死を退ける魔術
魔術師が割と本気で努力している場面……ちょっとクドイかもしれませんが、後半に続きます。
なんか分からんうちにホイホイ強力な力を手にしている訳では無いので。レギは才能を伸ばす努力をし、頭を使って行動する冒険者であり探求者なのです。
エンファマーユは一度、魔神ラウヴァレアシュの下に戻り、死の使いの対応をどうするかを話してみると言い残し去って行った。あの魔神が果たして俺をそこまでして守ってくれるかどうか──怪しいところだ。気が向けば助けをよこすかもしれないが、自力で何とかできる範囲だったら自分で切り抜けろと言ってくるかもしれない。
俺の持つ知識を総動員しても──死霊を倒す方法ならいくつかあるが──「死の使い」に対抗する手段を講じるのは簡単な事ではない。だが──死霊と化した女神官から得た「神聖魔法」の技術解析をおこなう事で、恐るべき冥界の使者を滅ぼせる手立てを得られるのではないか。
そんな風に考えながら俺は、薄明かりが射し始めた街道を探して進み、フィエジア国領内の町へ向かって歩き出す。
現在地の正確な場所は不明だが、すでに国境を越えてフィエジア領内に入っているのは間違いない。
砦や森の位置から推測すると、地図には一番近くの「エンクーアの村」が記されていたが、その村のある方向はブレアノスの街から離れる位置にあるので、少々離れてはいるが次の目的地は東にある「オフィアスの町」に決め、歩きながら魔術の門を開き──本当は横になったり、座ったりした方が安全でやりやすい──神聖魔法に関する知識を解析し、いくつかの項目に分けて並べたり、纏めたりしておく。
この程度の作業なら歩きながらでも、上手くなれば喋りながらでもおこなえるようになるのだ。だいぶ外部への意識が疎かになりはするが、外部への危険察知意識を、無意識に反応するように設定した意識領域に対応させれば問題はない。
今やっているのが正にそれだ。街道を歩き、道なりに進みながら危険な荷車や、敵意を持つ生物などが近づいて来ると自動で回避したり(道の端に避けて荷車をやり過ごしたり)、魔術の門の意識下で作業している俺の精神体に危機を知らせ、対応するよう呼び掛けてくるのだ。
ある程度の肉体行動を自動化させるので、じゃっかん挙動不審な行動を取る場合もあるが、街中でおこなわなければ大抵の活動は無意識に任せる事が可能になる。
もし狭い範囲内(自室など)で、いつもと違う行動や応対をする知人を見かけたら、そいつは魔術師かもしれない。──特に、話している最中に(笑う場面でもないのに)笑みを浮かべたり、独り言を話し出す相手は非常に怪しい──
……おっと、話題が逸れてしまった。つまり俺は──歩きながらも目的地に辿り着くまで、精神的な作業を行い続け、幽鬼の領域で死の使いを滅ぼす為の下準備に余念がなかったのである。
*****
かなり長い時間歩き続けオフィアスの町に辿り着くと、魔術の門を閉じて町の門に向かう。
門の前で番をする兵士たちはきっちりと兜まで被り、鉄製の鎧や胸当て、籠手に脛当てまで身に着けた格好で待ち構えている。六人ほどの商人や冒険者から通行税を納めていた。
幸いここの通行税は良心的で、二十ピラルで済んだ。
町で必要な物を買い揃えるのもいいが──今は、いち早く神聖魔法の解析をし、あらゆる光属性の魔法を研究する事に没頭すべきだと考えた。
そこで一軒の宿屋に目を付け、そこに一泊していく事に決めると、裏手の井戸で身体を洗い、朝食を取ってから部屋に戻り、そこで魔術の門を開き──時間ギリギリまで己の意識領域の拡張と改善を行う事に注力する。
生命の終局である死に対しては打つ手はない。しかし、相手はそれを具現化した存在──死を司る神の使い──なのである。対抗する術がまったくない訳ではないのだ。現に神聖魔法や光属性の攻撃魔法は有効だった。
問題は、あの幽鬼の領域では奴の存在を滅する事は、限りなく不可能に近いだろうという部分だ。それは実体のない存在を滅ぼすのと一緒だ。肉体を壊せば決着が付く物質界の法則は通用しない。
あの半霊体である死霊の鎧に包まれた肉体を砕いても、存在の核となる部分を破壊しなければ、死の使いは何度でも、その半霊的な肉体を復元してくるだろう。
神ならざる俺には、その核を正確に撃ち抜く──力も技術もない。
それを魔術の門の中で捜しているのだ──と、素人はすぐに考える。それでは自らの意識を狭めるだけだ。
他にも勝利を得る方法はあるではないか。
死の使いを滅ぼすだけが答えではない。
奴を封印し、二度とその封印から出られないようにすればいいのだ。
さらには……そう。光の精霊を支配した時のように、あの死の使いを支配できれば──強力な力を得る事になる。
だがそれは、相当な不可能事だろう。
だから俺は──一つの方法だけではなく、複数の方策を用意して死の使いに挑む事を考えている。
ただ滅するだけではなく、あわよくばあの死の力を取り込んで、自らの魔導の糧として利用してやるのだ。
光輝の封陣が有効なのはすでに分かった。問題はこれを素早く展開して──奴をその中に捕縛できるかどうかだ。それに、ずっと結界の中に封じられる訳ではない。
それを可能にするのは──神話に語られる「封神器」くらいの神具が必要だろう。……その神器によって数々の魔物や魔神を捕らえ、神器の中に封じられた魔神龍の餌食としたと言われている──伝説上の魔法の道具だ。実際に存在していたかは定かではないが。
それを模した魔法の道具──魔具が造られている。……ただ、その魔具の中には魔神龍は居ないし、それほど巨大な存在を封じられる訳でもない。
下級魔神や中級魔神を封じ込める目的で生み出された、金属板に宝石や結晶を嵌め込んでいるこの魔具は──一部の強力な魔導師のみが造る事が可能だとされている。
「残念だが、俺にはその知識と技術はない」
だが、術式を設定した複数の結晶を用いて、強力かつ簡便な結界を張る手段は講じられる。予め術を練り込んでおくので失敗も少ない。
魔女の集会場に不可視の結界を張っていた時も、あの女神官は同じような方法で結界を張っていたはずだ。罠としての効果を持たせる結界を長時間維持するのは、それなりの触媒が無いと難しいのである。
持っていた水晶に光輝の封陣の術式を封入し、複数個を組み合わせて結界を張るよう設定する。言わばこの水晶が、呪文や魔法陣の代わりとなって、魔法を発動する事が容易になるだ。
俺は魔術の門の「訓練場」を利用して、死の使いとの戦闘訓練をした。瞬間移動に近い動きをする、あの化け物を再現した影のような標的に対して、追尾型の魔法弾を撃ち出したり、瞬間的に間合いを詰めて来る相手に対し、即座に反撃をおこなう練習をし、なおかつ肝心の「光輝の封陣」に捕らえる算段をここで煮詰めて行く。
結界内に閉じ込めて終了、ではない。
そのあとこそが肝心だった。
問題は、あの幽鬼の領域で確実に死の使いに止めを刺せるか、という事だった。──俺の対策では、奴を結界内に封じ込めたあと、強制的に幽鬼の領域から部分的にでも奴を引き剥がし、そこを攻撃して滅ぼすつもりだが──うまく行かなかった場合も考えておく。
まだ時間に余裕はある。
魔術の門を開き、その意識の中で作業する速度を変えているからだ。実時間よりも長い作業をこの中で行っているのである。──その分、精神力の消耗は激しくなるが。
死の使いの「視線」については対処法が記された書物がある。そしてその書物の複製がここにはあるのだ。
正確には──その書物を読み、精神内にある書庫に書物として記憶された物だが。実際の物と瓜二つの物が、ここにはいくつも保管されている。
そしてここにある記憶の書物は、いつでも、書庫の本棚から本を手に取るだけで、その本を読んだ記憶を鮮明に呼び起こす事が可能。
最初は小さな本棚一つ分くらいの物を構築するのにも苦労したが、慣れるとすぐに大きな本棚を、いくつもの本を置いた本棚を並べた書庫を、という風にして──今ではあらゆる知識をここには並べてある。もちろん多くは魔術や魔法に関する書物だが。
その中の一冊、『死の呪術に関する防衛』を手に取る。──あった、これだ。
「死が向ける視線には、命ある者の活動を封じる呪いがある。その言葉にも呪いがあり、死と向き合う術師には、常に生命の危険が待ち受けていると理解すべきである。
死と対決するなどとは、まったく馬鹿馬鹿しいが、そのような場合には、次の物を用意すべきだろう。
魚の頭の骨、獣の頭の骨(小さな生き物で構わない)、鳥の頭の骨を処女の髪の毛で編んで作った紐を、骨の目の孔に通し、その骨の頭の中に、それぞれ次の物を隠しておく……」
……なんとも古臭い、迷信的な呪具の作り方だが──この書物に書かれた事は事実であるらしい。実は、この古臭い装飾品を用いた実験の記録が、別の著作者の魔導師によって報告されている。……有効であると。
それにしても死の使いから視線を受けた時、この書物に書かれた事柄の内容を失念していた(魔術の門の中にある書庫に保管したからといって、その本の内容が頭に記憶されている訳ではない)。まさか自分が死の権化と目される「死の使い」と接触する、などとは思いも寄らぬものだった──という事もあるが、死の視線……そんなものが実在しようとは……
ともかく俺は、この一見いかがわしい装飾品を作る為に町の市場に行き、魚の骨と鳥の頭の骨を手に入れ、近くの民家の鼠用の罠に掛かった鼠を仕入れると、次に処女の髪を手に入れる為に、髪の長い処女を捜して町を彷徨く事になったのである。
幸い、十代前半の長い黒髪を持った少女が居たので、その少女の髪の一部を銀貨と交換してもらった。尋ねてはいないが、処女であるのは間違いない(年齢が若いから、という理由だけでそう判断している訳ではない)。
それらを集めると、町の片隅で焚き火をしていた町人に火の番をしておくと言って、こっそりと鼠の骨などを火に掛けて処理し、焚き火の中から炭を拝借する。
これらを集めると、頭蓋骨の中に炭や水晶を隠し入れた物を処女の髪の毛で作った紐で結び、銀の留め金で簡単な首飾りを作り出す。この装飾品の材料を集め加工するのに、今日一番時間を割く事になった。
後は宿屋に戻り、結界や魔法を駆使した戦闘訓練を魔術の門の中でおこなうだけだ。──俺は決意を新たにすると、やや遅い昼食を料理屋で食べ、宿屋へ戻って行く。
魔術の門を開きながら食事を取る事に決めていたので、献立などは適当に(精のつく物を)選んで注文し、あとは無意識に任せ、肉体に栄養を摂取させる──肉体も完全な作業形式で活動していたのである。




