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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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古戦場跡で

 荷車に乗って西門を通過した。

 たった一人の護衛を乗せただけの行商人をいぶかる様子もなく、門番は荷車の通行を簡単に許した。


 街を囲む壁の外に出ると、北側に岩の剥き出した山が見える。そのふもとから広がる森の一部は雪を被って、白い彫像の様に木々が立ち並んでいた。

 大きな山ではないが、切り立った岩山の先にも岩の崖が続いているようだ。針葉樹の森の向こうに切り立つ岩壁が立ち並び、茶色い城壁の様だった。


 荷車が通る道はわだちが残る地肌が剥き出した道。

 冷たい風が吹く道は悪路だった。でこぼこした道に車輪が乗り降りし、小さな荷台の上でがたがたと木箱が揺れ動いている。

 行商人はそれゆえにゆっくりと馬を走らせていた。

 凍てついた風が吹き、皮の防寒具を着せられた馬たちも身を震わせているように見えた。


 馬を操る行商人の背中には、今日中にはジギンネイスに入りたいという想いが見て取れる。急ぎたいのはやまやまだが、木箱の中身がこぼれやしないかと心配しているのだ。


 森から離れた場所にある細々とした街道を進んでいると、段々と南西に向かって道は曲がって行き、途中にある石の柱が並んでいる場所を迂回した。

 遺跡かと思って見ていると、柱の陰に石を積み上げた壁が見えてきて、そこが古いとりでの跡だと知った。

 街道から少し離れた場所に、崩れた砦の一部が残されていたのだ。

 石壁と物見ものみやぐらの土台部分。おそらくその土台の上に木製の櫓が組まれていたのだと思われた。


「ここいらも戦場があったらしいで」

 ジギンネイスとフィエジアの間には、こうした戦場跡がいくつもあるらしい。

 行商人はそう説明しながら、なだらかな丘陵の先を指差す。街道はその斜面をぐるりと迂回していて、道は行商人が指し示した岩壁のある方向に向かっていた。

「あの岩棚の先。あそこを抜ければ広い平野があるんで。そこまで行けりゃジギンネイスまですぐっさ」

 男が説明したとおり、道はゆるやかに回って崖の方に向かって行った。


 途中にあった道の脇に生えていた樹木を通り過ぎると、細い道が岩山が作る崖壁がいへきの中へと消えて行く。

 切り立つ岩山は城壁程度の高さというところだが、いくつもの岩山が連なっており、岩山の間を抜ける道は複雑に入り組んだ天然の迷路を作り出していた。


(おや、ここは……)


 崖壁の間を進む荷車は壁を避けて蛇行して進み、行商人は手慣れた動きで道を進み続けた。

 岩壁に囲まれた何本もの道が繋がる地形。巨大な岩の壁のいくつかは巨大な塔にも似て、左右に道を分けていた。

 岩壁の間を通過する道には冷たい風が北側から吹き込んでいて、進もうとする道の先からびゅうびゅうと向かい風が吹きつけてくる。


「まさかこの先にある平野とは……」


 ガゼルバロークの記憶を探っていた時に見た光景が蘇る。

 この先にあるのはゲゼルダムティ砦があった古戦場跡だろう。

 かつてこの断崖の間にある道を通って、兵士たちが平野に向かって進軍して行ったのだ。


 そんな事を考えながら荷車に揺られていると、広い道幅のある岩山の間にやって来た。その道の先から強い風が吹き、ごうっという音が壁の間に反響し、ぅわんぅわんと異様な音を響かせ始めた。

 強い風が吹く道の先には明かりが見えており、茶色い地面の上を覆う白い雪が残っているのが見えた。かつてそこにある平原で苛烈な戦いが幾度も繰り広げられたのだ。


 風が正面から吹きつけてくる為に馬たちは進めずにいた。御者台に座った行商人もあまりの風の強さに腕を上げて顔を守っている。




 ──そして突然、それは起きた。

 まるで下から突き上げられるような感覚。荷車が地面ごと突き上げられたかのようだ。

 馬たちが恐怖にいななきを上げ立ち止まった。行商人がなんとか輓馬ばんばの恐慌を押し止めようとする。

 慌てているのは男も同じようだったが。


「あぁぁ……なんだァ、あれは……!」

 男の震えた声が聞こえる。


 俺は荷車の後方から降りようとして、異様な物を見た。

 荷車の後方──馬が歩いて来たはずの道に、灰色の煙のような物が立ち込め、道をふさいでいるのだ。

「なんだッ……これは!」

 荷車の左右に切り立った崖がある薄暗い道。影が落ちる道に立った俺は、帰り道を塞いだ煙を調べた。


 それは空間を閉じるなんらかの魔術の力で生み出された物だった。どうやら異空間の中へと閉じ込められてしまったようだ。

 周辺には微量の魔素が漂い、濃度の濃い魔素のかたまりが海中を泳ぐ海月くらげの様に浮遊している。──それらは魔眼がなければ視認できないものだ──

 さっきまで吹いていた風が嘘のように止んだのも、異空間の中だからなのだろう。


「なにが起きた?」

「それが……急にあれが──、あれが急に現れたんで」

 行商人は冷静に答えるよう振る舞っていたが、混乱しているのは明らかだった。

 男の示した先には広々とした平野があり、短い草の生えた草原と、そのずっと先に石の砦が見えていた。

 こんな場所に砦があるはずはない、と行商人は悲鳴のような声を上げた。

 それになによりも、空の様子が変なのだ。



(ここは……幽世かくりよか?)



 空にうごめく灰色のもやは、まるで煙をかき集めたみたいに空を埋め尽くし、かなり低い位置をもうもうと泡立つように揺れ動いている。

 それは荷車の後方に発生した煙と同じ物であるらしい。

 遠くに見える砦の周囲と平野に、数名の兵士らしい姿が見える。まだ距離がそこそこ離れている所為せいか、こちらには気づいていない。



(まさかあの砦は──)



 兵士たちは周囲を警戒しているのか、不規則に、うろうろと歩き回っていた。その動きには人間味が感じられず、まるで獲物を探し求める獣のようだ。


 俺はこの領域を解析し、ここが幽世を元にした魔術領域であると探り当てた。どうやらかなり多くの──力ある魔術師たちが俺を罠にかけ、この領域に俺を取り込んだようだ。



(明星の燭台か……)



 奴らの拠点が北の地にあるような気はしていたが、レファルタ教のあるジギンネイスで活動を始めようとしているのか? それで俺が北に向かって来ているのを知り、このような罠を仕掛けていたのだろうか。


「ひとまずその岩陰に馬車を移動させろ」

 俺は谷間の出口にある大きな岩を指差す。

 行商人は慌てた様子で指示に従い、荷車を進めようとした。

 だが恐慌に駆られていた輓馬たちは御者の手綱の音に驚き、街道の先にある草原に向かって走り出してしまう。


「ギュォヒヒヒ──ン」


 荷車を引きずったまま右往左往しながら砦に近づいて行く馬。

 狂ったように走る馬たちは、この領域にある魔素の影響を受け、錯乱してしまったようだ。


 すると荷車が突進して来るのを察知した兵士の何人かが、背負った手投げ槍を手にして、それを投擲とうてきしてきた。


 投げ放たれた槍が馬をとらえ、二頭が瞬く間に打ち倒された。その勢いで荷車は横転し、放り出された行商人が地面に激しく打ちつけられた。

 横転した荷車に二体の兵士が近づいて行き、倒れて暴れている馬と、ぐったりとして動けなくなっている行商人に、容赦なく武器を振り下ろすのが見えた。

「なんてこった……」

 俺はそう漏らしたものの、今は自分がどうすべきかを考える時だ。


 この領域から脱出するには、兵士たちが守る砦まで行く必要がありそうだ。

 おそらく魔術師たちはゲゼルダムティ砦に関係する遺物を使って、大規模な儀式魔術をおこなったのだ。

 そしてこの場で起こった戦いの記憶を具現化し、砦や兵士たちを復活させた訳だ。もちろんそれらは魔術による複製で、奴らの手によって作られた幻影のようなものに過ぎないが。


「手の込んだ事をする」

 俺は草地の中を荷車や大岩の陰になるように敵の目から隠れて行動し、大岩のそばに倒れ込んだ行商人に近づいたが、彼は頭と胴体を切り離されていた。

 男の懐から小さな皮袋が転がり落ちてきた。

 なんとなく気になって袋の中身を確認すると、その中にさらに小さな皮袋と小瓶が入っていて、皮袋には阿片。小瓶の中身は狼茄子ベラドンナの抽出液が入っているようだった。


「なるほど、麻薬の密売をしていたのか」

 男の挙動不審な様子から察すると初犯だろう。

 油を運ぶと見せて、本命は麻薬を届ける事だったのだ。

 狼茄子はジギンネイスでは違法ではなかった気もするが……まあ、そんな事は今はどうでもいい。


 平野に居る兵士たちは手投げ槍をかなり離れた位置から投擲し、馬を打ち倒していた。相当の手練れ──訓練された兵士のようだ。

 今隠れている岩陰から先は広い平野が広がっていて、所々に大きな岩や地面が隆起した場所もあるが、ほとんど身を隠せる場所がない。


 兵士たちは長剣に盾。大剣や槍や両手斧といった武器を手に持ち、見える範囲だけで十人以上は居るようだ。


 俺はこの魔術領域の中心部。異空間を保持している力の源に近づかなければならない。

 周囲を見回しても、この領域がそれほど大きなものでないのは明らかで、平野を中心にした周辺が灰色の靄に包み込まれているのが、ここからでも確認できた。


(砦の中に、この魔術領域を維持する力があるのだろう)


 俺はそう推測すると、砦の攻略をどのようにおこなうかを考えた。

 兵士たちの数はそれほどでもないが、砦の中に大勢の兵士が居るとしたら厄介だ。


 俺は魔眼を使って効果範囲を拡げた解析魔法を使い兵士たちの能力や数を把握しようと努めた。

 思ったとおり相手は生命体ではなく、霊体に近い魔力の反応がある。おそらくは魔魂体といった物で構成された身体だろう。


 ここからでは砦の内部までは調べられなかった。だが、砦から流れ出ている魔力の波動は大きく、この領域を維持している物がそこにあるのは間違いない。

魔術師の集団「明星の燭台」の罠にかかってしまうレギ。

またしても危険な戦場へと飛び込む事になった彼の心境に変化が……

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