魔なる者の知。次なる目的地
俺は岩場の陰から姿を現すと、魔剣を鞘に戻しながら大柄な魔物に近づいて行く。
ここで臆病風に吹かれて逃げ出す訳にはいかない。
『貴様は何者だ。何故、このような場所に居る? ここは我等の配下の魔術師等が集う場所なるぞ』
腹部や腕に傷を負った魔物が警告を含んだ言葉を口にし、こちらに向き直る。離れた位置からも感じる、圧倒的な存在の威圧感。生物ではない、上位存在の──異質なる気配。
魔神ラウヴァレアシュと邂逅した時の気配に較べれば──この魔物、あるいは魔神の気配は恐怖を感じるものではない。高濃度の魔力と、威圧的な気配を感じてはいるが。
「俺は魔神ラウヴァレアシュの言葉を受け、魔神ベルニエゥロに会いに来た。あんたが、ベルニエゥロ?」
俺がそう尋ねると、魔物は首を傾げる──首、と言うべき物があるようには見えないが……
『我がベルニエゥロ……? ふぁっはははは! 人間よ、我がそのような大物に見えたのか。お前の目には星も、月も、太陽も、同じ物に見えるのだな』
巨体を揺らして嘲笑う魔物。まあ、この魔物が魔神ベルニエゥロであるとは正直、思っていなかった。……それにしても、魔物の口から「天上の例え」──それが星空に関する事だとしても──が出るとは思わなかった。
「そうか、では、あんたは魔神ベルニエゥロの配下なのか。それでは、魔神ベルニエゥロの居場所を教えてくれないか」
『魔眼を持つ者よ』
中級魔神は苛ついた声を出す。
『お前が魔神ラウヴァレアシュとの関わりを持つ者だというのは認めよう。しかし、不遜な事を言うべきではない。暗黒の五柱の王──その一柱の居場所を教えろなどと……』
そう言うと、どすん、どすんと重い足音を立てて歩き出す。この魔物の足は短く、でっぷりとした身体を支える太い足は、まるで象を思わせる。
魔物は聖騎士の死骸を摘み上げるとそれを持ち上げ、大きく口を開いてガブリと食らいつき、むしゃむしゃと嫌な咀嚼音を響かせて喰らってしまう。
『だが、ラウヴァレアシュの指示であるならば、教えぬ訳にもいくまい。……むっ?』
その時、身動きをしなかった「鋼鉄の聖霊」が動き出して、俺を守る為か自立的に俺のそばまでやって来た。
『ほう……「光の精霊の守護者」を支配下にしたか。あの小娘は制御しきれていない様子だったからな。愚かな事よ……神々の使役する兵を模した道具で、自らを神の御使いに仕立て上げるとは』
何? 神々の兵を模した物? 聖霊ではないのか? 俺はそう尋ねた。
『聖霊が、あのような小娘に扱いきれる筈もなかろう。その守護者は、昔の魔導師達が創り上げた、光り輝く甲冑を纏う天の騎士を模した「光の精霊」に過ぎぬ。まあ、限りなく上位存在に近い力を有してはいるが、あくまで模造品。まして聖霊などとは全く違う。何故、聖霊が鎧甲冑を纏うと考えたのか』
この魔物は、人間の魔法や魔術にも通じているらしい。見た目からは想像できないが、その言葉を信じるなら──昔の魔導師は、召喚魔法用に創り上げた「光の精霊」というものと「闇の精霊」という、二つのものを創造したらしい。
その力を生み出すのに実際に光の力と、闇の力を使って、それらのものを生み出す事に成功したらしいのだ(召喚される力の根元と領域については割愛しよう)。
魔女や妖人を生み出す魔神の配下だけあって、見た目とは違い博識(?)である魔物のようだ。
それにしても昔の魔術師や魔法使いは、かなり大胆に神々の領域を探索していたらしい。そこには何やら秘密がありそうだ。──この魔物の説明する言葉の端々から、古い時代の神々や魔神などの上位存在達が、互いに争ったり、人間を使って何やら画策していた様子が窺えるのだ。
『まあ、そんなところだ。魔術の根幹が知りたければ、我等の王を頼るがいい。まあ、人としての生涯を捨てる事にはなろうがな』
女二人の死体を喰らい終えた魔物が、満足そうに腹を撫でる──気づけばこの魔物の身体に付いていた傷は、もうなくなっていた。
「それで、魔神ベルニエゥロには、どうすれば会えるのか」
そうだったな、と──灰色の巨体を持った魔物は、地面に手を翳した。すると地面の上に砂や石が集まり、大まかな地図を作り出す。なんというか──鮮やかな手際だ。
『我等が居る場所がここだ。ベルニエゥロ様は、ここから北の国フィエジアにある、「虚ろの塔」に居る。だがそれは、幽世に隠されているので普通は入る事はできない。満月の夜に、人の街「ブレアノス」の東にある湖を目指せ。……これを持ってな』
そう言うと、大きな手から黒い宝石を俺の手の上に落とす。
それほど大きくはない丸い宝石だが──妙に重い。
『それを持っていれば満月の夜に湖から、虚ろの塔に入る事ができる。「黒宝玉」があれば無事にベルニエゥロ様に会える筈だが……何しろ妖人や妖魔共は、主君の命にも従えぬ者も居るのでな。まあ──その時は、力で捩じ伏せて黙らせれば良い』
魔物流のやり方、という訳だろうか。まあ、いかなる理由があろうとも、襲い掛かって来るならば叩き潰す、それだけだ。……しかし、強力な手合いが現れた時の為にも──前例のような、強力な半蛇の妖人が居るかもしれない──こちらも、もっと剣技や魔法、魔術などの修得に力を入れなければ……
そういう意味でも、この場所に張られていた結界……「光輝の封陣」を覚えておきたかった。
かつて読んだ書物に、魔眼を使って死に逝く相手から術を奪い取る、という技術について読んだ事がある。もしそれが使えたなら、あの女神官の死から、光輝の封陣を張る術を奪えたかもしれない。
惜しい事だ。
魔眼を通しての魔神ラウヴァレアシュへの呼び掛けすら封じ込める結界だ。それが使えれば、──魔神から隠れて活動したり──いざという時に役に立つと思ったのだが。
「それにしても、あんたが来てくれたお陰で助かった。何故、この時機でここに現れたのかは知らないが」
『ああ、それは──ここの集会場取り仕切る者が、我をここへ寄越すようベルニエゥロ様に頼んだのだ。この場所が「結界の牢獄」に包まれているのを見抜いた妖人が、聖騎士等の討伐を頼んだ訳だ』
……勘の良い妖人が居たものだ。いや、それくらい慎重に行動すべきだった。魔神に魔眼や魔法を与えられて──思い上がっていた。警戒する事を忘れていたのだ。
こんなざまではこの先、無事に冒険を続ける事はできない。気持ちを切り替え、用心して行動しなければ……
『それでは我も戻る事にしよう。それではさらばだ人間よ、お前も聖騎士等の行動には注意せよ。奴等、この辺りの国を巻き込んで、何やら企んでいるようだからな』
魔物はそう言葉を残すと青白い炎に包まれて、煙りも影も残さずに消え去った。
幽世と書いて「かくりよ」──他にも色々と違う漢字表記もあるみたいですが、こちらを採用。異界と現実界の狭間、みたいな理解。




