の上を通過するのだった。


 小さな川を渡る橋は、十歩も歩かないうちに終わるほど小さな物だったが、荷車や馬車が通ったとしてもびくともしない、頑丈な造りであろう。

 路面と変わらぬ高さの橋が続き、しっかりと組まれた分厚い板がぴっしりと敷き詰められた橋は、なんとも頼もしい物で──地面と変わらぬ安心感を持ったまま川の上を渡る事ができた。


 *****


 ブラウギールにいくつかあった橋はボロボロで、その上を歩くとギシギシ、ミシミシと腐りかけた板が、きしんだ音を立てる物ばかりだったのを思い出す。

 しかも板と板の間には隙間が空き、浮き上がった板があったり──段差も異なる、歩き辛い橋だったのだ。あの国の橋を造る職人は一度、シン国の橋職人に教えを受けた方が良い。


「あの国の良いところなんて、一つも思い当たらないな」

 えて見つけるなら、犯罪を犯しても金さえ払えば大抵の事はゆるされる、というところだろうか? だからこそあの国は腐敗し、貴族はおろか人民のほぼすべてがくずという、なんとも救い難い国なのだ。

 悪人にとっては楽園のような場所なのかもしれない。


 退屈はしない場所ではあるだろう。

 自分の身を守れるくらいの力と機転、運や財力があればだが。


 あの国で手に入れた魔導書のお陰で、他の国では禁書とされている物が手に入ったのだから──個人的には、ああした国があるのも良いものだと思う。


 ──実際、あの国に逃げ込んだ魔法使いや魔導師も多いと聞く。

 魔法や魔術を学ぶ時に(大体)おこなわれる、宣誓の儀に従わぬ者も居るという事だ。

 力を手に入れれば奮いたくなるのが(愚かな)人間というものだろう。


「犯罪都市アーヴィスベル」では、あの国の集大成といった物を目にする事ができた。

 麻薬や売春など、日用品を売るのと同じ感覚だ。看板だって出ている。


()()()()()あり」

「新入荷。()()()()います」


 などなど……まあたまに、看板と違うのが出て来て、びっくりするような店もあるらしいが。


 俺があの街を訪れたのは、魔導書と──毒薬の入手。それに封印された迷宮を見に行く、といった事柄を求めて行ったのだ。

 毒薬は正確には、()を求めて行ったのではない。作り方や素材の知識を得に行ったのである。毒に関する知識を応用して、解毒についての魔法を完成させようと考えたりもしたが、……俺に関しては無意味になってしまった。


 魔女王ディナカペラがおこなった「生命循環の定理」の書き換えによって、あらゆる物理的な毒は無効化されるようになったからだ。


 封印された迷宮に行ったのは、そこで上位存在との接触を図れるかと考えての事だったが、結局その迷宮内を探索するのは諦めざるを得なかった。

 物理的な封印が厳しく、入り口にすら行けなかったのである。まさか大きな入り口が岩山の崩落で入れなくなっているとは……


 もっともその場所に上位存在が居るとは限らなかった。その場所には「荒ぶる猛威」が封じられている、と書かれた碑文があるのを見ただけだから。


 それはブラウギールにある遺跡から持ち出され、隣国シャルディムに売られた碑文に書かれていたのだ。シャルディムの博物館の倉庫に置かれていた物を見ていた時にそれを知り、さっそくブラウギールに行ってみたという訳である。


 シャルディムの博物館の倉庫に入れたのは、同じ国の貴族と知り合いだった為、俺が魔導などの探求をしていると知ると、その博物館に行くように言い──紹介状を書いてくれたのだ。


「懐かしいな──ルディナス。彼女は元気にしているだろうか」


 *****


 ルディナスは「エインシュナーク魔導技術学校」で知り合った学友の一人だ。彼女はシャルディムの中で、そこそこの名家らしく──鼻持ちならない態度をちらつかせる、いけ好かない感じの女だったが、その態度は彼女なりの虚勢であったのだ。

 貴族社会の中で得た処世術の、間違った発露とでも言うべきか……

 本当の彼女は優しく、身分の違いなどを気にしない、大らかな──度量の大きな女生徒だった。


 だがまあ……魔術や魔法に関する勉学や実技は──正直、赤点ギリギリの劣等生に近かったのだ、初めの頃は。


 そんな彼女がある日、俺に頭を下げて「二次試験の講師をして欲しい」と頼んできた事から、彼女に勉強と──実技試験で行う魔法の習得と実践に協力してやった。

 一次試験での成績はなかなかの残念な結果だったが、二次試験ではだいぶ盛り返し、彼女に貸しを作った訳だ。


 ルディナスはどちらかというと騎士の家系で、魔法よりも剣や槍を手にした戦闘技術の方が高かった。


 ちなみにエインシュナークはピアネスの西側に位置する地域にあり、彼女の故郷であるシャルディムは、横に長いピアネスの南東にある、縦長の領土を持つ国である。


 ピアネスは俺の故郷でもあるが──実感はほとんどない。ベグレザとエンシア二つの国境に接した、小さな領地を守るだけの貧乏貴族だったからだ。どちらかというとベグレザの方に親近感を抱くほど、ピアネスという国から見放された状態にある左端の領土、という認識しか持てなかった。


 幸い周辺の国から狙われる事もなく、細々と生活していたが──今は、兄の一人が領土を受け継ぐ為の下積みをしているのだろう。──まあそんな事はどうでもいい。


 シャルディムでルディナスと再会したのは偶然だった。

 彼女の家族が治める領地だとも知らずに街を歩いていた時に、彼女から声をかけられたのだ。──エインシュナークを卒業してから一年から二年後くらいの事だった。


 シャルディム国はピアネスやシンなどとも友好的な関係を持つ、文明的なお国柄であり、様々な国の遺跡などにも興味を持つ、学識の高い大学がある国としても有名だ。

 博物館も大学と共に国からの支援を受けて造られた物で、大陸のあらゆる地域で発見された、遺跡から出土した展示物が紹介されていた。


 展示場ではまったく見当たらなかったブラウギールに関する遺跡の出土品は、倉庫の中に保管され、隅っこに追いやられていたのである。

 誰がどういった流通経路で入手したかも不明な遺物だったが、ブラウギールのどの辺りの出土品かは、目録に書き込まれていた。おそらくはブラウギールの盗掘集団みたいな連中から、不正規な経路で買い取った物なのだろう。しかし重要な碑文の一部であるのは疑いようがない物だ。


 それを目にした俺は、すぐにブラウギールへ向かう決意をし、もう一つの目的である魔導書の入手のついでに、危険な毒薬の知識も仕入れておこうと考えたのだった。

 遺跡の探索は崩れた大岩の崩落で断念せざるを得なかったが、アーヴィスベル近くの岩山に迷宮の入り口があるのは確認できた。


 *****


 碑文に記された「荒ぶる猛威」が気になるのだが──今は、魔神アウスバージスの下に向かうのが先決だ。いつかはあの遺跡の探索をおこなってみたいが……中へ入れたとしても、かなりの危険が待っているかもしれない。

 だが少なくとも──あの碑文を持ち出す事ができた頃は、盗掘集団のような奴らでも探索が可能な場所だったはず。それならなんとかなりそうなものだが。




 過去のあれやこれやについて考えながら、街道を歩き続けていると──道の近くにある林の中から、黒い影が現れた。……熊だ。

 黒毛の熊がのっそりと現れ、こちらを見つけると──のっし、のっしと近づきながら低いうなり声を発して威嚇いかくする。

 熊ごときでビビるような心胆は持っていない。しかし……ここまで大きな黒熊は初めて見た。


「とことんツいてないな」

 俺は文句を口にすると死王の魔剣を抜き、状況を確認する。街道の周囲は平坦な地形。川も近くにはなく、熊の現れた林くらいしかなにかが潜める場所もない。

「グルルルルッ」

 近寄って来た黒熊が動きを止めて威圧的に喉を鳴らす。


 俺は堂々とした足取りで熊に二歩、近づいた。

 すると黒熊は立ち上がり、大きく腕を広げて「グヴォォォオォッ!」と咆哮する。

 確かに迫力満点の威嚇だったが、それを待っていた。


 奴が得意げに腹部を見せている所へ一気に接近し、腹部を薙ぎ払う。ずりすりと後ろ足を後退させて前足を下ろすと、俺は側面に回り込みながら脇腹、後ろ足の付け根を連続で斬りつける。

「グオォオォッ!」

 怒りの声を上げる黒熊。


 分厚い皮と筋肉に守られた身体を刃が切り裂いたが、内臓に届く傷にはならなかった。血管を狙ったつもりだが、上手く当たらなかったらしい。ぶうん、と音を立てて振るってきた前足をかわして、鋭い突きで熊の左目を貫く。


「ウオオォッ!」

 熊は反射的に右に身体を引いて剣から離れたが、左腹部が露になる。

 俺は剣の柄と鍔をしっかりと握って熊に駆け寄り、体重を乗せた突きをがら空きの腹部に突き立てた。

 魔剣の刃は左腹部から心臓に向かって突き込まれ、奴はくぐもった声を漏らしながら横向きに、ごろんと転がって逃れようとする。


 一回転した熊の身体から魔剣を素早く抜くと、今度は奴の背中に飛びかかって、背中から内臓にたっする一撃を突き入れた。

 街道脇の草地に身体を半分乗せた状態で──熊は絶命した。

 だらんと前足を伸ばし口から血をだらだらと流している。


 俺は爪を剥ぎ取って持って行く事にした。戦士ギルドで討伐報酬を貰えるからだ。

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