野盗との遭遇
この時代の人間は特に、野盗──山賊とか盗賊のような連中が多かったでしょうね。
山の多い日本でも山賊は結構いたようですし。
今回のレギの独白は彼の心情や、非情なまでの現実主義的な一面が垣間見えるかな。
街道は東から緩やかに南西へ向かって曲がっている。南へ向けての道はなく、目の前を横断する道の先を確認して、人の住んでいる場所はないかと目を凝らす。
どちらの方角にも建物などは見当たらない──その気配すらない。
荷車の通ったと思われる跡も(ほとんど)なく、この踏み固められた道は、人や人馬の通る数が少ない道であるようだ。
道の先に森があったり、丘を避けて曲がるような所もあるが、道はほとんど直線に伸びている。道の左右に大きな岩や林などがあるが──その他に目を引く物もなく、どこまでも自然の風景が広がっていた。
とはいえ人が通った跡がこの道を作っているはずだ。どちらかに進めば、きっと村や町に繋がっているだろう。
俺は南に向かう事も考えて、南西に続いている道の先に進むのを選んだ。
草地の次は踏み固められた道だ。──その前の河原よりよほど歩きやすく、周囲を警戒しながら進み続けるだけでいい。気楽な旅とは言い難いが、宝石や輝石を拾い集めて童心に返ったり、虫や小鳥の鳴き声を聞きながら道なりに進むのは、気分的にもくつろいでいられる時間となった。
魔術の門でも開こうかと考えたが、林の近くを通るので──念の為に生命探知を使って周囲を探ってみると……
なんと、林の中に人影がいくつも見えるではないか。……それも、警戒色の黄色や朱色に近い色の人影だ。
全部で──四人。
(野盗か……)
なにしろこっちは一人で冒険をする事が多かったので、野盗などに襲われるのはしょっちゅうだ。
中にはたった一人で街道を歩いている男の様子を見て──勘の働く者が居る場合は──仕掛けて来ない、という時もあったが。多くの場合はそんな風にはならず、身包みを剥ごうとしてくるのだった。
俺の今までの野盗撃退率は十割だ。
逃げた事もない。
それも大抵は皆殺しにしてきた。
魔法を使わずに剣のみで戦う時もあるし、面倒臭いと思った時には──魔法で多くの野盗を排除したりもした。
情けなどまったく感じない。
野盗とは、他人の利益を力で奪おうとする連中だ。
それも人数にものを言わせるような連中ばかり。そんな連中を駆除するのに、なにを躊躇う理由があると言うのか。
*****
「野盗とはいえ、相手は人間です。殺してはなりません」
だいぶ前に修道女の一団を護衛した時の事、数名の傭兵と共に彼女らの護衛をして山間部を移動していた時に、十名以上の徒党を組んだ連中に襲撃された時に──「正義感」あるいは「信仰厚い」修道女からそう言われたのだ。
俺も、彼女らを守る為に雇われた傭兵たちも──誰一人として、そんな修道女の言葉に耳を貸さなかった。
当然だろう。
守られるだけで戦った事もない者の意見など、傭兵が聞き入れる訳がない。
俺たちは数分の戦いで野盗を皆殺しにした。
逃げようとする者の背中に弓矢を射かけ、倒れた相手の側まで歩いて行くと、傭兵の男は容赦なく倒れた男の背中に剣を突き立てた。
「ここで殺さなければ、こいつらは俺たちの後にここを通る者たちを襲い、奪い、犯し、殺すだろう。あんたらは自分の身さえ守れれば、それでいいと考えているのか?」
傭兵を率いるその男の言葉に、修道女は顔を真っ赤にして己の愚かさを感じている様子だった。
信仰心で飯が食える連中と、人を襲わなければ自分の食い扶持を稼げない連中の間には、途方もない認識の違いがあるらしい。
この修道女は自分や傭兵が居なかったら、どうなっていたかを考えないのだろうか? なんの為に教会が傭兵を雇って、彼女らの護衛に尽かせたと思っているのか。
自分たちが凌辱されなければ事態が飲み込めない、そういう愚か者を作り出すのが、宗教や教会がある意味なのか?
あまりに馬鹿げた正義感、あまりに盲目的な信仰心。率直に言って反吐が出る。
俺はその時にはっきりと理解したのだ。
「神に縋る者は、己を綺麗なままでいさせたいだけの、無知蒙昧にして無力な、思考停止した愚か者だけ」だと。
偽りと矛盾だらけの教義など、この俺には必要ない。最終的には暴力と支配を容認する宗教など、唾棄すべき人類悪そのものではないか。
己のつまらん正義感を語る前に、己の身くらい自分で守ってみせろ。
*****
林の側まで近づくと、木陰から二人の男が姿を見せた。すでに剣を抜いており、顔つきを見ただけで──こいつが悪党でなかったら、どういった顔の持ち主が悪党なのかと聞きたくなる。
「おう、待ちな兄ちゃん」
するとその背後から二人の男が姿を見せる。
一人は弓矢を構えている背の低い三十代ほどの男。もう一人はまだ若く、手にした得物は短刀一本のみ。
前衛の男たちはみすぼらしい格好をした中年や、それに近い歳の男。手には鉄の剣をそれぞれ手にしていた。
敵対反応を見るまでもなく、彼らの気配は真っ赤になっているだろう。俺が近づくまで上手く隠れられていたのが不思議なほどだ。
「こんな道を一人で通る奴が居るとは思わなかったぜ」
こんな道で待ち構えていた連中が言うべき言葉ではないだろう。
「『禁忌の地』近くの境界路を通る奴は罪人や密売人、訳ありの商人共くらいだろうが……あんたは罪人か?」
二人の男が剣を構えたままじりじりと近づいて来る。──俺は魔剣の柄に手をかけた。
「おっと、止めておくんだな。こいつは魔法使いだぜ、魔法で切り刻まれたくなかったら、大人しく武器や荷物を置いて行くんだな」
ご丁寧に後ろに控えている若者を指し示して手の内を明かす。まるで粋がった素人だ。
俺は魔剣の柄から手を放すと、革帯に付けた短刀を素早く引き抜いて、魔法使いの若者に投げつけた。
「ぎゃぁっ!」
股間近くの太股に短刀が突き刺さった若者は、足を押さえて地面に倒れ込む。手前の男たちは悪態を吐きながら、素早く斬りかかって来た。二人同時に頭上から振り下ろすだけの──力任せの攻撃。
俺は横に回り込みながら魔剣を抜き、一人の男を斬りつけた。
革鎧を切り裂いたが、その下の鎖帷子に刃が阻まれた。どうも予め防御系の魔法を張っていたらしい。ただの阿呆かと思ったが、多少の用心をするくらいの頭はあったようだ。
後衛の弓矢を構えた小男が矢を射ってきたが、それを躱しながら剣を構えた男に蹴りを入れ、もう一人の男に突き飛ばす。
奴らが揉み合っているうちに弓矢の小男に接近し、肩口から胸元まで深々と切り裂いて打ち倒した。
魔法使いの若者はすでに戦意を喪失し、逃げ出そうとしている。
「馬鹿野郎! 魔法で攻撃しろ!」
統率者格の男に恫喝されて若者は、地面に倒れ込んだまま、風の魔法の呪文を詠唱し始める。……だが相当に遅い──俺の感覚からすると、という意味だが。
「邪風の刃!」
すでにこちらの対応は準備できている。二発の斬撃を反射魔法で弾き返すと、魔法使いは自らの放った魔法で切り裂かれ、先程よりも大きな悲鳴を上げる羽目になったのだ。
「こいつ、魔法使いか⁉」
怖じ気づいた様子を見せる男が、腰の短剣を投擲してきた。
俺はその短剣を躱したが、直後に二本の矢に襲われた。
林の中に隠れていた者が居たのに気がつかなかった。
弓矢の一本を剣で叩き落としたが、一本の矢が俺の肩に突き刺さる。かなり深々と俺の肉をえぐり、骨にまで矢の先端が突き刺さったのを感じる。
「やった!」
中年男が声を上げる。
「その矢には麻痺毒が塗ってある! もう身動きできないだろう!」
勝ち誇った言葉。
森の中から弓を構えた二人の男が姿を見せる。
どうやら生命探知にも引っ掛からない「不破の隠幕」を使用して隠れていたらしい。
魔法使いが居た時点で警戒しておくべきだった。またしても生命探知を過信しすぎていた。魔眼を使用して効果を上げていれば、林の中に潜伏していた者たちにも気づいただろうに。
俺は矢を引き抜いたが──麻痺毒の影響が肩にじんわりと広がり、熱を帯び始めたのを感じると、地面に膝を突く。
不用意に近づいて来たのは革鎧の下に鎖帷子を身に着けた男。奴は今度は犠牲者になったのである。
俺は地面に膝を突いたまま、素早く魔剣を突き出して攻撃した。
「ぐはぁっ⁉」
深々と胸に突き刺さる青紫色の刃。
その一撃は心臓を貫いて、男は口から血を吐き出した。
がっくりと前のめりに倒れ込むと、手にした魔剣を使って横向きに倒す。
「やろうっ!」
もう一人が斬りかかる前に倒れ込んだ魔法使いの近くに待避する。
「なんで毒が効きやがらねえ! 毒は塗ったのか⁉」
森からのこのこと現れた男たちに怒鳴りつける首領格らしき男。
「ぬ、塗ってありますよ! たっぷりと!」
俺は気絶した魔法使いの若者を抱き起こして盾にすると、奴らにこう言った。
「生憎だったな、俺に毒は効かないんだ」
ばかな! 男はそう言いながら一歩踏み出そうとする。
その足下から予期せぬ攻撃が放たれた。
男はなにが起こったか分からぬ様子で、腹に突き刺さった鉄の剣を見て──口から大量の血を吐き出す。
「ごぼぁっ……な、……なんで──だ?」
中年男を刺したのは、俺が殺した野盗の男。
そう、魔剣の力を使って甦らせたのだ。
「うおぉぉあぁぁっ!」
死んだはずの男は呻き声を上げながら、弓矢を構える男たちに襲いかかる。
鬼気迫る表情で向かって来る男の胸元は大量の血で染まり、口からも──まだ赤い血が溢れ出ている。
「うわあぁぁっ!」
二人の男が弓矢で死んだ男を攻撃したが、そいつの鎖帷子を貫通したとしても、不死者の突進は止められなかっただろう。
一人の男の脳天に鉄の剣を叩きつけて殺害すると、残されたもう一人に向き直る。血走った目で睨みつけられた男は、林の中に逃げ込もうとして、木の根に足を取られて転んでしまう。
「ぎゃあぁあぁっ‼」
倒れた男の口から悲鳴がこぼれ出た。
倒れた背中に鉄の剣を突き立てられ、何度も腰や背中を鉄の剣で貫かれた男は、すぐに静かになって動かなくなった。
魔剣の力で甦った男の力を解くと、男は剣を握ったまま──その場に膝を突き、その勢いのまま顔面を地面に叩きつける。
矢を受けた肩に手を当て、魔法で傷を塞ぎながら倒れた魔法使いの若者に近づく。男は気を失ったままだ。
痛みに耐性がないのだろう。腕と胸を引き裂かれた傷には止血を施しておいた、死にはしない。
別に殺してしまっても問題はないのだが、南西に向かってどれくらい歩けば町があるのかと、聞いておこうと考えたのである。
レギが肩の傷を治す描写を追加しました。




