影の倉庫の進化──生産能力の獲得──
すっかり魔術領域での作業に順応した俺は、精神的疲労をほとんど感じずに作業する事ができた。複雑な魔術の研究などには精神力を消耗するが、以前ほどではなくなっていた。
書庫に戦士ギルドで読んだ二冊の書物を並べると、俺はすっかりそれらの書物に興味をなくしてしまった。期待していたものよりもずっと薄い内容だったからだ。
一通りの作業を終えると、封神器を持っていた神官の事を精神世界で探ろうとした。
なんとか死導者の力も利用して、古い時代の記憶を探ろうとすると、魔神──封神器に封じられていた魔神龍──の干渉妨害の力が働き、俺の調査を邪魔するような働きが確認できた。
(封印された魔神にすら防壁が働くのかよ)
悪態を吐きながらその防壁を突き破り、その先にある過去の記憶を探り当てた。
やはり断片的で不完全なものだったが、封神器を手にしたあの老人の事は理解できそうだ。
老人はやはりキオロス島にあった国の人間で、神官職に就いていたらしい。声は拾えなかったので、彼がやった事のすべてが理解できる訳ではないが、彼は王と対立し、封神器を手に数十名の彼の信奉者と共に島を去り、ノーアダリス大陸にやって来たのは間違いない。
かなりの権力を有していた人物なのは間違いないが、なぜ封神器を手にしていたのかは不明のままだ。
そこを詳しく探ろうとすると、今度は魔術的な抵抗を感じた。──それもかなり強力な結界のようなものを。
封神器の出どころに関して、なにやらいくつかの勢力が戦っていた情景が浮かんできた。氷原で大勢の戦士や魔術師が敵対するものに睨みを利かせている。
その視線の先には氷や雪の塊が立ち並んでおり、それらは人型をした物や、獣の姿をしていた。
どうやら魔術──いや、妖術で生み出した氷の怪物の群れが敵であるらしい。その氷や雪の怪物たちの背後に、人間の戦士や魔術師が白や灰色の毛皮に身を包んで立っていた。
この連中が封神器を巡るなんらかの対立関係にあったようなのだが、この記憶からは結論を導き出す事はできなかった。
だが『北方氷原説話集』に書かれていた事柄と結び合わせると、過去に妖術師の国と人間の国の戦いがキオロス島でおこなわれたのは確かなようだ。
今見たものは確かにその戦争を思わせた。
……過去の記憶に思いを巡らそうとした時、この記憶に張られた結界のような排除機構にうっかり触れてしまい、俺の意識は弾かれるようにして、その記憶から引き剥がされてしまった。
危険な精神攻撃が襲ってきたが、蜘蛛の守護者がどこからともなく現れて俺を引き戻し、精神攻撃から俺を守ってくれた。
蜘蛛の守護者はすでに多くの個体を増やしていて、個人的な精神世界を守る為に万全を尽くしている。
この守護者は俺の精神力が増強されると共に強化され、力を手に入れていくのだ。
その力の中枢を探っていくと、黒い繭に似た物が観測できた。どうやら精神領域を防衛する守護者は新たな姿を獲得し、司令塔のような役割をする中枢が存在しているようだ。
あの繭に中に、蜘蛛の守護者の新たなる形が存在しているのはなんとなく感じられるが、それを解析してみようとは思わなかった。
なぜならそれは、俺の意識下にある俺自身の精神防壁の具象化だからだ。
精神世界から意識を魔術領域に戻した俺は、新たな魔法の獲得や、今まで手にしてきた魔法の効率化や強化に励んだ。
その時に影の倉庫内にある物を、錬金術を応用した技術によって加工できる事に気づいた。魔神の力を獲得して魔力の器も増大した影響か、様々な技術的発展の可能性を持ったようだ。
俺は影の中に取り込んだ物を使って、神殺しの魔剣の鞘を作る作業に取り組んだ。
肉体は眠りながら、物質的生産能力を獲得したのだ。この技術に無意識の疑似的知能を交えれば、(肉体を使わない)工場生産のような構造を持った事になる。
影の倉庫に必要な素材を入れておき、あとは自動化された生産処理をさせるだけだ。──能動的作業に必要な精神力や魔力を制御すれば、肉体的負担のない自前の生産施設になる。人手のいらない工場といったところか。
それも、俺の肉体も意識も必要としないのだから、それは時間をも必要としない訳だ。
──ああ、時間という奴はなんて儚く、消費しても消費しても無くなる事のない、罪悪に満ちた報いなのだろう──
眠る前に多くの魔術的作業に取り組み、戦闘訓練も欠かさない。
魔術の庭でシグンの技量を復元した人形と訓練を重ね、より剣技に厚みを持たせる。
最後に見た彼の戦士としての腕前は、荒々しさと洗練された部分を持つ、命懸けの戦いを潜り抜けてきた歴戦の猛者特有の強靭さを感じさせた。
彼が積み重ねてきた剣の修業と、実戦の中で培われた独特の感覚が融合し、あのような異なる二つの型を持った戦闘型式となったのだろう。
多くの戦士たちが積み重ねてきたものと、彼個人が戦って勝ち得た能力。その融合した結論が、彼の導き出した「答え」として結実したものだ。
その圧倒的な攻めの姿勢と、わずかな動作で攻撃を回避する動きには、素早い足運びと先見性のある判断力が必要だった。
それは頭で分かっていても、実際の挙動として起こすのは難しいものだ。
相手が前に出る瞬間よりも一瞬速く踏み出す。相手の攻撃の動き出しを予測し、攻撃の前に後退するなど。そのわずかな、たった一つの些細な動作の違いが、結果に大きな違いを齎すという事実。
シグンの戦闘能力を持たせた人形との戦いで、それを改めて思い知らされた。達人同士の戦いになればなるほど、一瞬の判断の速さや、動きの速さなどが勝敗を分けるのだ。それも本当に一瞬の、わずかな差で。
彼の強さは洗練された剣術と、実戦経験で得た経験から昇華されたもの。シグンという個人の中で鍛え上げられた、新たな戦闘型式だった。
中でも恐ろしいと感じたのは、こちらの攻撃に合わせるようにして、真っ向から剣を振り下ろしてくる攻撃だった。
相手の攻撃を正面から受けるかのように剣を振り下ろし、刃をこするようにして相手の刃を押し込んで軌道を変え、自分の体の外に攻撃を逸らしながら、敵の腕や胴体を斬りつける技だ。攻防一体の妙技──、どれほどの戦いを潜り抜けた先に、こうした戦いの技が身につくのだろうか。
この技は下手をすると、敵の攻撃をもろに喰らってしまう危険があるが、そうならないような先手を取る動き出しと、間合いの詰め方があるのだ。
敵の振り下ろしが遅ければ、一気に間合いを詰めて剣の根元で攻撃を逸らし、近い間合いから剣を振り下ろして敵の首を狙い、刃を引いて動脈を断ち切る。
攻撃がくる瞬間を見計らって敵の懐に飛び込む、度胸が必要な技だ。
だが、この技を体得できれば、かなり有利に戦況を運べるだろう。相手が多数であっても、この技で接近してくる相手だけを狙える者はなかなか居ない。味方を傷つける可能性が高くなるからだ。
仲間のそばに接近した敵のみを斬るというのは、よほど戦いに精通した者でなければ尻込みする。
そうした効果も期待できるこの技を、俺はなんとか自分のものにしようと取り組み、何度も疑似的なシグンとの訓練に励んだのだった。
* * * * *
朝になると旅支度をし、朝食を口にした。さすがに高級宿だけあって、丁寧な仕事が感じられる朝食が用意された。
馬鈴薯と鹿肉の汁物や、豆を粉末にして小麦粉に練り込んで焼いたパンなど、滋養のある食事が朝から取れ、俺は満足して宿の外に出た。
そこにはすでに数人の冒険者と馬車が待っていた。冷たい空気が街を包み、音すらも凍りついてしまったかのように、街は静かだった。
「もう来ていたのか」
そこにはギルドで会った職員の男が居たので、俺はまずその男に声をかけた。
「我々も今来たばかりです」
道の隅に止められた輓馬の口から白い息が吐き出されている。
幌の付いた馬車に俺や冒険者が乗り込み、渓谷のある場所まで連れて行く、と職員は説明した。
職員はそれぞれの冒険者も紹介した。
鉄階級の戦士の男が三人。
鉄階級の女の魔法使いが一人。
銅階級の女神官が一人という構成だった。
職員の話では女神官は、浄化の力(魔術)に優れ、不死者の相手に慣れているという事だった。
階級で判断するつもりもないので、俺はその説明に対しては曖昧に頷くに留めた。
ともかくこうして六人が集まり、古砦を占拠した死霊術師の討伐に向かう事となったのである。
「赤鉄階級の冒険者とは頼もしい」
俺よりも年上の戦士が言った。
これから死霊術師を相手にするというのに、その男は落ち着いた調子で、ギルドから支給された食料と回復薬の入れられた皮袋を手渡してきた。
「不死者と戦った経験は?」
「まあ、それなりに」
年上のアギムという戦士の隣に座る、シズラスという若い戦士も頷いている。──が、この少年は戦闘経験自体も少ない感じだ。三人の男たちは旧知の間柄らしく、冒険を共にしているという話だ。
「ふん、赤鉄だからって上からくるんじゃねえ。俺たちだけでも今回の依頼は成し遂げられるぜ」
そう息巻いたのはフィンジという筋骨隆々の男だ。得物も大剣を扱い、力には自身があるというのを隠そうともしない。
「おいフィンジ。そういう言い方をするな。──すみません、弟が」
「いえ、気にしてません」
アギムとフィンジは兄弟なのか。ぜんぜん似ていないが、そこに踏み込むような真似はしない。
女魔法使いのウーリアと女神官のクァンルシカの二人も、今回が初顔合わせといった様子だ。
クァンルシカはギルド職員の紹介では不死者の討伐や、墓所の聖別などを専門としている神官らしい。死霊術の対局にある、鎮魂の霊術師という役割を負う神官だ。
レファルタ教のネシス派の教徒だと紹介されたが、彼女の前では迂闊な行動はできないと考えた。
鉄階級のウーリアは、まもなく赤鉄階級になるとされるほど優れた魔法使いであるらしい。火炎系魔法得意とするところから、今回の討伐に加わるようギルドが説得したそうだ。
彼女は杖ではなく、独特な形の角灯を小脇に抱えていた。角灯に火を灯し、それを魔法の起点として使用するらしい。実際に存在する物理的な力から魔法を具象化させる方が効率も良く、効果としても高くなるとされるが、それはおそらく術師と魔法との相性の問題だろう。
彼女にとっては杖や本を手に集中するよりも、角灯の方がやりやすかったという事だ。
俺は彼らに、魔法もある程度は使える剣士だと説明し、それが受け入れられたが、技量に関しては疑っている者も居る様子だ。
外の国から来た者に対する不寛容な態度が見え隠れしている。──特に女性たちからは、それを強く感じた。
いずれにしろこの即席の一団で、死霊術師を討伐しなければならない訳だ。
敵の戦力が、報告を受けた情報どおりならいいのだが。
俺はそう考えつつ、早朝の冷気に包まれた馬車の中で、体と気持ちを落ち着かせた。
時間の消費を「罪悪に満ちた報い」と表現するレギの心は測り難い。(消費しても「無くならない」と言っているのは、人間とは切り離された「時間」というものの存在不確実な様を言い表している)
人は時間を無駄に消費することもあれば、同じ時間を使って人を傷つけたり、守ったりもする。
時間の使い方は人によるが、自分の使い方はどんな罪だろうか、と詠んでいるらしい。




