影の魔術の獲得
「ちょっ、ちょっと休憩させて……」
俺の下に組み敷かれた魔女プリシアが肩で息をしながらはぁはぁと、上気して赤みがかった肌を手で撫でる。
上下に動く胸元から──一筋の汗が流れ落ちた。
「あんた……強すぎでしょ……」
そう言いながら彼女は──ずるずると上半身を腕の力だけで引きずっていき、だらしなく寝台の上に仰向けになる。
彼女との行為のお陰で、いくつかの魔法を複製できた礼に、俺からも攻撃魔法を複製してやった。その時に彼女の中で、快楽と新たな魔法の呪文が流れ込み、プリシアは大きな喘ぎ声を発しながら絶頂を迎えて痙攣していた。
そう、魔女の房中術で一つ分かった事があった。──それは、死の結晶を取り込んだ為か、魔女の房中術を使いこなせるようになっていたのだ。
生命を創り出す行為である性交渉が、死の力と影響し合うとは意外な発見だった。……いや、生と死は表裏一体のものである為だろう。
どちらかが欠ければ、両方がその意味を失うのである。
死の強い影響を受けた俺の精神は魔女の房中術という、男にとって馴染みのないものを吸収し、自在に扱う下地を得たようだ。
彼女から手に入れた魔法は、地面を液状化させ、泥濘に足を沈ませる──行動力を奪うもの。
その他には、暗い色の霧を発生し、視界を奪うと同時に毒を与える魔法。──そういったものを手に入れた。
「まったく……凶暴なデカチ○コ男め……」
プリシアが、なんともふしだらな言葉遣いで感想をもらす。
確かに、今日の俺のムスコは元気だった。
死の体験のあとの生殖力の活性化を封じて、その活力を魔法の研究に回していたせいなのか、今までにないほど大きく怒張し、漲っていたのだ。
心なしか精力も増し、精神的な回復力も増大した気がする。
「なんだなんだ、だらしない。あんなに大見得を切っておきながら、もう疲労困憊か」
そう言いながら彼女のすらりとした足首を掴んで持ち上げる。
「ちょ……ちょっと、待ってよ──本当に、壊れちゃうから……」
彼女は怯えきった乙女のような表情で青ざめる。
冗談のつもりだったが──そんな顔をされると、俺の中の嗜虐心がふつふつと沸き起こってきてしまう。
彼女の足の間に体を入れた時、誰かが寝室のドアを開けて、部屋の中に顔を覗かせてきた。
「なに……してるの?」
そこに居たのは小さな少女。
俺とプリシアは寝台の上で固まってしまった。
「あ、あらあら、レクレじゃない……久し振り」
彼女はそう言いながら、敷布を体に巻き付ける。
知り合いか、そう尋ねるとプリシアは「魔女見習いの子よ」と言う。
プリシアは「お風呂の用意をしてくる」などと口にして、レクレの手を引きながらデカチ○コの魔手から逃亡する。
俺は仰向けになると、すぐに性欲をしまって、無意識下での魔法の解析作業に多くの活力を回す事にした。
しばらく浅い眠りの中で、手に入れたばかりの魔法を確認したりしながら、プリシアとの行為で回復した魔力をどう使うかについても一度、整理して考え直す。
なにやら視線を感じ、目を開けて横を見てみると、そこには小さな魔女見習い、レクレの姿があった。
「なんだ? 今度は君が相手をしてくれるのか?」
そう言うと少女は黙ったまま、首を横に振った。
「ですよね」
俺は真顔になってしまう。
なんというか……感情の希薄な女の子だ。人形みたいに表情はまったく動かない。
その少女が、俺の股間を見ながら──今は小さくなったそれを指差し、こう言った。
「お兄さんのそれ……それがチ○チ○?」
「うむ」
「イモムシみたい」
「う……うむ」
「それでなにしてたの?」
「う? うむ……それはだな……」
やりにくい少女だ。
表情が変わらない為、なにを考えているのか分からない。
「大人になればわかるさ」
俺はそう言いつつ、プリシアはどうしたかと尋ねる。
「プリシアはお風呂場に居るよ、あなたを呼んで来いって言われた」
あっち、と通路の奥を指す仕草をするレクレ。
俺は少女に礼を言いつつ、着替えを持って風呂場がある方に向かう。
通路の先にあった木製の扉、そこには板金が取り付けられ「風呂場」の文字が彫られていた。
扉を開くと、そこは狭い脱衣所。
その先に曇り硝子を填め込んだドアがあり、その先から水の跳ねる音がする。
俺は裸のまま、そのドアを開け風呂場へ入る。そこには体を洗っているプリシアが居た。
「先に入ってるよ。あなたも体を洗った方がいい」
彼女はそう言って、手桶を使ってお湯を浴びると、湯船に浸かる。石造りの湯船だ、白いつるつるした四角い石の塊を組み上げて造った、人が一人二人はいれそうな──しっかりとした湯船だ。
俺は石鹸を泡立て、柔らかくした瓜科の種子で体を洗い、──少女の言う「イモムシ」を手で洗う。
「それで、あのレクレって子は?」
体に付いた泡をお湯で流しながら尋ねる。
「彼女はある魔女の娘でね、たまにこの街にやって来て、ここにも顔を出すのよ。あの子は……まだ見習いだから、今は母親と共に近くの村から、この街にやって来てるの」
なるほどと納得しつつ、俺は湯船に足を入れようとする──すると、プリシアが慌てながら足を引く。
「ちょっ、一緒に入るつもり? お湯がなくなっちゃう」
「それにしても、風呂場があるなんて。──なかなか優雅な生活をしているな」
狭い狭いと言いつつ、彼女はどこか嬉しそうだ。
「この工房には昔、魔女王ディナカペラも過ごしていたらしいし、設備はかなり整えられているからね。水や地の力に関する魔法では、彼女を超える魔法使いなんて、そうそう居ないんじゃない?」
魔女や、その魔女を守護する魔神ツェルエルヴァールムについて聞いてみたが、彼女は今までツェルエルヴァールムには会った事がないらしい。
「魔女の守護の力はディナカペラを通して触れた事はあるけれど──最近まで、魔神ツェルエルヴァールムはその御霊を封印されていたらしいから……でも誰かが、魔神の御霊を取り戻したお陰で、私たちを守る力は、今まで以上に強くなったと実感しているわ」
なんでも魔神の復活が成ったと、報せが来たらしい。
「ほう」
「どういう訳か、魔神の復活をおこなえるのは魔女には不可能だと言われていたの。……それならいったい誰が、魔神の復活に協力したのかな」
目の前に居るだろう。そう言おうと思ったが、止めておいた。彼女もそのうち俺が三宝飾の指輪を持っている事に思いを馳せ、その理由に思い当たる日が来るだろう。
俺は曖昧に頷きながら自分の無意識領域で、一つの魔術の解析が終了した事を知った。
それは「影の魔術」に関する技術だ。
まだまだ初期の段階だが、これで影の中に別空間を構築し、物を収納する事が可能になる。
冒険において邪魔になる、重い荷物などをそこに入れて持ち運びができるのだ。なんと快適な旅路になるだろう!
まだ影に入って移動したり、影を使って攻撃を仕掛けたりするのはできそうにないが──大きな進歩だ。
「どうしたの、にやついて……って──もう、またしたくなったの?」しょうがないなぁ、みたいな感じで、まんざらでもなさそうな表情をする。
「なにをだ。……ちょっとやるべき事ができただけだ、今日はもう帰るぞ。二日後の満月には『虚ろの塔』に行かなければならないからな、それまでにしっかりとした準備をしておきたいからな。ところで……」
湯船か立ち上がると、俺は彼女に尋ねた。
「さっきのレクレの母親は美人か?」
俺は魔女の工房を出て、薬瓶を手に宿屋へ戻って来た。
レクレの母親を抱いて、新しい魔法を手に入れようかと企んだ俺だったが、プリシアに脛を蹴られる結果に終わってしまったのである。
部屋に戻った俺は寝台の端に腰かけると、さっそく影の魔術を使ってみる。
持って来た薬瓶や、背嚢の中に入っている金貨や銀貨を入れた皮袋を取り出し、それらを影の中へ収納していく。
影の魔術を使うと影が自在に伸び、そこに金貨の入った重い袋を入れる。ついでに古代の金貨を入れた小さな皮袋も続けて入れた。
次に銀貨の入った大きな皮袋を、その次に薬瓶をしまった木箱を入れていく。……まだまだ収納する事はできそうだ。
影の中に入っている物は、それぞれが水の中に沈んでいるみたいに、それを確認できる。なんというか……硝子玉の中に沈む物をくるくると回して、自在にその中の物を外側から引っ張り出せる。そんな感覚だ。
──普通の水の中なら重い物は下に沈むが、影の中の空間は固定され、中に入れられた物の配置を自在に変えられるのだ。
「背嚢の中には──銀貨の入った小さな皮袋と、古代の金の指輪、食料に着替え、こんな物を入れておくか」
着替えや、念の為の靴なども、これからは影の中に仕込んでおくことができるのだ。ゆとりを持って旅や冒険をおこなえる。
「素晴らしい魔術だ」
この魔術にはさらなる研究の価値がある。
俺は徐々にでもこの魔術を有効に使えるようになる為に、無意識領域の一部を使用して、効果領域を広げられるよう手を加える設定をした。
解析と訓練を同時進行して、影の中に作れる空間を拡張しようというのである。
*****
俺は残りの時間を攻撃魔法の強化や訓練に当て、妖人や危険な魔物が巣くうと考えられる「虚ろの塔」に出向く用意を着々と進めていったのだった。
中途半端なとこだけど、ここでこの章が終了です。
次話は用語や設定について紹介しますね。




