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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第三章 幻夢界の幽鬼

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レギの死

割りとスムーズに執筆できたので、本日二回目の投稿。

「レギ!」

 遠くからエンファマーユの叫び声が聞こえた。

 ガチャガチャと騒々しい音を立てる蛇腹じゃばら状の骨の触手が、俺の身体を貫いて宙に持ち上げる。

 切断された腕の代わりに生え出た五本の触手が、俺の身体を軽々と持ち上げて、周辺に真っ赤な鮮血をき散らす。


『ふぁっははははは! 取ったぞ! レギスヴァーティよ! これでお前は……?』

 奴がいぶかしげな声を上げたのは、俺が奴の片腕をつかんだからだ。

『何故だ? ()()()()()()?』


 俺には返答する力は残っていなかった。

 内蔵をえぐられる痛みに堪えながら、必死に反撃への行動に移る。


 奴への返答代わりに俺は力を奮い起こして、腰に差した黒い刃の短剣を掴み、短剣に巻かれた白い布を引き裂きながら、奴の胸元を短剣で──魔法の攻撃から大剣で守っていた胸元に向かって──力一杯突き上げた。


『ごアぁァあァぁぁッ‼』

 黒い刃が奴の胸元に隠されたコアを貫いた。漆黒と真紅の宝石が絡み合ってできたような、こぶし大の核は──鈍い光を放ち、ビシビシビシッ、バリバリバリッと、死の使いが滅びる音を打ち鳴らしている。


『……ナぁ、ナぜ……だァ……』

 ぼろぼろと崩れ去る死の使いのからだは、灰となって地面に落下し、灰のかたまりはまるで焼けた鉄の上に落下した水滴みたいに──あっと言う間に蒸発して消え去った。

 その中から子供の拳大ほどの大きさの、黒と赤色の混合した結晶が現れたのだ。




 だが俺は……地面に倒れ込むと、うつぶせの格好で動けなくなってしまった。血が足りないのは明らかだったが、しばらくすると──身体中が痛く、重く、それでいてどこか遠い感覚みたいに感じるそれらの感覚が、ぼんやりと、まるで他人事ひとごとみたいに感じられ、自分が死のふちにあるのだと改めて思わされた。


 近くにエンファマーユがやって来た。俺は重い身体を持ち上げて──なんとか上半身を起こし、ごろんと転がって上を見上げる。


「あなた……まさか、()()()()()()()()()()?」

 俺は黙ってうなずく。


 死霊秘術とは──不死者を作り出す技術の総称。その実態は未だ解明されておらず、この呪術を自在に操れた者は、歴史上数えるほどしか居ないとされている。


「死霊秘術だなんておこがましいが……死を遠ざける──完全に死なないようにするには──これしかないと思って、あらかじめ術は仕込んでおいたんだ。俺の身体に、直接ね」

 そう言って上着をまくり上げて、身体に現れた呪文と呪印を見せる。


「まさか、そんな……自分が死の使いの手にかかる瞬間に自らを不死者に変えて、奴の呪縛から逃れるつもりだったの……」

 俺は再び頷いて、彼女の言葉を肯定こうていする。


「しかし、まいった……死から逃れたのはいいが……やはり苦しいな。身体は重いし……感覚が曖昧あいまいなのに、やたらと苦しいんだ」

 痛覚などの身体の感覚が自分を苦しめている訳じゃない。それらは──遠くの出来事みたいに感じられている。明らかに自分の身体であるはずなのに、自分の感覚ではないような──不可思議な感覚だ。言葉では説明できない。


「それで……元には戻れるの?」と彼女エンファマーユは恐る恐る尋ねる。

「いや、死の使いから逃れて、幽鬼の領域でそれを探そうかと考えていたんだ。──まあ、戻れるとは正直、期待していないんだが……」

 俺は告白した。

 ああ、ここまでかと──あきらめに近い感情が湧いている。


 死霊秘術の術式を自分自身に施していた時は、幽鬼の領域に捕われる結果になっても、必ず生き返るんだと考えていたはずだが。──幽鬼の領域で死霊の仲間入りを果たしてしまった俺の感情は、瑞々(みずみず)しい希望や期待というものから縁遠い存在になってしまったのだろうか?


「我ながら、無茶をしたものだ……」

 死霊秘術は禁忌きんきの呪法。その術の正確な方法論もなく、死霊秘術に関する書物は必ず難解な象徴しょうちょうと、隠喩いんゆの混じった文法で書かれており──それを読み解けるのは、書いた本人でなければ理解できないのではないかと疑われるほどであったが、死の領域にやって来て、死の使いと対峙たいじした俺には、それらの書物に書かれていた──難解な、異法(異なることわり)なる呪術を読み解く鍵を手に入れたのだ。


 それらを結び付ける一番の書物は──異端の魔導師「ブレラ」の書き記した本であった。

 死霊秘術の術式を書いたとされる数冊の禁書の情報を総合し、幽鬼の領域で得た知識や感覚を解析に掛け──俺は、死を退ける術を手に入れたのだ。


 今までにたくわえた知識と経験、そして魔眼。

 それらに加えて──後は「ひらめき」だろうか。


 象徴に隠された技法と、細かな理と真理。そして先達せんだつからの()()

 それらから得た霊感インスピレーション

 そういったものが混じり合って、始めて死霊秘術を成し得たのである。


「いくら死の使いから逃れる為とはいえ……どうするのよ。あなた、このままでは幽鬼の領域から外に出たら──おそらくただの死霊になってしまうわよ」

 それは分かっていた。


 たぶん自我をしばらくは持ち続けられるだろうが、身体は腐敗して行き、脳も内臓も駄目になって、完全に生物として生きられなくなる。


 ここ幽鬼の領域では、どうやら肉体が腐敗する事はないらしい。それは解析から知り得た情報だ。──だが、腐敗しなくとも、いずれ人には戻れなくなるだろう。

 いつかはこの異質な世界に馴染なじんでしまい、死の使いが言っていたように、永遠に幽界で彷徨さまよい続ける亡者となってしまうのではないだろうか。




「「手を貸しましょうか?」」

 そんな声がどこからか聞こえてきた。

 若い──少女たちの声だ。

「たち」と言ったのは、声が二重に聞こえていたからだが、振り返った俺とエンファマーユの前に立つ少女は、確かに二人居たのだ。


「「困っている様子ねレギスヴァーティ。助けてあげましょうか?」」

 同時にしゃべる少女二人の声は重なって聞こえている。

「あ、あなたたちは、まさか──!」

 エンファマーユは驚きを隠さずに、少女たちを見る。


 その少女たちは双子の様である。──声も顔もうり二つなのだ。違いがあるのは髪の色だ。一方は黒色の長い髪、もう一方は白色の長い髪をしている。どちらも美しい──それでいてどこか不気味な雰囲気を宿す、美少女の()()である。


「何故、俺の名を?」

 俺が問うと、灰色に近い白い肌をした少女たちはクスクスと声をそろえて笑う。


「それはあなたと『死導者グジャビベムト』との対話を一刻前に見ていたからよ」と、片方の少女が説明する。


 グジャビベムト──古代語に、そんな発音の言葉があったと記憶している──死を導く……そんな意味であろうか。


「一刻前とは私たちの時間で──あなたにとっては一日前、と言ったところかしら?」と、もう片方の少女が付け加える。

 どうやら昨日の死の使いとのり取りから見ていたらしい。なんとも愛らしい覗き魔たちだが、エンファマーユの様子から察すると、彼女らは厄介な手合いであるようだ。


「それで……俺に手を貸してくれるとは、どういう風にだ?」

 少女たちはいちゃいちゃと手を絡め、寄り添い合った格好でこちらを観察するみたいに見てから──こう言った。


「私たちは、あなたが気に入ったのレギスヴァーティ。自分自身に『不死の呪法』を掛けてグジャビベムトの手から逃れるなんて……さすがだわ」と黒髪の少女がたのしそうに語る。

「あなたを生き返らせてあげてもいいわ、その代わり……」と白い髪の少女が言い、二人は顔を見合わせる。

「「あなたが死んだら、その魂を私たちに頂戴ちょうだい」」

 双子は声を合わせてそう言った。


 俺は少しばかり()()()()()()()()。すると、後ろに控えていた魔神の配下(エンファマーユ)そでを引っ張って耳打ちする。


「危険よ、彼女らはおそらく『()()()()()()()』──私たちとは違う理に縛られる、冥府の住人なのよ」

 すると双子の少女が声をそろえて言う。

「「後ろの魔導師、あなたには言っていない。用が済んだならさっさと帰りなさい」」

 冷たい声だ。言霊ことだまを使っている訳でもないのに、彼女らの声を聞いたエンファマーユは後退あとずさりして、今にもこの場から立ち去りそうな顔をしている。


「それに私たちは、正確には冥界神の娘じゃない」

「私たちも昔は──ずっと昔は、あなたたちと同じ人間だったのだから」

 クスクスと笑いながら「どうするの?」と言ってくる。


「それは──できない相談だ。俺の魂は俺の物、これはゆずれない。だが……もし俺を生き返らせてくれたなら、生きている間も、君らに会いに来ると誓おう。それで良いと言ってくれるなら、だが」

 すると彼女たちは互いの顔を見つめ合い、数回のまばたきをしたあとでこちらを向く。


「「本当に? 生きている間でも、私たちに会いに来てくれる?」」

 俺は改めて「約束しよう」と応えた。

「「素敵な返事ね」」と二人の少女は言った。口元には優しげな笑みを浮かべている。


「あなたが他者に、自分自身の魂を明け渡すなんて、初めから思っていなかったわ」

「だからこそ、あなたが気に入ったのだから」

 魔神と契約を結ばずに、のらりくらりと危険な綱渡りをする俺に興味を持っているのだと──双子は語って、愛らしく笑う。

「そんな事まで知られているのか」

 そう口にすると、少女たちは揃って微笑む。


「死は、その終着まで知っている」

「死は、時を超えて顕在けんざいする」

「死は、あまねく広がっている」

「死は、すべてを知っている」

「死は、あなたの過去も未来をも、手中に収めている」

「死は、あなた自身」

「死は、始まり」

 そう唱え始める少女たち。


 すると彼女らの手の上に、死の使いが落とした黒と深紅の結晶が現れた。

 その結晶が赤い光を放って、俺に飛び込んで来た。──一瞬の事だ。


「死がもたらす恩恵を受け取りなさい」

「そして約束」

「私たちに会いに来て」

「また、会いましょう」

 少女たちの声が遠ざかる──まばゆい光に包まれる感覚と、どこか遠くへ引き寄せられるみたいな感覚……夢の中で落下していくみたいな、不安と恐怖を感じる瞬間。


 俺は──生命を取り戻していくのを実感していた。

途中から現れる双子については数話前に、その登場がぼかした形で暗示してあります。(四つの瞳があった事に~ という部分がそれです)

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