ジギンネイスから帰還した冒険者たち
魔術の庭に入ると光体の状態を確認し、なにも問題がないと知ると、魔術領域でできる作業に取り組んだ。
冬籠もりの最中は魔法の獲得や、錬金術の修練を重ねたり、霊獣の楽園で新たな霊獣を獲得したりもした。
光体の制御をできるようになった影響で、霊獣の楽園で使える魔法も増え、強力な霊獣から、使いどころが難しそうな霊獣など、何体かの霊獣を取り込む事ができ、そうした霊獣を育成する作業にも取り組んだ。
死導者の霊核はすでに俺の霊的な体に結び付き、その力の制御をかなり深いところまでできるようになっていた。
その力は魔力体にも光体にも影響するだろう。
死の力の制御は俺の魂をより強固なものに変えた。それは感覚的な制御にも及び、意識的に筋力を増強させたり、痛覚を遮断する事もある程度可能になった。
それでもまだまだ奥深い死の力の領域は、さらなる開拓が必要だろう。
無窮の死の領域。その広大さは幽顕の園を体験した俺にはよく分かっているのだ。
死は、無限なのだと。
生が有限であるのに対し、死は終わりがない。死が終わりなのは生にとってであり、死は生の境界を越えた場所にある、不滅の力なのだ。
いかに生命が下位世界を満たすほどに循環しようとも、そのさらに深い領域にある死は眠りに就き、自らの不敗の理を抱きしめて夢を見ているのだ。多くの破滅を呑み込んで。
死は恐るべき支配者であり、そしてある意味では教育者でもあるようだ。
死は魂を選定し、淀んだ魂を純化したのちに、生命の輪の中へと突き返す。
あまりに出来の悪い魂は駆除されているようだったが、もしかするとそうした魂にもなんらかの役割があるのかもしれない。それほどに死の領域の理に通じるのは困難なものなのだ。
魔術の領域で作業をし続け、馬車が目的地まで接近したのを知り、俺は意識を肉体に戻した。
目を開けると暗い客車の中はすっかり冷え込み、多くの乗客が身を寄せ合ってなんとか凍えずに済んでいるような状態だった。
馬車が街の門を通過して、石畳の路面をゆっくりと進む。門の近くにある停留所に停車すると後方の幌が開き、御者が降りるよう声をかける。
「お疲れさんです。アンスファルに着きましたよ」
俺は速やかに馬車を降り背嚢を受け取ると、冷たくなったそれを背負い、街中を通る大通りを歩き出す。
アンスファルは御者が言っていたとおり、かなり大きな街だった。
空は薄雲がかかり真っ暗に沈んでいるが、通りに面した店の前に設置された灯火の明かりが道を照らしている。
その為、宿屋の場所はすぐに見つける事ができた。
煙突からもうもうと煙が立ち上っている宿屋に入ると一部屋借り、そこで朝になるまで待つ事にした。
御者の話によれば、この先の道は雪で通れない可能性もあるという。もしそうなったら徒歩でジギンネイスの街に行くしかない。
雪の中を歩いて長い距離を移動するとなると、かなりの体力を消費する。もし野宿するとなると、雪室を作ってその中で眠る事になりそうだ。
「明日の状態しだいだな」
暖炉の熱で暖められた快適な部屋で寝台に横たわる。
角灯の明かりを消すと、白い毛皮の布団で身を包み、若干の獣臭さを感じながら目を閉じた。
* * * * *
寝ていたというよりは、ずっと魔術の庭の中で作業や訓練をしていた。精神的な疲れを感じると休み、魔術領域内の書庫で本を読んだり、幽鬼兵の強化などをして時間を使った。
そんな時、上位世界で光体が敵と遭遇し、戦闘を始めたのを知った。
基本的に光体に設定した判断に任せ、俺は光体が戦う様子を傍観していた。
異質な姿をした闇を纏う魔物との戦いは苦戦せずに終わった。──ぼろい外套を羽織った見た目をした奴で、外套自体も不気味な色を発しているようだったが、その外套の下は暗黒の歪みがあり、星々の輝きのごとく小さな光をちらちらと点滅させていた──
的確な防御と回避によって損害はほぼなく、また新たな力を手に入れた。
光体に魔法を組み込み、武器を作り出す術を与えたりしながら、光体の強化も図る。
光体が生み出す武器は、剣や槍の形状をした物で、光や闇の迸る力の具現だ。
力そのものである光体は、霊的な体であると同時に武器や鎧でもあるのだ。それは下位世界で武装として纏う時にも役立つ。
そんな作業の合間にわずかな睡眠を取っただけで十分だった。精神的な回復は魔術の門の中でもおこなえるからだ。
まだ朝早い時間だが、部屋の中に居ても仕方がないので、用を足しに一階へと降りて行く。
暗い廊下を歩いて便所から暖炉のある居間(談話室)に来ると、そこには数人の先客が居た。女の一人が魔法使いが好む裾の長い法衣を着ている。どうやら冒険者の一団であるらしい。
「おはようございまふ」
と、舌の回らぬ様子で男が声をかけてきた。
「おはよう」
四人組の一団は二十代の若い連中で、男二人女二人の組み合わせだが、一人の女はかなり歳が離れているように見える。──童顔なだけだろう──
座っていいかと尋ねると、どうぞと空いている席を指す。
暖炉の前にある三つの長椅子に座り、俺たちは顔を合わせた。
「冒険者?」と、先に声をかけられた。
「まあそんなところだ。──と言っても、この街にはジギンネイスまで行く途中に寄っただけだが」
「わたしたちはジギンネイスから、こっちに戻って来たところです」
「ほう」
彼らは元々はベグレザで活動していたが、ある依頼を受けて船でジギンネイスに行く機会を得たので、その依頼を達成したついでに、ジギンネイスでの活動をしていたらしいが──
「雪が降ると町から動けなくなって、持っていたお金も食事と宿泊費でほとんど失ってしまいました……」
「ジギンネイスの中央に近い場所で活動していたので、食事に困る事はなかったのですが、雪の中で活動する亜人や魔獣の討伐も大変で、戦士ギルドの依頼をこなすのもひと苦労で」
「うちには優秀な魔法使いが居たので、なんとかやってこれましたけどね」
と、戦士だという男が法衣を着た女を指し示す。
女は「そんな事ない」という風に手を振っていた。
彼らはジギンネイスの中心部にある都市まで行き、その帰り道で雪の牢獄に囚われてしまったらしい。冬場に突然帰る事もできなくなった彼らだったが、戦士ギルドの助力もあって、なんとか生還できたと話す。
彼らは雪に閉ざされた環境の中でも戦士ギルドの依頼を受けて、活動を続けていたらしい。
北方の戦士ギルドの討伐依頼はどんな内容なのかと尋ねると、数人がそろって「シルトグレム」だと答えた。
「シルトグレムはジギンネイスの言葉で『雪鬼狼』という意味らしいです。犬頭悪鬼が白い毛皮をになったような奴で、武器や防具は持ちませんが知能が高く、連携して襲ってくる厄介な相手でした」
「毛皮が高く売れるというので、皮を剥いでギルドに持って行くんですが、それが大変でした」
「それに亜人種とはいえ、人型の生き物から皮を剥ぐなんて……」と、気分が悪そうにしている女たち。
雪鬼狼以外にも「カナンディルク」という魔獣との戦いについて振り返った冒険者たち。
雪鬼狼の討伐に向かい、この魔獣と遭遇してしまったらしい。
それは箆鹿に似た大型の魔獣で、手の指の様に広がった大きな角が頭から横に広がり、その先端が前方に向かって何本も突き出している。
こいつは氷結の息吹を吐き出し、いくつもの攻撃魔法を使ってくる難敵で、彼らはなんとかこの魔獣を撃退したようだが、できるなら二度と出会いたくないと語った。
「風を巻き起こしてきたり、風の刃を撃ってきたり。氷の飛礫を飛ばしてきたり……。もうさんざんな目にあいました」
「それでも生きて帰って来たのだから、たいしたものだ」
朝食の時間になるまで彼らと話していたが、そのうち気になって尋ねた。
「ところで向こうでは、魔法使いの安全は保たれているのか? 宗教的な理由で排除されているらしいが」
「ああ、それはですね」
魔法使いの女が懐から青い革製の輪っかを取り出した。
「それは?」
「これは『レファルタ教管理下の魔法使いである証明』の首輪です。私たちがジギンネイスに入る前に、仕事を依頼した人からもらった者です」
「へえ……そんな物があるのか」
「仕事を依頼した人はジギンネイスの貴族だったらしく、こうした物も用意できたんです」
俺は頷きながら、どうもその仕事を依頼した貴族というのは、レファルタ教の関係者だったようだと考えた。推測に過ぎないが、レファルタ教の教義に反発を感じるようになった者なのではないだろうか。
それで亡命のような形でベグレザに渡り、ジギンネイスに居る何者かに伝える為に、彼ら冒険者を雇って仕事を依頼したのだと考えられた。
「しかしジギンネイスの戦士ギルドも、レファルタ教の管理下に置かれているようだな」
「場所によると思いますよ。ぼくらが立ち寄った中央から南側の辺りではアドン派も居たので、慎重に行動するよう依頼者から言われていましたから」
聞くとどうやらアドン派の信奉者の多くは、ジギンネイスの東から南東部に多いらしい。
ジギンネイスの戦士ギルドも一応は中立性を保とうとしているようだが、圧力を受けている節も見受けられたと彼らは語った。つまりレファルタ教の管理下にない魔法使いは追放されるか、下手をすると死罪に問われる可能性もある訳だ。
「あの国の東側には絶対に行きたくない」と女魔法使いが青ざめた顔をして言った。
目印の首輪をしていても疑いの目を向けられた覚えがあるのだろう。
こうして俺たちは一緒に朝食を取る間柄になったのだが、互いの目的地は違うので、宿屋を出る時には別れの挨拶を交わしていた。
「それじゃ──気をつけて」
俺に対してそんな言葉をくれる彼ら。
殺伐とした国の中に閉じ込められた彼らは、あの国から距離を取ろうと考えているらしく、一目散に南下しようとしている様子だった。
「ああ、そちらもな」
南門へ向かう彼らとは逆に北門へ向かうと、ジギンネイスに向かう馬車を停留所で探す。
──ところが、なにやら北門周辺が騒がしい。
馬車や荷車が門の前に集められ、動けずにいるようだ。行商や御者たちが集まって何事か話し合っている。
そうした市民たちを余所に、武装した兵士や冒険者たちが殺気立って門の前に集結しだしていた。
「なにかあったのか」
「いやそれが……こっから北の街道に、亜人たちの群れが出たらしいで」
俺が話しかけた男は小さな荷車に乗った行商人で、アンスファルから国境を越えて、ジギンネイスにあるヘールフェンに物資を運び届ける途中だと言う。
「油を運び届けにゃいかんのに……荷車を守る護衛まで兵士に取られちまった」
臆病そうな行商人は頭を掻いている。
「他に北へ向かう道はないのか?」
「あるにはあるけんど……」
「護衛なら俺が引き受けるが」
「あぃ……おまえさんが?」
そう言うと俺の体をまじまじと見つめる男。
まさかたった一人で護衛をするというのか、といった考えなのだろう。
「嫌ならいい、亜人を兵士たちが撃退したあとで街道を通過すればいいだろう。どれくらいかかるかは知らないが。ちなみに俺は赤鉄階級の冒険者だ」
俺はそう言って立ち去ろうとする。すると行商人は俺を引き止めた。
「わかった、あんたを護衛として雇うで。別の道を通るとなると、西にある崖狭間の道を通って北に向かう道になんだ」
俺の言葉を信じたのかどうか分からないが、行商人は小さな荷車を引く二頭の輓馬の手綱を握り、門前広場から引き返して西門へと向かおうとする。
「乗ってくだせえ、狭いでしょうが」
「ああ」
荷台に乗ると、縄で荷台にくくりつけられた二つの木箱のそばに腰かける。
匂いからすると中身は確かに油のようだ。
木箱の中にある壺の中に油を入れて運んでいるのだ。だが──
小さな荷車に二頭の輓馬。行商人らしい男の挙動からはどこか落ち着きのない、焦りのようなものを感じる。
(どうやら運んでいるのは油だけじゃないな、こいつ)
小さな荷車に乗せた小さな荷物だけで国境を越えるなど、採算が合わない可能性が高い。急いでいるのにも理由がありそうだ……
いわくありげな様子の行商人と移動するレギ。
次話には──




