魔女の集会場での危機
主人公が立て続けにピンチになる展開。この時もレギは、結界が張られているなど思いもよらず、へまをした形ですね。魔眼があるのに……
乾いた大地に風が吹き抜ける。それは無数の切り立った岩山に向かって吹いている風だ。あの奇妙な岩山の姿は、こうした風によって削られた結果なのだろうか?
岩山に近づいて行くとその高い壁に似た岩壁が、いくつも連なって立ち並ぶ姿に圧倒される。
自然が創り出した天然の要塞。そんな雰囲気がある。
岩壁は場所によっては段差がある所もあったが、本当に一枚の壁の如く、てっぺんまで垂直の崖が伸びている所もあった。茶色の岩壁は、どれも同じくらいの高さがあり、岩山と岩山の間を縫うように、風の通り道ができている。
乱雑に立ち並ぶ切り立った崖の間を歩きながら、魔女の集会が行われるという──岩の壁に囲まれた広場──のような場所を求めて、岩と岩の間を右に、左に、と進んでいると、嫌な物を発見した。──固い地面に残された、馬の蹄の跡だった。
川の跡地で見つけた例の一団の物だろうか。頭数までは判別できないが、この荒れ地の岩山の中にまで、野生の馬が入り込むとは考え辛い。
誰かが御して、この岩ばかりの土地にやって来たと考えるべきだろう。
「まさかな」
俺は、その嫌な想像を振り払い──しかし、警戒しながら先へと進む事にした。
このような場所まで来る者は、大抵の場合、冒険者しか居ない。
だが、魔女王ディナカペラが言っていた事を考慮すると、それ以外の可能性も──一つ、思い当たるのだ。それが嫌な想像を呼び起こす。
岩山の間を進んでいると──どこからか、滝の落ちる音が聞こえてくる……だが、どこか奇妙な反響を伴ってそれは聞こえてくるのだ。
しばらくすると、その音の正体が判明した。
道の先が崩落し、大地に大きな亀裂が入っており、その溝に向かって水が流れ落ちている。
どうやら今は荒れ地となっている場所に流れていた川の水が、現在は──大地にできた裂け目に流れ落ちる事によって、あちらには水の流れの本流が失われ、大地は乾燥してしまったらしい。
裂け目から響いてくる音は、地面の中の暗闇に向かって落ち、底にある滝壺に当たった音が周囲の壁に反響して、奇妙な響きへと変わっているのだろう。
大きな裂け目だが、回り込んで先へ向かう事はできそうだ。溝の向こう側にも切り立つ岩場が続き、この周辺には草木の姿もちらほらと確認できる。
それにしてもこの裂け目は──何やら異質な物を感じる……「裂け目」と表現したが、まるで「穴」の様な形なのだ。
「巨大な蝉の蛹が、ここから這い出て来たのかもな」
そう漏らしつつ、大地にぽっかりと開いた虚を避け、回り込んで行こうと行動する。
この辺りの地面には、ほんの少しだが植物が生えている場所もある。切り立つ岩の壁の間にも、わずかに日の光の射す場所があるらしい。──空気は相変わらず乾燥しているが。
巨大な岩山の間をうろうろと彷徨いながら、どうやら──目的となる場所に辿り着いたようだ。
……しかし、そこには──魔女たちの姿は見当たらない。
広い空間に踏み込む前に、魔女たちの数や、雰囲気を見てから入ろうと思ったのだが──安全かどうか、念には念を押しておこうと考えている──広くなった場所には、小さな薄汚れた天幕や、大岩の陰に建つ、小屋らしき物も見えているが──やはり、魔女の姿は見えない。
後方から吹き付ける風に背中を押される形で、広々とした岩山の間の空間に足を踏み入れる。
──この時に、魔眼が何かを感じ取った。一瞬だが、違和感を覚えたのだ。そう感じた時には遅かった。
結界を通過したのだと理解した時には、俺は罠の中に自ら足を踏み入れてしまっていたのである。
どうやらこの場所が、魔女たちの集会場で間違いないようだ。
広場状の空間の中に数人の妖人の姿が見える──ただし、それらは全員、死亡していた。
広場の中央付近に、十体以上の死体が転がっているのが確認できる。今までは結界によって、認識する事ができなくなっていたのだ。
振り向いて結界を魔眼で確認しようとすると──中に入って来た時とは違い、はっきりと結界の多重次元層が確認できる。中に入った者を物理的に外へ出さない仕掛けと、結界内の光属性力を強化し、その反対属性の力を封じる──そんな結界であるらしい。
「『光輝の封陣』……やはり、嫌な予感が的中してしまったか」
あるていど覚悟していたとはいえ、まさかこの荒れ果てた地の、人が踏み込まぬ領域で、レファルタ教「秩序団」聖騎士の檻に捕らえられるとは思わなかった。
このような場所に結界まで用意して待ち構えているとは……いったい、彼らは何を待ち構えていたのか。まさか俺を待っていたという事はあるまい。
そうとなれば、覚悟を決めるしかない。俺が魔神との繋がりを持っていると悟られる前に見逃してもらうか、好機とあれば、先手を取って仕掛けるかだ──だが、この結界内では、こちらの力は制限され、向こうは自由に力を振るえるという、一方的な制限が掛かっている。戦うとなれば命懸けのものになるだろう。
俺は広場に踏み込むと、そこに転がる異質な数々の死体をきょろきょろと見回し、恐れおののいた様子で一本、後退る──もちろん、演技だ。
その様子を陰で見ていたのだろう。
岩陰から二人の男女が姿を現した──だが、おそらく他にも隠れている者が居るはずだ。
「貴様、何故この様な場所に来ている」
銀色に白色の塗装をした鎧姿の男が問う。
男の左腕には良く見ると、籠手の下に包帯を巻いている。──魔女や妖人との戦いで負傷したのだ。
「わ、わたしは、冒険者です。この近くに洞窟があり、そこへ向かう途中でした。道に迷い、たまたまここへ来てしまったのです」
狼狽えた素振りをして、妖人などの死体を確認しながら、さらに一歩、後退る。
用心深そうな目をした男の騎士よりも、黄緑色の神官服を身に纏う目の細い女──こちらの方が厄介そうだと睨んでいた。
態度や言葉ではなく、こいつは別のものに注目している気配を感じるのだ。
「冒険者──こんな場所に、たった一人でか。仲間も連れずに、こんな所まで来るなど、慎重な冒険者にあるまじき行動だな。それに……私が知る限り、この辺りの市街に、貴様のような身なりの冒険者など──一度も見た事がない」
私はプラヌス領から来た冒険者ですので、と異議を唱える。下手な嘘を付くよりは、正直に話した方が後々、自分の発言で窮地に立たされる可能性を排除できる、そう考えての事だ。
神官服を身に着けた女が薄目を開いている。──その目は、離れた場所に立つ俺からも分かるほど、底冷えするような冷たい青い色をした瞳で──こちらの素性を探っているみたいだった。
できればこれ以上あの女の視線を受け続けたくない。そう思って三歩目の後退をした時に、不意に後方に人の気配がしたのを感じ、俺は相手に掴み掛かられた瞬間、素早く相手の腕を引き込んで、巨漢の騎士を地面に叩きつけた。
「ぐはぁっ」
地面に背中を打ちつけた騎士だったが、屈み込んで投げを打った為に、それほどの被害を与えた訳じゃない。
「いきなり何を……!」
俺は騎士や神官に向かって言葉を口にしようと思ったが、次の言葉を口にする前に、相手の行動を見て言葉を飲み込んだ。
「団長、こいつは『魔眼持ち』です。間違いありません」
そう女神官が口にし、そこから少し離れた場所から別の神官服の女と、鎧姿の男が姿を現した。
気づけば五対一だ。しかも、新たに姿を見せた神官服の女は──すでに手にした杖に意識を集中し、呪文の詠唱を始めていた。
「やはりな、このような場所まで一人でやって来る冒険者などいまい。大人しく縛につけ、この場で処刑などしはしない」
それはそうだろう。奴らが「魔眼持ち」と断じた相手を、簡単に処刑で済ませる訳がない。無意味な拷問をおこなって、訳の分からない罪状を着せて殺すに決まっている。
もはや戦いは避けられない。そう判断した俺は、まずは手近な場所で無防備になった相手──投げを打って、地面に背中から叩きつけた騎士を攻撃しておこうと思ったが、その騎士はすでに立ち上がり、盾を構えて後退を始めたところだった。
俺は魔剣を抜き放ち、戦う意志を見せる。
「無駄な事を──」
聖騎士は鋭い殺意を目に宿しながら腰の長剣を抜き、五人は一ヶ所に集まって陣形を固める。
すでに呪文を詠唱している女神官に向けて、腰の短剣を抜いて投げつけるが──それを聖騎士の男が、いとも簡単に長剣で叩き落とす。
俺は心の中で舌打ちし、状況が状況なだけに、後退する事を選択したが──この結界内からは逃げられないだろう。結界を張っている術者(最初に居た、細目の女が結界を張っている術者だろう)を排除しなければ、この檻から出る事は敵わない。
大きな岩の陰に隠れた俺。
幸い、広場状の中にはこうした岩がいくつもあり、身を隠す事はできるのだが……
「来たれ! 聖域の天幕を守る守護者! 鋼鉄の聖霊、神々の騎士よ!」
なんだと⁉
俺は焦った。まさか召喚魔法を使って、上位存在の力──聖霊──を呼び出したのか⁉
岩陰から覗き見ると、中空から細い光の柱が降り注ぎ、若い女神官の翳した杖の前に──白銀色の甲冑を身に纏った、大きな──二メートル以上ある人影が現れたのだ。
それは細い身体に腕、腰から下を白いスカート状の布で覆われた、機械仕掛けの騎士のような──天上の、光り輝く神々の使いにしては奇妙な──姿形をした鎧姿の怪物に見えた。
それはふわふわと宙を漂う感じでこちらを振り向くと、手にした大振りの剣と、身体を隠しきれていない小さな盾を手にしてゆっくりと、こちらへ向かって来る。
見かけは浮遊する魔法生命体のような姿だが、油断はできない。もし上位存在の力を秘めているなら──傷を付ける事も難しいかもしれない。
俺はやむなく岩陰に隠れたまま魔眼に集中し──魔神ラウヴァレアシュに呼び掛け、この窮地を脱する協力を取り付けようと思ったが──やはり、この結界内では、魔眼を通じて魔神の力を借りる事はできそうにない。
魔眼の力さえも抑制されているのを感じる。
目を逸らした瞬間。
不意に岩陰から、それは現れた。
剣を振り被った「天幕の守護者」が、凄まじい速さで──剣を振り下ろしてきたのだ。
ここで網を張っていた聖騎士は、魔女の集会を開く首魁を捕縛しようと考えて、外側からは認識できない(魔眼の力で最大限の警戒をすれば防げたかも)罠状の結界を張っていたのです。




