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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十五章 死霊の王と魔剣の再生

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魔神ベルニエゥロとの対話

 相手の消滅を確認した俺は光体アウゴエイデス武装を解いた。

 魔神オグマギゲイアが消滅し、その光の一部が俺の中に飛び込んできた。

 まばゆい光の欠片は、あの暗い色をした巨人のものとは思えないほど神秘的な光を放っており、淡い光は幻のように消えて、俺の中に溶け込んだ。

 俺の光体が、魔神の光体の力の残滓ざんしを取り込んだのだ。


 己の力だけで魔神を撃破し、その力を獲得した俺は、異空間の荒野の真ん中で咆哮ほうこうした。

 だだっ広い荒野の中で。

 一匹の獣のように。

 それは勝利の雄叫びだった。


 言い知れない高揚感を感じていたが、それと同時に冷静な部分も俺の中にはあった。


 この瞬間タイミングに魔神ベルニエゥロが土砂を送り込んできたのはなぜだ?

 魔法の短剣を投擲とうてきしてしまったが回収できるだろうか?

 そもそもなぜ魔神オグマギゲイアは俺と鉱石獣を異空間に引きずり込んだのか?


 そうした事を一気に考えて、結論を出そうと思考している部分がある。



『見事じゃ』

 ベルニエゥロの声が聞こえてきた。

 びりびりと大気を振動する力がどこかからか流れ込み、茶色い土砂の一部が盛り上がり始めた。

 土が生きているかのごとく膨れ上がり、土塊つちくれの中からごつごつとした石の体を持つ巨大な馬が現れた。


 それは装甲を身に着けた軍馬で、見上げるような高さがある。

 大きな石像のごとき馬は首を振って体の砂を落としていた。

 その頭部には二本のねじれた角が生えており、蒼く燃え盛る炎のたてがみや尻尾を持っている。

 目玉は赤い光を宿し、まるで熱を持った紅玉ルビーの塊のようだった。

 通常の馬の目とは違い、この石像馬の目は前方に付いているのだ。


『見事じゃ人間──レギよ。力の一部に過ぎぬとはいえ、独力でオグマギゲイアを撃破するとはのぅ』

「力の一部……」やはりあれは魔神オグマギゲイアの投影した、力の一つに過ぎなかったようだ。

『それでも大したものよ。およそ人間がかなうはずのない存在じゃからな。

 ……儂は今でこそ五大魔神の一柱ひとはしらに数えられているが、実際の力の総体にいては、オグマギゲイアの方が遥かに格上の存在だったのじゃからな』


 意外な告白をする魔神ベルニエゥロ。俺が魔神を打破したという事を認め、その素性の一部を明らかにしたのだろうか。


 思えば大地の暗部を司る神だというオグマギゲイアは、豊穣を約束する神とは違い、大地の暗い、恐るべき部分を担う存在のはずだ。

 どれほどの権能を秘めているか、俺はその一部を垣間かいま見たに過ぎないのだろう。

 ──あの燃え盛る岩漿マグマを吐き出した力。それは生命の原点を思わせる活動力エネルギーに満ちていた。


 魔神ベルニエゥロも元々は大地の力を行使する存在だったようだ。

 共通する力を行使する存在として、オグマギゲイアの事はよく理解しているのかもしれない。


「しかし、なぜあんたはここに? 俺は魔神アウスバージスの遣いと共に、幽世かくりよの狭間を移動していた」

『ああ、知っているとも。説明してやるからまあ聞け。

 儂の所にアウスバージスの遣いが来たのよ。レギを下界に送り届けている配下の獣が何者かに討たれたと。あやつにしては要領良く、使役獣の様子を確認していたようじゃ。それでお前の危機を知り、儂に手助けするよう言ってきたのじゃよ』

 なるほど、鉱石獣が倒されたのを察知したアウスバージスがベルニエゥロに救援要請をしたのか。

『なにしろあやつは神々に真っ先に狙われかねない奴じゃからな。今ごろ天上の尖兵を迎え撃つ準備でもしているのじゃろう』

 確かに魔神アウスバージスは焦っている様子で、俺に帰るよううながしていた。


 そして俺と鉱石獣が魔神オグマギゲイアによって異空間に引きずり込まれた理由には、思い当たるものがある。

 そもそも俺が戻ろうとしていた場所は、オグマギゲイアが眠る場所の近く。「禁忌の地」と呼ばれる場所の近くに戻ろうとしていたのだ。

 そこを嗅ぎつけられたのだろう。

 こちらは魔神の遣いである鉱石獣と行動を共にしていた為、それがオグマギゲイアの注意を引きつけてしまったのかもしれない。

 火と金属に親和性のある魔神アウスバージスは大地の力とも接点があり、その配下の鉱石獣がオグマギゲイアの注意を引いたのだと考えられた。



 俺は月があった辺りを見上げ、虚空の闇が広がる場所を睨みつけた。

『どうかしたか?』

「せっかく魔神アウスバージスの鍛冶師からもらった、魔法の短剣を投げつけてしかった。──できれば回収したい」

『ふむ?』

 巨大な石像の馬が空を見上げる。馬首を巡らせると、緑色の中に青い筋の入った岩で作られているのが見えた。この馬の体は石材に見えているだけであって、厳密には光体が姿形を構成しているのだ。

 魔神の特性やその神格。権能によって現出する姿が変化してもおかしくはない。

 ベルニエゥロが馬の形態を取って現れる事が多いのにも理由があるのかもしれないが、それを突っ込んで聞くような関係でもない。


『短剣か。かなり遠くまで飛んで行ったようじゃな。……どれ』

 そう言うと、馬の頭部から青緑色の光が伸びた。それは音もなく上空の闇を貫いて、まばたきをするくらいの一瞬で消え去った。


『間もなくこの異空間は消滅する。さっさと出た方がよいじゃろう』

 巨大な石馬はそう言って頭を地面にまで下げ、ぷっと口からなにかを吐き出した。

 地面に突き刺さったそれは、俺が投げた魔法の短剣だった。

 どうやったのかベルニエゥロは、異空の闇の中からそれを回収してみせたのだ。


「おお、さすがは老獪ろうかいなる魔神ベルニエゥロ。魔道を進む者の道標。古き魔術の担い手の王」

 俺が遠回しに褒めると、魔神は大地を震わせるような笑い声を轟かせた。

『ははははは、なかなか言いよる。お前こそさすがにラウヴァレアシュの気に入りよ。──じゃがお前は儂の眷属には成り得まい。その魂、その意思。どれもが迷いの霧の中には落ちぬ強靭な戦士を思わせるものじゃ。──憎々しいほどにな』

 さあ、短剣を回収し儂の足に触れよ。と魔神は言った。


 荒野の遠くで青い光の幕が下りたように見えた。魔神オグマギゲイアの力が消えた事で、この領域は崩壊を始めた。

 俺は巨大な石馬に近づくと、地面に突き刺さった短剣を引き抜き、鞘に納めながら巨大な足に触れた。それは冷たく硬い石そのものであり、つややかな表面は磨き上げた流紋岩のようだった。

 石の表面が魔力の光を映し出し、崩れ去る荒野から再び闇の中に移動した。


 ──と思ったら、俺は空の上に居た。


 ゆっくりと空を移動しているのだ。

 だがそれは実際の、世界の上空を移動しているのではなかった。

 もし実際に空を飛んでいるとすれば、俺は寒さに震え上がっていただろう。ここはまだ時空の狭間なのだ。


 どこまでも遠く、遠くまで見渡せる高さを移動する石の馬。その足に触れて移動している。

 移動しているのは下界からすぐ近くの幽世だった。この領域には隣の世界の気温など関係がない。

 ゆっくりと上空を移動しているように見えるが、それは地上からかなりの高さを移動している為にそれほどの速度に感じないだけだろう。

 気づけば俺はどうやら、ピアネスの上空にまで移動させられているようだった。


 目印のようにそびえている大地の臍(ブルボルヒナ山)から離れて行き、山脈に囲まれた土地に近づいている。

 所々に街の明かりが見え、道を進む荷車なども確認できた。

 遠くの空が夕焼けに染まるくらいの時刻らしい。異界での時間感覚は狂わされる一方だったが、こうして自然世界の情景を見ていると、かすかな季節の移り変わりや空模様の変化など、自分が生まれ育った世界が、幽世などの異空間の異質な有り様との違いに気づかされる。

 自然は美しく、それでいて危険と感覚的な魅惑に満ちていた。


『どうじゃ? 世界を遥か上空より見下ろす気分は』

 石像馬が見下ろしながら言う。

「世界は多くの生命が自らの存続とその子孫の繁栄を求め、互いの生命を時に利用し奪いもする。そこには一見すると無秩序に見える秩序が存在し、常に戦いと共存が求められている。

 それは醜いものではなく。尊く、美しくもある」


 俺の返答を聞いた石馬の魔神は、一瞬の沈黙のあとでこう告げた。


『やはり貴様は儂の眷属には成れぬ。そのような賢しい思慮分別など魔道には不要。魔導ルェヴァフェルドゥォを進む者は、魔道ムァゥルグァーフを行くのが一番の近道じゃ』

 魔神は古代魔術言語の中でも秘匿性の高い古語を流暢に発音した。現代でなら「レヴァエルド」と「マゥルガーフ」で通じるところを、古代の発音に即した朗誦をしてみせた。

 どうやら魔術的な智の対話を望んでいると思われたようだ。

 俺はそれに答える事にした。


「人は遠回りをしながら考え、学び、多くを知り得るもの。血気にはやって失敗を重ね、その失敗の重さに潰れるような者よりも。若くして老人のように慎重で、自らの弱さをる者こそ、奥義に到達できるものだ」

『戦い、奪い合う。それが人であり、まさしく魔術の奥義は簒奪さんだつである。なぜならば神々の叡智は常に隠匿され、見知らぬ扉の奥にしまい込まれているものじゃ』

「隠されている智を暴くのは研鑽と理解である。簒奪によって得られるものは、誰かの通った道を踏み歩くのに似ている。簒奪者とは結局のところ、他者よりも出遅れた者の総称となるだろう」


 そんな具合に互いに噛み合わぬ対話をしながら、ピアネスの上空にまでやって来た。

似非えせ魔導師のれ言はもうよいわ』

 魔神は鼻を鳴らし対話を打ち切った。

 俺が手の内を明かそうとしないのを知って、これ以上のり取りは無駄だと理解したのだろう。


 そろそろ別れの時間がやってきた。危険な魔神との対話を続けたいと望む者も居ないだろうが、俺は一つ、この魔神に事実を語っておこうと考えた。


「魔神ベルニエゥロよ。あなたの助力に感謝しよう。──しかし俺はおそらく、あなたの敵となるだろう」

 まっすぐ前を見て告げると、頭上の巨大な石の馬頭から、ぐふぅっ、という笑い声が漏れたのが聞こえた。


『はぁっ、はァッ、ハッハァぁ──! そうじゃろうな。おぅ、知っているとも。だがそれがなんだというのじゃ? たとえ敵であろうとも儂が認めた人間には、それ相応の恩恵を与えるべきものと考えておる。それが儂の作法じゃからな』

 魔神は機嫌良さそうに言ってから『道の近くに降ろしてやろう』と告げた。

魔道は字義どおり「悪(悪魔)の道」といった事。

ベルニエゥロが人間の敵である本質的な部分は、魔術の道から魔道へと誘うところにある。

力に溺れた魔術師がその誘惑に堕ちやすい。

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レギは自分の道を踏み誤らないから、強い。
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