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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第五章 戦士の精髄

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草原の中の樹林と祠

 河原での宝石採取に時間を取られる訳にはいかないので、切りの良いところで切り上げると、南へ向けて歩き出す。

 ……しまった、足場の悪い河原を歩きまくった所為せいで──少し足が痛くなってしまった。

 河原近くの大きな岩に転移用の呪印を刻み付け、その場をあとにする。


 河原から離れた先は岩山が平地から生え出た草原。丘や森なども所々に見える。人工物や街道などは見当たらない。


 まさかシンの北部がこんな未開の地だったとは知らなかった。ましてやそこが大昔からたびたび魔術の儀式が行われたいわく付きの場所だったなど──初めて聞く事だ。


「呪われた地」の噂は各国でささやかれているものもあったが、こんな魔神が彷徨うろつく場所があるなど──青天せいてん霹靂へきれきだ。危険きわまりない。

 おそらくだがこの地は、見えない何者かによって死を与えられる場所として近隣の人々に噂され、──誰も近寄らない秘境と化しているのだろう。


 遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声、上空を旋回する大きな翼を持つたかわしの姿も見える。森の陰には牛や馬の姿もあった。自然豊かな環境、手つかずの河原の宝石など……ここは資源も豊富な辺境地帯フロンティアだ。

 楽園には程遠い、危険な存在が歩き回る場所でもあるのだが。


 あの魔神を排除できれば、シンは新たな領土を獲得できるだろう。──国の方では魔神の存在を把握しているのだろうか? まさか民間伝承を信じて近づかない、などという判断をするとは考えにくい……やはり軍隊などを動かして、見えざる相手に兵士を失った過去などがあるのだろう。


 この国に宮廷魔導師が居るかどうかも知らないが──魔神の正体を探り、それを排除するよう命じられたりしたら大変だ。誰がそんな危険な仕事を引き受けられるというのだ。


 シンは武力で名の知れた軍事国家だったはず。周辺国と小競り合いをしたという話は何度か聞いたが、特に戦争を仕掛けるような粗暴な国でもなかったと記憶している。

 武芸に秀でた兵士を魔神の討伐で無駄に失いたくはないだろう。この未開の地がそのまま放置されているのは、国を治める者の英断と言うべきだろうか。


 そんな事を考えながら──丘の上に上がる。見晴らしの良い場所から、遠くの街道らしき物を発見し、ようやく人の住む村や町などを見つけられるかもしれないと考えた矢先、矢の洗礼を受けた。


 幸い二本の弓矢が地面に突き刺さっただけで済んだが、明らかに襲撃を受けている。

 地面に刺さった一本の矢を引き抜くと、それを手に大きな岩の陰に身を隠す。

 矢を調べたが──やじりは削った石。木の枝に鳥の羽根を付けた単純な構造。これを射ったのは小鬼ゴブリンか?


 生命探知を使って矢が飛んできた方向を見ると──森の木陰や岩陰に、五体の小鬼らしい反応が見える。実際はもっと多いかもしれない。こんな雑魚亜人に関わりたくないんだが……


 岩陰に身を潜めながら、次の行動をどうするか判断していると、矢が二度、三度と射かけられた。岩に当たった音がする──割と正確な狙いだ。

 周辺の様子を確認すると、小鬼が隠れていた森とは反対側の森にも人影がある。……鼻先の長い人影──犬頭悪鬼か? あいつらはまだ、こちらに気づいていない様子だ。

 森の中で集まって座り込んでいる者も見える。


 これは小鬼の群れを叩き、奴らの居る森を抜けた方が良さそうだ──犬頭悪鬼の群れの中には、大きな身体を持つ魔獣の影も見えたのだ。番犬にしてはでか過ぎる。


 そうと決まればあとはさっさと小鬼を片づけるだけだ。

 生憎あいにくと小鬼ごときで苦戦する気など欠片もない。一気に奴らの手前まで近づいて行って、魔剣の一撃で倒していく。


 岩陰から姿を現すと、奴らに弓を使わせる。

 小鬼の弓使いが矢を射かけてきた瞬間に前へ出る。数十メートルの距離を駆けながら、手斧や鉄の剣を手にした小鬼が近づいて来るのを迎え撃つ。

 小鬼どもはこちらが一人で突撃して来るなど思いもしなかったのだろう。慌てふためいているところへ、飛びかかるように一撃を振り下ろす。


 続けて手近な場所に居た残りの二体の前衛を斬り殺し、そいつらの身に付けていた短刀を革帯ベルトから引き抜くと、遠くの弓を構えた小鬼に投げつけて、そいつの腹に短刀を突き刺して地面に打ち倒す。

 残りの一匹に襲いかかろうとすると、そいつは弓矢を放り投げて逃げ出した。

 その行動も予測済みだ。

 もう一本の短刀を逃げる小鬼の背中に投げつけて、五体目を地面に倒したのだった。




 俺は腰を屈めて周囲を警戒しながら、倒した小鬼が持っていた皮袋などを回収する。武器などはろくでもない物ばかりなので、手斧以外は放っておく。

 腹に短刀を投げつけられた奴は──やはり生きていた。腹に刺した短刀を引き抜いて襲って来たが、()()()()()()()()()を持って来ていた俺は、その攻撃をかわして手斧を脳天に叩き込んでやった。


 五体分の戦利品を回収すると、小鬼が現れた森の中へと入って行く。


 周囲に小鬼は居ないようだ。

 森はどちらかと言うと林と呼べるくらいの、それほど大きな物ではなさそうだ。


 森の中は湿気が多く、こけきのこがそこら中に生えている。

 幸い森の外から風が吹き込んで来るので、森の外側近くを歩いて南下すれば、森の湿気に悩まずに済みそうだ。

 別の森の様子を見ると、犬頭悪鬼が動き出す様子はない。……よかった、連中に見つからずに済んだらしい。


「ギェエッ、ギェエッ」と鳴き喚く鳥の声がする森の中を進み、南下を続けていると──森の中でなにかが動いた。

 樹木の間をゆっくりと移動している大きな動く物を見て、木陰に隠れながらそちらを確認する。


「……妖魔か?」

 魔力の反応があるそれは、象に似た頭を持つ巨漢の化け物。二足歩行で森の中を歩き、濃い緑色の皮膚を晒した異形の存在が、大振りななたに似た武器を手にして彷徨うろついているのだ。

 よく見ると革鎧かなにかを身に着けている。


 妖魔か魔物に見えたそれは──どちらかというと精霊に近い存在であるらしい。

 外見的には、とてもそうは思えないのだが、この森を守る守護獣のようなものみたいだ。遠くから魔眼を使ってなんとか調べた限りの情報だが、森の中央にある、ほこらかなにかを守っているみたいだ。

 そいつは立ち止まると、くるりと方向転換して森の奥へ向かって歩き出す。


 小鬼どもも、この森を守る存在を恐れて森の周辺を移動していたのではないだろうか。地面には小さな足跡がいくつも残っているが、森の奥へ向かう物は一つもない。


 森の中にも大きな岩があって、その陰に来た時に──ふと考えた。

 遠ざかって行った象頭の守護獣だけなのだろうか? なんとなくだが、他にも居る気がして岩陰から別の方向に目を向けると、森の奥からこちらに向かって歩いて来ている、わに頭の──やはり大きな身体を持った魔物のような存在が歩いて来ていた。


 俺は慌てて岩陰に隠れた。

 相手は三メートル近い身体の化け物だ。金属の胸当てや籠手を装備し、右手にはのこぎり刃の付いた大きな剣を持っている。


 近づいて来ている鰐頭の獣。どしん、どしんと足音が迫る。岩陰を利用してその場を離れようかとも思ったが、岩陰から相手の近くで「解析」を行い、その正体を探りたいという欲求も出てきた。

 そいつは岩場の横を通り過ぎた先で立ち止まる。──俺は岩を回り込むよう移動して背後に回り込みながら、森の外を見つめるみたいに立ち止まった、その大きな背中から解析魔法を掛ける。


 鱗に包まれた大きな背中に、胸当てを取り付ける為の革帯ベルトが巻き付けられ、腰から尻を隠すように太い尻尾が垂れ下がり、地面にのっそりと置かれた尻尾には、ごつごつとした角に似た鱗が何本も突き出ており、分厚い尾それ自体が棍棒こんぼうのようであった。


 解析によると、やはり精霊に近い存在のようだ。古い魔導によって生み出された守護獣であるらしく、かなり高い戦闘能力を秘めているらしいが、一部しか判然としない。

 魔法に対する抵抗力もあるが、その鱗に覆われた身体に損害ダメージを与えるのは、生半可な攻撃では通用しないだろう。


 再び動き出す鰐頭。さっきまで象頭が居た方向に向かって歩き始める。

 やはり二体の守護獣によって森の真ん中にある物を守っているようだ。小さな石造りの建物が木々の隙間から見えているが、遠くてはっきりとは分からない。──だが推測する事はできる。


 ここから北にある魔神オグマギゲイアが彷徨く土地を封印している、結界の一つなのではないだろうか。


 あれだけ広大な土地を取り囲む結界だとすると、これと似たような──()()()()()()()()()()()()()がいくつもあり、守護獣に守らせているのだろう。

 この森自体も人為的に作られた物であるらしい。全体的な樹木や岩の配列が決められており──結界と、それを守る守護獣に力を与えて維持する為の呪術的措置(そち)が取られている事に気が付いた。


 だとすると相当に大がかりな物だろう。大昔の魔導師が国などの力を借りて作った結界だと考えるのが自然だ、個人でできる規模ではない。

 好奇心で調べるには危険な場所だ。

 この守護獣と森の中心にある物には手を出さずに、先を急ぐ事にした。


 大岩から離れて行く鰐頭を見送りながら、南へ向かって森の縁を歩き始める。──森の外にはすぐに到達した。

 やはり森と言うよりは、林に近い大きさだったようだ。円形に近い形をした樹林から外を確認すると、草原の先にあるまばらに生えた樹木や、岩場の間を通る──そうしてやっと、街道らしき物が見え始めてきた。


 草原を歩き続けたあとは、東西を抜ける道を移動する事になりそうだ。その場合どちらに向かえば、町などの人が住む場所に早く辿り着くだろうか、それが問題になるだろう。

 ここから見ると西へ向かう道が、わずかに南へ向かっているだろうか。


 考えても仕方がないので、実際に道の状態を見てから判断しよう。わだちや足跡が残っているとは期待していないが、なんらかの行動指針が得られるかもしれない。


 街道手前まで移動しながら、ほとんど無意識的に、変質した魔剣の性能について解析していると──面白い事が分かった。


 この「死王の魔剣」で殺害した相手を()()()()()()()()()()()事ができそうだ。戦闘の役には立つだろうが、数分か数十分しか活動できない──一時的な不死の戦闘要員が増えるだけだ。あまり期待はできない性能だな。


 黒曜石の仮面は、装着すれば魔法の威力を高めたり、魔力の回復速度を上昇させてくれるが──あまり身に付けたくはない。呪われていそうだから、というのもあるが──この黒曜石の仮面は魔神の力が宿っているはすだ。……身に付けるのは危険だろう。

 この仮面はブレラの館にでも戻ったら厳重に保管、封印しておこう。


 いずれ俺が死霊術をって、なんらかの実験をしたいと考えた時に必要になるかもしれない。それまでは──この危険な仮面は、誰の目にも触れさせない方がいいだろう、そんな気がする。

 死霊を呼び覚ます触媒しょくばいともなった、この真っ黒い仮面に秘められた力は、千年も前に滅びた者を復元するほどの力が残っているのだ。


 黒曜石の仮面を調べながら、魔法の扱いに優れた者を「死王の魔剣」で死霊化し、この仮面を装着させる事で、十分じゅっぷん程度で魔剣の力が失われて動かなくなる不死者を、長らえさせる事が可能かもしれない。

 そんな企みを考えつつ、俺の身体は歩みを続け──街道の手前までやって来たのである。

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