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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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隻腕の巨人戦士ギゥルム

 巨人戦士はある程度近づいて来ると、急に立ち止まった。


「うぐぅるルぐぐゥ……」


 隻腕の巨人ギゥルムの口から唸り声が漏れる。

 ごうっ、とその体から闘気が放たれた。

 同時にその巨躯に魔法の光が宿った。


 どうやら魔術師が巨人の体に細工をして、敵と向かい合うと発動する魔法を掛けていたようだ。

 肉体を強化する魔法と、攻撃魔法から身を守る魔法障壁が展開された。


「面倒な事を」

 俺は再び魔剣に呪いの刃を掛け、巨人に掛けられた魔法障壁を破りにかかった。


 しかし俺が三歩進む距離を、巨人は一歩で迫って来る。

 こちらの攻撃が届く距離に入る前に、相手はその数歩前から攻撃が届く状態になる。その圧倒的な攻撃範囲リーチが脅威な反面、接近しさえすれば……!


 巨体から繰り出される圧倒的な破壊力は、防御魔法で三回は防げると考えていたが、それは間違いだった。


 オルダーナに関しては、彼女の反応速度と回避力の高さで、巨人の攻撃からことごとく逃れていた。

 しかし重装備のガゼルバロークは、ギゥルムの攻撃を手にした大剣で受け流しつつ、接近しなければならなかった。

 その強力な攻撃力ゆえに、受け流しても防御魔法が削られ、もし巨人の攻撃が直撃しようものなら、一回の攻撃で魔法の鎧は破壊されてしまうだろう。


「ガッジィイィイィィンン」

 巨人の巨大な剣が、ガゼルバロークに掛けられた防御魔法「ガルガスの魔鎧」にぶつかり、空気を震わす振動音を発し、そしてその一撃で魔法の鎧が失われてしまった。


「ちっ」

 しかし俺はすでに巨人へ接近していた。

 呪いの刃で奴を斬りつけ、魔術師が掛けた防御魔法を無力化しなければならない。

 敵がガゼルに気を取られた瞬間を狙ったが、巨人は振り回した大剣ごと体を回転させ、その重い刃を俺の頭に振り下ろしてきた。

 風を薙ぐ音が頭上を通過し、俺は巨人の股ぐらに入り込むと、奴の内股うちももを斬りつけた。


 防御魔法が刃を弾こうとしたが、俺の剣の勢いと、呪いの刃の効力により、防御の壁を貫いて奴の足に傷を付けた。

 呪いの力が発動し、防御魔法は打ち消され、巨人に掛けられた強化魔法の効力も消失させた。


「よし!」

 巨人の股の下を抜けて振り向いた瞬間、巨大な影が迫ってきた。俺は手を伸ばし、魔晶盾アコラスを展開してそれを防ぐ。

 太い足による蹴りが俺に襲いかかり、直撃を魔晶盾で防いだが後方に弾き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられた。

「グハァッ!」

 一瞬呼吸ができなくなった。俺でなければその一撃で昏倒していただろう。


 離れた位置でガゼルが巨人に斬りかかるのが見えた。

 まずい──早くガゼルに接近し、ガルガスの魔鎧を掛け直さなければ。

 俺は胸部を指で下から突き上げ、肺に回復魔法を掛ける心象イメージで呼吸を整える。


「カンカンッ」

 奇妙な音が聞こえた。

 振り下ろされた巨人の剣を踏み台にして、暗殺者オルダーナが巨人の首に向かって飛びかかったのだ。

 短刀を首筋に突き刺し、その腕を軸にして回転しながら、短剣で首の後ろを斬りつけようとしたが、巨人はすぐさま屈み込み、宙に浮いた状態のオルダーナを肘で殴りつけた。背後に居た暗殺者に向けて右肘を打ち込んだのだ。


 その隙を狙ったガゼルの大剣が脛当てを打ち砕き、さらに足の肉を引き裂いた。

 巨人は不安定な姿勢から足を払い、重戦士を足で引き離した。

 ガゼルはその足に乗るようにして後方に跳び、石床に着地した。そこは俺に近い位置であった為、俺は即座に彼に近づき、ガルガスの魔鎧を掛け、再び巨人に攻撃を仕掛けようと素早く接近する。


 俺と二人の幽鬼兵が巨人戦士ギゥルムに挑んだ。圧倒的な破壊力を誇る巨塊の剣を回避しながら、なんとか善戦していた俺たち。

 いくどとなく死の危険を感じながら、暴風吹き荒れる刃の交わりを繰り広げた。


 ガゼルバロークはしだいに相手の動きに合わせて回避し、巨人の剣を大剣で受け流すコツを掴んだようだ。

 荒々しい巨人の攻撃は非常に重く、速度もかなりのものだが、大きく振りかぶる為、攻撃のくる瞬間は読みやすかった。

 しかしこのまま時間をかければ、いつかは危険な巨人の攻撃を喰らってしまう可能性が増加してしまう。


 オルダーナは巨人の足に無数の傷をつけたが、彼女の攻撃で相手が怯む様子はない。

 俺やガゼルも巨人の腕や胴体を斬りつけたが、深手を負わせる事はできていない状態だ。


(やはり魔法で一気に決着をつけるしかない……!)


 俺は巨人が重戦士を狙って離れた瞬間タイミングで、呪文の詠唱に入った。


「ベヒム、アゥシドゥア、冥界の暗影、木霊こだまする死の残響、魂を喰らう闇の荊、死の沼地より来たれ『ベレアスの荊』!」

 足下に両手を向けて魔法を行使すると、俺の周辺の床から漆黒の影が伸び広がった。

 黒い影が石床に入ったひび割れのように伸び、巨人に向かって一瞬で走っていく。その様は地面を這う黒い稲妻。

 枝分かれした影が巨人の影に結びつくと、影から無数の棘が出現し、巨人の足下から黒い荊のつたが伸びて巨人の足に食い込んだ。


 それは凶悪な棘を生やした魔法の荊。

 霊体を穿つ闇の棘が巨人の足に食い込んだ。


「グガアァアァッ!」

 まるで獣のような声を上げるギゥルム。

「ビキビキビキ」と、木を引き裂く音に似たものが巨人の足下から聴こえた。

 黒い荊は肉体を貫いただけでなく、巨人の霊的な体を攻撃したのだ。


 一瞬、巨人の動きが止まった。


 その隙にオルダーナが接近し、短剣と短刀を使って、かかとに対して回転斬りを繰り出した。

 素早い連続斬りで踵の腱を断ち切られた巨人がゆっくりと前のめりに倒れ、地面に手を突いた。


「もらった!」

 俺とガゼルバロークが同時に接近した。

 重戦士は大剣を振り上げ、巨人の右腕を狙って振り下ろし。俺は石の床を蹴って跳躍すると、丸太のように太い首に向けて振り上げた魔剣を振り下ろす。

 二人の攻撃が同時に巨人の体を捉え、渾身の一撃で腕や首を両断したのだった。



 巨人戦士ギゥルムは、俺が想像していたよりも割とあっけなく倒れた。

 相手が片腕だったというのも大きいが、この巨人を蘇らせた魔術師たちの力(儀式)では、本来の強さを完全に復元するのは無理だったという事だろう。


 首を落とされた巨体から青い焔が立ち上り、ばちばちという音を立てて消え去った。

 同時に周辺の世界が揺れ動き、周囲の石壁がぐにゃりと歪み始める。

「この領域が消滅する」

 ふと、重い音を立てて転がった物がある事に気づいた。

 それは俺が落とした巨人の頭部であり、今やそれは白い大きな頭骨へと変化していた。


「こいつを使って巨人とこの領域を復元していた訳か」

周囲の空間が歪み、偽りの景色が溶けて消え、本来の古戦場跡に戻って来た──と同時に、気温が一気に下がったのを感じる。


 俺は影の中に二人の幽鬼兵を戻すと、被っていた兜を脱いで影の中にしまい、残された大きな頭骨を拾い上げた。

 自分の胴体ほどの大きさがある頭骨を抱き抱えた瞬間、俺は巨人の頭骨との繋がりを感じた。



 * * * * *



 ギゥルムはゲゼルダムティ砦を守り抜いたようだ。

 体中に傷を負い、何本もの矢を受けながら、彼は戦い抜いた。

 なぜの巨人は、ジギンネイスの為に戦い続けたのか。その心の内を読み取る事はできなかったが、彼は停戦を迎えるまで砦を死守し、戦争の終結まで生き続けたようだ。


 彼の命は戦いの中で消耗し、いくども受けた毒矢の影響によって衰弱し、あの砦の中で静かに息を引き取ったらしい。

 巨人の死後、その遺体はいくつかの部位に切断され、各地に持ち運ばれたようだ。

 この巨体の持ち主が不死者となって蘇るのを恐れた部隊の指揮官が、兵士に命じてやらせたのだ。


 ギゥルムの遺体の一部は戦場を見下ろす崖の上に埋葬されたり、町の近くにある丘の下に埋められたりした。

 その頭骨はレファルタ教教会の墓地に安置されていたが、魔術師たちはそれを盗み出し、今回の儀式魔術の触媒として利用したのだ。

「だがそのおかげで──」

 俺は冷たい風を体に感じながら魔剣を鞘に納め、左手に持った大きな頭骨を両手で抱えた。


「そのおかげで俺は、強力な戦士を味方につける事ができる‼」

 死導者グジャビベムトの力が巨人の骨に呼応し、その霊的根源に触れる事ができた。

 魔術師たちが儀式魔術で蘇らせた方法とは違い、俺は巨人戦士ギゥルムを、本来の力を受け継いだ幽鬼兵を生み出す事ができるようになった。

 巨人の幽鬼兵のからだを作り出すには相当の魔力が必要になるだろうが、一度生成すれば例え倒されても、影の中に維持する原型から復元する事ができる。


 俺は強い風が吹き抜ける断崖にある岩陰に座り、冥府の領域と繋がる魔術領域で、巨人の幽鬼兵を生み出す作業に入った。

 魔力を大量に消費し、幽鬼兵の核となる部分に必要なものを霊質で復元すると、そこにギゥルムの戦闘に関する経験が注ぎ込まれた。

 幽鬼兵の原型となるものが生成されると、その魂と呼べるものを基礎に巨人の肉体を形作る。

 大量の魔力を消費して生み出されたのは隻腕の巨人ではなく、両腕のある、大きな体躯の戦士として再生された。


「見た目はガゼルバロークと戦う時くらいの頃のものかな」

 しかしその技量は、彼が死を迎えるまでに重ねてきた、戦士としての記憶から形作られているので、もしかするとガゼルと死闘を演じた頃よりも、遥かに手強い相手となっている可能性があった。


 無骨な金属の胸当てや籠手に脛当て、革の腰巻きに革の靴。そういった物を身に着け、背中には大きな剣の形をした金属の塊を背負っている。

 ついさっきまでこの相手と戦っていたのかと考え、その巨体を見上げていると、よくこいつと戦って勝利を得たものだと感心してしまう。


 俺の影の領域の一部は幽世かくりよと同質の領域を保持しており、そこに幽鬼兵の魂の情報(原型)が刻まれている。

 死導者の力の多くを自在に扱う事ができるようになった為、より多くの幽鬼兵をこの擬似的な幽世に生み出す事もできるだろう。

 ここに強力な兵士を集められれば、そこらの軍隊の一部隊よりも遥かに強力なものとなるはずだ。


 だが実際的な問題として、ギゥルムを喚び出すのに必要な魔力は他の幽鬼兵よりも大きく、使いどころを選ぶ事になりそうだった。

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