骸骨虚兵と奴隷
森の角を曲がった先から、なにかが──戦いと言うにはおかしな声や、物音が響いてくるのが聴こえてくる。
女の悲鳴と共に、気迫の籠った女の声も聴こえてきた。いったいなにが起こっているのか。俺は警戒しながらそちらに向かって小走りで近づいた。
轍が続く先で幌付きの荷車が止まっていた。二台ある内の一台が離れた場所で、車輪を一つ失って傾いている。
だが問題はそこではない。女たち──どうやら身なりを見る限り奴隷であるらしい──の見ている先には、大型の骸骨が暴れ回っているのだ。
それは骸骨虚兵のようだ。四本の腕を生やしたそれは、各腕に大剣や槍を持っていて、一本の槍の先に鎧を着けた男が串刺しにされ、骸骨虚兵はそれを振り回し、死体を道端に叩きつけた。
二つの頭が胴体の上で不安定に揺れ動き、激しい動きで今にも頭が胴体から転がり落ちそうだ。
どうやらあの巨大な虚兵は、数人分の骨を組み合わせて造られたらしい。
二人の女奴隷が戦っていたが、骸骨の振り回した武器を手にしていた剣で受けた時に、剣が折れてしまった。
異形の化け物は女奴隷を無視して一人の男を見据えると、鎧に隠れた胸部から奇妙な唸り声を上げて、男の方に向かって突進して行った。
「ガシャッ、ガシャンッ」鉄の具足が歩く度に大きな音を立てる。
離れた場所に立っていた奴隷商人と思しき小太りの男は、「ひやぁぁぁっ」と悲鳴を上げながら森の方へ逃げようと走り出す。ただその鈍重な足取りでは、骸骨虚兵から逃げる事はできそうにない。
森の手前で追いつかれた奴隷商人は背後から大剣の一撃を受けて、脳天から尻まで真っ二つに斬り裂かれ、前のめりの格好で地面へと沈んだ。
俺は急いで女が集まっている所に駆け寄ると、小声で隠れるよう言いながら「いったいなにが起こったのか」と尋ねる。
女共はぼろの外套の下に粗末な防寒具を身に着け、手枷や足枷をつけた格好で、互いの顔を見合わせながら小声でなにかを話し合ったり、逃げる算段をしたりしていたが、鉄の剣を手にした女奴隷が俺に答えてくれた。
「なにが起きたかはよくわかりません。ただ、荷車の前方に一人の男が立っていたらしく、その男がなにかを振るうとあの化け物が現れて、前方にあった荷車を壊し、傭兵たちを次々に殺してしまったのです」
彼女の横に居た小さな少女二人も、うんうんと頷いている。
女の言うとおり、道の先にある荷車の近くには、無数の南方人の男奴隷や女奴隷、傭兵らしい男の死体が転がっていた。その様は凄絶な物で、上半身と下半身が分かれてしまった死体や、引きちぎられた腕など、血と肉が道端に打ち捨てられたみたいに、見るも無惨な光景が広がっていた。
先ほど戦っていた二人の女奴隷も、今は壊れた馬車の陰に身を隠しているのが見えた。
女が武器を手にしている理由を尋ねると、「奴隷商人に武器を渡されて戦うよう言われた」と話す。この北方人の女も戦いに参加したが、まったく歯が立たずに逃げ出したのだと説明した。
「武器を扱った事は多少はありますが、まったくかないませんでした。槍を弾くのに手一杯で、奴隷も傭兵も次々に倒されてしまったのです」彼女はだいぶ気が動転している様子だ。剣を持つ手が震え、その指は剣の柄を握り締めて放そうとしない。
森の方を窺っていた女奴隷が隠れるよう言って、荷車の後ろに隠れろと手で合図する。
どうやら骸骨虚兵がこちらに向かって歩いて来たらしい。このままでは恐怖に駆られた馬が逃げ出してしまう。
俺は隠れてやり過ごす考えは持っていない。時間が経てば、虚兵を縛りつけている魔法が解けて、ただの骨の塊に戻る可能性もあるが。その前に多くの奴隷と馬が死ぬだろう。
俺は荷車の陰から姿を晒すと、魔剣を抜き放ちながら呪文を唱え、骸骨虚兵に炎の攻撃魔法を撃ち出した。
「くらえッ」
火球が放物線を描いて飛翔していった──が、驚くべき事にそいつは大剣を振り下ろし、飛んできた炎の塊を真っ二つに斬り落として、空中で爆発させてしまった。
爆発した火球から周辺に炎が飛び散り、その一部が虚兵の腕や胴体にまとわりついたが、魔法の火は効力を失い、すぐに消えてしまう。
敵が近づいて来る前に次の呪文を唱えると、自分を強化し、道の先で戦う選択をした。
枯れ草の生える地面の上で虚兵を迎え撃つと、奴は俺を攻撃対象に選んだようだった。
胴体や腕には古びた鎧や籠手が取り付けられ、腰からは鎖で編まれた前掛けが垂れているが、防具と防具の隙間から骨が見えている。
カタカタカタッと、妙な音を鳴らしながら胴体の上で二つの頭骨が頭を揺らしている。まるでなにかをしゃべりかけているようだが、そいつから声が出る事はない。
鋭く振り下ろされた槍が地面に突き刺さった。
それを躱したところに大剣が薙ぎ払われ、魔晶盾で弾きながら相手に接近し、足や腕を狙って魔剣を振るったが、脛当てに傷を付け、籠手の一つを弾き飛ばしただけに終わった。
四本の腕から繰り出される攻撃はどれも危険で、かろうじて槍を躱した隙に剣の一撃を打ち込み、槍を手にした腕を叩き斬ったが、残りの三本の攻撃だけでも、鋭い攻撃が次々に繰り出され窮地に立たされる。
大剣を受け流しながら呪文を詠唱し、一歩下がって相手が踏み込んでくるのを待つと、骸骨虚兵を斬り刻む風の刃を撃ち出す。
連続で放たれる風刃を浴びた相手は、二本の大剣と一本の槍で防御体勢を取り、身を固めて攻撃を受け止めた。
俺はその隙に一気に近づくと、魔剣を背中側から振り上げて、腰を落とした骸骨虚兵の二つの頭の間に、それを振り下ろした。
渾身の力を込めた一撃は、鎧を引き裂いて胸元まで真っ二つに斬り裂き、胸の中心にあった赤黒い魔力の塊を打ち砕いた。
「ギョッヴァアァァッ」
鎧の陰にあった虚兵の核から耳障りな音が響き、骨と防御で構成された虚兵の体が音を立てて崩れ落ちた。
奴隷たちは遠くから俺が戦うのを見守っていて、骸骨虚兵が倒されると歓声を上げて自らの無事を喜んでいる。
前方にある荷車と二頭の馬は無惨に切り裂かれていた。破壊された荷台は幌の下に大型の鉄格子が取り付けられ、いかにも奴隷商人の荷車という形状をしている。
たぶん死んでいる二頭以外の馬は拘束具を破壊され、逃げ出したのだと思われた。
さらに道の先を調べると、杖を持った男が倒れているのを発見した。その杖が放つ禍々しい力を魔眼が捉えたので、俺はその杖を解析してみた。
どうやらこの杖が骸骨虚兵を召喚したらしい。この杖に秘められた魔力がそれを成し得たのだが、所持者の力不足によって骸骨虚兵は暴走し、術者自ら命を失う結果になったのだ。
なぜこの男が魔力の籠った杖を持ち、奴隷商人らに襲いかからせたのかは分からなかった。──あとで杖から調べてみようと思い、その呪われた杖を影の倉庫に取り込んだ。
奴隷たちのところに戻ると俺は彼女たちと話をして、今後どうするかについて尋ねてみたが、ほとんどの奴隷たちは自らの先行きを見通せない様子だ。
とりあえず少女二人に指示を出し、森の方に逃げて殺された奴隷商人の死体から、身に付けている物を持って来るよう言い、彼女らが戻るまで他の女たちと話を進める事にした。
「俺はレギ。とりあえず、この荷車はいただいて行く事にする。君らを街に連れて行く事もできるが、君らが俺について行きたくないなら勝手にして構わない。ただ、俺について行く事を選んだなら、俺の指示に従ってもらう。まずはここから西に移動して、次の街テスカルブトールに向かう予定だ」
なにか言いたい事はあるか? そう尋ねると、この場に居た奴隷の中の二名が、私たちは元の町へ戻ると言って、荷車が通って来た道を指し示し、ぼろぼろの衣服のまま俺から逃げるように去って行った。
彼女らは奴隷落ちしたばかりの市民であったらしい。町へ戻って、なんとか働き口を探すなりして、奴隷の身分から解放されようと考えたのだろう。町まで戻れるかは彼女らの運しだいだろうが。
去る者を引き留めるつもりはない。残された女奴隷の二名が肌の黒い南方人で、他は北方人が三名。二人の少女のうち一人は南方人。もう一人は北方人であるらしい。
全部で七人の奴隷たちと共に、俺はテスカルブトールまで行く事のなったのである。
突然大勢の奴隷を引き連れる事になってしまったが、俺は彼女らに指示を出し、壊れた荷車から毛布などがあれば持って来るように言って、御者台に座ると馬をゆっくりと前へ進めた。
そこへ走って戻って来た少女が慌てているのを見て、置いていくつもりがない事を示しながら、持って来た物を見せるよう声をかけた。少女らは安心した様子で御者台に乗り込んで来る。
「皮袋とカバンと短刀」と、銀色の長い髪を後ろで縛った北方人の少女が言って、それらを座席の上に置く。
銀で装飾された短刀を腰の革帯に差し、三つの皮袋も革帯に取り付けると、肩から提げる革帯付きの革鞄を開けて中を探る。鞄から鍵束を取り出すと、それを少女に渡し、彼女らの腕と足にかけられた鎖を外すよう言った。少女らは喜んで自分たちの枷を外し始める。
赤茶けた髪を少し伸ばした南方人の少女は、いくつもある鍵を枷の鍵穴に入れては、がたがたと震えながら悪戦苦闘して、なんとか枷を外した。
少女らは寒さに震えながらも、他の女たちの元へ鍵束を持って行く。
革鞄の中を調べると、いくつかの羊皮紙が革紐で縛ってあり、それを開いてみると、奴隷の所有を認める権利書の束だった。
小さな容器には奴隷商人の印章も入っている。
前方の荷車の横を通ってそこで止めると、奴隷たちが壊れた荷台から持って来た毛皮の毛布などを動ける荷車に運び込んだ。
南方人の奴隷は、傭兵の死体から武器や皮袋を奪って来ると、それを俺の前に差し出した。
その他にも壊れた荷台の側面から木箱や木樽などを降ろし、地面に置いて中身を確認している。あいにくと少量の食料と油、葡萄酒の瓶が数本。薬缶や柄付き平鍋などが出てきただけだったが、それらを移動可能な荷車に積み込んで行く。
枷を解いた者に声をかけ、死体を壊れた荷車のそばに移動させるよう指示すると、手早く枷を外した北方人の戦士風の女が、森近くに倒れた奴隷商人の死体もかと尋ねたので、数人で運んで来るよう伝える。
全員が枷を外し終えると、死体を集めて半壊した荷車のそばに置き、死体と幌に油を注いで火をつけた。
すると一人の──北方人の女が、焼かれていく死者に祈りを捧げていた。彼女の振る舞いはどこか貴族的で、身分の高さを感じさせた。
ふと、彼女らが外した鉄の枷に目がいった。
それらの多くはなんの変哲もない鉄の枷だったが、四つの枷には呪術的な紋様が刻まれているのを発見した。
それは魔法の行使を封じる呪印だ。
二人分の手枷と足枷。
この奴隷の中に、魔法を使える者が居るようだ。
このままここに枷を放置していくと、脱走した奴隷が居るというのがばれてしまう。
俺は影の中に金属の枷を取り込むと、御者席に乗り込んで手綱を手にした。
七人の奴隷に荷車に乗るよう言うと、彼女らは荷台に乗り込むと毛布にくるまって、寄り添うように互いの体を温め合っていた。がたがたと揺れ動く荷台の上で、疲れ果てた彼女らの多くは、そのまま眠ってしまったようだ。
集めた武器は影の倉庫にしまい、手綱を手に馬に指示を出す。
俺は大きく息を吐き出すと、次の目的地であるテスカルブトールに向かって馬を進めた。




