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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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骸の王の領域

 森の奥へ向かおうと歩を進めた時、背後でごぼごぼと音がした。

 邪神となったアボッツを葬り去った場所。魔素の黒い染みができていた場所に、また黒いゆがみが現れたのだ。

「なにッ⁉」

 それは黒い炎に似た物で、この世のものならざる青、赤、紫、黒などといった色に明滅していた。


 それはこの世に現れたほころび。

 死の予感に彩られた、異質な領域へと通じる穴を思わせた。

「この気配……!」

 体の周囲にある空気が重さを持ったような感覚。不快な重圧がのしかかり、その場に釘付けにされてしまう。

 なんとか抵抗を試みるが、この場から逃げる事もできずに周囲を警戒していると、木々が急速に枯れ始め、生命にあふれていた色が灰色に塗り潰されていった。


 森の様子だけではない。

 この場にあるあらゆる物すべてが色を失い始めていた。

 空も灰色に淀み、その下にあった木々は次々に枯れ、音も無くその場に朽ちて倒れた。


(──幻覚か)


 この幻像を見せているものが居るのだ。

 周囲の森が灰色に染まり、木々が完全に枯れ果てると、今度は地面から石の壁や柱がり上がってきた。

 ぐらぐらと揺れ動く大地が石の床に変わり、周囲は石柱が並び立ち、広々とした広間を形作る壁がそろうと、天井が空を隠した。


 壁から髑髏の装飾をあしらった棒が突き立ち、そこから謎めいた紋章が描かれた旗が垂れ始めた。骨の軍馬が描かれた紋章で、背景には二本の剣が交差している。


 そこは色の無い世界に現出した城の──広間、いや、謁見の間のようだった。

 石床に広がった暗い色に明滅した炎の向こう側に、大きな玉座が置かれているのが見えていた。

 その玉座の周囲にはごちゃごちゃとしたなにかが積み上げられている。色の無い世界では、それらがなんなのか、ここからでは確認できないが。



 目の前にある炎の中に稲光に似た閃光が走ると、床に広がった炎の中から巨大な影が現れた。

 それは青や赤色の衣をまとって現れた。

 見上げるほど大きなそれは、むくろかたまりといった物だった。


 人や獣の骨を掻き集めて生み出された、死の権化。完全なる死の具現そのものだ。

 巨大な人影は宙に浮き、豪奢な外套や腰巻き(ロングスカート)を身に着け、手首には黄金と宝石の腕輪。指にも宝石の飾られた指輪をめていた。

 首からはその大きな体に合わせた金の首飾りを下げているが、幅広の金の飾り板が何枚も吊り下げられたそれは、金の延べ棒が何本も垂れ下げられているかのようだ。


 そいつは大きな髑髏の上に色とりどりの宝石で飾り立てた黄金の冠をいただき、我こそ王だと誇示していた。

 青い外套の中に着た赤い衣服も金糸や銀糸で細やかな意匠デザインが施され、金銀宝石の装飾に飾り立てられた、悪趣味な不死の怪物が姿を現した。


 この領域で色を持っているのは俺と、その巨大な怪物だけのようだ。

 そしてここが幽鬼の領域であり、物質的な領域と、霊的な──特に"死"に近い──領域である事がはっきりした。



「「「よくやってくれた」」」

 様々な骨を繋ぎ合わせてかたどられた髑髏どくろが口を開いた。その口から発せられる言葉は複数の人間の声のようだったが、その声には威圧的な言霊が込められ、俺を支配しようという企みが見えた。

 その眼窩がんかには赤やだいだい色に光る眼球があり、黒いうろの中から俺をぎょろりと見下ろしている。


 俺は魔剣を握ったまま巨大なしかばねの存在と、周囲への警戒を研ぎ澄ませた。いつ攻撃されてもいいように、気を緩めるような真似はしない。


「「「おまえが奴を──魔術師と邪神を倒してくれたおかげで、我(ら)は多くの物を得た」」」

 奴が骨の指を打ち鳴らして乾いた音を立てると、周囲にみすぼらしい姿の骸骨たちが数体出現し、手にした木箱や布袋を運びながら、部屋の奥にある宝物置き場に向かって行った。

 どうやら骸骨たちは奴隷のような扱いで、彼らは荷物を運び終えると、まるで煙のように消えてなくなった。


「「「おお、そうか。おまえには我が領域の色が見えないのだな」」」

 そう言ってまた指をかちんと鳴らすと、周囲に色が広がっていく。

 白い柱や壁、そこから垂れ下がる真紅の旗は金糸や銀糸で縁取られ、柱にも所々に繊細な彫刻が施されているのが分かった。

 世界に色が付き、明暗もはっきりと判るようになると、この空間にある物が、実体を持っているのだと認識できた。

 そして目の前に存在する骨の集合体である髑髏の化け物もまた、物質的にも霊的にも存在する、曖昧な不死存在である事も判別できた。


「あんたは何者だ」

 巨大な影に怯える事なく、俺は魔剣を構えながら戦う意志を示した。相手が強大な力を持っているのは間違いなさそうだが、すでに魔神とも戦って勝利している俺は、そこで引き下がるような弱い心は持っていない。


「「「我か。──我は生と死の狭間にあって、己の野心に従って生きた者の証である。つまるところ、我はおまえと同じという訳だ」」」

 俺は奴の後ろに見える積み上げられた財宝に視線を送り、そして骸を飾る衣服や装飾品を見て溜め息を吐いた。

「あんたが俺と同じ……か。とてもそうは思えないが。俺には無意味に自身を飾り立てる虚栄心はないし、金目の物をむやみに集める収集癖もない。

 強いて言うなら力や知識を集める志向はあるが、死の国でも財宝を求めるような愚かさは、持ち合わせがないな」


 俺は殺気は出さなかったが、もはやこの不死者と対話を続けようという気持ちはなくなっていた。

 こいつは恐ろしいほどに俗的で、卑属的な人間の成れの果てといったものが、その言葉から感じられた。


「「「ほう……そうかね。おまえが力を求め、魔神と通じているのは、自らの欲望を満たさんと欲するからではないのか」」」

 俺は肩をすくめた。──これ以上の議論は必要ないと、相手も分かっているだろう。初めから俺を生かしてここから出す気はないと、にじみ出る気配で察しがついていた。


「財力とは確かに力の一つだが、それは人間社会においてのみ通じる力だ。死の領域に閉じ籠もっているあんたにとって、財産がなにをもたらしてくれると言うんだ? ただ飾って置くだけなら、もっとましな物を飾るんだな」

 そうまで言うと俺は、魔剣に「霊呪の銀印」を付与した。

 すると表情のない髑髏が一瞬、躊躇ためらって体を引いた。


「「「そうか。せっかく魔術師たちから得た物を、おまえにも分け与えてやろうと思っていたが、その必要はなさそうだな」」」

「ああ、その必要はないぜ。……なぜなら、あんたはここで俺に、すべてを奪われるんだからな」

 こちらも相手の殺意に応じて、全神経を戦闘に向ける。

 強化魔法を掛け、防御魔法も合わせて掛けておく。


 巨大な骸骨の王は両手を広げると、風が巻き起こるほどの魔力を発散し、手の先から鈍い紫色の光を放って、左右に大きな闇を現出させた。

 その闇から巨大な影が進み出て来た。

 それはどこか見覚えのある、巨大な化け物の姿をしていた。


「「「我から奪う……だと? そんな事を我が許すと思うたかぁ‼」」」


 現れたのはついさっき戦った、邪神と化したアボッツに似た赤子型の化け物。

 そしてもう一体は、パーサッシャ=アピポスによく似た存在。──その二体は、邪神の力を有した不死の存在であるらしい。

 まさか上位存在の力を持つ二体の邪神を喚び出すとは! 俺は内心(あせ)った。

 保有する魔力はそれほど強くはなさそうだが、その巨体に備わる力は本物と変わりがないだろう。


 邪神アピポスは特徴的だった腹部の紋様が無く、体内に蛇竜に化けるほどの力がある訳ではなさそうだ。

 しかし手には、巨大な鉄塊と思える棍棒が握られている。あれで殴られれば一溜まりもない。


「「「貴様はここで死ね! そして我のしもべとしてくれよう!」」」

「そんなのはごめんだ」

 俺は現れた二体の化け物の戦力が、見た目ほど強大なものではないと看破した。

 それにこいつらには、決定的に足りないものがある。

 俺は赤子の邪神に一瞬で迫ると、四つん這いになっている腕を深々と斬りつけた。

 赤子が苦しむ声を上げるより前に、背後でアピポスの巨人が手にした棍棒を振り上げるのを感じた俺は、後ろ向きに跳び退さり、でっぷりとした腹を持つ邪神の懐に飛び込んだ。


 どずんッ、という重い音が響いて、赤子の邪神の頭に鉄塊がめり込んでいた。

 腕を攻撃された赤子が俺に噛みつこうと体を前に乗り出した結果、その頭に向かって、棍棒が打ち下ろされたのだ。

 頭を粉砕された巨大な赤子は床に倒れ込み、魔素の残滓ざんしを燃え殻のように宙に舞わせながら消滅していく。


「ぐぼォァアぁァアッ!」

 懐に入った瞬間、俺はその腹部に魔神斬りを叩き込んだ。体を反転させる勢いを乗せた斬撃が、邪神の体を真っ二つに斬り裂く。魔神の刃が邪神の肉体を砕き、魔剣がその霊質を喰らう。

 強力な一撃をまともに喰らった邪神は、その一撃で塵に還った。──所詮は不死者の力で生み出したまがい物だ。

 敵味方の区別なく攻撃する戦闘能力の低さは、戦いの経験値がまったくない証左だった。即席の護衛を喚び出したところで、ろくに防御も回避もできない程度の能力しか持っていなかった。


 あっと言う間に二体の化け物を打ち倒した俺は、すぐさま骸の王に狙いを定めた。

 巨体の不死者が青い外套をひるがえすと、骸骨の腕から斬撃が飛んだ。

 横薙ぎにされた手から放たれた真空の刃をしゃがんでかわすと、引き足を蹴り込んだ疾駆で間合いを一瞬で詰める。

 その速度に髑髏が驚愕した声をこぼしたが、俺は鋭い連続突きを胴体に見舞い、ご自慢の赤い法衣ローブをズタズタにしてやった。


 霊呪の銀印の効果が付与された攻撃だったが、骸の王は衝撃波を放って俺を弾き飛ばした。

 その足下にバラバラと骨がこぼれ落ちたところを見ると、一定の損害ダメージは与えられたらしい。


「「「ぉお、おのれェえぇェ!」」」

 恐らくだが奴は、その見た目どおり、複数の死者の(魂魄)で成り立っている存在なのだ。通常の不死者よりも格段に強度の高い力で不死を維持し、簡単には砕けない霊体を根源としているのだろう。

「ハァッ!」

 続けて俺は、魔神斬りを撃ち出した。

 白光する斬撃が飛ぶと、床から立ち上った煙の壁が斬撃を受け止めた。


「むっ」

 それは骨の壁だった。

 煙の中から白骨の壁が現れ、魔神斬りの刃を受けた箇所からバラバラと大量の骨が崩れ落ちていく。

 肋骨や髑髏の壁はその場に残り、中央部がえぐられた骨の壁が今度は意志を持って動き出し、俺に向かって襲いかかってきた。

 壁の中から骸骨の群れが飛びかかってきて、それはまるで雪崩のように俺を押し潰そうとしてくる。


「『魔神の獄炎(アゥバス・ヴァラム)』!」

 前方に爆炎を撃ち出す強大な魔法を放つ。呪文の詠唱を排して使った為に威力は落ちるが、大きな骸骨の壁を吹き飛ばすには十分だった。

 城の壁を揺るがすほどの爆発を発生させ、骸骨の群れをその一撃で木っ端微塵(みじん)に打ち砕く。

 さらには壁の陰に居た骸の王をも衝撃で吹き飛ばし、奴は玉座の近くまで後退させられていた。


 魔法の障壁で身を守った様子の骸の王。

 しかし身にまとった外套や法衣は傷つき、骨が固まってできた頭部から、砕けた骨の破片がバラバラとこぼれた。

 魔神の炎を鎮火する事には成功したようだが、爆発の衝撃を浴びた大きな影は、かなりの損壊を足下に落下させていた。

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