死の使いとの死闘
死の使い(死神の様な存在)との戦い。
激しい戦いの末に……まさかの展開!
結界の中に生み出された遺跡──あるいは廃墟の中に、俺とエンファマーユは立っている。
「な、なによ。これ……」
エンファマーユが呟く。
「この遺跡の様な場所を構築したのは、あんただろう?」
「……いいえ、私は精霊力の力を制御する結界を張っただけ。こんな遺跡を創り出す力はないわ」
彼女は警戒心を露に周囲を窺い、敵の姿を求めて俺と彼女は探知魔法で周辺を探ったが、なんの反応も得られなかったのだった。
「……今は、死の使いの対処に集中しよう。この遺跡めいた場所は、俺たちにとっては戦いやすい場所だろう。隠れる場所があるだけで戦術の幅は広がる」
ゴツゴツとした石の塊を組み合わせて造られた石柱の隙間に、光輝の封陣を張る触媒である水晶を隠し、数本の柱や壁を使って、いくつかの要点となる場所を設定する。
魔神の配下エンファマーユは、手にした黒い杖を地面に振り下ろし、影の中から真っ黒な二頭の大型犬を呼び出す。
その犬は真っ赤に煌めく眼を持ち、漆黒の剛毛と灰色に鈍く光る金属質の鉤爪を持つ、──犬の姿をした魔獣であるらしかった。
その犬の片方が俺を睨みつけながら「グルルルルッ」と嫌な音を立て、殺気に似た気配を染み出させる。
「ちょ、大丈夫なんだろうな。俺に威嚇してくるぞ」
「大丈夫よ。ただこの子は、人間から見られるのに慣れていないだけよ」
「火噴き猟犬」よりも大きな体の、凶暴さを具現化したみたいな面構えの犬たちは、主の周りをうろうろと歩き回り、鼻をくんくんと鳴らして周辺の様子を窺っている。この魔犬から強い魔力を感じる。
──以前ブラウギールで、闘犬の闘いを賭けの対象にしたものを見たが、あの大きな体の闘犬たちも、この凶暴そうな魔犬を見たら──競って逃げ出すに違いない。
口からときおり覗く鋭い牙は、犬や狼の物とは違い、鋸状の鋭い歯が並び、噛みついた物を引き裂く為に意図的に生み出された物であるような、そんな印象を受けた。
壊れた石壁に腰かけると戦いへと集中する。──死の使いを相手に時間をかけるのは危険だろう。こちらの手札を出し惜しみせず使い、短期決戦で奴を罠にかけ、魔神ラウヴァレアシュから与えられた武器を使って仕留める。
もし俺がここで敗北するなら──魔神ラウヴァレアシュが、わざわざ希少な武器を貸し与えるだろうか? もちろん上位存在の考える事など分かりはしないが。
俺が勝つ事を確信して、あるいは期待しているからこそ、武器を与えたはずだ。俺も、エンファマーユも、今回の戦いに勝利できるという確信めいたものを感じながら──奴の到来を待った。
しばらくすると、結界から遠く離れた丘の上に赤紫に明滅する闇が広がり、そこから死霊の群れと死の使いが現れた。奴はゆらゆらと宙に浮き、手を伸ばして死霊をけしかけて来る。
「ゴルバ、ザルクーン、死霊を殲滅しなさい」
エンファマーユが魔犬に声をかける。魔犬は獰猛な唸り声を上げると、凄まじい速度で死霊の群れに駆け出して行く。
数にして十倍近い差があるにも拘わらず、魔犬が死霊──人間の兵士や町人の姿をした亡者──の一団に襲いかかると、次々に死体の身体がバラバラに引き裂かれて吹き飛ばされる。
体当たりを受けた死霊が倒れると、後方に居た者たちも次々に倒れて行き、倒れた奴の足や腹部を食いちぎり、鉤爪で頭や腕を引き裂いて打ち倒す。
知性のない群れなす亡者たちは、魔犬によってその多くが打ち倒されたが、死の使いがゆらゆらと近づいて来ると、倒された死体を死の使いが足下から吸収し、メキメキ、ゴリゴリと、不快な音を立ててそれらを喰らい尽くした。
『さあ、レギスヴァーティよ。我が下僕となり、永遠に幽界を彷徨うがいい!』
死の使いは魔犬たちを一瞬で置き去りにし、俺とエンファマーユの前に現れると、そう言霊を発する。奴の口から覗く──青白い焔に似た光が一瞬、赤紫色に変色するのが見えた。
「生憎だったな、あんたの視線も言霊も、もう対策済みだ!」
俺とエンファマーユは互いに別々の方向へ身を翻すと、柱の陰に隠れる前に、それぞれの攻撃魔法で攻撃する。
その後方では、残っている死霊を二匹の魔犬が駆逐し、最後の一体に止めを刺すと、こちらに向かって走って来た。
霊体に打撃を与える魔法を喰らった死の使いだったが、強力な障壁を持つ鎧や籠手に阻まれたらしい。そして再び一瞬で間合いを詰めて来ると、大きな赤黒い大剣を取り出し──振り被って攻撃してくる。
巨大な刃が石柱を打ち砕き、しゃがんでそれを躱しながら後方へ跳ぶ。
死の使いが俺に注意を向けている隙に、エンファマーユが炎の魔法を使って死の使いを攻撃した。浮遊する死の使いの足下から紅蓮の炎が激しい勢いで噴き上がり、轟々と音を鳴らして燃え上がる。
不意を突かれた死の使いが振り返ろうとしたところへ、今度は俺が光の槍を奴の胴体めがけて投げつけ、死霊の鎧を貫通させた。
『ぐぬぅぅうぁっ!』
光の火花を散らす槍を掴み、胸元から引き抜くと、光の槍を投げ捨てる。
『この程度の結界に誘い込んだからといって、それで死から逃れられるなどと自惚れるなよ! 魔導師どもめ!』
近づいて来た魔犬たちが死霊すべてを倒したのを確認すると、エンファマーユは魔犬を影の中に戻す。
彼女は黒い杖を死の使いに向け、呪文を詠唱すると──地面から先ほどのよりも凄まじい火柱が噴き上がる。ごうごうと音を立てて燃え盛る炎は、死の使いから放たれる──零れ落ちる冷気とぶつかり合い、やがて鎮火したが──その隙に俺たちは柱や壁の陰に隠れて、死の使いを誘い出す行動に移る。
今回の決戦の為に、ある古い魔術を用いようと用意したものがいくつかある。……できれば使いたくはないものが一つあるが。相手が死の化身とも言える「死」の使いであり、そして何より死に関わりを持つ「幽鬼の領域」だからこそ、この魔術の力を安定して発揮できると踏んだのだ。
本来(現世での使用を意味)なら、まだ俺の技量で行える魔術ではないが、この幽鬼の領域でなら──死に関わる魔術を使いこなす事ができるはず。
死に打ち勝つには、やはり同等の力が一番であろう。一か八かの博打に自らの進退を賭けたくはないが──やむを得ない。
エンファマーユは隠れながら無言で魔法に集中し、壁の陰から無数の魔法の弾丸を発射した。
紫色に輝く光の弾が飛び、石壁を避けて飛翔すると急激に向きを変え、死の使いを追尾して攻撃する。
『この程度の魔法で我を傷つけられると思うなぁあぁぁっ!』
そう叫ぶと、手にしていた大剣を薙ぎ払って魔法の弾丸を消し去り、剣から放たれた衝撃波でエンファマーユの隠れていた石壁を破壊する。
だが彼女はすでにそこには居ない。影を使って移動し、別の石壁の陰に移動していたのだ。地面を這う黒い影が壁の背後にやって来ると、影の中からエンファマーユが身を伏せた格好で現れた。
彼女は死の使いの背後を取ると相手に向かって、魔素の塊を適当に放り投げた。紫色の結晶が死の使いにぶつかる直前にエンファマーユが闇の魔法を放ち、死霊の鎧を身に纏った相手の足下から、暗い紫色の焔が噴き上がる。
『何度も同じ手を……!』
死の使いは身体の下に向けて強力な障壁を張り、紫色の焔は障壁の周囲に流れて広がっていく。
その焔に触れた魔素の塊が、周辺に残っていた残留魔力と誘爆し、死の使いの周辺を連続する魔力の爆発で攻撃した。
どうやら最初の魔法の弾丸は魔力を拡散させるのが目的で、謂わば、死の使いの周辺に誘爆を起こす火薬を撒き散らすのが目的だったのだ。
魔法の弾丸は大剣の攻撃で威力を失ったが、魔力の残留物が残り、それに魔素の塊をぶつける事で、霊的なものに対する攻撃力を強めた爆発を起こした、と言う訳だ。
爆発の中心に居た死の使いは、複数の爆発をモロに受け(下方向に障壁を強め、他が手薄になった)、死霊の骨や皮で作られた鎧に皹が入り、ぼろぼろと崩れ落ちていった。
『お、おのれぇえぇぇ……!』
この好機を逃す理由はない。
俺は石柱の陰から奴の前に姿を現し、数発の光の矢を撃ち出して攻撃した。死の使いは両腕で防御姿勢を取り、闇の波動のような防護幕を展開して俺の攻撃魔法を打ち消した。
続けて黒い棘状の針を無数に撃ち出してきたので、俺は対魔法障壁を張り、黒い棘を弾いていたが──二発の棘が障壁を突き破って、俺の腕と足をかすめ、突き刺さる。小さな傷に燃え広がる痛みを感じながら、その黒い棘を素早く抜き出し、地面に投げ捨てる。
黒い棘はしばらくすると地面に溶けるみたいに消失したが、傷に残る痛みはじゅくじゅくとした痛みを訴える。発熱しているみたいに感じるが、実際は体温を奪われているらしい。段々と腕と足の感覚が鈍くなるのを感じていた。
魔眼が反応し、奴が近くへ移動して来るのを予感した。すかさず俺は準備していた黒水晶を掌に隠し、簡略化した呪文を頭の中で詠唱する。
次の瞬間、魔眼が危険を予測して知らせたように、死の使いは一瞬で間合いを詰めて来て、手にした大剣を振り下ろしてきた。──だが、その攻撃の瞬間も、軌道も、予測通りだ。躱す事は容易だった。
身を翻して大剣の刃を躱しながら、手にした黒水晶に封入した呪術を発動させる。頭の中で唱えておいた呪文と組み合わせ、難解な呪術の行使をおこなうと、死の使いの足下にそれを解き放つ。
『なにぃっ⁉』
ぞわぞわと影が広がると、その中から三体の死霊が姿を現し、死の使いに掴みかかった。
その死霊たちは、昨日の幽鬼の領域で俺が殺した死霊……聖騎士の死霊たちである。
死の使いにしがみつくと奴の下半身……無数の骨や皮がぶら下がる、奇怪な下腹部に食らいつく。
思った通り、死の使いはそれを振り解くのに苦戦している。同じ「死」の側の影響を受け、瞬間移動をおこなう事ができないのだ。
俺は周囲を囲む柱や壁に設置した、触媒の水晶に集中し──「光輝の封陣」を発動する。
死霊術で呼び出した聖騎士ともども結界の中に死の使いを封じ込める。狭い円筒形の結界に捕われた相手は、足下にしがみつく死霊を引き裂きながら結界を破ろうと抵抗する。
『ぐぬぅううぅっ!』
仕掛けたのは光輝の封陣だけじゃない。その内部に光属性の魔法が撃ち出せるように設計してある。……まだまだ習熟度が低いので、数回分の攻撃魔法を放てば結界の効力も解けてしまうだろうが、奴に損害を与えられる好機だ。
「喰らえっ!」
結界を張る水晶に呼応する魔法を解き放つ。それは結界の内部に発生し、文字通り光の速さで乱舞する光弾の嵐が起こり、結界内を反射して死の使いと死霊の双方を撃ち砕き、貫いていく。
『ぐぅおぉぉおぉっ⁉』
結界の効果が切れると、数十発の光弾が周囲に飛び散り霧散する。光の爆発に似た凄まじい発光が周囲を包み、鋭い音を響かせて弾け飛ぶ。
光弾の嵐の中に閉じ込められていた死の使いは損害を負ったものの、まだ健在で──手にした大剣で胸元あたりを防御する体勢を取っている。
『ぉ……おのれぇ──よくも! 我の躯を……ここまで傷つけるとは──赦さんぞぉ!』
暗紫色の炎に似たものを足下から噴き上げると、奴はバチバチ、メラメラと音を立てて燃え上がり、地獄の焔に焼かれる死者のごとく、躯を燃え上がらせたまま襲いかかって来た。
手にした赤黒い大剣を振り回し、激昂に任せて斬りかかる死の使い。近くにあった石の柱をも打ち砕き、烈々たる猛攻を仕掛けてくるが──どうやら、瞬間移動する力は残されてはいないらしい。
黒い棘の影響で力の入りにくい手足に集中し、重い剣の一撃一撃を魔剣で受け流しながら、なんとか反撃の隙を探っていると──エンファマーユが呪文を唱え、離れた場所から魔法で援護してくれた。
死の使いの背中に突き刺さった数本の魔法の矢が爆発し、死の使いがぐらついた。手にした大剣を下げ、後ろを振り向く格好で手を伸ばし、耳にした事のない──耳障りな呪文を詠唱して、彼女を攻撃する。
『ギブェルエェヅィァ!』
すると彼女の周辺から突如として──赤い氷柱が出現した。鋭い先端を持った紅色の氷柱が襲いかかり、エンファマーユの張った対魔法障壁にぶつかって障壁を食い破り、彼女の肩を傷つけた。
エンファマーユは肩から出血したものの、意外なほど素早い動きで後方に下がり、影の中へ退く。
死の使いが彼女への攻撃に気を割いた瞬間に、俺は自らに強化魔法を掛けなおして、正面から奴と対峙した。
重い大剣の攻撃を躱しながら魔剣で斬りかかり、数回に渡って剣戟を交わす。
思い切り薙ぎ払ってきた大剣の下を掻い潜り、魔剣を振り上げて奴の腕を肩口から斬り落とした。
骨の腕と共に赤黒い大剣が吹き飛び、石壁の向こう側に落下する音が聞こえる。──このまま押し切る! 俺は追撃を浴びせる為に大きく一歩踏み込んだ。
……次の瞬間、魔眼が危険を訴えてきたのである。──その警告は一足遅かった。
斬り落とされた腕は、ぼろぼろの外套らしき物の陰になっていたが、その暗がりから黒い触手状の物が数本、素早く伸びて攻撃してきたのだ。
黒い硬質の物は蛇腹の──背骨に似た物で、先端は鋭く尖り、まるで槍の穂先のようだった。それが俺の腹部や胸、肩に突き刺さり──その一本が下から上に向かって俺の心臓を捉えた一撃となり──俺の心臓は、黒い骨の槍に貫かれてしまったのだ……
主人公の死で次話最終回か⁉
次話は今週には投稿します!(毎週一話ペースで投稿してますが)




