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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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奴隷たちと食事を

「なに?」

 俺は真顔で聞き返してしまった。

「どうなるか、とはどういう意味だ?」

 すると女たちはまた互いの顔をうかがい合っている。

 その表情には、「言いたい事はあるが、誰か自分の代わりに言ってくれないか」といった想いがにじんでいた。


「私たちは奴隷だったので。確かにあの奴隷商は死にましたが、私たちの所有権の権利書はあなたが回収した、あの男のかばんの中にあります」と、北方人の女が口にした。

「ああ、それは確かに。──あとでそれぞれにその羊皮紙を渡すから、あとは好きにしろ」

 場所にもよるが、確か所有者の印章を解約のらんせば、奴隷の奉仕が終了した証となるはずだ。


「印章も奴の鞄の中に入っていたからな。それを捺した物を持っていれば、脱走奴隷と見なされる心配はないだろう」

「しかし、彼は死にました。我々が殺害したと考える者が出て、彼の仲間が追跡してくるのでは……」

「そうかもな。だからあまり目立たないようにして、早めにこの国を出た方がいい。その為の資金はあとで奴隷権利書と共に渡してやる」


 奴隷商の組合ギルドに似たものもあると聞く。多くは国の管理下に置かれているだろうが、そうした組織の中には、非合法なものも多いだろう。

 大きな国の足下ほど、影の組織は多いものだ。ルシュタールに暗殺者集団があったように、北の大国ジギンネイスにもろくでもない組織があっても不思議でもなんでもない。

 たいていそうした組織の裏には、権力者側の協力者が居るものだ。──奴隷を必要とするような連中が貴族側に居るのは疑いようがない。

 貴族(彼ら)の協力があるからこそ、北にある国から船で南下し、別の大陸まで航海をして奴隷を連れて来るような真似ができるのだ。



「ところで私たちは、あなたに名前すら名乗っていませんでしたね。失礼いたしました」

 そう言って頭を下げたのは、元貴族らしきあの女。

 汚れてくすんでいた髪の色が、今は綺麗な黄金色に輝いている。

「私はディアナリス」

 そう名乗った彼女の隣に居る、従者のような銀髪の女が「クーシャ」だと名乗った。

 北方人の戦士は「ナーヴィ」と言い、少女は「ローザ」という名前だった。

 南方人の少女が「シャム」。二人の南方人は「アンビア」と「フィッラ」だと言った。


 彼女らの名前を聞き、それぞれの境遇についても多少は聞けたが、北方人の彼女らはあまり実情を語りたがらなかった。

 ピアネスから来た俺からすると「北方人」という言葉は、ジギンネイス国やウーラ国の人間も含んだものになるが、彼女ら四名は海を隔てたキオロス島から奴隷として連れて来られたのだ。

 その中でもディアナリスとクーシャの二人は、過去の話をする気はないようだ。彼女らは元々知り合いだったのは間違いないようだが、その素性については語ろうとしない。


 だが俺は、この二人から独特な雰囲気を感じ取っていた。おそらく魔法封じのかせを付けられていたのは、この二人なのだと思われた。

 強力な魔法使いという感じはしないが、それなりの魔法や魔術を使えるのではないだろうか。


 ナーヴィはキオロス島で山羊や雪狼を狩る狩人であり、まれに雪熊とも遭遇し、そういう時には槍でしとめたのだと話した。キオロス島では狩人は戦う者(戦士)でもあるのが通例だと話す。

 北方人の瞳は皆、水色に近い青い色をしていて、肌は白さが目立つ傾向が強く、髪の色は金や銀が多いらしい。

 少女のローザはジギンネイスとの戦闘に巻き込まれて両親を失い、孤児となったローザは前線に居た事もあって、奴隷として連れ去られたようだ。

 キオロス島には孤児院にあたる施設は無く、各部族によって孤児みなしごの扱いは異なるらしい。

 少女は両親を失ったというのに気丈で、奴隷となった身でも悲観せずにいられる強さを持っているようだ。


 南方人は赤みを帯びた茶色や黒色の髪の毛に、瞳の色も赤茶色か黒色をしていた。

 肌の色も濃い茶色で、鋭い目が印象的だった。

 少女のシャムもどこか力強い目をしていて、ローザと同じで奴隷であるにもかかわらず、まったく弱気になる事がない様子だ。

 アンビアとフィッラは二人とも戦士であり、槍や弓を用いて狩りもするらしい。

 この二人は大陸の言葉が不得手であり、たびたびシャムに通訳を頼む事があった。


 ジギンネイスからやって来た奴隷商人は蛮族として彼女らを捕らえ、奴隷として連れ去るのを微塵みじん躊躇ためらわないのだ、と彼女らは話した。

 要は蛮人は商品なのだ。牛や馬が売り買いされるのと同様に、奴隷商人はそうやって蛮人を捕まえ、船で大陸まで運んで来るのである。


「ともかく君らは自由になる。それは保障する」

 浴槽の中でそうした事が話されたが、彼女らの不安は払拭できなかったらしい。たとえ奴隷から解放されるとしても、彼女たちが元々住んでいた土地に帰る事は難しい。

 特に南方人のアンビアとフィッラは、いくつかの家族集団で生活していたが、そのほとんどが奴隷として誘拐されるか、その場で殺されたのだと言う。

 まして蛮族大陸アディルジャに向かう客船などは無く、自力で戻る事は事実上不可能だった。


「じゆう……」

 シャムの通訳を受けていたアンビアがぼそりと呟いた。その言葉の意味がどのように"蛮族"と呼ばれる人の言葉に訳されたかは分からないが、二人の様子からは戸惑っているような印象を受けた。


「アンビアとフィッラは戦士だったのだろう? なら戦士ギルドに登録するといい。そこで生活の基盤を手に入れられるかもしれないぞ。

 できれば君ら七人でベグレザやアントワに行く事を勧めるよ。奴隷を持つ習慣のない国の方が過ごしやすいはずだ」

 彼女らが同じ境遇の者同士、ずっと支え合って行けるかどうかは疑問だが、少なくともこの国を出るまでは行動を共にできるだろう。

 西に行って海路を使って南下するも良し。陸路を使って国境を越えるのも良し。

 あとは自分たちで考えたり相談するなりして、これから取るべき行動を決めておけと告げると、俺は先に浴槽を出て脱衣所に戻った。



 脱衣所で服を着ると、暖炉が設置された広間ロビーで体を冷やさないようにしながら、小さな皮袋にスフォラ硬貨とピラル硬貨を分けて入れておく。これを十四袋用意して影の中にそっとしまった。


 しばらくすると女たちは脱衣所から出て来た。

 体を清潔にして新しい衣服に着替えた彼女らは、少しは生きる気力を取り戻したらしい。暗い表情をしている者も居るが、陰りで曇ったような顔はしていない。

 手元には背嚢と防寒着を準備した姿で、七人が長椅子に座って互いの様子をうかがっている。

 他に客はおらず、俺と七人の奴隷が暖炉の前にある三つの長椅子を占領していた。


「ありがとうございました。おかげで生き返った気持ちです」

 と、ディアナリスが言った。

 雪に閉ざされた土地を街から街へと移動して来た彼女らに、奴隷商人たちは碌な生活をさせなかったのだろう。せいぜい防寒着を着せてやるくらいのもので、彼女らはいつも凍死の危険と隣り合わせだったのだ。

 体を拭う時も、お湯を使わせてもらえたかどうかも疑問だ。


「なぜですか」

 ディアナリスの陰でクーシャが静かに、しかし力強い口調で言った。

「なぜ、とは?」

「なぜあなたは私たちの身を案じ、救いの手を差し伸べてくださるのでしょうか」

 どこか警戒した様子で語る彼女の言葉に、周りの女たちも同調の意を示す。奴隷であった彼女らにとって、対価を求めない優しさなど信用できないのであろう。


「助ける理由? そうだな……それが俺の気質たちだからだ。困窮している者に手を貸してやろうとするのはな。──もちろん無条件であらゆる者を助ける訳じゃあないが」

 そう言いながら立ち上がる。

「あの奴隷商人から得た金もある。それを君らに分け与えよう。その金を使って南へ向かえ」

「あなたはどこに行くのですか」

「俺はこの街の北にある断崖の上に向かい、迷いの森を抜けて探し物をしなけりゃならないんでね。ここで君らとはお別れだ」


 俺の説明を聞いてディアナリスは考え込む仕草をし、他の奴隷たちもひそひそとやりとりをしている。どうやら浴槽に浸かりながら相談していたようだ。

 戦士であるナーヴィとアンビアとフィッラは、俺について来るつもりでいたらしい。


「私たちはあなたについて行く事を望みます」

「わたし、たち──戦士。やくに立つ」

 アンビアが片言で言うとナーヴィもうなずく。

「いや、君らを連れて行くつもりはない。骸骨虚兵ボーンゴーレムに勝てない程度の技量では足手まといだ」

 突き放して言うと彼女らはうなだれた。

 俺が魔法も使える手練れの戦士だと思い出したのだろう。


「どこかで食事にしよう」そう言って立ち上がるようにうながすと、彼女らはその言葉に従った。




 新しい防寒着を着た彼女らを見ても、誰も奴隷であるとは思わないだろう。

 細い路地を歩いて目的の店を探し出すと、まだ正午前の時間だったが料理屋は開いていた。

 ぞろぞろと集団で店の中に入り、一番奥の方にあるテーブル席に座った。暖炉近くにある二つのテーブルを占領すると、壁に架かった木板にある献立メニューを見る。

 女奴隷たちは店での食事に慣れていないのか、どこか落ち着きなく椅子に座る者や、どうしていいか分からないように周りを見回していた。


「適当に注文するが、構わないか?」

 そう尋ねると案の定、彼女らは一斉に頷いた。

 当然の反応だ。奴隷だった彼女らが俺の言葉に首を横に振るはずがない。──俺は心の中で溜め息を吐き、ともかく彼女らに体力を回復させ、気力を取り戻す為の食事を選ぼうとしたが、献立に書かれた料理名を見ても、どれもいまいちぴんとこない物ばかりだった。

 この街の料理は固有名の物が多く、俺は給仕の女と話しながら、あまり脂っこくなく、栄養のある料理を尋ねながら人数分の料理と、大勢で分けられる大皿料理を二皿注文した。

「温かい紅茶ももらおう」

 そう頼みながら銀貨数枚を手渡すと女給仕は黙って頷き、足早に去って行く。


 しばらくすると全員の目の前に持ち手()付きの茶碗ティーカップが置かれ、温かい紅茶が注がれた。それは赤色も鮮やかな紅茶で、どうやら生姜などの香味料スパイス入りの紅茶らしい。

 女給仕はそれをれながら「この辺りでは一般的な紅茶の飲み方です」と説明した。

 紅茶を口にしたあと、お腹の辺りがぽかぽかとしてきた。血流が良くなり、体温が上昇したのを感じる。

 大人も子供も抵抗なくその紅茶を飲み、料理が来るのを待ち望むような気持ちで会話に花を咲かせている。


 様々な苦い記憶から解放された彼女たちに、笑顔が戻り始めた。

 テーブルに乗せられた料理の数々。その内の大皿から骨付き肉を手に取ると、俺はそれに口をつけ、皆に食べるよう告げた。

 彼女らは飢えていたが、それを表に出す事はしなかった。奴隷特有の抑圧された心には、常に死の影が潜んでいるのだ。

 その死の影が彼女らの魂を暗闇でおおい、一切の自由意志を奪っていた。個人的な想いを口にする事すら禁じられていたに違いない。


 そうした暗闇から、彼女らは解放されたのだと実感した。それがテーブルを囲み、あり余るほどの食事を口にできる瞬間に感じられた。

 ある者は夢中で皿の上に盛られた料理を食べ、ある者は静かに、優雅に食事を口に運んでいた。

 子供たちは互いに感想を口にして、幸せそうに笑顔をこぼしながら料理を味わっていた。

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