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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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不死身の邪神

「「いぃ、いだ()イ、いだァぃッ! イッだァぃッ! イッだぁあぁぁァァぁいぃイィぃ‼」」

 まるでガキのように喚いているアボッツ。

 のたうち回る巨大赤子の様子を見て、俺は戦闘の事も忘れて腹を抱えて笑った。


「ふっ、ふははははははは! アボッツ! お前は最高の道化師ピエロだな! 俺を笑い死にさせる気か‼」

 その滑稽な姿。

 巨大になっても、不死身になったとしても、邪神の力を得て強くなったとしても──こいつは、いつまで経っても未熟な半端者なのだ。


「「ゆッ、ユるさナい、ゆルさなァアぁぃイィィ!」」

 奴は痛む脇腹を押さえながら、恨めしそうに言った。

 仰向けになってのたうち回っていた巨体が、どずんと重い音を立てて四つん這いになると、その黄色く光る眼が、殺意に彩られたのを感じた。

 まるでアボッツの精神の上から何者かの意識が介入し、奴の感じた痛みを復讐の炎へと変化させたかのように。


「「ぅごォァアァアアッ‼」」

 ばっくりと開いた口から、淀んだ光の波動があふれ出る。

 俺は咄嗟とっさに横へと回避した。

 瞬間的に間合いを詰める為に作り出した、「疾駆」の魔法を使って。

「「ブォぁアァアァッ!」」

 大きく開かれた口から光の波動が放たれ、その眼前にあった物が吹き飛んだ。

 衝撃波に似た力が解放されて、木々が砕け散り、幹の下半分を残して数本の樹木が木っ微塵みじんに砕けてしまった。


(あぶねぇッ! ……さすがに上位存在となっただけはある。油断はできんな)


 例え中身がアボッツ(マヌケ野郎)であったとしても、今のこいつは邪神なのだ。あの愚か者のアボッツだと思って戦い続ける事は危険だ。

「ハァッ!」

 離れた位置から魔神の力を乗せた斬撃を放ち、邪神のからだを引き裂いた。

 極大の斬撃。剣先から撃ち出された光の刃が、赤子の胴体から頭頂部まで真っ二つにした。

 しかし両断された肉体が、まるで本を閉じるようにして、引き裂かれた半身をくっつけ合うと、傷口も残さずに修復してしまった。


「「ぐふぅァ、ぐボァはハハはハはァ‼ ムダ、むダだァ! そんナもノはァ、いだくもナんともヌぁ()あぃィ!」」

 どうやら邪神の魂がアボッツの精神の大半を侵蝕し、痛みを感じさせなくしたらしい。

 不死者の部分と邪神の部分が混在している、この化け物の弱点を探る解析をしながら、俺は剣と魔法を駆使して、巨漢の怪物の相手をする事にした。


 二つの意識(戦闘と解析)を同時におこなうようにして、意識と無意識の両面から適切な行動を取るようにする。

 魔術の究極目的の一つ。()()()()()を完成させたと言ってもいいだろう。

 意識と無意識の二つの領域を統率し、揺るぎのない自己を獲得した俺は、精神活動も肉体活動も、そのすべてを制御して行動する事が可能になった。


 接近戦を選択すると、邪神は爪による攻撃や、巨体を活かした攻撃を繰り出してくる。

 離れると口から光の波動を撃ち出したり、未知の魔法を使う事もあった。

 アボッツの魔法ではなく、邪神としての魂が繰り出す、闇の力に染まった魔法だ。

 それらを使う時、邪神アボッツは古代魔術言語を使用していた。──アボッツが知り得ないものだ。すでに奴の意識は表面的な部分だけになり、復讐心すらも、恐らくは原理(動機)的なものとして残っているだけであり、感情的な振る舞いを演じるだけの材料でしかなくなっていた。



 俺は奴の攻撃を何度か喰らったが、魔晶盾アコラスなどの防御魔法で対応し、致命傷はなんとか防ぎ切った。

 互いに傷を与え合う激闘を続け、その戦いの中で初めて、光体を攻撃する「天破槌」の魔法を使用した。

 雷霆らいていに似た光を集めた大型の光球を作り出し、それを巨体の赤子に投擲とうてきする。


「「ぬぐゥォオおぉオゥッ⁉」」

 腕を伸ばし、邪神の力を使って光の球を握り潰そうとしたアボッツだったが、その手の中で球が爆発し、腕を消失させるほどの破壊を生み出した。

「「うグぉあぁアァァ!」」

 肩口をえぐられた傷口から、青紫色の血が流れ出る。

 光体を傷つけられた為に、簡単には修復できないのだろう。


「「コ、こロスぅ、こっ、コろしテャるぅゥゥ……!」」

 片腕になった赤子は恨みがましくそんな言葉を吐いたが、アボッツの意識はほとんど失われ、もはやそれは夢にうなされた者が口にした譫言うわごとのようなものだった。


 赤子の邪神は鱗に包まれた腕を振り上げ、それを思い切り俺に叩きつけてきた。

 地面がえぐれるほどの威力で叩きつけられた拳から、周囲に爆発的な衝撃波が飛び、俺はその衝撃を魔法障壁で防ぎながら後退した。


 そうした戦いを繰り広げながら、解析によって奴を葬り去る手がかりを得た。


 奴の中にある不死の力は冥界との繋がりがあり、それを邪神の力がさらに補助しているような状態にあった。

 邪神の肉体をいくら破壊しても、冥界の領域と邪神の領域の二つに存在の根源があり、その二つを破壊するのは事実上不可能だと言えた。──そう、少なくともこの物質界では、アボッツは不死身の化け物に違いなかった。


 俺が奴から距離を取った時、邪神は失った腕から赤紫色に明滅する闇を発生させると、傷口から新たな腕を再生させた。

 しかもその腕は赤子の腕ではなく、爬虫類の物を思わせる、黒い鱗に覆われた長い腕が生えてきたのだ。

 しかも切断されていない腕も変形し、ずんぐりした胴体から腕だけを長く伸ばした姿は──まるで甲虫だった。


「「れッ、レぇれレレれぇえエェ、れぇギィぃイぃいィィ!」」

 醜い怪物は虚ろな顔をして俺の名を呼ぼうとしている。不明瞭な発声なのは、すでに奴の精神が崩壊し始めている兆しだろう。

 アボッツは眼球をぐるぐると回転させている。頭から生えた角が伸び始め、口の中には牙が生え出てきていた。


「気安く名前を呼ぶんじゃねぇ、冥界から噴き出た汚物の分際で」

 俺はそうののしりながら、影の中から一本の杖を取り出した。

 呪われた杖。この杖に込められた死の力を増幅させる力を利用して、奴を冥府の領域へと送り返す。

 これ以上の変形を許せば、さらに危険な攻撃をしてくる可能性がある。邪神の力がこの世界に馴染なじむ前に、アボッツの魂魄を冥府の底に送り返してやるのだ。


「「ぅごァあガァあぁぁァアぁっッ!」」

 ばきばきと音を立てながら、赤子の躯が変形していく。肩幅が広くなり、ずんぐりとしていた上半身が伸びて、さらに異様な形態へと姿を変えたのだった。

 下半身は短い足のままだが、赤子の皮膚といった感じではなく、鱗に包まれた爬虫類の足を思わせる物になっていた。

 足の指からも赤黒い鉤爪が生えて、すでに巨大な人間の赤子には見えない物へと変わっていた。


 背骨から上半身が弓なりに伸び、痩せた腹部の所為せいで、下半身と上半身の間に逆さになった船の竜骨があって、そこから舟形の肋骨が伸びているかのようだ。

 上半身に至っては、それは人体と蜥蜴とかげを掛け合わせた物を想像させる、異様な身体を形成していた。

 ──あるいは竜に近いと言えるだろうか。

 火山島トルーデンで魔精火竜と戦ったが、あれに比べるとこちらの竜の姿は不気味さにおいて圧倒しているが。


 なにしろ鼻から上の部分は人間の原型を留めており、鼻からあごが前方に伸び、牙だらけの口を開いたその姿は、人間の赤子と犬の口を持った怪物といった風貌になっていた。


 哀れなアボッツはもはや存在しないだろう。赤子は黄色い眼を見開きながら、血の涙を流していた。

 躯の膨大な変形の痛みからくる涙なのか、それとも己の意識が失われていく恐怖からなのか、姿を変えた化け物は、赤紫色の涙を流しながら咆哮ほうこうした。


「だが好都合だ」

 奴は邪神の力だけでなく、冥界からの力を注ぎ込まれて変身をしているのだ。

 呪われた杖を右手に持つと、奴の動きを止める方法を考え、それを実行する呪文を唱え始めた。


「「ぉアァあアぁァッ!」」

 苦しんでいた怪物が前足を使って、大きくこちらに上半身を乗り出した。そしてばっくりと口を開けて、俺に喰らいつこうとする。



「『巨人の剛腕(ルガント・ガディス)』!」

 魔法を発動させると、地面から二本の巨大な腕が生え、邪悪な怪物の顎と鼻先に手をかけて、無理矢理口を開かせた。

 圧倒的な膂力りょりょくを誇る巨人の腕は、神話に登場するような輝かしく偉大な者の腕らしく、金や銀の腕輪に赤や青の宝石をちりばめた、壮麗な装具を身に付けていた。

 巨人の手が化け物の口に指を入れ、顎を引き裂かんばかりの力で広げると、俺はその口の中に向かって渾身の力で呪われた杖を投擲した。


 杖は喉の奥に飛んで行きながら不気味な光を放ち、巨大な怪物の体内に消えた。

 ガツンッ、ドゴォッ!

 俺は巨人の剛腕でその怪物の頭と顎を殴りつけ、おぞましい邪神を地面に叩きつける。

 横倒しになった巨体を起こしながら、頭を振る邪神アボッツ。



「「ゥぉァごォァアぁ……?」」

 呻きながら四つん這いの格好になるが、腹の中に入った異物感を不審がっている様子を見せる。

「「──ぬァ()、ナぁにを……」」

 呑ませたのか? と問おうとしたのだろう。

 だが奴は、次の言葉を発せなくなった。


「「ぎぃァあぁァアア! ぅゴぇあアァぁアぁぁ‼」」

 邪神は急に絶叫し、その場でのたうち回った。森の中の木々の生えぬ空間でごろごろと転がると、絶望の悲鳴を上げながら、躯を激しく痙攣けいれんさせ始めた。

「さよならだ、アボッツ。これで二度目の別れだな」

 巨大な怪物が仰向けになって腹を掻きむしると、鋭い鉤爪に引き裂かれた皮膚の下から、暗闇があふれ出した。


 同時に邪神の躯が変色し、ひび割れ、崩壊を始めた。

 腹の中からあふれ出した闇は、よく見ると大量の亡者の群れだった。

 影のごとく黒い姿の亡者たちは、赤い光を放つ眼光を不気味に輝かせていた。それらは一個の塊のように動き、腐った物を侵蝕するかびが全体に広まるようにして、邪神の巨体を瞬く間に闇でおおった。

 互いの体が融合した亡者の群れが、邪神の躯を喰らい、邪神の力すら押さえつけて、冥府のふちまで引きずり込もうとしているのだ。


 魔術師たちによって強化されていた怪物は、冥界のことわりを破っていると判断されたのだ。

 地上に湧き出たその力の根源ごと、冥界に戻そうとする力が上回り、圧倒的な支配の力()を振りかざして、邪神として生まれ変わったアボッツを、あるべき場所へと連れ去っていく。


 亡者の群れの形をした闇は、冥界を支配する神の権能のあらわれなのだろう。おぞましい姿をした死の群集は、瞬く間に怪物の躯を欠片も残さずに喰らい尽くし、杖を媒介とした空間に吸い込まれるようにして、呪われた杖ごと跡形もなく消え去ったのである。



 地面に残されたのは、膨大な死の痕跡。

 土が変色するほどの魔素が、森の中に残されていた。

 魔素の黒い火の粉に似た物が地面から湧き立ち、空中に舞い上がっている。

「ぅっ、……レィテ、ネシヴィス、時の果て、死の眠る領界に、沈黙の誓いを留めよ。『静謐の門』」

 魔素を消し去る──次元領域に還す──魔法を使い、森に定着しそうになった魔素を除去すると、その場を去ろうと歩き出す。


 邪神となったアボッツには墓標も必要ない。弔鐘ちょうしょうもいらない。

 奴は一度は冥府のくびきを逃れたが、もう二度と現世に戻る事はあるまい。

 明星の燭台の連中も、大がかりな手札を切った結果がこれでは、さすがに次の札を切る手の動きも鈍るだろう。



 などと考えていると────

第十六章のタイトルを「追いすがる死の腕」に変更しました。

「魔神の欠片」は第十七章になります。

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― 新着の感想 ―
やはり魔術の戦闘描写があるとレギのイケメン度が跳ね上がっていきますなぁ(恍惚)
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