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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第四章 魔神の依頼と異端の魔導師

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決着。──不死の怪物ヴァルギルディムト──

 異形いぎょうとなったヴァルギルディムトが紫色の瘴気しょうきの焔を吐き出して攻撃してきた。


 俺とグラーシャ、ラポラースは左右に分かれて回避し、手にした武器や魔法で攻撃しつつ、奴の身体を取り巻いている瘴気の壁を剥ぎ取ろうとする。

 醜い化け物の周辺には、視覚に映りにくい揺らめきがあり、その瘴気の壁が幕のように奴を取り巻き、魔法や武器から守っているらしい。


 グラーシャが瘴気を吹き飛ばす赤い閃光を放つ一撃を奮い、激しい衝撃波と斬撃で攻撃すると、ラポラースが大鎌を前に突き出して、青い雷撃を数本撃ち出した。

 バリバリと大気を震わせる衝撃に、周囲に居た不死者たちが転倒する。


 化け物の近くに居た不死者は青い腕に捕まえられると、はえ頭の口元に持って行かれ、むしゃむしゃと頭から食いちぎられていく。

 その光景を見て、蟷螂かまきりが捕まえた昆虫を食べる場面を思い出した。


 俺はというと、地属性の魔法で地面から石の槍を突き上げようとしたが、やはりこの空間では──精霊の力を根源とする魔法は使えないらしい。魔法を放とうとしても、集中した魔力が霧散してしまう。


「しっかりしなさい。ここは(冥界に近い)異界なのよ!」

 グラーシャがげきを飛ばす。

「分かっている。確かめたかっただけだ」

 俺は化け物が身体の傷を修復しながら二体目の不死者を捕まえるのを見ながら、俺に近寄って来た不死者を「死王の魔剣」で斬り付ける。

 ──そうだったのかと改めて思う。


 古代技術から生み出された、この異質な魔剣は──「()()()()()()()()」だったのだ。

 今まで霊的な存在などに効果のある魔剣だとばかり思っていたが、死霊王の魔力や霊力を取り込み変質した事で、はっきりとしたのである。


 一撃で不死者の身体を粉砕し灰へと変える。まるで青紫色に光る刃が不死者の魂を喰らっているかのようだ。

 俺は魔剣の力を折り重ねるみたいに使用して魔法を放つ事にした。呪文を唱えながらヴァルギルディムトに近づいて、魔剣を突き出し──魔法を撃ち出す。


深淵しんえんの音無き雷!」

 魔剣から放たれた一筋の閃光。

 赤色や紫色にほとばしる暗い発光。

 それが化け物の胴体に当たると、巨大な岩と金属のかたまりが激突したみたいな音がした。魔力の爆発を思わせる衝撃が化け物の身体を打ち据え、喰らっていた不死者の身体ごと打ち砕く。


「ォオォヴィャァアヴァァアァ‼」

 異形の化け物からはやはり異質な叫び声が漏れ出た。

 ぶるぶると半透明な腹部を揺らし、その中の女性が苦しそうに──さらに体を丸くする。頭から青い血を流してもがき苦しむ怪物。左腕がちぎれて落下し、びちびちと別の生き物みたく地面の上を跳ね回る。


 だが──この化け物。再生能力が異常だった。

 ちぎれた肩口から黒いうろこを持つ爬虫類の太い腕が生え出てきて、鋭い爪の付いた手を広げて威嚇いかくしてきたのだ。




 瘴気を吐き出し闇の魔法を使って攻撃してくる異形のヴァルギルディムト。

 なんとか魔法障壁で防いだが、奴は今までの損害ダメージをあっと言う間に修復し、不気味な声を上げて冥界神の娘たちを攻撃する。

 彼女たちも俺も、立て続けに武器や魔法で攻撃していたが、切りがないと感じ始めていた。


 一度、ラポラースの大鎌で切り裂いた腹部に、俺が間髪入れずに魔剣で斬りかかり、さらに至近距離から「聖櫃せいひつの霊光」を放って、羊水を溢れさせる腹部を攻撃したのだが、奴は周辺を囲う肋骨を閉じて攻撃を防いだ。

 切り裂かれた透明な皮膜が修復すると、人の顔の様な物が透明な皮膜に無数に浮き出し、気味の悪い見た目に拍車が掛かる。


「おいおい、不死身だとか言うんじゃないだろうな」

 するとそれに応えてグラーシャが言う。

「これが『死の魔導書』の力よ。写本とはいえ、強大な力の一部を複製しているからね。──けれど不死身にはほど遠い、そのうち力の均衡を失って自壊するでしょう」

 彼女の言う通り──立て続けに繰り出した、俺と双子の連続攻撃と、魔法による重複攻撃を受け続けたヴァルギルディムトに異変が現れた。


「グァガァゥォオァヴァゥエアァ……!」


 ビキビキと音を立てて腹部の透明な皮膜に亀裂が入り、羊水がにごり出したのだ。両腕はすでに爬虫類の鱗と皮を持つ、大きな化け物の腕へと変わっていたが、頭部も蠅の頭部から──大きな魔獣の頭部に似た物へと変化し、灰色の骨が剥き出しの頭に空いた割れ目から、紫色の脳漿のうしょうを見せている。


「倒したか?」

 俺は魔剣を持つのにも疲労を感じ、腕を下げて一息つこうとした。

「まだよ」

 どちらの声だろう。

 双子の声が聞こえたが、俺は回復薬を革帯ベルトに付けた小鞄から取り出して、それを飲み干す。




「お疲れのようじゃな」

 どこからか男の──年老いた声が聞こえてきた。続けて──

「そいつから離れるがいい」

 という声。


 上空からなにかが落ちてきた。

 一瞬、赤紫の閃光が起こり、ヴァルギルディムトの変異した身体をとらえた。

 魔力の爆発と衝撃を起こした凄まじい轟音が遅れてやってきて、耳をろうする爆音が鳴り響いた。地面がえぐれ、その中心に居た化け物が倒れ込んでいる。


 それは俺が使った闇属性魔法の「深淵の音無き雷」と同じ魔法だった。──しかし威力は桁違いに高く、ざっと十倍はあるだろう。


 引きちぎれた身体の一部が灰となり辺りに飛び散っていたが、まだ異形の怪物は両腕で地面を掴むと上体を持ち上げようとする。

 その腹部は完全に崩壊し、中から大量の体液と共に、女の──エシャニメの身体が外に流れ出て来た。彼女の体は灰色に炭化し、ひびや大きな亀裂が入っていた。


 その化け物のすぐ近くに杖を手にした老人が立っている。灰色の法衣ローブを着込んだ魔法使いとおぼしき老人だ。

 その老人が杖を伸ばして女の遺体に触れると、その体は真っ青な焔を噴き上げて、一瞬で塵と化した。


 異形のヴァルギルディムトがその爬虫類の腕を伸ばし、老人に掴みかかる。

「触れるな」

 老人が言葉を発すると、太い腕が一瞬で見えない力に握り潰された。肩から引きちぎられた腕が小さく圧縮されて地面にぼとりと落下する。


「貴様がこのような阿呆だとは……ふむ、正直思っていた。──さらばだ、愚かな虫螻むしけらよ」

 老人はそう言って黒い杖を化け物に突き付けた。

 杖の先端から暗闇が迸った。

 周囲の空間を飲み込みながら大きくなる暗い歪み。

 それが異形化したヴァルギルディムトを砕きながら飲み込むと、一瞬で暗闇の渦が消え、後にはえぐれた地面が残るだけとなった。


「すまんかったの、わしの配下がこのような真似まねをするとは……いや、まあ。思っていたがな」

 老人はそう言うと、その小さな身体からは想像する事もできないほど、辺りに大きく響き渡る笑い声を発した。


「……ッ、あんたはベルニエゥロか」

 耳を押さえながらの問いかけに「よう」と答える老人。

 頭を覆う法衣の頭巾フードから覗くのは、黒目と白目が反対の配色をした、気味の悪い不気味なうろを持つ眼。それがこちらを見つめている。


「さて、この始末をどうつけるべきかの? まさか腐れ配下が冥界神の娘とも呼ばれる者たちに関わっているとは、思いもよらぬ事であったわ」

 そう言いながら老人は手を上げ、見えない力で手の中になにかを引き寄せた。……それは黒曜石の仮面。


「ふむ、これは──レギよ。お主が持っているといい。おもしろい因縁を知れるじゃろうからな」

 そう言って仮面を投げて寄越よこす。

「魔導師ブレラはどうやら上手いこと逃げ去ったらしいのぉ、ヴァルギルディムトとの契約により、異端の魔導師の残した物は──レギよ、お前の物になった。好きに使うといい」

 魔神はそう告げると双子の方を見る。


「お前さん等には不運じゃったろうが、こらえてもらおう。死とは──死の魔導とは、そういった不条理に満ちたものであるゆえな。いまさら儂に言われんでも分かっておるじゃろうがな」

 双子は老人姿の魔神に対して嫌悪に近い表情を向けている。彼女らにとっても魔神とは危険な存在で、敵対する対象なのだろうか……


「さて、ここの空間もそろそろ崩壊するじゃろう。この空間を支えていた死霊の王も魔神も、両方失ってはな。……ヴァルギルディムトの根城の方は──ふむ、まだ残っておるか。あやつの魔力のみで維持できる規模でもあるまい、なにか仕掛けがあるのじゃろう……まあそれは儂が()()()()()()()()()()

 するとベルニエゥロは空間にぽっかりと空いた穴を生み出す。


「この穴から出れば外──現世に出る。どうやらブレラの館から転移して、大陸中央付近にこの空間があるらしいのぉ。……おお、そうじゃった。レギよ、お主は五大魔神に会う為に次は……アウスバージスの下に向かうのじゃろ? ならば好都合じゃ。奴めは大陸の南にある島に居る。──その島から幽世かくりよに入れば奴の『火の居城』に行けるであろう。──ほれ、これを持って行け」

 老人姿のベルニエゥロは懐から小さな短刀を取り出した。飾り気のない、古びた鞘に収まった短刀だ。


「これを抜いて空間を斬れば、幽世への道を開く事ができるのじゃ……まあ、あまり無茶な使い方はせん事じゃ。なにしろ古いでな、壊れてしもうても儂ぁ知らんぞ」

 ケタケタケタと笑う魔神。


「それからお主に与える褒美じゃが……今度『虚ろの塔』に来た時に与えよう。お主に扱える魔法なり、古い魔術なり──なにかしら考えておくとしよう。……それではまたな、アウスバージスは危険な奴ではないが、あ奴の配下には気を付ける事じゃ。主人を守ろうと襲いかかって来るであろうからな」

 そう言いながら法衣をまとった老人は消え去った。

 空間には開きっぱなしの穴が維持されている。


「あなた、魔神ベルニエゥロなんかとも繋がりがあったのね」

「五大魔神に会うなんて……止めておく方がいいでしょう」

 二人の少女姿の不死者は言う。

「そうだろうな。しかし──ここまで来て、いまさら降りる訳にもいかない」

 俺はこの穴から外に出て南へ向かう、そう告げると二人はまったく同じ動きで「呆れた」と口にした。


「「分かったわレギスヴァーティ」」

 二人は同時に言葉を発する。


「死霊の王を倒したあなたは、また一段と死の魔術の深遠に近づいたでしょう」

()()()()()()()()も、さらなる力を手に入れたようだし」

「「今のあなたなら、あのドアの向こう側にも来られるはず」」

 彼女たちはそう言い残して、崩壊を始めた空間から消え去った。

 頭の中に彼女らの声が響く。


()()()()の向こうから、私たちの領域に来られるから」

「暇になったら会いに来てね」

 そんな言葉が頭の中に残った。

 俺は崩れていく異界から空間に空いた穴へと退避する。


 *****


 空間を突き抜けた穴の外へ出ると、気温が急に低くなった。──夜だ。


 魔神ベルニエゥロの話では、大陸の中央付近だという事だが──そうするとピアネス国の下にあるシン国だろうか?

 風が吹くと肌寒さで身を震わせる。


 黒曜石の仮面を影の中へとしまい込み、古き不死者の魔導師を魔剣で斬り裂いた時の感覚を思い出す。

 あの身体の奥にあった硬い物を砕き、魔剣が吸い込まれそうな感覚になった──その瞬間に、自分の中に流れ込んで来る異様な感覚もかすかにだが覚えている。

 冷たい力。

 あれは死の魔術に関するものだったのだろうか……


 周囲に敵が居ないか確認し、近くにあった大きな丸みのある石に腰かけると、俺は魔術の門を開いて己の中に流れ込んだものの正体を探る作業に入る。

 それがどこにあるかはすぐに分かった。

 冥界神の双子が用意したドアの向こう側だ。


 ドアに手を触れると、部屋の中にあるものを確認する。──大凡おおよそだが、そのドアをへだてた先の領域が個人的な無意識の領域から、異なる無意識領域への扉や、外部からの精神的防壁の役割を果たす力で守られているのを理解した。


 どうやら彼女らは、俺を守る為にこのドアの先の部屋を用意してくれたらしい。

 あの死霊の王から受け継いだ力も、そのドアの向こうにしまわれたのを確認すると、俺は魔術の門を閉じて──深夜の草原を歩いて行き、近くにある町を求めて彷徨さまよい歩く覚悟をして、月明かりが照らす暗闇の中を、たった一人で歩き始めたのである。

魔神ベルニエゥロが老人姿で現れた、その描写──頭を覆う法衣の頭巾から覗くのは──の後の文章を読みやすくする為に一部変更しました。

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