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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第三章 幻夢界の幽鬼

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魔神の異名と魔女の工房

「ところでこの辺りで、強壮薬を売っている店はないか? ベグヴィア種の根を使った物がいいんだが」

 ベグヴィアとは山の高い所に生える草花で、実を付ける物(雌花)と、付けない物(雄花)で薬にした時の効果が違うと言われている。


「へぇ? 強壮薬なんて使ってるんだ? 別に体力が極端にない訳でもないでしょうに」

「精神力の回復にも効果がある強壮薬だからな、ベグヴィア由来の物は」

「ああ、確かにね。実を付ける前の花の根を使うのがいいとか、実を付けた後の方がいいとか、いろいろ言われている奴ね」

 俺はどちらの物でも構わないのだが、と言うと──彼女は店のある場所を教えてくれた。


「結構高いよ? この辺りじゃベグヴィア花の根、自体が手に入らないから」

 そう話しているところへ、いくつかの料理が運ばれて来る。

「食事にしよう」

 美味しそうな匂いを放つ皿の数々、この店は当たりのようだ。

 食べてみるとちゃんと塩も利いていて、乾酪チーズは味の濃いブリアー産の物だった。それを小さなパンに乗せて軽く焼いた物をたべると、葡萄酒ワインが欲しくなる。


「精神力を回復する薬なら、あたしが作った物があるけれど、買う?」

 最近、この街でもレファルタ教の奴らが来るようになって、薬を売るのも危険になってきた感じなのよ。と彼女は言った。


「薬を作っているのか」

「もちろんよ。魔女の多くは薬や魔除けなどの、人の役に立つ物を作って生計を立てて来たんだから。魔女が悪者だなんて言ってるのは、レファルタ教の信者くらいのものよ」

 そう言えば名前も言ってなかったね。彼女はそう言うと、自己紹介をしてくれた。


「あたしはプリシア。あなたは?」

「俺はレギ……なんだ、俺の名前も知らずに声をかけて来たのか」

「名前までは聞いていないわ。指輪を持っている男だと聞いただけ。ま、三宝飾の指輪をしている男なんて、滅多にいないからね」

 プリシアはそう言いながら鳥肉を揚げた物を口にする。

「う──ん、麦酒エールが欲しくなるね」

 注文してもいい? と言うので、葡萄酒も注文させる事にした。


「えへへへぇ、気前いいじゃん。さすがラウ……『暗黒星の王』に気に入られたというだけはあるねぇ」などと言う。


「『暗黒星の王』とは何だ? ラウヴァレアシュの事なのか?」

 小声で彼女に尋ねると、幼さの残る表情でうなずき、知らないの? と呆れた顔をする。


「あたしたちはその呼び名で呼ぶ事が多いかな。他にも『粛正しゅくせいの光の王』とか『断罪者の黒き翼の君主』なんて呼ぶ魔女も居るみたい」

 暗く光る身体を持っているから、そんな風に呼ばれているらしいと説明するプリシア。


 ……しかし、粛正の光──これは旧時代に、神がつかわしたとされる「神の威光」を表す言葉ではないか。

 古代の最も古い時代、旧時代などと呼ばれる──神話や伝承でもって語られる頃の話だ。この神話伝承を伝える遺跡が発見されている。

 そこには神と接触し、神の言葉を記したとされる碑文ひぶんが見つかったのだ。


 そこには「粛正の光の王」と人々に呼ばれる事になった、神の使いについても書かれていたのだ。

 この神の使いは、一瞬で数千人からなる蛮族の軍勢を焼き尽くし、碑文を残す民を救ったらしい。──もちろん、それは「勝者」の語る「正義」と同じくらい胡散臭うさんくさいものであるかもしれないが。


 粛正の光で蛮族を焼き払った神の使いは、王冠に似た物を頭に乗せた、美しい若者の姿で現れたとされている。


 それが──ラウヴァレアシュだったのだろうか? まさか本当に「闇に沈みし五柱の魔神」──彼らの本当の姿は……神の側の存在だったのだろうか。

 それが真実ならば……我々人間にとって、()()()()()()()()()()()




「どうしたの?」

 考え込んだ俺にプリシアが声をかける。テーブルには麦酒と葡萄酒の入った容器が置かれていた。

「いただきまぁ~~す」

 ぐびぐびと喉を鳴らして麦酒をあおる。


 魔神についての考察は一旦、止めておこう、それはいつか彼らから直接、聞く機会もあるかもしれない事だ。


「で、その薬はどんな物だ?」

「ん? ああ『魔女の薬』の中でも調合に難しい薬だよ。バレッタ草の根や、オビの花、毒蛇の血液……そういった物を混ぜて作る液体の薬だね」

 なんだか気味が悪い、俺は正直にそう言った。

「効果は高いよ。短時間だけど集中力を増す効果もあるから、魔法を使う前にもおすすめ~~」

 彼女はそう言って、買うんだったら工房にあるから案内するよ、と言う。


「工房があるのか」

「あたしのじゃないよ、魔女の工房だからね。たまにこの街に来た魔女が、ふらっと泊まりに来たりするくらいで、今はあたししか住んでないけれど」

 村外れや、森の中に住むと言われている魔女だが、おおっぴらに街の中に隠れ住む者も居るのか。

 大陸の北側に位置するフィエジア、ジギンネイス、ウーラ。この三国はレファルタ教の影響を受けていない国だ。


 しかしフィエジアの南側に位置するこのブレアノスの街は、段々とレファルタ教の影響を受け始めている様子だ。

 さらに大陸の北西にある大きな島、キオロス島なども、レファルタ教の影響はないはずだ。──キオロス島はジギンネイスの属領という扱いであるが、古くから島に住む者たちにとっては、彼らはあとからやって来た危険な連中だと思われているらしい。

 たびたび外部の人間と対立し、争いに発展するといった噂を聞いた事がある。


 島に住んでいる先住民は蛮族であると言われているが、過酷な凍土や氷点下の世界で生活している彼らは、単純に「蛮族」と呼べる連中ではないとも聞いた。

 一年のほとんどが雪の下に沈む土地で生活してきた人々だ。大陸に住んでいる人とは生活の知恵も違えば、生活の基盤もまるで違う。宗教的価値観も違うはずだ。


 そうした人々を「蛮族」と決めつけるのは単純な思考だろう。雪と氷の世界で生きてきた人々が、暖かな環境を中心とした生活を送る人々と考え方が違うのは、当然の事である。


 フィエジア国がレファルタ教の侵入に対して、これからどういった対策をしていくか、──あるいはなにも講じないのか。それが今後のフィエジアの未来に大きな変化をもたらすかもしれない。

 そしてそれは、その周辺の国にとっても同様の影響があるだろう。

 拡大を始めた宗教や思想は流行り病と同じで、人々の間に急速に広まっていくのが常である。


 個人的には、レファルタ教のような支配体制に影響を及ぼす宗教の広まりは、危険なものだと思われた。

 民衆の意思を都合の良いように変化させ、支配コントロールしてしまう宗教は、いつの時代でも厄介なものである。

 この宗教の広まりが、やがて他の宗教観を持つ人々や国を相手に争いを始めるのも、時間の問題ではないだろうか。




 食事を終えた俺とプリシアは店を出ると、魔女の工房に向かう。そこは街のすみにある──比較的新しい二階建ての建物だった。

 新しく見えたのは、二階の窓に硝子ガラス戸を採用しているせいだ。この街で硝子戸をつけているのは、商店や、そこそこ裕福な者が住む住宅だけである。


 一階の窓には木製の戸がめられていた。

 二階の一部、日の当たる場所は植木などを置く露台バルコニーが設けられ、香草や薬草を育てているようだ。


「どうぞ」とプリシアは玄関の扉の鍵を開け、俺を家の中へ招く。

 そこは普通の玄関で、魔女らしい物は置かれていない。……当然か、扉を開けた瞬間に正体がばれる物を飾って置くはずはない。


 魔女やまじない師が合法的な場所でならともかく、彼女らの立場は不安定な場合が多いだろう。

 疫病や流行り病の原因を魔女や呪い師のせいにして彼らを排除する行動を起こす、そうした事はレファルタ教信者なら充分にやりそうな事だ。


「工房では薬を作ったりしてるけど、売る時は露天商に混じって売ってるわ。薬師としてね」


 一階には井戸や風呂場に調理場などもある、割と大きな建物だった。一階にも二階にも部屋があり、数人の魔女が泊まる事ができるようになっていた。

「ちょっと待ってて、薬の在庫を取って来る──」

 彼女はそう言うと、物置の中へ入って行く。

 俺は玄関先の居間にある椅子に座って待つ事にした。

 床板の上に、硝子瓶に入った草花が置かれている。それの匂いだろうか、少し爽やかな香りが室内に満ちている。


「お待たせ」

 そう言って彼女は露天商で使う荷物を手にして現れる。

「体力回復薬なら結構あるけど、精神力に効果のある強壮薬は──残り三本しかなかった。体力回復薬は食事をおごってくれたお礼に二本あげる」

 それは小さな硝子瓶に、緑色の液体が入った物で、どこにでもお目にかかれる物と同じ見た目の物だった。

 強壮薬は薄い白色の液体で、回復薬よりも小さな小瓶に入れられている。


「……わかった、三本買おう。効果が弱かったら、ディナカペラに苦情を入れるからな」

 そう言うとプリシアは「えええぇっ」と声を上げる。

 自信がないのか? と言ってやると、彼女は首を横に振って「そんなことはない」と力強く宣言し、一本、銀貨四枚だと手を差し出す。


「というか、本当に生活苦しいのか?」

 すると彼女は自分の財布袋をつかむと、ひっくり返して中から三枚の銅貨を取り出して見せた。

「……わかった、金貨二枚と銀貨十枚を置いて行く。あとは自分でなんとかしろよ?」

「おぉ~~気前がいい!」


 それはディナカペラや他の魔女から受けた恩義の分だと言いふくめておく。森に住む魔女なら自給自足できるだろうが、街に住む魔女はある程度の金銭がないと、生活が成り立たないだろう。


「へへぇ~~ありがとうっ、でも、あたしからもお礼があるからさ……」

 彼女はそう言いながら、衣服を脱ぎ始める。

「久し振りに、房中術で魔力を循環させておこうかな~~、それに、あなたも新しい魔法を得られるいい機会(チャンス)かもよ?」

 などと言い出した。


 ふむ、ここは彼女のお誘いを受けるべきか。

 無意識下で行っていた魔法の解析作業を止め、彼女の持つ魔法がどんなものか、探ってみるのも一興だ──


「まぁ、簡単には魔法の複製コピーはさせないよ、これは勝負なんだから。あたしがあなたから魔法を複製できるか、あなたがあたしから複製できるか、勝負だよっ」

 彼女はみだらな笑みを浮かべると、俺に襲いかかる獣みたいに組み付いてくる。

 どうやら若く、性欲旺盛(おうせい)な魔女の工房に足を踏み入れてしまったみたいだ。

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