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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第四章 魔神の依頼と異端の魔導師

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隠された扉の発見

異端の魔導師ブレラの秘密が明らかになる──はず。

 まずは一階の探索からだ。建物自体は別に複雑な形状をしている訳でもなく、建物の中心を通路が通り、その両側に部屋が並んでいるのだ。迷いようもないし、広さもどうという事はない。独りで住むには広すぎるかもしれないが──ここには多くの召し使い……魔神ヴァルギルディムトの言によると「人ならざる召し使い」がこの館の中には居るらしい。

 先ほど俺を迎えてくれた魔導人形だけ、という事はないだろう。


 とりあえず近くの部屋から適当に見て周り、罠などを警戒しながらドアというドアを開けていく事にした。


 一階には客間や談話室といった部屋と、なかなかの広さを持った浴場や便所、いくつかの物置に食堂と、地下へ向かう階段の先に食料庫などがあった。


 食堂に一体、客間の近くにある使用人の部屋に一体の人形型の侍女が居たが、彼女らに館やブレラについて聞いても大した話しは聞けなかった。

 彼女らにはそれぞれの与えられた役割をこなすだけの知識や思考が与えられてはいるが、それ以上の事は興味もない様子で、彼女らの緩やかなスカートをめくって足や、足の付け根を覗き見ても大した反応は返さなかった。


 ただ彼女らは人形にしてはかなり精巧に作られており、関節部分などは可動式人形の接続部そのものだが、実によく人間に似せて作られている。

 下着なども身に着けており、衣服が汚れれば着替えて──洗濯もするようだ。


 一階の探索を切り上げて二階へ行くと、そこにもいくつかの客間──あるいはただ単に空き部屋に適当な調度品を置いただけの部屋があった。

 二階には大きめの書斎があり──魔法に関する書物もいくつか置かれていたが、多くは文学書や伝記小説、伝承などを扱った本が目に付いた。どうやらここはブレラの有していた本の一部が保管されているらしい。


 大した収穫がないと分かり書斎の探索に時間を割くのを止め、隣の部屋に入ると──そこは魔導師ブレラの魔法の研究室であった。

 ……だが、どうもおかしい。

 俺はその部屋が模造的ダミーに作られた部屋だと考えた。


 ここにある道具や資料は表面的には魔導の研究や実験に使われる物だが、異端の魔導師ブレラの研究室にしては()()()()()のだ。

 部屋の中にはいくつかの単純な罠が仕掛けられており、死霊術や魔神の力を扱う魔法についての研究資料には興味を引かれたが──そこで得られた物はそれだけだ。




 意外な事に屋敷内には罠がほとんど仕掛けられていなかった。魔神ヴァルギルディムトが調査した時に外した物もあるだろうが、おそらく最初から館の内部に罠は仕掛けなかったのだろう。


 二階の客間の一つから、隠し部屋へと通じる入り口が、強固な隠匿いんとく魔法で隠されているのを発見した。


 その隠し扉の向こう側には、地下へと通ずる狭い螺旋らせん階段があり──隠し通路の入り口の壁にかけてあった角灯ランタンに火を入れると、それを手にして狭い階段を下りて行く。


 その先には三つの部屋が用意されていた。そこにあった扉のすべてに魔法の鍵と罠が仕掛けられていたが、本気で罠を張った感じはなく拍子抜けがするほどだった。

 どうやら異端の魔導師は、この隠し階段と館の周囲を囲む隠匿結界に注力していただけで、その他の部分にはそれほど頓着とんちゃくしなかった様子である。


 確かに館周辺を取り囲む結界は強力な人払いと、上位存在への秘匿性に優れた結界であったが──どうも魔導師ブレラは、この屋敷に人が来る事を予想し、罠の類を外していた節がある。

 だとすると、ここに自分が来る事態は彼にとって想定済みであるはずだ。ここまで油断させておいて隠された罠で不意を突いて来るかもしれないと考え、慎重になって探索に当たった。


 地下の隠し部屋には──異端の魔導師ブレラが貯蔵していた魔術や、錬金術に使用する素材が大量にしまわれた倉庫の他に、魔法や錬金術の研究室。そして彼の()()()()()()()があった。


 地下にある書斎は二階にあった書斎よりも遥かに小さく、こぢんまりとした部屋であったが、ここには多くの興味深い研究成果が記された紙の束や、表舞台では禁書とされた書物に加え、様々な術について描かれた秘匿図式──象徴図画の類も放置されていた。

 さらに机の上には、彼の()()が置かれていたのだ。


 ここにある数々の魔導に関する書物は──推測の域を出ないが、彼の辿った研究と思索の旅で出会った同胞や、師から受け継いだ物であろう。部屋の左右に分けられた書棚の中身を見ると、異端の魔導師と呼ばれた彼が一般的な魔法技術から、古き時代の魔法と古き神々に興味を抱いて魔法にたずさわったのが理解できる。


 しかししだいに彼の興味は神々から、別の事柄へ移り変わっていったと見受けられる。

 その答えが新しい錬金術の書物や研究成果に如実に現れていた。手記の中にも書かれていたが、彼の研究の目的の一つは、()()()()()()()にあったのは間違いなさそうだ。


 だというのなら、なぜ彼は忽然と姿を消してしまったのか? まして契約関係にある魔神に悟られる事なく唐突に消えるなど不可能だろう。

 不死が目的なら魔神の力を借りて研究をするのではなく──直接、魔神の力で不死を得た方が早い。

 ……だが、それについてはなんとなく俺にも分かる気がする。

 ただ与えられるのではなく、自らの力で選び取りたいのだ。

 異端の魔導師が我の強い人間であったのは間違いない。




 まだ初日だが、異端の魔導師の隠された研究室を発見できたのは大きな収穫だ。魔神ヴァルギルディムトの言い方から察するに、それほど結果を期待している訳でもあるまい。なにかブレラの行方を示唆しさするような手がかりが発見できれば──それで充分だと考えているはずだ。

 幸い時間的制約はないのだ。目の前にある異端の魔導師の研究成果などをじっくりと調べてから結論を出そうではないか。俺はそれからしばらく魔導師の残した研究と思索を引き継ぐ気持ちで、彼の書き残した物を読み漁る事にした。


 特に手記には興味を引かれた。──そこには魔法や魔術の事柄はほとんど書かれていなかったが、彼が出会った魔法使いや魔女、魔物や魔神などについて書かれていたのだ。

 そして彼自身の()()()()()に関しても……




 角灯ランタンの明かりが明滅して俺は我に返った。かなり長い間、椅子に腰かけたまま書き記された物を手にし読みふけっていたのだ。

 俺は角灯の代わりに携帯灯を用意し、角灯の火を消した。


 この地下書斎のみならず他の二部屋の探索もある。まだまだやるべき事があると思い直すと──不意に空腹を覚えた。

 手記を流し読みしたあとに目を通していた、『腐敗しない死体』という研究成果を読んだあとだというのに(あまり気持ちの良い内容の実験ではなかった)。


 俺は地下書斎を出る前に、その部屋に設置された携帯灯の魔力結晶を確認しておいた。次からはこれを使おうと決め、薄暗い地下通路から螺旋階段へ向かい、携帯灯の明かりで照らしながら階段の石壁を注意深く調べていると──一階の高さに来た頃だろう、階段途中の壁に小さな紋章のような物が隠されているのを発見した。

 ──どうやら角灯の明かりでは浮かび上がらず、携帯灯などの魔力を使った光源に反応して浮かび上がる物のようだ。


 それは魔法の隠し扉を開放する為の物だ。やはり地下にある三つの部屋以外にも別の場所を用意していたのだ。おそらくこの先に異端の魔導師が姿を消し去った理由が分かるなにかがあるはずだ。


 魔法の扉を調べようとして俺は少し考えた、別に焦る必要はない。今は屋敷の部屋に戻り──食事を取ってから一眠りしよう、そんな風に考えて螺旋階段を再び上り始めた。

 狭苦しい隠し通路から二階の部屋に戻ると、隠し扉が再び隠匿魔法によって姿を消すのを確認しながら、この屋敷自体に大きな魔法が掛けられている事に改めて気づいた。


 館に掛けられた魔法に魔力を供給するのは気脈であろう。常に魔法を維持した状態を保っておく場合、それが一番効率が良い。


 客間から出ると初めて見る侍女服を着た女に出会った。彼女は青白く陰鬱いんうつな表情を浮かべてこちらを見つめ、黙ってお辞儀をすると通路を歩いて去ってしまった。常人ならば一目見ただけでは気づかなかっただろうが、いま見た侍女は死体……それは異端の魔導師が造り出した、生ける死体に他ならなかった。


 隠し部屋から持って来ていた一冊の書物を机の上に置くと、部屋を出て食堂へ向かう。建物内の通路には携帯灯が取り付けられており、夜になっても明かりには困らずに済んだ。


 食堂には二人の人影があった。一人は料理をしている短い青髪の魔法生命体ホムンクルスの女料理人。もう一体は料理を運ぶ金髪の魔法生命体である。


 金色の長い髪を持つ魔法生命体は魔導人形よりも会話能力に優れ、こちらの様子を窺って見せたり、細かな事も尋ねてきて俺を驚かせた。彼女もまた主の行方については思いつく事もなく、今まで通り主人の帰りを待つだけになっていたので──館の主を探してくれる人間がやって来たのを喜んでいるらしい。


 彼女は夕食として山羊肉を使った煮込み料理や野菜を多く使ったパイ皿焼き(キッシュ)や二種類の乾酪チーズなどを出してくれた。異端の魔導師が持っていた秘蔵の赤葡萄酒(ワイン)も出し、歓迎しているのだと訴えてくる。


 金色の長い髪に銀色の髪飾りを付けた彼女は黄緑色に輝く瞳で、席に座っている俺の目を覗き込むような仕草で見つめている。美女と言って良い顔立ちだが、その表情はどこか虚で──人間味のない超然的な物を含んでいる印象があった。


 食事を終えて秘蔵の品だという赤葡萄酒を飲み、薄く切ったパンに乾酪を乗せて焼いた物をつまんでいると、皿などを洗って片付け終えた魔法生命体の料理人がやって来て、話しをしてもいいかと言うので椅子に座らせる。

 彼女もまた主人である魔導師の行方については、心当たりすらないと断りを入れてきた。彼女は他の侍女たちも自分と同じく主人がどこへ消え去ったか分からないだろうと忠告した。それは何故かと尋ねると、この屋敷に居る侍女の中では魔法生命体であるこの二人が一番、主人の研究に接してきたからだと答える。


「実験や研究に使う素材を村まで買いに行ったり、錬金術で物を作り出すのにも私たちが協力していたのです。彼がどういった研究を進めていたかも朧気おぼろげながらも理解しているのです」

 魔法生命体は現在は彼女ら二体のみだという。

 彼女らが研究を手伝っていた実験などについて話しを聞くと──死体を保存する方法や、魂を物や魔法生命体などに一時的に保存する方法などを研究していたらしい。


「魔法生命体に魂を? つまり君らは元は人間だったというのか?」

 俺がそう言うと彼女らはそろって「違う」と返答した。


「私たちは精霊──植物や樹木に宿るはずの精霊だったと聞いています」

 ただ自分たちは元々がそういう存在だとは知識の上では知っているのだが、実際にそうだったという経験がないので分からないのだとも語る。


 精霊は集団としての意識が個体よりも優先される為、個人としての意識を持たないと言われているが。魔法生命体として誕生した彼女らは、自らを「個体」としてのみ──つまり「自我」のみを持って生まれたので、精霊としての知識や経験を持っていないのであろう。自身の認識を「魔法生命体(人造生命体)」という認識しか持てないのだという。


「それは人間も大して変わらんと思うが」

 俺の言葉に彼女らは「そうなのか」と驚いたようだった。主人である異端の魔導師は、彼女らの意識などについてはそれほど興味を持たなかったらしい。──というよりは、求めている実験の成果以外の結果は興味が薄いのだろう。

 俺は彼女らに、人間が父や母を持つという事以外は結局のところ、どんな集団に在籍しようとも、国家の一員であろうとも、ある人種の一人であろうとも、人間とは究極的には「たった一人の個人」でしかないのだと説明した。

「だからこそ人は他人の存在を求めるのだそうだ、それは俺から言わせれば弱さゆえなのだが」


「一緒に生きているとしても、死ぬ時はたった一人」と言った詩人の言葉を思い出す。死を前にした異端の魔導師はどう考えたのだろうか、彼は死を回避する方法を探っていた、つまりはそういう事だろう──

 たった一人で人間たちから異端とさげすまれてもなお自らの研究に没頭し、人の世を捨て森の奥でたった一人。目指したのは上位存在との取り引きの先にある叡智えいちか、はたまた見果てぬ夢の成就か。彼はそれを達成し得た為に、この世からも消え去ったのだろうか? 契約者の魔神の監視からもするりと雲隠れして、いったいどこへ消え去ったというのか。

 それはそれで革新的な厭世観えんせいかんではある。


 異端の魔導師は魔法生命体などの侍女たちを、研究の為の協力者とも見ていなかったらしい。生活に必要な条件を満たす為の、家政婦とでも言うべき位置づけにあったようだ。

 俺は異端の魔導師の人物像をさらに尋ねようと試みたが、魔法生命体がもう眠る時間になりますよと告げた。少なくとも彼──異端の魔導師は、この時間には睡眠に入る事が多かったらしい。


 確かに急いで聞き出す必要もないかと思い、立ち上がると──ふと思った事を尋ねてみた。

「彼は君たちを寝台ベッドに呼んだ事はあるか?」

 俺の言葉に金色の髪をした彼女は、ぱちぱちと目をまばたかせると「いいえ」と答え──期待に満ちた声色で、私を添い寝に誘ってくれるのかと言う。俺は少し考える仕草を見せてから「今日はやめておこう」と言って、彼女に期待を抱かせたまま──その日は一人で眠る事にし、その前に少し魔術的な作業をこなそうと考えた。

魔法生命体をホムンクルスとしたのは──創造主が錬金術をメインに造り上げたからですが……正確には「人造人間」のような意味らしいです。


キッシュを「パイ皿焼き」としました。正式な日本語訳は無いようです。お話の中で出る料理などもキッシュ「風」の物を想定しています。

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