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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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徒歩で悪路を行く

 気分良く酒場を出て、宿屋に戻ったのだろう。

 しかし翌朝起きてみると、隣には女が寝ていた。

 ──記憶になかったので、自分の無意識領域から昨晩の記憶を取り戻す作業をすると、どうやら酒場の女給仕を宿屋に連れ込んだらしい。

 確かに隣で眠っているのは、俺に目配せ(ウインク)していたあの女給仕だった。


 思い出してきたが、男たちと別れたあとも俺は一人で酒を飲み、秋波を送ってくる彼女と共に店を出たのだ。

 昨晩の記憶が薄れていた原因は、最近立て続けにおこなっていた魔術領域での作業にあった。無意識が肉体の防衛をおこなうのをいい事に、意識領域と無意識領域の間にある閾域しきいき境界が曖昧になっていたのだ。


 意識が個人的無意識を完全に掌握している事が逆に、記憶との接合がうまく機能しなかった原因だった。要は肉体(脳)と霊的肉体の間に一部の機能不全が起きたのだ。

 ただそれは一時的な記憶上の不具合というだけであって、昨晩の事は俺が意識してやった事なのだ。──忘れていただけであって、記憶との接合が為されると、自分の意識下でおこなわれていた行為の数々が蘇ってきた。

「やれやれ」

 俺はそう口にしながら、隣で眠る女の胸に手を伸ばした。


 とはいえ、魔術的な処理を施していたのに、意識と記憶の接合に混乱が生じたのは見過ごせない。

 俺は朝からそうした問題に取り組みながら、女の軟らかな膨らみを堪能する。

 女が目覚めるまでのわずかな時間で、俺は記憶と意識の問題に蹴りをつけ、着替える事にした。

 俺と女は互いの体温で温め合っていた訳だ。目覚めた女は震えながら自分の下着や衣服を着ていく。


 名残惜しそうにしている彼女の尻を叩いて、優しく部屋を追い出すと、俺は自分の魔力体に集中した。

 まったく気づいていなかったが、俺の魔力体は増大していたのだ。その理由は新たに手に入れた、魔神オグマギゲイアの力にあった。

 昨晩の俺は女との行為の中で魔女の房中術を使い、魔力を回復させようとしたのだ。

 その時に気づいたのだが、今までとは比べものにならないくらいに膨大な魔力容量を獲得しているのを悟った(別次元にある魔力体と繋がるいくつもの"魔力の器"があるようなもので、その器が増加した事を認識していなかったのだ)。

 増大した魔力体の総量は二倍くらいの大きさになっており、房中術を利用した魔力の回復でも、その容量すべてを満たす事はできなかったのである。


 オグマギゲイアの光体アウゴエイデスを取り込んだ影響が魔力体にも現れ、ただでさえ大きかった魔力の容器が、さらに大きな物になった。

「これが上位存在の力を取り込むという事……!」

 今までも魔神から奪った力はあったが、オグマギゲイアは俺が直接倒した魔神であり、影のような存在であったにもかかわらず、その本質的な神格が高い為に強い影響をもたらしたのだと考えられた。


 物質的な肉体に影響は出ていない。

 上位領域の力(存在)が簡単に下位世界に影響を与えるという事はほとんどない。よほど意識的に取り組まない限り、この二つの世界が接近する事は希なのだ。

 もしそんな事が頻繁に起こっているとしたら、多くの魔術師はもっと社会的な地位を得ていたはずだ。なぜならそういった問題に対処できるのは魔術の原理を知る者以外にないのだから。


 上位世界と下位世界の接近は、ある意味で世界の誤作動エラーとでも言うべき現象だ。

 幽世かくりよの侵蝕などが頻繁に起こっていたら、人間はまともな生活が送れなくなる。


 だがこの誤作動は、我々の身近な領域でも起きているのだ。──死者が死霊として蘇るのは本来、我々が思うよりも遥かに異常な事であるはずだ──




 ガウガンスクの朝は早かった。

 宿屋を出てみると、日が差す前に市民は目覚め、朝に向けての活動を開始していたらしい。

 西門へ向かう途中、一軒の仕立て屋が店開きをしたのを見て、その店の商品を覗いて見る事にした。

 そこで売られている商品はただの衣服ではなく、どれも防寒具の役割をした物ばかりだった。厚手の手袋や雪の上を歩く靴など、鉄の爪が何本も突き出た鉄の金具があったので、これはなにかと店主に尋ねると、それは靴に取り付けて、凍った山の斜面を登る為の「金かんじき」だと教えられた。


「お客さん。そんな旅用の靴じゃ雪の中は歩けないさぁ。雪道を行くつもりなら、雪の冷たさを通さない雪靴をおすすめするっさ」

「この長靴か?」

 それは靴底も厚く、何枚かの皮を重ねて縫い上げられた靴で、かなり丈夫な作りになっている。値段も高めだが、品質はかなり良い物だ。

「雪の上でも戦う冒険者にも好まれる物っさね。少々値は張るけれどんも、この辺りじゃあ皆そうした靴を履いているもんさぁ」

 丈夫で長持ち、店主の親父はそう言いながら靴の表面を灰色の毛皮が覆う長靴を勧めてくる。


「──そうだな、これを一足もらおうか。あと金かんじきも一つ付けてくれ」

「へぇいっ」

 雪靴はここで履いて行くと告げ、代金を支払った。金かんじきは皮に包まれた物を背嚢はいのうにしまうふりをして、影の倉庫へとしまい込む。


 店主によると朝早くから開店している理由は、この町から別の街へと向かう行商人や冒険者の為らしい。早朝に移動する客を相手に商売をしないと、売り上げが大きく下がってしまうのだ。


 独特のなまりがある店主はウーラとの国境沿いで商売をしていたが、そこには商業関係の組合ギルドが無く、レファルタ教関連の工業組合(機織はたおり職人を纏めるような組織)のある商業の経路ルートを使って、商売させられていたらしい。教会の運用する組織なので商売上の様々な取り決めもあり、自由な商売が制約されていた為にこちらに移住したのだそうだ。

 相当前からレファルタ教アドン派の勢力はジギンネイスの東側を中心に広まり、庶民の暮らしをも支配していたようだ。



 仕立て屋を出ると、路上を歩く冒険者の姿が見られた。

 それに昨晩酒を共にした、除雪作業員らしい姿もある。


 西門に辿り着くとその理由が分かった。

 昨日酒場で聞いたとおり、テスカルブトールに向かう道は雪崩で封鎖され、南西に向かう馬車に乗るよう促されている。

 馬車に運用に関わる管理者らしい男が停留所に立ち、人々を案内していた。


「あんたもテスカルブトールに? ならゲヘルンに向かう馬車に乗って行くんだな。ゲヘルンからケチェ行きの馬車に乗り換え、そっから北に向かえばテスカルブトールまで行ける」

「どれくらいかかる?」

「道の状態にもよるがね、まあ本来の道よりも三日は多くかかるねぇ」

「そうか。どうも」

 別に急ぐ理由もなかったが、除雪作業員から聞いた「悪路の中道」でも歩いて行こうかと考えた。


 購入した雪靴を試したいというのもあったが、雪の残る中で野宿するのに慣れておこうと思ったのだ。

 旅に使えそうな道具をあれこれドゥアマ武具店に注文し、そろえた物がある。多くの商品は国外から調達した物だった。

 中でも寒い地域で使われる寝袋には大金を支払った。海獣の皮で外側を覆い、内側に羊毛を使った寝袋は、寒い地域で活動する冒険者とのやりとりから生まれた物らしい。


「歩き続ければ二日くらいで着くと言っていたが」

 しかしここら辺は深い雪が行く手を阻む地域だ。歩いて行くのは苦労するだろう。

 しかし悪路を進む荷車もなく、俺は西門から街の外に出ると、歩いて道なき道を歩む覚悟で街から離れて行った。


 しばらくは雪がどかされた車道があった。わだちが残っているのは、どうやら雪かきをしながら進んで行った馬車があったようだ。

「馬車は二台──、それに靴跡も残っているな」

 ひづめの跡と、歩いている大勢の靴跡。

 そうした物が残された道を辿って進んだ為に、思ったほど苦労せずに歩き続ける事ができた。


「奴隷商人が進んで行った跡か」

 馬の足跡も相当な数が残され、かなりの頭数で組まれた隊列だと思われた。奴隷商人は厳重な警護を準備して移動しているのだろう。

 崖の日陰になった場所を横切る轍が続く。

 反対側には森があり、雪が解けづらくなっていた。

 だが奴隷商人たちのお陰で、俺は苦労せずに歩き続ける事ができた。


 崖と森の間を抜けると、広々とした雪原が見えてきた。真っ白な雪を照らす日の光が降り注ぎ、雪からの照り返しが眩しい。

 轍の進む道は確かに悪路で、でこぼことした地面に石や岩が転がっていて、車輪が乗り上げると車軸が折れる危険もありそうだ。

 奴隷商人の隊商は雪かきをしながら、慎重に進んでいる様子だ。彼らはこの悪路を進み、後悔しているのではないかと思えてきた。

 人が工具シャベルを使って雪をどかしながら進んでいるのなら、数歩進むのにもかなりの時間がかかるはずだ。


 ──そう考えながら進んでいると、しだいに雪の量が少なくなってきた。

 日中の日の光を遮る場所がない平野では、雪が降り積もる量が少なかったようだ。平野に吹く強風が雪を運んでいく事もあるのだろう。

 そこは他の場所よりみ少し隆起した場所であり、北側には森が広がっていて、それが道と併走するようにずっと先まで続いている。

 その森が道を塞ぐように南側に延びている場所で森が切り開かれていて、そこに向かって道が延びていた。


 森の間を抜けた先には黒い地面と、その上に残った白い雪のある土地が広がっていた。

 雪が積もりづらい場所なのか残っている雪は薄く、奴隷商人の一団は雪かきをせずに馬車を進め、雪と地面の上に轍が残されていた。

 緑色の草が生えた場所に、焚き火の跡が残されていた。先行する者たちはここで小憩を取ったのだろう。雪のない平野に天幕を張った跡らしき物が残っていた。

 焚き火の跡を確認すると、残された灰からは焦げた匂いがした。彼らがここで野営をしてからそれほど時間は経っていないようだ。

 靴跡の数からすると、護衛の数もかなり引き連れているようだった。


 あまり出くわしたくない相手が先行しているのを思うと、先を急いで追いつきたくはない。

 空の様子は穏やかだが、たまに風が強く吹き、そのつど飛雪が飛んできて、外套で顔を覆いながら歩き続けた。


 轍は森に向かって延びていた。

 先に見える森はかなり大きな物らしく、南側から北側に張り出した森の先端に向かって馬車は進んで行ったようだ。

 ざくざくとした薄く積もった雪の感触をたしかめながら歩いていると、広々とした北側に白い雪の絨毯が見え、茶色い岩山の上にギザギザの白い尖塔を立てた山並みが城壁の様に見えていた。


 たまに横を確認しながら西に向けて歩き続けると、森の突出した部分が迫ってきた。

 どうやら轍はそこから曲がり、森を回り込むように移動を続けているようだ。



 ──と、その時。なにか音が聴こえた気がした。



 風の音ではない。なにか金属を引き裂くような、そんな異様な音。あるいは声だった。 

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