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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十五章 死霊の王と魔剣の再生

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霊学の祖との邂逅

 眠りに就いてしばらくすると異変に気づいた。

 意識の壁を越えて閾域しきいき下に入ったはずなのに、意識があるのだ。

 夢を見ているのではなく、どうやら幻夢界に入り込んだらしい。

「まさか敵の攻撃か?」

 俺は冷静に状況をうかがい、自分の能力が封じられる場所に閉じ込められた訳でも、肉体から魂を抜き出された訳でもないのを確認すると、横になっていた状態から体を起こす。


 寝台ベッドがあり、別邸の部屋がそのまま幻夢界に入り込んでいるようだ。

 幽鬼の領域に近い場所かもしれないが、今のところそういった反応も感じない。もし幽鬼の領域であるなら、俺の中にある死導者グジャビベムト

力が反応しないはずがない。

 それに幽鬼の領域であれば、死導者の力をかなり引き出せるようになった現在の俺にとっては、都合のいい場所という事になる。


「攻撃ではなさそうだが」

 なぜここに入り込んだのか、誰かの誘いがなく自然現象的に迷い込む可能性もなくはない。しかし──


 俺は部屋の窓を開け、外を確認する。

 外は静かで、暑くもなく寒くもない。

 冬だった世界から、春の世界にでも迷い込んだようだが、なんとなく不快な空気の中に居るように感じ、俺は魔剣などを身に帯びると、館の外に出る事にした。


 薄暗い世界の空は群青色に染まり、遠くの空はほとんど闇の底を思わせる漆黒が広がっている。

 雲も星も月も見えず、ただ静かな世界の中にぽつんと館が存在していた。館を囲む敷地の壁の外にはなにも見当たらない。

 近隣の建物もなく、街から切り離されているみたいに、別邸だけがこの場にあるのだ。


「なんのつもりなのか」

 魔神や邪神──それとも神々が? 俺は不安に陥らぬように注意しつつ、なんの精神干渉もなく、魔術的な攻撃がおこなわれていない事も確認してから、この領域の解析に入った。

 それは難しい作業だが、局所的な幻夢界化をしているところから判断しても、それほど強い力によって構成されてはいないと思われた。

 空間にあるものを解析したところ、どうやら魔術師が作り出した領域ではないらしい。もし魔術師なら、これほど俺に自由がある状態の幻夢界に引きずり込んだりはしないだろう。


 どうやってこの幻夢界を脱出しようかと考えていると、やっと何者かの干渉を受けた。

 それは遠くから聞こえてくる声のようで、最初はなにかの音だとしか認識できなかったが、だんだんとそれが言葉である事に気がついた。



『……ばす者よ。我が呼びかけに応えてくれ』



 俺はぎょっとした。

 それはこの空間に響く音ではなく、俺の光体アウゴエイデスを通じて聞こえているのだと気づいたのだ。


 それはあり得ない事だった。

 もし相手に敵意があったなら、俺は光体を失い、この俺という存在もまた消されていたかもしれなかった。

 俺は慌ててこの場から光体領域に自らを移し、上位世界に入り込んだ。




 光体は周囲を警戒した状態のまま存在し、発見されないよういくつもの結界の中に身を隠した状態にあった。

 周囲を確認すると、離れた場所に闇や光が渦巻き、特別なものがあるとは思えなかったが、また声が聞こえてきて、俺はその方向を探る事に集中した。


『魔術師にして、神域に手を伸ばす者よ。そなたは魔導の極致を求める者か?』


 声の主は探しても見つけられない。かなり高度な隠術(掩蔽(えんぺい))の技能を持っているらしい。


「魔導の極致──あなたはまさか、人間か?」

 その声に尋ねると、なにやら溜め息のようなものが聞こえた。


『おお、おお。やはり人であったか。なんという巡り合わせ。この僥倖ぎょうこう。神々の領域たるこの場所で、人間の意識にうとは。おお、なんと素晴らしい奇跡だ』


 それは本当に喜んでいるようだった。

 何者かは知らないが、まるで何十年も会っていなかった友人に再会したように、大仰に喜びを表している。



 俺は光体を動かし、小さく丸まっていた四肢を広げた。

 それは人型の姿をしていたが、どこか獣にも似ていた。俺の光体は曖昧に光と火を放ち、形態もこれといった安定を見せてはいない状態だった。

 極光気オーラを閉じ込めた体内が透けて見え、しかし以前の形よりは、かなりはっきりと力強い姿形をしたものになっていた。

 まだ具象を持たず、この領域での明確な姿形を得ているとは言いがたい自らの光体を確認すると、周囲を警戒して声の主を探す。


 闇と光が争うこの領域に対し危険だが探査の手を伸ばして近くに居る何者かの姿をとらえようと試みる。


『ああ、すまない。姿が見えないだろうか。なにしろこの領域ではあらゆるものが敵とも言えるからな。()()()()()()()()()()()()()()()()は、本来ならここでは存在すらできぬ』


 そんな言葉が聞こえると、それは姿を現した。


 この領域で距離が意味を成すかは分からないが、数十メートル離れた場所にそれは突如として現れたのだ。背景にある紫や赤や青の闇と光の入り交じる混沌から、じんわりと染み出してきたかのように、それは巨大な姿を見せたのである。



 初めて見た時、それはなにがなんだか分からないものに見えた。

 いくつもの色に明滅する巨大な宝石の塊、もしくは虹色に光る螺鈿らでん細工の構造物。そんな感じの物に見えたのだ。


 それは動き出し、関節らしい物を持つ大きな腕を下ろした。

 大きな前腕をした虫か甲殻類。それに爬虫類の特徴を持つ生き物のようにも見えた。

 頭部らしいごつごつした物が動き、こちらを宝石の眼で見ている。青色と緑色と黄色の光をぬらぬらと反射させる眼で。

 顔と呼べる物はまるで緑色の鉱石の仮面を思わせる。

 身体の大きさと対比して小さな頭部には、長い触角を思わせる平たい物が背中の方に伸びており、それが昆虫の様に見えた理由の一つだった。


 奇妙な光体を持つ相手はどうやら下半身が無いようで、脚の無い黄金虫を思わせるが、頭や背中から垂れている帯に似た布状の物が数枚垂れ下がり、生き物と言うよりは象徴的物体オブジェを思わせる物だった。



『私はフィェナヴディァティス────。いや、ゼネスでは「レァミトゥス」という名だった』

「レァミトゥス! まさか! 霊学の祖であるあの錬金術師か!」

 俺は大きな声を出したつもりだったが、その声は口の無い俺の体から発せられる事はなく、音としては響かないものだった。

 だがこの領域では俺の思念が目の前の存在にしっかりと伝わり、長ったらしく、発音の難しい名前を口にしたレァミトゥスは、頭らしい物を何度かうなずかせた。


『そうか、私を知っている者か。ならば話は早い──。そう、霊学という上位領域への認識を広げる学問を開き、その研究に没頭した男。それが私だった』


 まさかまさか、書物で知るあの錬金学者が──まさか! とっくに死んでいるはずの人間が、この上位世界で存在しているとは!

「光体を手に入れ、こちらで存在していたのか」


『光体──そうだ。私は下位世界ゼネスで、霊的上位存在、あるいは上位世界について知り、探究する事に生涯を捧げていた。他のなにもかもを捨てて、ただその真理に至らんと望み、研究に没頭していた。

 私は魔術師や錬金術師だけでなく、死霊術師や占星術師にまで会いに行き、彼らの知を得てもなお満足した答えを得られず、さらに上位存在との接触を切望した』


 彼が接触できた上位存在は精霊や、冥府の上層領域の管理者といった存在だったらしい。

(上層領域の管理者──? あの、幽顕の園(ベルベダレーゾン)に居た守護者のような存在の事だろうか)


『死の領域を学ぶ事は、自らの肉体を失ったあとの事について考えるにあたって絶対に必要なものだった。そして、下位存在と上位存在の在り様の根本的な差異は、生命と死に尽きると理解した。

 栄光の焔。輝けるからだを持つ上位存在。永遠のことわりの中に存在する卓越した全一なるもの。神に近き存在ものは下位世界の生命原理とはかけ離れた神秘の中に存在し、総体の一部でありながら、彼らは独自の焔を総体の中に永遠に灯しているのだ』




 神の領域へと接近した錬金学者の言葉は、真理を照らす光のように俺の中に入り込んでくる。それは言葉であり、光であった。


 叡智の言霊とも言える光体から伝わる思念。それは上位世界での言葉。

 形も色も無く、音なき言葉を紡ぐ。


 こうして俺は、下界から脱して霊魂の真理に近づこうと、死を越えて存在し続ける者との対話を続けたのだった。

 神々のことわりを知解し、その領域(叡智)へと導くレァミトゥスだったものの言葉は、上位世界の闇と光を照らす理性の炎だった。

 彼は人としての生命を捨て去ったが、人としての理性を保持したまま、この領域で研鑽けんさんを重ねていたのだ。


『神は叡智ではなく、叡智が存在する理由である。神は光ではなく、光が存在する理由である。

 光体とは光であり闇であるところのもの。霊と魂とを火にかけ燻蒸し、昇華し得た先にあるもの。上位世界に立ち昇るべくこした火によって灰になるものは、下界へと落とされてゆく。

 理性によって人は霊的資質を身につけ、悟性によって善と悪とを知り、叡智によって導かれた霊魂だけが、より高い次元世界へと至る鍵を得るのである』


 輝ける者フィェナヴディァティスは、この領域に満ちた光と闇が交わる混沌を指差した。


『あの光と闇の衝突は、争い滅ぼし合っているのではない。ただ互いの力が拮抗し、結び付く事のできない属性上の、概念的な問題が反発を起こしているのだ。ここにあるものは光も闇も、本質的には同じものである』


「それが叡智が存在する理由であり、光と闇は等しく同じものから誕生した、属性の違いに過ぎない」


『お前は正しく知解した』


 つまるところ神は、すべてを内包した領域の、世界のすべての形象。概念や場所(領域)そのものだと説明しているのだ。

 神は原因であり、そこから生まれたすべてのものとも言える。


 古代語の中でも不可思議な古代魔術言語を使ったと思われる名前。フィェナヴディァティスという名は、おそらくは"灰より立ち上がったもの(復活したもの)"といった意味になると思われた。


 多重の発音が組み合わさった古代魔術言語を使って、自らの新たな存在としての名前をかかげるのは、彼が上位存在の中に組み込まれた証明なのであろう。

上位世界での「認識」は下位世界のそれと根本的に違います。ここに書かれている色や形はあくまでレギの「主観」を通したもので、厳密な形や色があるとは限らない世界です。レァミトゥスの光体についても、別の人が認識すれば、もしかすると巨大なカメムシに見えるかも知れません。

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