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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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ガウガンスクの街。レファルタ教公認魔法師について。

 騎馬の護衛を引き連れて、馬車は北に向かう街道を進む。

 街道には薄雪が残り、場所によっては凍結した路面に車輪がまり、進みにくい状態になっていた。

 馬車に付けられた獣除けの効果か、外敵に襲撃される事もなく、道の途中で小憩を挟んだくらいで、馬車は進み続けた。

 ゆっくりとした移動だが、なんとか日が完全に沈む前にガウガンスクの街に辿り着き、馬車は街の中へと入って行く。


 街はジギンネイス国の中央辺りにあり、王都に近い要害としての意味も持つ拠点のようだった。

 街を囲む囲壁いへきにはいくつかの側防塔や、張り出し櫓(タレット)が取り付けられていた。

 街の中に入った馬車が南門の停留所まで来ると、そこで俺たちは降ろされた。



 大通りを歩きながら、初めて訪れた街の様子を確認し、用心深く通行人の動向にも注意を払う。

 道行く人々の様子を見る限りは、レファルタ教の狂信的な思想の流入があるようには思えなかった。いたって普通の街のように見える。

 もちろん彼ら狂信者が「わたしは狂信者です」と名乗りながら道を闊歩しているはずはないのだが。


 夜道を歩く自由戦士や冒険者。酒場から出て来た男の首を見ると、青い首輪を付けているのが見えた。

 どうやら魔法使いはジギンネイスの中央近辺であっても、レファルタ教の管理下に居る証を立てなければならないようだ。


 さて、俺はどうしたものだろうか。

 青い首輪を付けずに魔法を使うところを見られたら、どのような処罰が下るのか分かったものではない。

 安全を期するならそのあたりの事を確認しておこうと考え、俺は夜の戦士ギルドに立ち寄った。


 瀟洒しょうしゃな建物の中に冒険者の姿はほとんどなく、受付の前に立っていた男が報酬の入った皮袋を受け取って、立ち去って行くところだった。

 俺は受付に向かうと、受付嬢に魔法使いの首輪について尋ねてみた。

「『レファルタ教公認魔法師』の首飾り──『公認頸証カラコル』ですか? それならこの街にあるレファルタ教教会でもらえますよ。もちろん洗礼を受ける必要があり、彼らの教義に合わない魔法の使用は禁じられますが」

 それに洗礼費用もね、と彼女は小声で言う。

「洗礼は分かるが、魔法の使用禁止とはどういったものだ?」

「彼らが禁止する魔法の使用に対する罰則があります。まず精霊の力を行使する魔法の使用や、彼らが認める上位存在以外の力を頼る魔法や呪術は、すべて使用が禁止されます」


 それを耳にした時、思わず「バカな」と口に出しそうになる。それほどの事を受付嬢は説明したのだ。

 精霊の力を借り受ける魔法が使用禁止になれば、多くの魔法が使えない事になるではないか。

 さらに奴らの認める上位存在が関係する魔法だと? そんなものは聞いた事もない。レファルタ教の入信者だけが授かる魔法の類だろう。──「光輝の封陣」のような、レファルタ教の関係者だけが扱えるような魔法は、信者以外には伝わらないものなのだ。


 受付嬢は俺の表情から考えを読み取ったのか、にっこりと微笑んだ。

「大丈夫ですよ。この辺りではそこまで厳しい判定がされている訳じゃありませんから。精霊魔法の禁止がされているのは主に東の方──アドン派の多い場所での話です。

 それに精霊の力を使う魔法が全面的に禁止されている訳ではありません。

 アドン派教徒が多い場所では、精霊の力を行使する魔法の呪文に、レファルタ教の定める言葉を前に付け加える事が求められているそうですよ」

 その言葉の内容を尋ねると、受付嬢は一枚の羊皮紙を取り出してそれを見せてくれた。

 そこには次のような文言が書かれていた。


「レファルタ教の定める準認定魔法を使用する場合、その呪文を唱える前に『レスターの加護の下に、精霊よ我に従え』と呼びかけること」


 羊皮紙を見せた受付嬢は肩をすくめていた。どうやら彼女は国外からジギンネイスに派遣されて来たギルド職員らしく、レファルタ教に対して思うところがあるようだった。

 ネシス派やマギビス派の多い西側なら大丈夫だと思う、という受付嬢の言葉に不穏なものを感じた俺は、その理由を尋ねた。すると受付嬢は表情を強張らせ、口元を隠しながら小声で言った。


「最近は秩序団も魔法の使用に対して、多くの戦士ギルドに警告をおこなっているというのです。彼らはジギンネイスでもフィエジアでも広く活動しているので、そのうち各地にこうした運動が広がってしまうのでは、とギルドの方でも警戒しているのです」

 どうやらレファルタ教秩序団の連中は、アドン派の思想に近い危険な連中のようだ。


「"魔狩り"の連中はアドン派の後援を受けているのか?」

魔狩り(ペイルダー)なんていう言葉は、この辺りでも言わない方がいいかもしれませんよ。それは南側の国の言葉で、彼らの気に入らないかもしれません」

 と一言付け足してから、受付嬢は秩序団について説明した。

「アドン派の後援だけとは言い切れません。秩序団の中にもネシス派、マギビス派も居るようですから。つまり神聖騎士団パラセラークの中にも、いくつもの派閥があるという事のようです」


 神聖騎士団とは秩序団に在籍する聖騎士と神官の、特殊な集団であるらしい。彼らは各地を旅する遊撃部隊のような活動をして、邪悪な魔物や亜人、時には異端者と認定した人間を標的にしている訳だ。

「レファルタ教の信仰者の多くは市民です。冒険者のような、外の世界について興味を持っているような人が入信している事は、少ないんじゃないでしょうか。

 まして、呪文の前に余計な言葉を追加させるような働きに、魔法使いなどは反発しているようですよ」

 レファルタ教信者の魔法使いならいざ知らず、部外者が余計な一文を入れて魔法を使用する事に、なんの意義も見いだせるはずがない。

 あまりに不自然な働きかけに、レファルタ教は入信者以外を排除しようとしているのでは、と疑いたくなるほどだ。


「青い首輪を付けていなくても問題はない?」

「それはなんとも言えません。神聖騎士団の中でも厳格な連中に見つかりさえしなければ、といったところでしょうか」

 そう説明し、彼女は「この辺りの魔法使いや魔術師の中には『公認頸証』を持ってない人も多いです」とだけ話してくれた。

「神聖騎士団の中には、異端者に対して厳しい措置を講じる騎士も居るという事です。秩序団の中には"異端狩り"をする部隊もあるという話です」と警告する受付嬢。俺はいくつかの事を彼女から聞き出すと、礼を言って戦士ギルドをあとにした。


 ジギンネイスの西側はまだ、異端狩りが燃え上がっている訳ではなさそうだ。

 だがこうした広まりは野火のごとく、気づけば近くまで迫ってきて、田畑もろとも人も民家も焼き尽くしてしまう。

 盲信する者は、自分の信じているものを信じられない部外者はすべて敵であるような認識を持ちやすい。その意識のありようが正常な人間のものであろうはずがない。

「秩序団にも警戒しなければ」

 異端狩りをしている秩序団の部隊。そんなものに目をつけられたくはないものだ。



 受付嬢から聞き出した宿屋を確保した俺は、背嚢はいのうを部屋に置いてから酒場に向かった。

 表に出るとすでに空は暗く、白い雲を照らす銀月が顔を覗かせ、冷たい空気が顔に張りつく。

 その冷たさを感じると、借りた宿屋の部屋にあった小さな暖炉を思い出していた。あんな小さな暖炉でも、明日の朝まで暖かさを維持してくれるだろうと思うと、バサルアーサでの凍えるような夜を思い出し、そのありがたさが身に染みる。


 分厚い木の扉に守られた酒場に来ると、ほんの少し空腹を感じていたので、腸詰めや乾酪チーズを注文し、さらに酒を注文しようとすると、俺の顔を見た女給仕が「蒸留酒になさいますか?」と言ってきた。──どうやら俺が国外の人間だと気づいたらしい。

「エリファーズ地域の名産である蒸留酒がおすすめですよ」

「う──ん……分かった、それをもらおう。あと、それに合う料理をなにか一つもらおうか」

 俺は小さなテーブル席に腰かけながら答えた。

 すると彼女は「は──い」と明るく言い、思い出したように「水割りでいいですか?」と言うので、俺は彼女に任せる事にした。


 改めて周りの様子を見回すと、この店には華やかな格好をした女給仕が数人居た。適当に選んだ店だったが、妖艶な女給仕たちを目的にやって来ている冒険者が多かったようだ。

 中には化粧っ気の多い女も居るが、皆一様に若く美しい女給仕たち。

 色白の肌をさらけ出した彼女らは、寒さをものともしないのだろうか。いくら店内が暖炉で暖められているとはいえ、気軽に肌を露出できるほどではないはずだが。


 しばらくすると、先ほどの女給仕が木製の盆の上に皿や杯を載せて運んできた。

「ライ麦の蒸留酒と、ブリアー産の乾酪。腸詰めは樫の小片チップで燻製した物。それとこちらも蒸留酒に合う『ピナパイネス』という料理です」

 と、木製の小さな深皿に入った煮込み料理をテーブルに置く。

「ごゆっくり」と彼女は色っぽく目配せ(ウインク)して去って行った。


 ピナパイネスの小皿には木匙スプーンが用意されていたので、それで皿の中身をすくってみた。とろみのついたそれは豆をすり潰した物で、味が濃厚な液状調味料ソースのようだった。

 どうやら煮込まれているのは塩漬け肉のようで、全体的に味が濃い。しかし豆の調味料のおかげで食べやすくなっていた。ひよこ豆や落花生が使われているようだ。


 蒸留酒は水で割っているが、華やかな香りがして腸詰めとも相性がいい。蒸留酒に樫の木樽の香りが残っており、それが腸詰めの香りとよく合うのだ。

「なるほど、それで樫の木片で燻製にした物を持ってきたのか」

 女給仕はなかなかに気の利く女だった。

 別の客に皿を持って行っている彼女と目が合い、俺はそっと親指を立てて彼女の働きに答える。

 すると彼女はにっこりと微笑んで、また目配せしたのだった……



 食事を愉しんだ俺は、近くの席に座っていた話し好きそうな男に声をかけ、その男たちからこの辺りの事についていくつか尋ねた。

 男二人と自分の為に蒸留酒を追加すると、男はますます上機嫌にしゃべり始め、ガウガンスクの事やテスカルブトールの話を聞かせてくれた。


「ああ、けれどんも……」と雪焼けした男は歯の奥に物が詰まったような顔をする。

「こっから西へ向かう道の一つは閉ざされてるさ~、なにしろあの"引き裂き谷"から雪崩が落っこちてきて、道を埋めてしまったんだから」

 その二人の男は除雪作業をしている最中らしい。もちろん他にも数十人の作業員が毎日、雪をどかす仕事に取り組んでいるが──

「引き裂き谷は二つの山の間にあるもんだから、その二つの山から滑り落ちてきた雪の量は半端じゃねえ。全部を()かすのに十日はかかるんじゃねえかな」


 男たちから詳しく話を聞くと、テスカルブトールに向かう最短距離の街道ルートは閉ざされ、もしその道を使わずに行くなら、南西に向かって行く迂回路を進み、その先にあるゲヘルンの町からさらに西に向かい、その先にあるケチェから北に向かう馬車に乗るしかないと告げられた。

「ああけれども、そこまで迂回しなくても済む道もあるけどな」

「けどあの道は危険じゃあ。テスカルブトールに向かう護衛付きの奴隷商人くらいじゃねえか? あの道を行くのは」

 その男の言葉に「ちげえねえ」と、もう一人の男も請け負うのだった。

 話を聞くと、先を急いでいた奴隷商人の馬車が奴隷を多数連れ、「悪路の中道」と呼ばれる道を進んで行ったのだという。


「だがよ、テスカルブトールなんて好んで行くところじゃぁねェ。あそこは危険な場所の近くだともっぱらの噂でさぁ。魔物を狩る自由戦士や冒険者らが集まる街だからよ。下テスカにゃ血生臭い闘技場もあって、上テスカには屈強な戦士たちと、淫売の溜まり場になっているなんて、そんな噂しか聞きやせん」

「下テスカ?」

「崖の下にあるのが下テスカルブトール。崖の上にあるから上テスカ」

「なるほど。同じ街ではある訳か」


 そんな話をしながら俺は、気づけば三杯目の蒸留酒を口にしていた。

 どうやらかなりこの蒸留酒が気に入ったらしい。自分でも気づかなかったが、口当たりの良いその酒の香りと味が好みだったようだ。

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