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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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迷いの森に向かう道中

 テスカルブトールの西にあるとりでに向かう荷車に帯同させてもらうと、六頭の驢馬ろばが引く荷車に揺られながら道を進んで行った。

 荷車は二台あって、それぞれに砦に運ぶ物資が載せられていた。

 荷車を守る護衛も武装して驢馬にまたがっている。

 それは冒険者ではなく、砦を警護する兵士らしい。領主の私兵だそうだが、身に着けている胸当てや鎧などはかなり質のいい物だった。

 危険な地域であるバアラム地方を治める領主は元々軍人であるらしく、領地を外敵──それが人間にしろ、化け物にしろ──から守る事に対して、かなりの予算を投じているのが見て取れた。


 荷車に揺られながら、俺は影の倉庫にしまった物を調べようと取り組もうとした。

 ……だがその集中は、すぐに中断する事になってしまった。

 街道の脇から小鬼ゴブリンに似たものが姿を現したのだ。

 四名の兵士が驢馬を降り、剣や槍を構えた背後から近づいて行くと、小鬼に見えていたものは邪鬼であるのが分かった。

 青紫色の皮膚を灰色の毛皮で隠しているそいつらは、以前に見た邪鬼よりも貧相な武器や防具を身に着けており、見るからに弱そうな連中だった。


 武器を振り上げるようにして迫って来た邪鬼の群れに、俺は兵士たちを置き去りにして前に飛び出した。

 背後から「待て!」と呼び止められたが、俺は無視した。──今さら待てるものか。


 邪鬼二匹の振り下ろした短剣と手斧をかわすと、俺は魔剣を薙ぎ払った。片手で振り抜いた勢いで首をね、もう一匹の喉を切り裂いた。

 流れのまま二匹の後ろに居た邪鬼を蹴り飛ばし、体を回転させて別の邪鬼の攻撃を躱す。その回転の勢いで剣を振り回し、手近な所に居る敵を連続で斬りつけた。


 そうこうしていると、兵士たちに突撃して行った邪鬼たちも倒され、最後の一匹の鎖骨辺りから心臓に向かって剣を突き込み、それを殺した。


 ここの邪鬼たちの攻撃は単調で、戦闘慣れしたものとは違い、まったく相手にならなかった。

 俺が倒した邪鬼の牙を集めていると、兵士の一人が近づいて来て「大した強さだな」と声をかけてきた。


「この辺りの邪鬼は、こんな粗末な武器しか持っていないのか?」

 俺は兵士の感想は無視し、邪鬼の装備もいくつか回収した。

「そうだな。こんなものだと思うが…」

「そうか」

 ベグレザ国のバクシルム領で遭遇した邪鬼は戦い慣れした個体で、装備も充実していたが。

 そんな事を思いつつ、俺たちは再び西に向かって移動を始めた。


 荷車の車輪がときおり凍りついた雪の上を通過し、「バリッ」という音を立てて氷を砕いていく。粉雪の上を通過する事もあり、場所によって雪の積もり方に違いが感じられた。


 また荷車に揺られながら、影の倉庫にしまった「呪われた杖」を調べてみた。

 奴隷たちの乗っていた荷車を止めた男が喚び出した骸骨虚兵ボーンゴーレムは、この杖の力によって生み出されたもので間違いなさそうだ。

 だがこの杖は、虚兵を作り出す触媒という訳ではなく、むしろ「死」に関わる力を増幅させる意味を与えられた杖のようだ。

 何者が作った物かは分からないが、かなり古い時代の物で、杖に込められた力は「邪悪な力」に起源がありそうだった。──つまり邪神や魔神といった、危険な上位存在の力を借り受けて作られた物だという事だ。


 この杖を持っていた男の素性を探ろうとすると、急になんらかの妨害が入った。しかしその妨害は魔術によるものではない。それはこの杖を手にした事による、上位存在の力と関係するあらゆる者の無意識領域に介入する、根源的な拒絶の力だった。

 上位領域の力を躱して男の素性を探ると、大部分に雑音ノイズが混じり、視覚的な情報にも歪みが生じた。

 だが最近の事についてはなんとか読み取れそうだった。



 呪いの杖を持っていた男は、どうやらキオロス島の人間だったようだ。彼は目的を持ってジギンネイスにまでやって来たようだが、その目的とは、奴隷商人に拉致された要人を救出する、というものだったらしい。

 男が危険な杖を持っていた理由は不明だが、彼の属する一族が保管していたようだ。

 要所要所に雑音が入り、正確なところは判らなかったものの、男が荷車を襲った理由は、奴隷として連れ去られた女を救い出す事だったのだ。


 しかし、杖に残されているはずの残留思念を読み取ろうとしても、なかなか事の本質に辿り着けそうにない。

 俺は死導者グジャビベムトの力を使い、あの男の霊魂の記憶から、もっと正確な記憶を読み取ろうとした。

 すると、男の魂がぷっつりと消え去っているのを理解した。


(なんだとっ⁉)


 あり得ない事だった。

 あの男の死に直接関係した訳ではなかったが、俺はあの男の死体を目撃し、触れさえした。

 にもかかわらず、男の魂は死導者の手をすり抜けて、どこかへ消え去ってしまっていたのだ。


(まさか、この男が関係していた連中は、死導者の力を……?)


 そう疑うのも無理はない。

 男の死を待ち、その霊魂を引き受ける死導者が他に居たと考えるのが、一番手っ取り早い答えだった。


(この男の関係する一族は、死導者との関わりがあるのかもしれない)


 それを探ろうとすると、思ったとおり雑音が邪魔をして、こちらが見たいと思うものを発見するのが恐ろしく困難なものになった。

 これは、男が()()()()()()()()()()()()()呪的な力の所為せいかもしれない。この一族に関わる人間は、なんらかの強力な呪術によって保護され、霊魂が巨大な呪術のの中に閉じ込められている状態にあるのだ。

 彼らの魂は生まれながらにその一族に取り込まれ、結びつけられている。


(いったい、どういった民族だったのだろうか)


 そしてこの男が救い出そうとしていたのは、おそらくディアナリスだったのだ。

 ディアナリスについて調べようと精神領域への接続を試みても、その強力な精神防壁に妨げられ、彼女の素性を知るのは骨が折れた。

 死導者の力を利用した調査でも、表面的な事柄しか読み取れない。

 死亡した男や彼女ディアナリスが属していた民族はキオロス島に古くから存在する、呪術的な力を持った一族だというのは間違いないだろう。だがそれがどんなものなのかは、核心に辿り着けそうにない。


 だが、そうした断片的な記憶の一部を読み取る事ができた。

 ディアナリスには妹が居たようだ。

 この二人がなんらかの儀式の中心に居て、数十人の人々に囲まれて祝福されているような影像が見えた。

 それがなにを意味しているのかは分からない。

 だが彼女らは、一族の中で重要な地位にあった事は間違いなさそうだ。


 そのような立場にありながら奴隷商人に捕らえられ、ジギンネイスにまで連れ去られてしまった。

 彼女らの一族はどうなったのだろうか。

 さらに深く追及しようとしたが、強力な呪術の力に惑わされ、俺は精神の領域から押し流されてしまった。濁流に飲み込まれた倒木の様に、俺の意識は現実に押し戻されてしまったのだ。



 目を開けると、防寒具の下に汗を掻いていた。

 危険な呪術の罠に捕らえられてしまうところだった。

 強力な力に流された瞬間に、俺はその力を振り払って逃れた。

 まるで黒い水が濁流の様に押し寄せ、俺を呑み込もうとしてきた。その力は、邪悪な気配を持っていた。


「上位存在──か」

 ディアナリスらの民族が、なんらかの上位存在と契約しているのは確かだ。その為に彼女らの精神領域は、隠匿の面紗ベールに隠されているのだ。

 民族全体が上位存在との繋がりを持っている奇妙な一族。それはなにやら危険な印象を感じさせた。


 呪われた杖は、そうした来歴を持つ民族によって作り出されたのだ。

 ディアナリスはその民族の人々から崇められるような立場にあり、おそらく巫女のような役目を負っていたのだろうと思われた。

 クーシャが侍女のように見えていたのは、ディアナリスの世話係をしていた為だろう。


 荷車の進む先に白い壁が見え、砦を囲む壁と、石造りの堅牢なやぐらが目に入ってくる。

 俺は精神世界で得た情報は一旦おいて、西に向かう旅に集中する事にした。



 砦の前に止まった荷車から降りると、俺は御者に礼を言い、石塁せきるいから離れて行った。

 御者からは「ここから西は危険だぞ」と警告を受けたが、俺は構わずに進んで行く。危険だとしても、引き返す理由にはならないのだ──今回は。


 地面にはしぶとく生えている草や灌木かんぼくもあり、雪の中からひっそりと顔を出している若芽の緑が見える場所もあった。

 踏み固められた道がかすかに残り、西に向かって延びている。

 その道を歩きながら近くの林や、離れた所にある森を見る。幸い危険なものと遭遇する事はなく、細い幹をした木々の横を通って先を急いだ。


 道が緩やかに左に曲がっているのは、ビフス鉱山へ向かう道だろう。

 俺は右前方に見える森に向かう為に道を外れて、薄い雪が残る道なき道を進んで行った。

 遠くに見えている森林が「迷いの森」であろう。

 森の奥に白っぽい色をした岩山が見えており、手前にある木々が白い帽子を被っている事からしても、岩山にも雪が積もっているのだと思われた。


 雪間に大きな岩があり、その陰から灰色の人影が姿を現した。

雪鬼狼シルトグレムか」

 俺は魔剣を抜いて迎え撃とうと、剣を構えた。

 薄汚れた毛皮に包まれた獣人らしい人影が、のそりとした動きで俺の方に顔を向けた。それは「グルルッ」という唸り声を上げてこちらに向かって来た。

 相手はかなり殺気立っており、灰色の毛が逆立っている。

 足を踏み出してきたと思った次の瞬間、雪鬼狼は素早い動きで俺に迫って来た。


「グワゥッ!」

 鋭い爪を俺の首めがけて突き出してきた。

 しかしその狼の頭部をした獣人は、地面に倒れ込んだ。

 攻撃を躱しながら剣を薙ぎ払い、相手の胴体を斬りつけたのだ。

 雪鬼狼は物も言わずに倒れ込み、赤い血で自らの毛皮を赤く染めていた。

 かなり深くまで斬り裂かれたにもかかわらず、その化け物はまだ生きていた。下半身に力は入らず、立ち上がる事もできそうにないが、腕の力だけで上半身を起こそうとしていた。


 その首に剣の切っ先を容赦なく突き下ろし、首の骨を切断すると、その獣はやっと絶命する。

俺は刃に付いた血を払い落とすと、周囲を警戒しながら迷いの森に向かって歩き出した。

このお話と共通する世界の話、『蛇は卵を呑む』の内容と関係する情報があるので、そちらを読むとディアナリスの背景が間接的に分かるようになっています。

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