骸の王
「「「にぃッ、人間ごと、きがぁァアぁ! なぜ、これほどの力を……⁉」」」
髑髏の眼窩から覗いていた赤い輝きが今は、濁った葡萄酒色に変わっていた。
大きな髑髏の頬骨に当たる場所からも、骨が剥がれ落ちていき、歯列から巨大な生き物の歯(象の歯?)が抜け落ち、床に重い音を立てて落下した。
体の崩壊を食い止めようと骸の王は力を集め始める。
「「「ぬぐぉォオオォぉおッ!」」」
宙に浮く巨大な影は、どす黒い極光気を燃え立たせた。
今までは魔眼を使った解析にも、奴の核となる力の根源が見当たらなかったのだが、それはこの領域全体から奴の力が発生しているといった反応が出る為、見つける事ができなかったのだ。
しかし、奴が力を回復する動作をおこなった事で、この領域の一部から、強い魔力と霊的な力の流動を感じ取る事ができた。
骸の王の力の根源は、玉座や、その周囲に置かれた宝物にあるようだ。
不死者として存在し、幽鬼の領域の一部を支配しているこの王は、現世でも富に執着していたのだろう。
死を迎えたあともその執着が魂を満たし、その魂がなんらかの影響を受けて、奴は不死者として蘇ったのだ。
邪神や魔神の手引があったのか、それとも冥府との取り引きが成されていたのか──
「「「忌々ましい魔術師め! 不滅の魂を得た我が、おまえごときに滅ぼされるものかあぁあァア‼」」」
体を包んでいた暗黒の気が、バチバチと青い火花を散らして烈しく燃え上がった。
「「「カァッ!」」」
手を突き出し、気迫の声と共に青黒い光を放つ球を二発撃ち出す。
それはゆっくりと近づきながら段々と大きくなり、横へ回り込もうとする俺を追尾して迫ってきた。
「チッ」
魔力渦巻く青い球体に「新月光の刃」を飛ばし、魔法を打ち消そうとしたが、青黒い光に飲み込まれ、新月光の刃はその効果を発揮できなかった。
迫りくる魔法の球体に向けて、俺は魔剣を薙ぎ払った。
月に照らし出された夜の海を思わせるその球体は、魔剣の白銀の刃が食い込むと、バズンッと音を立てて弾け、周囲に魔素と瘴気をばら撒いた。
幽鬼の領域の毒が俺の肉体を汚染しようとしたが、強化した「生命循環の定理」による肉体の強化は、その毒素を退けた。
もう一つの光球も魔剣で斬りつけ、あふれ出た瘴気を物ともせずに不死者に迫る。
「「「ぅんぬヌォおォオッ‼」」」
接近しようとした俺に、今度は赤い雷撃を撃ち出してきた。
それは伸ばした骨の指先から激しく放電し、骸の王の前方に向かって広範囲に広がった。
「うぐぅッ! ──ォぁあァアァアッ!」
魔法障壁で防いだが、乱れ撃つ雷撃のうち数本が肩や腕の皮膚を引き裂いた。
それでも俺は前進し、雷撃を障壁で弾き飛ばす。
頭の横にも傷を受けたが、俺は魔剣を両手で力強く握り、疾駆で敵の目の前まで迫ると、魔神の力を乗せた業魔斬──「業魔神斬り」とでも名付けようか──を放つ。
「ォオオオオオオオッ‼」
「「「ぬぐぅぉォァアアァぁあぁっッ⁉」」」
強力な魔法の盾を展開する骸の王。
それは大きく分厚い、深紅の魔力を纏った強固な盾だった。────が、全力で振り抜いた魔剣から放たれた業魔神斬りは、俺の想像よりも遥かに強力な一撃となって、大きな爆発を起こした。
「「「うッぎやャァぁあぁアァァぁああァ‼」」」
深紅の盾が打ち砕かれ、強大な爆発を浴びた不死者が玉座に叩きつけられた。
そして玉座もろとも砕け散り、爆発に巻き込まれた宝物も破壊の嵐に呑まれてそこら中に飛散したのだった。
骸の王はまだ、かろうじて存在していた。
謁見の間は砕かれた金銀の宝飾品が散らばり、埃の舞う中でも独特の輝きを放っていた。
周囲に残っている宝物の一部がぼんやりとした光を放った。──その光は、下半身を失い、上半身の大半も砕かれて横たわっている不死者に注がれている。
「「「ぉ、ぉぉ……わ、われノ……わレの、ものダぁ……。だッ、だれニもぉ……わたサん……」」」
宝物に伸ばした腕が折れ、床に落ちた手が灰になる。
砕かれた体が徐々に崩れ落ち、灰に変わっていた。
まだ財宝に執着を見せる不死者に近寄ると、容赦なくその体に魔剣を突き込んだ。
魔剣の刃が奴の霊体を吸い込むように吸収し、不死者の魂を喰らい尽くす。
俺の中の死導者の力が奴の魂魄を取り込んで、その妄執から解放する。
「まったく、なんだったんだ。今の不死の王気取りの野郎は」
俺はそう愚痴をこぼしながら傷を回復魔法で癒し、奴の霊的な記憶から魔術師集団「明星の燭台」との関連を探ろうとした。──その時、この幽鬼の領域が崩れ始めているのを知った。
「まずい、ここから出なければ……」
と、近くに転がっている財宝が目に入った。
周囲にはまだ傷ついていない宝物もあり、それらが領域の崩壊と共に失われようとしていた。
「回収しておくか」
このままでは無為にすべてが虚空に奪われてしまう。
俺は影の中から霊獣を喚び出し、彼らに協力してもらって、できる限りの物品を回収させる事にした。
だがそこで気づいたのは、思っていたよりも不死者の集めていた宝物の量が少なかった事だった。
どうやら一部の財宝は霊質から作られていたらしく、魔術師などの魂と魔力を財宝に封じ、霊質を利用して宝物の形を取らせていたらしい。それらが物体としての姿を保てなくなり、元々の霊的媒質に戻ってしまったようだ。──俺は貴金属に結び付けられていた霊質を魔剣に貯蔵させると、剣を鞘に納めた。
骸の王は宝物への執着を魔術的な水準にまで高め、存在の強度へと転換していたのだ。宝物を集めれば集めるほど奴の存在は強まり、多くの死者の魂を支配する存在になっていったのだろう。
ある意味、魔術的な詐術によって、この領域での支配力を高めていたのだ。
明星の燭台との関わりが気になるところだが、俺は影の中に多くの金銀宝石を取り込むと、崩壊を始めた幽鬼の領域から速やかに脱出した。
次元転移で迷いの森まで戻って来ると、俺は近くにあった樹木に寄りかかった。
「さすがに疲れた」
精神的な圧迫が強かった。
骸の王の作り出した幽鬼の領域では、本来なら俺の力は制限されていた。奴の支配の力を否定して、本来の力を振るえたのは、俺が死導者の霊核を所持していたからだった。
奴が言っていた「なぜ、これほどの力を」という言葉。俺が奴よりも死の支配者に近い力を有していたからこそ、奴の支配領域で勝つ事ができたのだ。
二体の邪神を元にした複製体を退けられたのも、不死の力を根源にしていたからだ。純粋に邪神の力のみを発現できていたら、もっと苦戦を強いられていた。
「ふぅ……」
木に寄りかかったまま、その場にずるずると座り込む。
影の中から何本かの薬瓶を取り出すと、それを飲み干した。
体力や魔力を回復させながら、俺の意識は骸の王の正体に迫ろうと、その魂の記憶を探る作業に入った。
あの不死者はやはり、いくつもの魂を融合させたものだった。
元となった存在(魂)は割と近代の貴族だったようだが、古代に近い国の王なども死者の世界より喚び出し、取り込んでいたようだ。
その王以外にも、王侯貴族などの権力者に類する者たちの魂が複数絡み合い、記憶はかなり混濁した状態にあった。
記憶が著しく混雑しており、場面ごとの影像がどの個人のものであるかも判然としない。
──だが、それで問題はなかったのだ。
なぜなら奴は人間の意識ではないのだから。
俺が名付けた「骸の王」という呼称は、かなり的を射たものだったようだ。
何人もの屍と魂を融合させて強化されたあの不死者は、自らを幽鬼の領域で王として存在する為に、何百何千もの魂を喰らい、自らの支配の中に閉じ込めていたのである。
それも金や権力に執着のある者の魂を幽鬼の領域に引きずり込み、富を集め、肥え太るかのごとく、その姿を肥大化させていったのだ。
あれは紛れもなく骸の王として、不死者の上に君臨しようとしていた。
それを成し遂げる為に、奴に呪術的な力を与えたのが『死の魔導書』の写本だったのだ。
──それは冥界の双子が管理する図書館から、不死者の魔神ヴァルギルディムトが盗み出した、あの写本だった。
「ヴァルギルディムトは魔女を殺害し操って、写本を盗んだらしいが。まさか、骸の王と不死者の魔神には接点があったのか?」
これは偶然か? 確かにあの魔神は不死者に関する力に関わりを持っていたが、骸の王の記憶からは、不死者の魔神との関係性は認められなかった。
しかし人の姿をした者が、骸の王となる不死者に写本を手渡す影像を発見した。
それは雑音がひどく影像は乱れ、相手の姿をはっきりと確認する事はできなくなっていたが、頭巾付きの法衣を頭からすっぽりと被り、骨張った手で写本を差し出している男の姿が見えた。
その法衣を身に纏った者も不死者だろう。
だがこの影像だけでは、その正体に迫る事は不可能だった。
写本を手にしたのは、金や銀に飾り立てられた霊廟の中に居た、一人の人間だった。──いや、一人の死者だった。
それがあの巨大な骸の王の最初の姿だとは、誰も気づくまい。
その霊廟は、飽くなき欲望から集められた財宝と、魔術師の協力を得て造られた、幽魂の秘法が施された奇妙な部屋だった。
どうもこの霊廟は、王国の財務大臣だった者が独断で、秘密裏に作り出した物だったらしく、この財務大臣は事もあろうにその霊廟の中で、王の送り込んだ兵士によって命を奪われたのだ。
死後にその霊廟に入る予定だった男は、死を迎えるその瞬間まで、王国からくすねて集めた財宝の数々を独占しようとし、幽魂の秘法によって不死者へと変貌したのだった。
彼は兵士たちの魂を喰らい、さらには幽鬼の領域に霊廟ごと宝物を奪い去ったのだ。
「富の独占を願った財務大臣が、あの骸の王となる魂だったようだが、いつしか奴は、宝物への執着心を持った者共の、邪心の総体となっていた訳だ。
死を拒絶した挙げ句が、己の自我の喪失というのは、いかにも人間らしいと言えなくもないか」
俺はそう述懐しながら、骸の王の根源から手に入れられそうな力を奪った。
いくつかの魔法と呪術を獲得したが、人間が生身のまま使うには危険なものも含まれており、改めて骸の王が人外の存在だったというのが明らかにされた。
骸の王が古代の王などの魂を死の魔導書を使って喚び出し、その力を獲得して膨れ上がった化け物だというのは判ったが、その魔導書の写本を授けた者がなんなのか、そこに今回の黒幕の正体がありそうだ。
あの法衣を纏った者は人間ではない。魔術師が不死者を操って写本を受け渡したとも考えられるが、どうも腑に落ちない
不死者の魔神と明星の燭台には、直接の繋がりはなさそうだが。
むしろ俺の直感は、魔神ヴァルギルディムトを唆し、冥界から死の魔導書を奪うよう指示した者が居るように感じている。
それがヴァルギルディムトから写本を財務大臣の不死者に貸し与え
力をつけさせていたのではないか。──目的は不明のままだが。
その直感は、不死者の魔神と骸の王を作り出した黒幕の存在がある事を、はっきりと認識していた。
ここで第十六章「追い縋る死の腕」は終幕です。
次章「魔神の欠片を巡る光と影」をお楽しみに。──その前に、設定集を追加しようかと思いますが、ちょっと時間がかかるかもしれません。
本当は土曜日に更新する予定でしたが、火曜日にずれ込みました。その理由は活動方向に書いておきます。設定集を作るのに時間がかかる理由についても書いておきます。興味のある話ではなないと思いますが、コメントもらえると嬉しいです。




